79 ティタニア その1
明けましておめでとうございます。
今年もゆっくり、まったりと投稿していきます。
宜しく、お願いします。
ヴェクトーリア製魔術人形二型二番機ティタニア。愛称はティア。
魔術人形姉妹の次女で、エーリカの四つ上の姉である。
エーリカが六人姉妹の末っ子なのは知っていた。
ただ、姉が妖精の姿なのは知らなかった。
私はその事実を、間抜けな顔をして聞いていた。
人形であるエーリカの姉妹っていうから、髪の色が違うとか、髪型が違うとか、表情が違う程度で、格ゲーの2Pカラー程度の違いしかないと思っていた。
そんな妖精の姿のティアは、エーリカの周りを落ち着きなく飛び回りながら話し続けている。
「いやー、あたし、大変だったんだらねー。分かる? ねぇ、分かる? お姫さんと一緒に住んでいたんだけど、色々といざこざに巻き込まれてさー。危険だからって、お姫さんの宝箱に隠されてから、百年も経っちゃったんだからー。宝箱の中で百年よ。暗いし、食べる物もないしで、ずぅーーと寝ていたんだから。もう、肩や腰が凝っちゃってさー、本当に嫌になるよね。あたしの羽なんか、太陽に当たってないから、輝きが無くなってきているし、もう、暗闇地獄だったわ、まじで。でも、エーちゃんの魔力を感じて、久しぶりに目を覚ました訳。気づいてくれるように何度も何度も声を出していたから、疲れちゃったわ。ほんと、嫌になるわねー」
この妖精、凄くしゃべる。何も聞いていないのに、次から次へと自分の事を話していく。それも重要な話は一切なし。
そんなティアの話を面倒臭そうにエーリカは見ていた。
「それよりも、何でエーちゃんは、雨具着ているのよー。もしかして、外は雨なの? 雨なのね? あたし、雨は嫌いなのよー。服も羽も防水になっているけど、気分はだだ下がりよねー。それにしても、ここはどこなの? 埃っぽい部屋なんですけどー。宝箱の中と変わらないじゃない」
「ティアねえさん、少し黙っていてくれませんか。イラついて、叩きたくなります」
「蠅みたいに姉を叩く気!? 酷い! そんな風に育てた覚えはないわ!」
「育てられた覚えはありません」
絶賛不法侵入中の私たちだ。それも宝物庫であり、重要そうな宝箱を開けてしまっている状況である。ここに教会関係者に見つかれてば、現行犯で捕まってしまう。
このまま、姉妹の再会をのんびりと見ている訳にもいかず、蚊帳の外にいた私は、二人に声を掛けるが……。
「そこで何をしている!」
私が心配した通り、黒い祭服を着た青年が階段から現れて、私たちを発見した。
「こ、これには訳が……」
「あっ、宝箱が!? やはり、盗人か!?」
青年は、奥の開けられた宝箱を確認し、驚愕の顔をする。
「『幻夢』!」
ティアが突如、右手を青年に向けて叫ぶと、青年の顔に灰色の靄が纏わり付く。
青年は顔に靄を付けながら、力尽きるように膝をついて、地面に倒れてしまった。
「な、何をしたの? 殺したの?」
「殺してないわよ! 幻影の魔術で眠らせたの。今頃、お花畑で遊んでいる夢を見ているわ」
電池が切れたみたいに青年が倒れたので、即死魔法でも喰らったのかと思い、安心する。
「ご主人さま、今の内に帰りましょう」
「ああ、そうだね」
「そういう事で、わたしたちは帰ります。ティアねえさんは宝箱に戻って、寝ててください」
「何言っているのよー。あたしも行くわよー。もう宝箱はまっぴらよー」
こうして、私とエーリカと妖精のティアは宝物庫から逃げるように出て行った。
行きと同様、エーリカの地獄耳で教会関係者に見つからないよう慎重に教会堂まで戻り、外へと出る事ができた。
その間、ティアはエーリカの頭の上に乗って、「あっち」「こっち」と指示を出しているが、エーリカはガン無視であった。
無事に外へ出た私たちは後ろを振り返り、扉口を見つめる。
私たちを追いかけて来る者はいない。
宝物庫で教会の青年に素顔を見られてしまったが、一瞬の事なので、大丈夫と自分に言い聞かせる。
私の顔なんて、良くある顔だ。武器屋や酒場にいけば同じ顔はいくらでもいる。それにティアの魔法で眠っているので、夢と思ってくれるかもしれない。
良い方に考えつつ、私たちは教会から遠ざかった。
「どうして、あたしは教会にいたの?」
「それは、わたしが聞きたい事です。わたしたち姉妹が離れ離れになった後、ティアねえさんはどうしていたのですか?」
「あー、色々あったわよ。もう色々とありすぎて疲れちゃうから、先にエーちゃんの事を教えてよ」
先ほどまで自分勝手に話し続けていたにも関わらず、今度は自分の事を棚上げにして、エーリカについて聞いてきた。
そんな妖精の姿をしている姉をエーリカはジトーと睨んでいる。
説明する気のないエーリカに代わり、私が説明してあげた。
本当は急いで教会から離れたかったが、走って遠ざかると不審に思われるので、礼拝帰りの振りして、ゆっくりと坂道を下りながら、奴隷商会でエーリカに会った所から順に説明した。
「あっはっはっはっ、エーちゃん、本当に人形に成って飾られていたんだー。笑える。それも、こんな悪人面のおっちゃんと魔術契約して、さらに冒険者になるなんて……ひぃーひひぃー、腹痛い……」
空中で寝そべり、足をバタバタしながら、腹を抱えて大笑いしているティア。器用なものである。
「ご主人さまを侮辱するなら、本当に羽を毟って、蟻の巣に置いていきますよ」
馬鹿笑いをしているティアにエーリカは眠そうな目で睨む。
「はははっ、あー、ごめんごめん。それにしても……」
ティアは、私の顔の周りを飛び回り、私を観察してきた。
「まぁ、エーちゃんが気にいるだけあり、おっちゃんの魔力、何か変わっているわねー。懐かしい感じがするわー」
そう言うとティアは、産毛すら生えていない私の頭をペシペシと叩き出した。
どう反応すれば良いか分からず、好きなようさせておく。
「ご主人さまの魔力は素敵です。ティアねえさんも契約すれば分かります。ご主人さまの素晴らしさを」
「契約しないわよー。あたし、まだ魔力に余裕あるもの。それに契約で縛られるなんて嫌。あたしは妖精よ。自由を愛する種族。好きに生きるわー」
「妖精の形しているだけで、本当の妖精じゃない」
「ヴェクトーリア博士が妖精のつもりで作ったんだから、あたしは妖精よ。エーちゃんだって、人間のつもりなんでしょ?」
「…………」
何かエーリカが黙ってしまった所で、アナと別れた山の中腹に到着した。
父親と母親のお墓詣りを済ませたアナは、のんびりと街の景色を眺めていた。
「アナ、お待たせ」
「教会では何かありまし……」
私の声に振り返ったアナは、私を見るなり言葉が途切れた。
正確に言えば、私の顔の横で飛んでいる妖精を見て、思考が止まっている。
「やあやあ、君がアナちゃんだね。話はさっき聞いたわー。あたし、エーちゃんの姉のティタニア。ティアお姉ちゃんと呼んで良いわよー」
私の元から離れたティアは、アナの顔の前をウロチョロと飛び回っている。
「こ、これは、どういう状況なのでしょう?」
アナは目の前をウロチョロするティアを目で追いながら、私に聞いてきた。
私もついさっきの事で、いまいち理解できていない。それも、ティアの中身があるのかないのか分からない話を聞いていると、余計に理解が出来ず、上手く説明できないでいた。
「あたしの事は、歩きながら、ゆっくりと教えてあげるわー。さぁさぁ、まずはアナちゃんの話を聞かせて聞かせて」
「は、はぁー……」
困り切ったアナは、道中、自分の事を語りながら坂道を歩いて行く。
ティアに開放された私とエーリカは、黙って後ろをついていく。
アナの話を聞いているティアは、「なるほどねー」とか「それは大変だったねー」とか「そうなんだー」と真剣に話を聞いているのか聞いていないのか、分からない相槌を打っていた。
だが、山道を抜け、街へ出た頃になると、ワンワンと盛大に泣き出した。
「うわーん、うわーん、アナちゃん、大変だったねー。大切なお父さんを亡くして、一人寂しく生きていたんだねー。グスグス……その後も、悪人顔のおっちゃんと無口なエーちゃんと一緒に冒険する事になるなんて……悲劇よねー。うん、うん、ティア姉ちゃんは分かるよー。アナちゃんの気持ち。うえーん……」
周りの事なんて気にする素振りも見せずに、大声で泣き出すティア。幸いな事に周りに人がいないのが救いだ。
それにしても、どうして私とエーリカが仲間になると悲劇になるのだ? その辺、詳しく聞きたいが、どうせ無意味な話が続きそうなので、聞かないでおこう。
「ティアねえさん、いい加減、静かにしてください。煩くて、ご主人さまと後輩が困っています。その口、糸で縫い付けますよ」
「アナちゃんに同情して泣いているのに、本当にエーちゃんは冷たいんだからー」
「え、えーと……おじ様、結局、この妖精さん……ティアさんは、どちら様なんですか?」
自分の事を話すと言って、結局、アナの話を聞いて泣いて終っているティアに代わり、私が教会であった事を教える。
教会で参拝後、助けを呼ぶ声が聞こえた事。教会内部に侵入した事。隠し扉で宝箱を見つけた事。そして、宝箱の中にティアがいた事を簡潔に伝えた。
「本当にエーリカ先輩のお姉さんなのですか!?」
「そうよー! 正真正銘のエーちゃんの姉のティタニアよー。アナちゃん、よろしくね」
「よ、宜しく……お願いします」
いまいち理解できていないアナが、律儀に挨拶を交わす。
「そ、それで、どうして、宝箱に入っていたんですか?」
「聞きたい? ねぇ、聞きたい? すーごく長い話だけど、話してあげるわー!」
「いえ、ティアねえさんの話は結構です」
エーリカがバッサリとティアの話を断ち切る。
お姫様がうんたらかんたらと言っていたので、聞いてみたい気もするが、今までのティアの話し方をみると、正直、どうでも良くなってくるので、エーリカの判断は正解である。
「では、ティアねえさん。街まで来たので、ここでお別れです。わたしたちはやる事があるので、好きに生きてください」
「ちょっとー!? 何で別れるのよー! あたし、お金も住む場所も無いのよー! 野垂れ死んじゃうじゃない。それに、あたし一人になったら、悪人に捕まって、見世物小屋に売られちゃうわよー。最悪、針に刺されて、標本にされちゃうじゃない。折角、姉妹が再会したんだから、このまま一緒にいるわよー! それが姉妹愛というものよー!」
ピーピー言っているティアを、エーリカはいつもの眠そうな目で見ている。だが、いつも一緒にいる私には分かる。凄く、嫌そうな顔をしているのを……。
「まぁ、そんな冷たい言葉を言うエーちゃんだけど、本当は優しい子だって事は、実の姉であるあたしは知っているんだから。本当は、一緒にいたいけど、素直になれないだけよね、ね。だから、あたしは、エーちゃんの本心の為に一緒にいてあげるわー」
無表情をしていたエーリカが、ついに眉間に皺を寄せている。
このままでは、姉妹喧嘩が始まりそうなので、私が間に入る事にした。
「まぁまぁ、ティアの言う通り、久しぶりの姉妹の再会だ。えーと、百年ぶりくらいの再会? 折角、会えたんだから、ここでお別れは悲しいよ。しばらく一緒にいて、その後の事はその後で考えよ」
ティアがいると煩そう……んん、賑やかになるのは間違いないが、『啓示』の指示で出会ったティアだ。このまま別れるのは、問題がありそうである。
「ご主人さまがそう言うのであれば……我慢します」
渋々と言うように、エーリカが同意してくれた。
「おっちゃん、顔に似合わず、良い事言うねー。見直したよー」
ティアは、私のツルツルの頭をパシパシ叩いて喜んでいると、エーリカはすかさずティアをパシっと両手で捕まえた。
「わたしのご主人さまを馴れ馴れしく、おっちゃんと呼ばないでください」
「何よー! おっちゃんはおっちゃんじゃなーい!」
「ご主人さまです!」
「そんなの知らないわよー!」
エーリカとティアは、わーわーぎゃーぎゃーと姉妹仲良く(?)喧嘩しながら、北門へ歩いて行く。
そんな二人のやり取りを見ている私とアナは、苦笑しながら、アナの家へと帰るのであった。
ティアが仲間に加わりました。
特に意味のない会話だけで終わりました。




