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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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85 ベアボア狩り その2

 突如現れた巨大ベアボアは、土煙をあげながら坂道を下り、窪地にいるベアボアの群れに突っ込んで行った。

 群れの雄リーダーは、異変に気が付き、突進してくるベアボアに向かっていく。

 他のベアボアは、ブモーブモーと鳴きながら散っていった。

 勢いの付いた巨大ベアボアはそのまま雄リーダーに向かって頭を突き出す。

 雄リーダーも頭を突き出し、二頭のベアボアは頭同士をぶつけた。

 ここからでもゴツンッと音が響きそうな頭突きで、つい目を逸らしてしまう。

 勝敗はこの一撃で決まった。

 坂道を駆け下りた一際大きな巨大ベアボアは、頭突きでグラついた雄リーダーをそのまま突き飛ばし、勢いを殺さず逃げ遅れた仔ベアボアまで吹き飛ばし、湧き水の中へ豪快に入水する。

 巨大ベアボアが水飛沫を飛ばし入ってきたので、足の長い鳥が一斉に飛び立つ。


「な、何なの……これ?」


 私は、急な展開についていけず、間抜けな声を発してしまった。

 交通事故を目の前で目撃してしまったような衝撃的瞬間で、ぶ厚い胸がドキドキしている。


「さすが、ご主人さま、引きが良いです。あれが発情期の雄ベアボアなのでしょう」

「あの速度を見ると、普段のすっとろいベアボアと違って、相当ヤバイ魔物ねー。魔力でガチガチに強化していそうだわー」

「え、えーと……に、逃げた方が良くないですか? レナさんに相当危険だと言われてますし……」

「うん……あれはまずいね」


 水浸しになったベアボアは、陸に上がるなり、顔を上へと向けている。


「何をしているのだろう?」

「臭いを嗅いでいるのでしょう」

「ちょっと、あたしたちの方を見ているわよー」

「は、早く、逃げた方が良いのではないでしょうか?」

「後輩、少し待ってください。あそこの岩場に何かいました」


 アナの提案を遮ったエーリカは、水場のさらに奥にある岩場を指差した。

 目を凝らすが特に何かあるように見えない。


「何? 魔物? ベアボアの騒ぎで隠れたんじゃない?」


 私がそう言うやいなや、岩場の影から巨大ベアボアに向かって、何かが飛んでいた。


「矢です」

「えっ、か、狩人ですか?」

「それはないわねー。だって、下手くそな弓だものー。狙いも威力もないわー」


 遠くて私の視力では判断できないが、矢らしき物が私たちの方を見ている巨大ベアボアに向けて放たれている。

 

「あっ、ベアボアに当たった!?」


 ティアが叫ぶと同時に、巨大ベアボアが私たちに向かって走り出してきた。

 土煙を上げながら、凄い速さで急坂を登ってくる。

 

「て、撤退、撤退!」


 私が叫ぶと、エーリカとアナがクロとシロを反転させて逃げ出す。

 私は振り落とされない様に、エーリカを包み込むようにシロの(たてがみ)を掴む。

 まだ若いとはいえ、クロとシロは足が八本もあるスレイプニルだ。中年のおっさんである大人の私とエーリカの二人を乗せて走っても、安定した速度で逃げてくれる。

 それも相当な速度が出ている。さすが魔物、スレイプニルであるが……。


「ちょ、ちょっと、ベアボアが追いかけ続けているんですけどー!?」


 恐る恐る後ろを振り返ると、クロたちの速度に負けずに追いかけてくる巨大ベアボアの姿が視界に入った。

 風で長い毛が(なび)き、真っ赤に染まったベアボアの目が見える。狙った獲物は絶対に逃がさないと言うような瞳が私たちを見ていた。


「ご主人さま、危険です。前だけを見ていてください」


 シロの操作をしているエーリカが言う。


「足場が悪いです! 荒野の方へ逃げましょう!」


 アナは叫ぶと同時に山沿いを走らせていたクロを荒野へと方向を変える。私たちが乗っているシロもクロの後を追うように荒野へと向かった。


「まだ付いて来るわ! 何てしつこいの!?」


 アナの肩越しから後ろを覗くティアが叫ぶ。

 足場が良く視界の開けた荒野に出て事でクロたちの速度が上がったのに、まだ付いて来るなんて、ベアボアの潜在能力を侮っていた。

 正直、滅茶苦茶、怖い。

 乾いた土煙をまき散らしながら黙々と迫ってくるベアボアは、大型トレーラーに追いかけられる商社マンの気分だ。このベアボア、鳴き声は人食いサメと同じ鳴き声を出すんだろうな。

 などと、どうでも良い事を考えているが、巨大ベアボアに追いかけられているだけではなく、私自身、非常に不味い状況に(おちい)っている。

 

 お股が痛い……。


 ゆっくりとしたペースでシロに乗っているだけなら我慢できたが、今は凄い速度で走り続けている。

 緊張で変な態勢になっているし、振り落とされない様に足に力を入れているので、余計に太ももやお尻が鞍に擦れて痛くて仕方が無い。

 皮鎧でなく、乗馬用のズボンを買った方が良かったと、今更後悔をしている。


「エ、エーリカ、この状況、何とかならない? このままじゃ、私のお尻と太ももの皮膚が破れそう!」

「シロの呼吸が荒くなってますし、このまま追い駆けっこは分が悪――おっと!?」


 棘の生えたサボテンの様な植物――ティア曰く魔物――が目の前に居るのに気が付いたエーリカは、急いでシロの進行を逸らす。

 グンっと横に引っ張られるのをエーリカの腰にしがみ付いて耐える。

 チラッと後ろを見ると、ベアボアはサボテンの様な魔物を避ける事もせず、そのままぶつかり、サボテンの肉片と水分をまき散らしていた。

 

「先輩、前方の岩場にぶつけましょう」

「後輩は右へ、わたしは左に行きます。ギリギリで避けてください」

 

 エーリカとアナは短くやり取りをして、前方に鎮座する二メートルほどの岩場に向かって走り出した。


「ひぃぃーー!」


 私はチキンなので、エーリカに抱き着きながら目を瞑る。


「今です!」


 グンっと体が横へと引っ張られ、バランスを崩し、落馬しそうになるのを、エーリカが私の腕を掴んで落ちないようにしてくれた。

 後方からドコンッと派手にぶつかる音がする。

 仕留めた! と後ろを振り向くと、岩場の破片と土煙の中から巨大ベアボアが姿を現す。

 少しよろめいているが、すぐに体勢を立て直し、再度、私たちが乗るシロを追いかけ始める。

 岩場をも粉砕する突進力と耐久力。これ、本当に逃げ切れるの!? 

 私の体から嫌な汗が流れ出てくる。


「ティアねえさん、幻影魔術でベアボアを惑わせれませんか?」

「一応やってみるけど、ベアボアの魔力量が半端ないから、たぶん効かないわよ。えーい、『幻夢』!」


 私たちと並行して走っているアナの肩口からティアは腕を伸ばして、幻影魔術を放つ。

 灰色の靄がベアボアの顔に纏わり付くが、すぐに後方へと流されてしまった。


「使えない」

「何よー! そう言うならエーちゃんが、ダメージを与えてベアボアの体力を奪ってよー! 弱まれば、幻影魔術が通じるわ!」

「分かりました。ティアねえさんは、シロに乗り移ってわたしの代わりにシロの操作をしてください」

 

 エーリカに言われた通り、ティアはアナから離れ、クロたちの速度に負けない速さで飛び移り、シロの頭にしがみ付いた。

 ティアの行動を確認したエーリカは、「ご主人さま、腕の力を抜いてください」と言うと、凄い速さで走るシロの上で器用に体の向きを変えて、私と対面する形に座り直した。

 エーリカは私と抱きつく形で私の体の隙間から腕を伸ばし、後方のベアボアを見据える。


「はっ、はっ、はっ!」


 私の体の横からエーリカが魔力弾を三発放つ。

 図体のデカいベアボアに魔力弾がぶつかるが、動きすら止める事が出来ず、ビクともしない。


「どっちが使えないのよー! もっと、気合を入れて撃ちなさいよー!」

「ただの試し撃ちです。今度は属性付きを撃つます」


 そう言うなり、今度は炎や雷属性を(まと)った魔力弾を撃つが、炎も雷もベアボアの長い毛に纏わり付いただけで、すぐに消えてしまった。


「想像以上にタフですね」

「先輩、私もやります」


 巨大ベアボアは、なぜか私たちが乗っているシロだけを見て、追いかけている。

 それを利用して、クロに乗っているアナは、ベアボアの横まで近づき、呪文を唱えた。


「風を集え、刃へ変われ……『空刃』!」


 アナは走るクロの背中からベアボアに向けて手刀を切ると、ベアボアの足に向かって風の刃が飛んでいく。

 ブラック・クーガーの時とは違い、ベアボアの毛に触れても塵になる事はなかったが、ダメージを負っている風には見えなかった。


「まだです! 『空刃』! 『空刃』! 『空刃』!」


 左手で手綱を握り、右手で何度も空を切る、風の刃を飛ばす。だが、どれもベアボアの長い毛とほんの少しの皮膚が裂けるだけで動きを止める事は出来なかった。


「アナ、危ない!?」


 ダメージが少ないとはいえ鬱陶しいと思ったベアボアは、並走するクロに向けて、体を横へ移動して体当たりをした。


「キャァッ!?」


 巨大ベアボアに体当たりされたクロとアナは、足を滑らせながら失速して、動きを止める。落馬をしていないので、すぐにまた私たちの後を追いかけ始めた。

 ベアボアは、失速したアナたちには目もくれず、私たちを追いかけ続ける。

 モップのような毛をバサバサとはためきながら、真っ赤な目で睨んでいる。自意識過剰かもしれないが、私だけを見ている気がする。


 私、何かした!? 


 そりゃ、君と同じベアボアの肉を試食して不味い不味いと言ったけど、君自身を食べた訳でもないし、狩ろうとした訳でもないのに、逆恨みは止めて欲しい。君の同種を誘拐犯から助けた事もあるんだからね。


「次はこれを喰らわせてやります」


 いつ装着したのか、エーリカが黒光りする大口径の魔術具を私に見せると、ベアボアに向けた。


「エーリカ、ストッ……」


 エーリカの行動を止めようと言葉を発する前に、黒光りするグレネードランチャーが火を噴く。

 私のすぐ横で爆発音が響き、魔術で作り出した石が高速で飛び出す。

 発射の爆発音と衝撃で私だけでなく、私たちを乗せて走っているシロもビックリして、一瞬体が飛び跳ね、速度を緩めた。

 的にされたベアボアは、高速で飛び出した石をまともに食らう。だが。岩場をも砕く耐久性のベアボアは、少しグラついただけで、血の一滴も流していなかった。


「むむむ……これでも駄目ですか。なら、もう一発……」

「エーリカ、ストップ! その魔術具は不味い。シロがビックリして動きが止まっちゃう!」


 シロだけでなく、至近距離でグレネードランチャーを放たれる爆発音と衝撃で私の心臓も止まってしまう。一見、毛の生えていそうな私の心臓だが、見た目と違いノミの心臓なのだ。

 

 「それでしたら……」と悔しそうにしているエーリカは、素早く円錐型の魔術具に取り換える。そして、私の肩に左手を添えて走り続けるシロの背中に立ち上がった。


「もしかして、飛び移る気!?」


 バサバサとエーリカのゴシックドレスが顔に当たりながら、私はエーリカに聞く。


「勿論です。これでベアボアの頭に風穴を開けてきます」


 自信満々にキュインキュインと魔術具を回転させるエーリカ。


「危ないって! マッド○ックスの世界じゃないんだから!」

「問題ありません。ご主人さまは、落馬しないように気をつけてください。ティアねえさん、シロの速度を落として、ベアボアに近づけてください」


 私だけあわあわと心配しているが、ちょっと散歩してくる雰囲気で、エーリカは走り続けるベアボアにタイミングを合わせていた。

 ティアも特別心配する素振りも見せず「あいよー」とシロに指示を出している。

 ゆっくりとシロの速度が落ちていき、ベアボアが近づいてくる。

 ベアボアは、鋭い牙を上下に動かし、鼻息を荒げて、私を睨みつけている。


「エーリカ……」


 風で金髪を(なび)かせているエーリカを私が心配そうに見つめる。

 そんな私の視線に気が付いたエーリカは、ニコリと微笑む。


「安心して下さい。すぐに戻ってきます」


 そう言って、エーリカは私の肩に乗せている左手に力を加えた。

 徐々に近づいてくるベアボア。

 タイミングを見計らっているエーリカ。

 鬼気迫るベアボアがすぐ真後ろに迫った時、ティアはシロに少しだけ横へ移動させた。

 ベアボアの位置が斜め後方に移動した時、エーリカは軽業師のように危なげなく飛び出し、猛スピードで駆けるベアボアの背中に着地する。

 そして、暴れ出すベアボアから振り落とされまいと、エーリカは背中に跨り、左手でボサボサの毛を掴みながら円錐型のドリルを上へと持ち上げた。

 体力自慢のベアボアとはいえ、エーリカのドリルで体を貫かれれば一溜まりもないだろう。

 私は少し安心し掛けた時……。


「おじ様! 別の魔物が現れました! 気を付けて下さい!」

 

 私たちを追いかけていたアナの叫び声が聞こえた。

 

 後方から両端に石を縛り付けた縄が飛んできた。

 分銅のような縄は、ドリルを突き刺そうとしていたエーリカの体に絡まり、勢いのまま走り続けるベアボアの背中から地面へと落ちる。

 

「エーリカッ!?」


 私の叫びが乾燥した荒野に響き渡った。


荒野でベアボアとの鬼ごっこが始まりました。

アナ、エーリカが脱落してしまいました。

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