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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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88 ティアの死

「ティア、ティア! しっかりして! 今、助けてあげるから!」


 私の手の上に矢の刺さったティアがぐったりとしている。

 ティアは羽毛のように軽い。矢の方が重いぐらいだ。

 私はアナに顔を向けると、アナは急いで回復薬の瓶を取り出した。

 急いでアナから回復薬の瓶を受け取り、ティアの胸を貫いている矢を引き抜こうとしたら、小さな手が腕を掴んで止められた。


「ご主人さま、ティアねえさんは致命傷です。回復薬を掛けても助かりません。勿体ないので、回復薬を使うのは止めてください」


 いつもの冷静な声でエーリカに止められた。

 実の姉が死にかけているのに、取り乱す事もしないエーリカに怒りが湧いてくる。


「エーリカ! ティアの事を苦手なのは知っている。だけど、実の姉なんだよ! そんな冷たい言葉を言わなくてもいいじゃない! 助かる可能性があるなら、最後まで……」

「ですが……」


 私は怒りで声を荒げてしまう。

 怒鳴られたエーリカは、困ったように何かを言いかけた時、私の指先に何かが触れた。

 それは、とても小さく(はかな)いティアの手だった。


「お、おっちゃん……そんなに怒らないで……エ、エーちゃんの言う通り……だ……から……」

「ティア、しっかりして! 今、回復薬を使うからね!」

「……無駄よ……あたしの状態は、あたしが……良く……しっている……」


 「うう……」と後方でアナの泣き声が聞こえる。

 エーリカはいつも通り眠そうな目で、私とティアを眺めていた。

 虚ろな目で空を見ているティア。その姿が涙でぼやけてしまう。


「ああ……久しぶりの……外……楽しかった……」

「テ、ティア……」

 

 最後の力で語るティアの声は、か細く、弱々しく、そして綺麗な声である。


「おっ……ちゃん……極悪な顔が……さらに……酷い顔になって……いるわよ……」

「ううぅぅ……」


 私の口から嗚咽が漏れる。

 

「あたしを……外に……出してくれて……ありがとう……。あたしを……ベアボアから……助けて……くれて……あり……がと……」

「…………」


 涙でぐしゃぐしゃになっていて、返事をする事すら出来ない。

 ティアの右手がゆっくりと空に伸びる。


「後は……よろし……く……ガクッ」


 何かを掴みたかったのか、それとも手を握って欲しかったのか、今では分からないが、空に伸ばしたティアの手がパタリと倒れ、目を閉ざす。

 何となく演技臭い感じであったが、手の平に伝わるティアの感触で分かる。

 ティアは死んだ。

 初めて会ったのは、昨日の昼である。まだ一日も経っていないのに、私の胸は悲しみと後悔で満ちていた。

 もっと真摯にティアの話を聞いてあげれば良かった。

 もっと美味しい料理を食べさせてあげれば良かった。

 発情期のベアボアを見た瞬間に逃げていれば良かった。

 魔力操作の不具合を早めに直しておけば良かった。

 ゴブリンの矢を私自ら受けていれば良かった。

 私がもっと強かったら、ティアは助かっていたかもしれない。

 色々な可能性が頭の中に湧き上がる。だが、今更思った所でティアは生き返らない。

 地面に膝をついてアナのすすり泣く声を聞いていると、自分の力不足で心が潰されそうになってきた。


「あちゃー、この娘、死んじゃったかー。胸に穴が空いちゃえば、死ぬのも仕方ないかー。ゴブリン程度に殺されるとは……はぁー、情けない」


 私とアナが泣き崩れているそばで、お気楽な声が聞こえた。


「エーリカ! いい加減に……ん?」


 また、エーリカが冷たい言葉を発したのかと思ったが、どうもエーリカの声とは違う事に気が付いた。

 先ほどまで聞いていた声である。

 私は声のした方を振り向くと、私の肩口に水色のワンピースドレスを着て、羽の生えた、赤毛の妖精がちょこんと座っていた。

 

「……ティア?」

「ん? そうだけど? ……って、おっちゃん、いつまで、あたしを触っているのよー! 死んでいるとはいえ、おっちゃんのような極悪顔の男が、泣きながら可愛い女の子を触っていたら犯罪よー! 早く、地面に下ろしなさーい!」


 私の肩口でわーわーと叫んでいるティアの言う通り、死んだティアの体を乾いた地面に置いた。

 肩に乗っているティアは、ミニスカートを(なび)かせながらパタパタと地面に置いたティアの横まで降りていく。

 そして、死んでいるティアの頭に手を置いたティアがブツブツと呟くと、矢に刺さって死んでいるティアの体が徐々に透明に成っていく。

 ティアの体越しに地面の土が見えだすと、透明になっているティアの体がキラキラと光の粒に変わっていき、横に立っているティアの手へと吸い込まれていった。

 完全に光の粒がティアの手に吸い込まれると、ティアの体に突き刺さっていた矢がパタリと地面に落ちた。


「これで良し。少しだけど、力が戻ったわ」


 それを見たティアは、手をパンパンと叩いて、私たちの方を振り向いた。


「え、えーと……説明してくれる?」


 涙で酷い顔になっている私は、ティアを睨みながら尋ねた。

 目を腫らしたアナもコクコクと頷ている。


「ん? 教えてなかったっけ? 幻影魔術の一種よ」

「幻影? 今までのは幻って事?」

「いや、本物」

「本物? じゃあ、今、目の前にいるのが幻?」

「いや、あたしも本物」

「どういう事?」


 意味が分からず、私とアナが首を傾ける。


「ご主人さま、ティアねえさんは魔術で分身体が作れるのです。アメーバやプラナリアみたいに同じ個体を分裂して、増やす事が出来ます」


 エーリカがいつものような眠そうな目で説明してくれた。


「そうよー。幻影魔術の一種で、一日に最大十体の分身体を作る事が出来るのー。そう内の一人が死んじゃったのよねー。可哀想に……シクシク」


 技とらしくウソ泣きをしているティアを眺めるが、いまいち理解出来ていない私は、渇いた笑いしか起きなかった。


「良い機会だから、分裂する所を見せてあげるわ」


 別に頼んでもいないのに、ティアは私の目の前まで飛んで空中で止まると、グッと体を丸めて力を溜める。そして、溜めに溜めた体をバッと大の字に広げた。


「ぶんっしん!」


 どこからかドコーンという効果音が流れると同時に、ティアの背後に炎の爆発が起きる。

 作ったような炎のエフェクトはすぐに消えると、ティアの輪郭が二重になっていた。そして、左右に移動すると、まるっきし同じ姿をしたティアが二体へと増えていた。

 

「これが分身よー」「凄いでしょー、凄いでしょー」

「えーと……凄い速さで動いて二人に見えるとか、魔術で幻を見せられているとかじゃないんだよね?」


 空を飛んでいるティアに指を近づけたら、「「汚い!」」と二人のティアに指を叩かれた。


「そんな人を騙すような紛い物の魔術じゃないわよー。本物よ、本物!」「幻影魔術を極めたあたしの奥義なんだからー!」


 左右の耳の近くで飛んでいる二人のティアは、各自好き勝手わいわいと言っている。

 ステレオ音声みたいで、非常に煩い。


「見分けがつかないね。どっちが本物で、どっちが分身体なの?」

「だ、か、ら、どちらも本物だって! あたしもティアだし、あたしもティアなのー!」


 もう面倒臭くなった私は、「そうですか……」と一言呟いて、考えるのを止めた。


「ご主人さま、そう言う事ですので、ティアねえさんが死んだ事で悲しむ事はありません。あんななりですので、すぐに死にます。そして、保険で分身体を用意していますので、完全に死ぬ事はありません。ご主人さまが傷付く事はないのです」


 目を腫らしている私を慰めるようにエーリカが言う。それならそうと、早く教えてくれれば、エーリカを怒鳴る事もなかったのに……。


「そうよ、エーちゃんなんて、気持ち良く寝ていたあたしを踏み潰して殺した事だってあるんだからー」

「あれは、ティアねえさんが地面に寝ていたのが悪いのです」

「その後、エーちゃんが生ごみの箱にあたしの死体を捨てたのを知っているんだからねー」

「私は知りません」

「さらに、嫌な顔をしながらあたしの血がついた靴を洗っているのも知っているんだからねー」

「記憶にございません」


 二人のティアがエーリカの頭の周りを飛び回り、わーわーと叫んでいる。

 そんなエーリカは両耳を手で塞いで無視していた。


「ま、まぁ、何はともあれ、無事? なのかは分からないけど、ティアが元気で良かったよ」

「エーちゃんじゃないけど、そう言う事だから、おっちゃんもアナちゃんも泣かないで良いわよー」


 そう言うなり、二人のティアは空中でお互いの肩を抱くと、二つの光が重なるように体が合わさり、ティアの体は一つへと戻っていった。


「まぁ、その……あたしの為に泣いてくれた事は……その……嬉しかったわ……」


 顔を赤くしたティアは、ぼそりと呟くと顔を背けて私たちの頭上へとパタパタと飛び始めた。

 私も散々泣いて、ティアの名前を叫んでいたのを思い出してしまい、恥ずかしくなる。

 頬をポリポリと掻いて、ティアから視線を逸らし、しばらく沈黙が流れた。


「ご主人さま、そろそろ本来の目的を行いましょう」

「そうだね。ベアボアを回収しよう」


 沈黙を破ったエーリカの言葉に従い、腰を上げる。

 何気に空を見たら、先程まで飛んでいたティアの姿が見えない。

 あれっと視線を彷徨わせると……。


「ああーっ!?」


 と、アナの方から声が聞こえた。

 突然、自分から自分じゃない叫び声が上がったアナは、目を見開いてビックリしている。


「えっ、えっ、何、何!?」


 慌てふためくアナのフードからティアが顔を出していた。

 

「ティ、ティアさん、いつの間に入ったの?」

「元から入っていたわよー! それよりも、あれを見て!」


 頭を覆うフードの中からティアは空を指差した。

 ティアが指差す方向を見ると、鷲ぐらいのサイズの大きなカラスが飛んでいるのが見えた。


「あたし、あのカラスに誘拐された!」


 カラスに誘拐? 何を言っているのだ、この妖精は?


「さっきまで空を飛んでいたもう一人のあたしが、あのカラスに咥えられているの! 今もカラスと一緒に空を飛んでいるわー!」


 いまいち理解できないが、さっきまで分裂したり合体したりしていたティアと、今、目の前にいるティアは別者らしい。ややっこしい……。


「エーちゃん、魔力弾であのカラスを撃ち落として!」

「射程圏外です。諦めましょう」

「そんなー!?」


 カラスは既に豆粒ぐらいまで離れてしまっている。

 青い顔をしているティアに悪いけど、クロたちに乗って、今から追いかけても無理だろう。

 そして、しばらくするとティアから「ぎゃー、カラスの雛に喰われた!?」と報告された。

 見た目は可愛く華麗なティアが、大カラスの雛に生きたまま食われる光景を想像すると、非常にグロテスクであるのだが、ティアの声で説明されるとギャグにしか聞こえない。


「ティアねえさんがカラスの糞に成ってしまいました……笑える」


 特に微笑みを浮かべず、いつも通り無表情のエーリカがティアを見て、「ふっ」と笑った。


「笑えないわよー! もう荒野は嫌! あたし、アナちゃんから離れないからねー」

 

 ガクガクブルブルと震えているティアは、アナのフードから飛び出すとアナの胸元の隙間に入り込み、顔だけを出している。


「アナちゃんの胸、大きいからフカフカで気持ちが良いー。良い場所を見つけたわー」


 先ほどまで青い顔していたティアは、幸せな顔をしている。

 定位置を見つけたティアに、アナは「あ、ありがとうございます」と赤い顔をして戸惑っていた。

 以前の女子高生の私なら、この会話を聞いてムッとしていた所だが、今はまったく悔しくない。

 白銀等級のナターリエには負けるが、今の私はアナに負けない程の胸を持っている。

 見よ! この立派な胸板を!……ぐすん、涙が出てきた。



 馬鹿な事を考えている私に構わず、アナ・ティアコンビは首を喰われたベアボアの死体の元まで行ってしまった。

 エーリカもその後へ向かおうと歩き出したので、私は急いでエーリカの手を取って、引き留めた。


「ご主人さま?」


 引き留められたエーリカは、下から私の顔を眺める。


「あー、エーリカ……その……さっきはごめん」

「…………」


 私の言葉が理解できないエーリカは、私を見ながら首を傾げる。


「ティアが死にかけている時、エーリカを怒鳴ってごめん。最後までエーリカの説明を聞いていれば、その……」


 死にかけているティアに対し、冷たい言葉を掛けたエーリカに向かって怒鳴り散らしてしまった。

 エーリカたちは、口喧嘩ばかりしている姉妹であるが、私と両親の間柄と違い、実際は信頼し合えっている、しっかりとした関係があると思っていた。

 だが、今にも死にかけているティアに対して、エーリカは冷たい態度をした。

 私はそんなエーリカの態度に失望してしまった。

 本当は仲の良い姉妹だと思っていたのが、実は私と両親みたいに冷え切った間柄と知って、落胆したのである。

 私は、自分の姿と重なったエーリカに八つ当たりのように怒鳴ってしまったのだ。

 

「ご主人さまが謝る事ではありません。分身体とはいえ、実際にティアねえさんは死にました。そんな状況で、回復薬を優先にしたわたしを責めるのは間違っていません」

「まぁ、確かに……エーリカの言い分も今では理解できる。ただ、回復薬を使っていれば、もしかしたら、助けられたんじゃないかなと今でも思うけど……」

「助かったかもしれません。ただ、ご主人さまは知らないので無理はありませんが、ティアねえさんの分身魔術は、一日が限界です」

「一日?」

「はい、一日が経てば、分身した体は元に戻り、ティアねえさんは一人に戻ります。死とは違いますが、結局、回復薬は無駄に成っていたでしょう。その事を知っていましたので、わたしはティアねえさんよりも回復薬を優先しました」

「そ、そう……」

「ティアねえさんの朝は、分身体を作る事から始まります。今も保険として、数体の分身体が後輩の家で留守番をしている事だと思います。だから、あまりご主人さまもティアねえさんの生死に振り回されないでください」


 ティアは、言動が落ち着かないだけでなく、増えたり元に戻ったりと個体数も落ち着かない妖精らしい。もう、何でもありだな、自動人形。


「ただ……」


 そこでエーリカの言葉が途切れた。

 まだ何か言いたい事がありそうなので、エーリカの顔を見ながら言葉の続きを待った。


「ご主人さまがティアねえさんの事を凄く心配してくれた事は素直に嬉しいです。あんな姉ですが、これからもお願いします」


 そう言ったエーリカは、顔を赤くして、顔を逸らした。

 私はそんなエーリカの手を握り、アナとティアの元まで向かった。


最後までシリアスにならないティアであった。

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