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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者
87/330

87 ベアボア狩り その4

 ベアボアとの鬼ごっこが一段落した私たちは、岩山にぶつかったベアボアの所まで歩いて向かっている。私のレイピアがベアボアに突き刺さったままなので、それを回収する為である。岩山にぶつかった拍子に折れていなければいいのだけど……。

 ちなみに私たちを乗せていたシロは、遠くの方まで逃げてしまい戻って来ていない。二回もベアボアに体当たりされて怒っているのか、怖くて帰って来ないのか分からないが、私とティアが呼びかけても姿を見せないでいた。

 怪我をしているかもしれないので心配ではあるが、戻ってこないと確認も出来ないので、そのままにしている。どうせアナとクロが私たちの元に来たら、シロも戻って来るだろう。

 

 極度の緊張から解放された気だるさと酷い股ずれの状態の為、ヒョコヒョコと情けない姿で岩山を目指して歩いている。

 ベアボアがぶつかった衝撃で土煙が舞い上がり、視界が悪くてベアボアの状態が確認できないでいた。まぁ、どうせ力尽きて倒れているだろう、と思っていたら……。


「ちょっとー、おっちゃん! あいつ、まだ生きてるんだけどー!」


 私の肩口に乗っているティアが指を指して叫んだ通り、モクモクと煙っている所からガシガシと足を動かしている音が聞こえた。

 ベアボアがまだ生きている事を確信し、私は足を止める。

 煙が徐々に晴れていき、ベアボアの状態が認識できた。

 片方の牙は折れて地面に転がっている。もう片方の牙は岩山の壁に突き刺さり、巨大なベアボアを縫い止めていた。

 そんなベアボアは、何とか牙を抜こうと、四本の足を動かして、ジタバタしている。

 とても元気そうである。


「なんちゅうー体力バカなのー? あんなのどうやって倒すのよー」

「ベアボアが自由になる前に、すぐに逃げよう」


 レイピアは諦めて、この場をすぐに退散しようとシロの姿を探したが、まったく見当たらない。

 私の足だけでは、すぐにベアボアに追いつかれてしまう。

 シロがいなければ、人間ボウリングの未来しか見えない。

 青い顔をしながら悩んでいると、ズズズっと地面が揺れ出した。


「な、なに!? 地震!?」

「おっちゃん、あれ!」


 ティアが指差す方向は、ベアボアが突き刺さっている岩山である。

 岩山は、直径五百メートル、高さ二十メートルほどもある。

 その岩山全体が震え出し、地面の土を巻き上げながら、徐々に上へと隆起していった。

 突如の岩山の変動で私とティアは間抜けな顔をしながら眺めている。

 ズズズっと盛り上がる岩山に突き刺さったままのベアボアも同じように地面から引き剥がされ、牙一本で重たい体を支えていた。

 岩山の表面にくっ付いていた石や砂が地面に向けてバラバラと落ちていく。プラプラとぶら下がっているベアボアの体にガツガツと石や岩の破片がぶつかっていて、少し可哀想に見える。

 しばらく、口を開けて眺めていると、以前よりも三メートルほど隆起した岩山は動きを止めた。

 ベアボアは自分の重さに耐え切れず、岩山に突き刺さっていた牙が根本でボキリっと折れて、三メートル下へと落ちていった。


「あ、あれ……岩山じゃないわ……」


 ティアが震える声で呟いた。

 岩山だと思っていたけど、違うと言うなら何なのだ?

 私が不思議に思っていると、土煙が晴れた事でようやく分かった。

 三メートルほど隆起した岩山と地面には空洞が出来ていた。そして、岩山の四方に象のような皺だらけの巨大な柱が岩山全体を支えている。

 いや、柱ではない。


 あれは足だ!


「ロック・タートルよ!」

「タートル? 亀なの!?」

「デカすぎて、逆に気が付かなかったわー」


 地面に叩きつけられて、頭をフルフルと振るう牙を失ったベアボアは、巨大なロック・タートルを茫然と眺めている。

 岩山のようなロック・タートルの一部がグググっと伸びてきて、ベアボアの正面で止まった。

 ロック・タートルの顔である。

 子供たちに保護された宇宙人のような顔をしたロック・タートルの顔は、横に大きく裂け、茫然としているベアボアの頭を覆う。

 パクっと咥えられたベアボアは、四本の足をバタバタとして抵抗しているが、それもすぐに止まり、ドスンと地面に倒れた。

 ロック・タートルの口で頭を咥えられているにも関わらず、ベアボアの体が倒れた。つまり……。

 頭だけ食われてしまったベアボアの状態を想像して、胃から酸っぱい物がこみ上げてくる。

 ロック・タートルは何事も無かったように、首を縮め、ベアボアの死体から遠ざかるようにノシノシと歩いていく。ただ、図体がデカ過ぎる為、一歩歩くたびにドスンドスンと土煙を上げていた。

 そして、五百メートルほど進んだロック・タートルは、頭と四本の手足を甲羅の中に忍ばせ、また岩山へと戻ってしまった。

 

「…………」

「…………」

「え、えーと……あれを倒して、冒険者ギルドに売ったら、借金は返済できるかな?」

「借金だけでなく、一財産出来るわよー。倒せればの話だけど……」

「ちなみに、倒せる良い案はある?」

「ある訳ないでしょ!」

「だよねー」

「おっちゃん、夢物語はその辺にして、剣を回収しに行こう」


 シーンと静まった荒野で立ち尽くす私とティアは、首が無くったベアボアの元までふらふらと歩き出した。



 ノロノロとベアボアの元まで行くと、案の定、ベアボアは頭を千切られており、頭のあった個所から赤い血が流れて、渇いた地面を染めている。

 今までロック・タートルが居た場所だけ地面の色が違う。その境目に私のレイピアとベアボアの牙が落ちていた。

 腰を屈めてレイピアを拾うと、後方から誰かが近づいて来る気配を感じた。

 シロが戻って来たのか、またはエーリカとアナを乗せたクロが来たのだろうと思い、ゆっくりと振り返ると……。


「ギギャヤャァ!」


 意味不明な言葉が耳に入り、私は氷つく。

 目の前には四匹のスモールウルフに乗った四匹のゴブリンが目の前にいた。

 赤黒い肌をした欠食児童のようなゴブリンは、各々玩具のような武器を持って、ギャアギャアと喚きながら私に向かって武器を構えている。

 人間の子供のようなゴブリンだけならまだしもスモールウルフのおまけ付きでは、私が万全の状態でも相手にならないだろう。

 チラリとティアを見ると、余裕のない顔でゴブリンを眺めている。

 私の魔力制御でほぼ魔力を使い切ってしまったティアである。幻影魔術でゴブリンたちを相手にする事は難しそうだ。

 固唾を呑んで状況を見守っていると、一匹のゴブリンが前に出てきた。

 このゴブリンがリーダーなのだろうと私は思った。理由は、服装が違うからだ。他のゴブリンは腰蓑一枚で上半身裸なのに対し、前に出てきたゴブリンは腰蓑とボロボロの毛皮で作ったベストを羽織っているのだ。

 ゴブリンリーダーは、錆だらけの小剣を私に向けて、「ンギャンギャ」と何やら叫んでいる。

 何を言っているのか分からず、私が首を傾げると他のゴブリンも「ギャアギャア」と喚き出した。

 私は舐められたら駄目だと思い、レイピアをゴブリンリーダーに向けたら……。


「危ない!?」


 ティアが叫んだ瞬間、私の横を玩具のような矢が飛んでいった。


 あ、危なかった。

 玩具のような矢とはいえ、当たれば大変である。凄く痛いんだろうな。


 冷や汗を流していると、ゴブリンたちに異変が起きた。

 なぜか、弓を討ったゴブリンが、ゴブリンリーダーにナイフで滅多刺しにされている。

 

 な、何なの? どうして、いきなり仲間割れを起こしたの?


 ゴブリンリーダーに刺され、地面に倒れたゴブリンは、スモールウルフに喰われだした。

 変な肌の色をした気味の悪いゴブリンだが、ぱっと見た感じ、人間の子供に見えてしまう。その為、スモールウルフに人間の子供が喰われているように錯覚し、胃液がこみ上がってくる。

 口元を押さえ、吐き気を我慢していると、ゴブリンリーダーは私の方を振り返り、赤い血液をつけた小剣を持ちながら私の方へ一歩、二歩と近づいてきた。

 私も覚悟を決めなければいけない。

 レイピアを握っている手に力を入れると……。


「『空刃』! 『空刃』!」


 私の方へ近づいてくるゴブリンリーダーとスモールウルフの首が、風の刃で落とされた。

 そのすぐ後、目の前の地面が爆発して、残りのゴブリンとスモールウルフが吹き飛んだ。

 勿論、近くにいた私も爆風の余波で、ゴロゴロと転がされる。

 

「ご主人さま、ご無事ですか?」


 埃塗れになっているツルツルの頭に小石がパラパラと降り注ぐ中、エーリカの声が聞こえた。


「エ、エーリカ……た、助けてくれるのは有り難いけど、もう少し、状況を考えて攻撃してくれる? 耳鳴りが酷い……」

 

 耳の奥が変な感じになりながら、黒光りする大口径の魔術具を装備しているエーリカに注意する。


「以後、気を付けます」


 まったく、反省していない声でエーリカは答えた。

 アナはクロの背中に乗っており、エーリカはシロの背中に乗っている。シロは私たちを落とした後、エーリカたちと合流して、ここまで案内してくれたみたいだ。

 エーリカとアナとクロたちも怪我をしている様子が見えないのを確認し、胸を撫で下ろす。

 全ての危険が無くなり、力が抜けそうになる。このまま地面に倒れて、暑く晴れ渡った空でも眺めていたい気分だ。


「申し訳ありません、ご主人さま」

「えっ、何?」

「ゴブリンを一匹仕留めそこないました。スモールウルフに乗って、逃げています。追撃しますか?」


 今にも追いかけて吹き飛ばす気満々のエーリカが、魔術具を掲げている。


「いや、無視しよう。エーリカたちも疲れているでしょう。ゴブリンの一匹ぐらい、どうでも良いよ」


 私は疲れた。ゴブリンを追いかけるよりも、今は休みたい。


「え、えーと……おじ様。ティアさんの姿が見えませんけど……どうしました?」


 アナがクロの背中に乗りながら、心配そうに周りを見回している。

 先程まで肩口に乗っていたのに、今は姿が見えない。

 もしかして、エーリカのグレネードランチャーの爆風で飛んで行ったのかもしれない。

 私もキョロキョロと周りを見回していると、ベアボアの死骸の近くに矢が落ちているのを発見した。

 そこには……。


「そ、そんな……」


 アナの震える声が聞こえる。

 血の気が失せた私は、力の抜けた足を立たせて、矢の所まで向かった。

 ゴブリンの放った玩具のような矢と共にティアが地面の上に倒れている。

 良く見ると、矢じりのない先を尖らせただけの矢がティアの小さい体を貫いていた。

 口と体から真っ赤な血を流しているティアは、目を閉じて、力無く倒れている。

 私は震える手でティアを持ち上げた。


「ティア、ティア、ティアァァーー!!」


 私の叫びが、不毛な荒野に響き渡った。


一難去ってまた一難。

ティアが危ない状態になりました。

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