80 ティタニア その2
私、エーリカ、アナの三人は、口数が少ない方だ。必要な事は話すが、必要では無い事は話さない。
その一方、ティアは必要で無い事もだらだらと話す。そして、あっちへこっちへと落ち着きなく飛び回る。
アナの家についた時は、「馬だー! スレイプニルだー! カッコいいー!」とクロとシロに突進していった。そして、クロの尻尾で叩かれたり、シロに食われそうになったりする。
またアナの家に入れば全ての部屋を確認し、「この木目が良い!」「ベッドが素敵!」「机がある!」と褒めちぎっている。
口数の少ない私たち三人の代わりに話し続けるティアは、終始、しゃべり通しで動き回り、見ているこっちが疲れてしまう。
そんなティアであるが、ついに力尽きて机の真ん中でぶっ倒れてしまった。
そして、私たちは倒れた妖精を見ながら、ゆっくりとお茶を飲んで休憩をしていた。
「つ、疲れたぁー……」
「はしゃぎ過ぎです。このままずっと倒れていてください」
「電池切れというやつだね」
人が来るとキャンキャンと吠える小型犬みたいに小さな体で動き回っていたのだ。体力切れは無理もない。
「ティアはいつもこんな感じなの?」
「長い間、閉じ込められていた反動もありますが、昔から煩いのは変わりありません」
妖精と言えば、ゲームや漫画で登場する魅力的なキャラクターだ。ファンタジー世界に行ったら、エルフやドワーフの次ぐらいに会ってみたい存在である。
ティアも外見だけ見れば、絵物語に登場する妖精の姿である。非常に現実離れした顔立ちで、服装も神秘的である。背中に生えている四枚の羽なんかは、光の加減で色々な色へと変化し、心を奪われてしまう。
それほど、可愛く綺麗で魅力的な妖精の姿であるのだが……いかんせん、口を開けば、煩いを通り越して、鬱陶しい。残念妖精であった。……厳密には妖精の姿をした自動人形だけどね。
「教会に戻り、返品してきましょうか?」
エーリカの案につい同意しそうになる。
「ま、まぁ、賑やかで良いじゃないですか」
アナがフォローすると、倒れていたティアがむくっと起き上がり、パタパタと飛び、アナの肩に乗る。
「ほっんと、エーちゃんは変わらないわねー。昔から実の姉に向かって酷い事ばかり言うんだからー。それに引き換え、アナちゃんはとっても良い子だわー。ティア姉さん、アナちゃんの事、大好きー」
ティアの言う通り、本当にアナは良い子である。エーリカの毒舌に同意してしまう自分が恥ずかしい。
話は変わるが、一つ不思議な事がある。
私たちの周りを無意味に飛び回っているティアを私は下の方から眺めている。
ティアは超ミニスカートのワンピースドレスを着ている。そんな服装で空中を飛び回っているのに、スカートの中が見えないという不可思議な現象が起きていた。
スカートの中が見えそうになると、なぜか黒く塗りつぶされたように奥が見えない。黒い下着を穿いている訳ではないのに……。
漫画やアニメの女の子みたいに、仕事し過ぎのスカートである。
「お、おじ様……」
正面に座っているアナが、下から妖精のパンツを見ようとしているおっさん姿の私を冷たい目で見ている。
「い、いや、これは変な意味でやっている訳じゃない! 知的好奇心、そう、ちょっとした疑問を解明しようとする心が、つい変な風に見えるだけ。探求心の現れ!」
ドン引きしているアナに、しどろもどろになってしまう私。
そんな私たちを見て、当のティアはスカートをヒラヒラさせながら不思議現象の答えを教えてくれた。
「このスカートは、ヴェクトーリア博士が一年も掛けて完成させた最高傑作なのよー。どんな角度でも下着が見えないように改造されている、あたし専用のスカートなの。真下から覗こうが、スカートをたくし上げようが、決して見えない仕組みになっているの。流石、ヴェクトーリア博士だわー」
自分の事のように自慢するティアは、スカートの端を掴んで、空中をクルクルと回っている。
出た! 何とか博士の拘り道具。変な拘りがあるのは、ドリル装備のエーリカで知っている。変わった博士である。
「それよりも、お腹空いたわー。何か無い? 百年も閉じ込められていたから、お腹ペコペコよー」
そう言うとティアは台所へ飛んで行き、「肉があるー!」と戻って来た。
「わたしが焼いてあげます」
眠そうな目をキラリと光らせたエーリカは席を立ち、ティアと一緒に台所へ向かった。
さすがにエーリカ一人で料理をさせる訳にもいかず、私とアナも台所へ向う。
エーリカとアナは、牛乳に漬けこんでいたベアボア肉を取り出し、水分を拭き取り、塩故郷と薬草を付けて焼いていく。
「どうして、牛乳に漬けていたのー?」
「牛乳やお酒に漬けておくと、肉の臭みが取れるんだよ」
二人の邪魔をしないように私の肩に乗っているティアに、ベアボア肉を使って、料理の研究している事を教えた。
「ベアボアってのは知らないけど、魔物肉は久しぶりだわー」
「ん? 魔物肉は食べた事があるの?」
「あるある。あたしがいた場所は貧しくて、普通の動物や作物が少なかったの。だから、代わりに魔物の肉を良く食べてたわー。楽しみだわー」
まさかティアが魔物肉に詳しいとは!? これが『啓示』のお導きか。
それにしても、妖精が肉を食べるとは……。偏見で申し訳ないが、妖精と言えば、花の蜜や果物しか食べないと思っていた。まぁ、ティアは本物の妖精じゃないから、例外かもしれないけど……。
「ティアねえさん、焼けました。ぜひ試食をしてください」
エーリカが皿に乗せたベアボア肉のステーキを机の上に置くと、「待ってました」と私の肩から降りたティアが一目散に飛んで行った。
「んんー、良い香り」
牛乳に漬けこんだおかげか、ベアボアステーキは獣臭を放つ事もなく、そこそこ良い匂いを漂わせている。
「ではでは、久しぶりの料理、しっかりと堪能させてもらうわー」
そう言うなり、どこからか取り出した妖精サイズのナイフとフォークを両手で持ち、一口サイズ(相当大きい)にカットして、口を大きく開けて、ためらいなく詰め込んだ。
そして、すぐさま顔を青くしたティアは台所を小蠅のように飛び回り、ゴミ箱へ突進した。
「ゲェー、ゲェー……」
私、エーリカ、アナの三人はどんなに不味くても吐く事はしなかったが、ティアは外見も気にせず、ゴミ箱に頭を突っ込んで、盛大に吐いている。
まぁ、そうなるよね。獣臭は薄らいだとはいえ、魔力の苦味は消えていない筈である。
「ちょ、ちょっと、あたしを毒殺する気!? 百年ぶりの食事でこれを食べさせるなんて、あたし、もしかして、いじめられてる!? 立派な姉をいじめるなんて、エーちゃんの意地悪!」
「全然、立派じゃありません。外に出すと恥ずかしいです」
「ひどいぃー!」
涙目になっているティアは、エーリカをポカポカと叩きながら喚いている。
一方的に叩かれているエーリカは、面倒臭そうな顔をしていた。
「そもそも、魔物肉なのに何で魔力を抜いていないのよー! 魔力抜きは必須よー!」
そうだよね。魔力の苦味があったら、食べられないよね……ん?
「えっ!? 魔力抜き? やっぱり、そういうのがあるの?」
「当たり前じゃない! そうしなければ、食べられない……って、その反応を見ると、知らないの?」
普段、私たちは魔物肉を食べない事。その魔物肉で美味しい料理を提供する依頼を受けた事をティアに説明してあげた。
「へぇー、ここでは魔物肉を食べないんだー」
「ふ、普通の食材が手に入らない貧民地区の人たちは、仕方が無く食べていますが、私たちはまったく……ただ、ホーンラビットは美味しいです」
アナがホーンラビットの話をしたら、ティアは嬉しそうに「分かるー、あれ、美味しいよねー」とアナの肩に乗って、ホーンラビット料理について話し始めた。
「ティア、楽しそうに話している所悪いけど、魔力抜きについて教えてくれない。これをしない限り、まったく、先へ進まないんだ」
「んー、そう言われても……あたしも詳しくは知らないんだよねー」
「使えない」
「何よ!」
ぼそりとエーリカが毒を吐くと、すぐに姉妹喧嘩が始まる。
「エーリカ、煽るのはティアと二人っきりの時だけにして……ティア、知っている事は全部教えて欲しい。あとでホーンラビットのお肉を料理してあげるから」
「おお、教える教える! ちょっと、待ってて、思い出すから……」
そして、煤で汚れた天井を眺めながら、ティアはぽつりぽつりと語り出した。
「あたし、エーちゃんたちと離れ離れになった後、見も知らない森の中で狩人みたいな連中に捕まったのよー」
私が、どうしてエーリカたちと離れたのかを聞いたら、「権限がない」とエーリカとティアに秘密にされた。
「そいつら、珍しい生き物だという事で、その国の国王の所まであたしを献上しに行っちゃった訳」
ちなみに、どこの国かを問うてみたら、知らないと返ってきた。宝箱に百年も入っていたし、興味も無かったから覚えていないそうだ。
「法外の値段を吹っ掛けられた国王は、あたしを買う気はなかったみたい。でも、国王の娘のお姫さんがあたしの事を気にいって、欲しいと強請ったの。そこで、国王と狩人連中の値引き交渉が始まった訳よー。それは凄かったわよ。国王を中心に大臣や大貴族で狩人連中を取り囲んで、それらしい事をあーだこーだと言って、あたしの買い取り金額をどんどん減らしていったんだから。まぁ、元々貧しい国だったから仕方がないのだけど、あれは滑稽だったわー。狩人連中は「大赤字だ!」と泣いて帰って行ったわー」
ただの狩人を権力者で取り囲んで値引き交渉するなんて……それで良いのか、名も無き国王!?
「こうして、あたしはお姫さまの友達になった訳」
ティアの姿を見ると、友達でなくペットでは? と疑問に浮かぶ。
「お姫さまとは、それから数年ほど一緒の部屋で過ごしたの。お姫様の部屋にあたしの寝室を作ってくれたわー。木の枝で編んだ外の景色がはっきりと見える寝室なの。それも窓際に置いてくれたから、太陽の光も入るし、景色も綺麗に見れて凄く良かったわー。寝床にはふかふかの藁を敷いてくれたし、外からも鍵が掛かる様になっていたんだよー。凄いんだからー」
部屋自慢をしているのだが……それって、鳥かごなのでは?
「いっつも一緒にいたわー。お姫さまは友達がいないから、あたしが話し相手になってあげたの。たまに、庭園でお茶も飲んだわー。お姫さまの勉強を教えてあげた事もあったの。あたし、頭が良いんだからー」
へー、そうなんだ。
「お城からあまり出られなかったけど、結構、面白かったわー。でもね、お姫さまとの関係も長く続かなかったの。敵国の進撃なのか、貴族や国民の反乱なのか分からないけど、お城を落とそうと攻めてきた連中がいたの。それであたしはお姫さまに、危険だからと宝箱の中に身を隠されてしまった訳。落ち着いたら、すぐに出してあげると言われたけど、結局、百年近くほったらかしよー。信じられる?」
狭く、真っ暗な箱の中で百年……考えたくない。
「ご飯もないし、やる事もないから、ずーと寝ていたわ。どこをどう間違って、この街に辿り着いたかは知らないけど、エーちゃんの魔力を感じて目を覚まし、声を出し続けたら今に至る訳よー。人生何が起きるか分からないわよねー」
そう締めくくったティアは、手つかずの赤ワインを誰の許可も得ず、勝手に栓を開けて、専用カップでクピクピと飲み始めた。
「そ、それで、ティアさんがいたお城やお姫さまはどうなったんでしょう?」
「あたしの入った宝箱がこの街に移動させられたんだから、お城は落とされたんじゃない。そして、王族の関係者は処刑でしょう。流れ的に……。まぁ、知らないけど……」
ワインを飲みながら、あっけらかんと言い放つティアだが、その顔は複雑な顔をしていた。百年は経っているとはいえ、彼女は彼女なりに思う所はあるのだろう。
そんな事があった彼女だ。
百年ぶりの宝箱から解放された事や姉妹と再会した喜びで、はしゃぎ過ぎているのかもしれない。あまり、鬱陶しいとか、煩いと思わないでおこう。
それよりも、肝心の魔力抜きの話が、すっぱりと語られていないのだが……。
本当、自分勝手に語る妖精である。
アナの家に戻ってきました。
会話して終ってしまいました。




