77 教会へ行こう その1
教会に行く事が決まった。
だが、今すぐに行ける状態ではなかった。
三人ともワインを飲んで、少し酔っぱらっている。いや、酔いがあるのは私だけだ。
ワインをチビチビと飲んでいたエーリカは、まったく変化なし。
結構な勢いで飲んでいるアナは、少し顔が赤いだけで、いつもより顔色が良い。
私は、コップ一杯飲んだだけで未だに頭の中がフワフワとしている。それ以上に、ベアボア肉を食べた所為で、胃の中がムカムカしていて動く気力がない。
アナに胃もたれに効くミント茶を淹れてもらい、しばらく休んでから教会へ行く事になった。
ちなみに、エーリカとアナの二人で、ほぼワイン一本を空けてしまっている。エーリカは人形だから酔わないかもしれないが、同じ歳のアナが呑兵衛だった事に少し驚いた。
太陽は真上に昇っている。普段なら、昼食の時間であるが、私たちはベアボア肉で胃にダメージを受けているので、今日の昼食は無しになった。大飯食いのエーリカも催促してこないので、彼女も少なからず参っているのだろう。
私が机に突っ伏して休んでいる間、アナは浴室の掃除をしたり、台所を片付けたりとしていた。
エーリカは私の正面に座り、BLについて、あれやこれやと疑問に思った事を私に聞いている。さらに、私×エーリカを描いてくれと強請ってきたが、どんなにお願いされても絶対に描かないつもりだ。
ようやく体調が戻ってきたので、私たちは教会に向かう準備をした。
教会の関係者に顔を見られない為に、アナから余っているローブを借りる。
大きくて着れないという事でアナから借りたのだが、筋骨隆々の私が着たら、パツパツで背中を曲げたら布が破れそうであった。だが、代わりになる物が思い浮かばないので、このまま行く事にする。
変に目立つエーリカもアナの余り物のローブを着てみたが、私同様に体格が違い過ぎて、余計に目立ってしまった。全体的にブカブカで、フードを被れば頭が全部隠れて前が見えないし、ローブの端が地面に擦れてしまう。このまま空を飛べば、シーツお化けに間違われてしまうだろう。
仕方が無いので、以前、雨の日に着た白い合羽を着て変装してもらった。まぁ、これはこれで目立つのだが……。
パツパツのローブを着た私と白い合羽を着たエーリカが教会に行けば、逆に悪目立ちし過ぎているのではと不安に思いアナに聞いてみたら、教会には色々な人が参拝するので問題ないと言われた。
参拝するだけなら、貧民地区の人や乞食の人も来るし、私のようにローブで顔を隠している人もいるとの事。教会の入口だけは広いらしい。
「アナ、その花は? 教会の祭壇とかにお供えしたりするの?」
アナは庭に咲いていた花の束を用意していた。
「折角、教会に行くので、父と母のお墓に寄ろうかと思いまして……宜しいですか?」
「それなら教会には私とエーリカの二人で行くよ。その間、アナはお墓参りをしたらいい」
「良いのですか?」
「『啓示』で教会と言われたけど、行って何をすれば良いか分からない。教会を見学して、お祈りをするだけで終るかもしれない」
「それでしたら、途中で別れさせてもらいます」
こうして、途中でアナと別れて、私とエーリカの二人で教会に行く事になった。
今日は朝から色々な場所に行っている。
朝一で貴族街へ行き、貴族の依頼を受けた。その後、状況報告の為に、冒険者ギルドと『カボチャの馬車亭』を立ち寄ってから、貧民地区でベアボア肉を食べたり、購入したりした。その後、西地区まで行き、買い物をしてからアナの家へ戻ってきた。そして、また街に戻って、教会である。
思い出しただけで、疲れてしまう。
すでに顔見知りの門兵に、私とエーリカの恰好で訝しげな目を向けられたが、特に追及される事もなく街の中へ入った。
教会に通じる道は、北門を抜けて少し進んだ先にある。
山の頂にある教会に行くには、山道を歩かなければいけないが、道は石畳で整備されており、坂道の傾斜も緩いので、教会に着く頃にヘロヘロになる事はなさそうだ。
山道の入口は木々に覆われており、木々の間に道が続いている。神社仏閣に通じる参道のような雰囲気があり、これから向かう場所が下界とは別の特別な場所であるように感じる。
私たちは、鳥の囀りや風になびく草木の音を楽しみながら、ゆっくりと坂道を歩いていく。木立ちの隙間から照らされる木漏れ日を見ているだけで、心が洗われるようだ。目的地が教会でなければ、ピクニックやハイキングの様で気が楽なのだが……。
木々のトンネルを抜けると景色が開けた。
街の全貌が見える。いや正確には、東地区や貴族街は位置が悪くて見えないが、こうして見ると大きな街である。
色々な建物が並んでおり、その隙間を沢山の人が歩いている。
無理矢理、この街に転移させられ、否応無しに生活しなければいけなくなった街。嫌な事や不満な事ばかりであるが、こう改めて私が住む事になった街を眺めていると、僅かに胸の奥が熱くなってくるのを感じる。
「おじ様、エーリカ先輩、この先が墓地ですので、私はここでお別れです」
景色から目を逸らすと、山の中腹を削り段々畑のように坂に沿って墓地が並んでいた。元の世界とあまり変わらない墓地である。盛られた土の先に丸い墓石が並んでいる。この中にアナの父親と母親のお墓があるのだろう。
アナは、軽い足取りで墓地の方へと行ってしまった。
私たちはそんなアナの姿を見てから、再度、坂を上り始める。
傾斜は緩いとはいえ、日本と違い、デコボコが目立つ石畳の道だ。しっかりと足を上げていないと、つま先が浮き上がった石に当たり、転びそうになる。
その所為で、教会に着いた頃には、疲れてしまった。
目の前に現れた教会は、お城のようであった。
私が異世界転移されて追い出された時は教会の敷地の裏側であったので、まさかこれほどまで立派な教会とは思ってもいなかった。
白を基調とした石造りの教会は、デコレーションケーキのように複雑な彫刻がされている。正面には円形のドームになっており、その周りは鳥が止まりやすそうに尖っている小突塔が幾つも建っている。柱の隙間に沢山のステンドグラスが嵌め込まれていたりと、如何にもお金と建築時間を掛けていますと主張する建物であった。
観光名所になりそうなダムルブール大聖堂は、見る者を圧倒する程の威厳と神々しさがある。
こんな変な恰好をしている私たちが、建物の中に入って良いのか悩む。だが、開け放しになっている入り口から、私たちと対して変わらない街人が何人も出たり入ったりをしているのを見かけたので、私たちも気にせず入り口の方へ足を進めた。
しっかりとフードで顔を隠し、複雑に装飾された頑丈な扉口を通り抜け、教会堂へ入る。
静寂に包まれた教会内部は、奥行きのある長方形であった。
中央の身廊は、信者用の長椅子が等間隔に置かれており、数人の参拝者が座っていた。
左右の側廊には、立派な列柱が並び、その二階部分にステンドグラスの明かり窓から室内を照らしている。
最奥にも大きな円形のステンドグラスがあり、石造りの教会堂内部を色鮮やかに彩っていた。
顔を隠した私とエーリカは、長椅子の間を通り、身廊の奥の祭壇へ向かう。
なるべく挙動不審にならないよう、前方の祭壇を見ながら足を進める。
祭壇には、極太の蝋燭、煙が出ている香戸、花瓶に入れられた生花、献金箱が置かれている。
祭壇の奥の左右に、精巧に作られた女神の像が鎮座しており、一方は剣を床に刺しており、もう一方は水瓶を持っている女神像であった。
私たちの前に三人の信者が祭壇の前でお祈りをしている。その三人の信者は、服装もバラバラなうえ、お祈りの仕方もバラバラであった。
農民の服装をしている男性は、土下座をするように両膝を床についてお祈りをしている。身なりの良い商人風の男性は、片膝を床について、胸の前で手を組んでお祈りをしている。大きな斧を背負ったガタイの良い女性冒険者は、立ったまま心臓部分に右手を当ててお祈りしている。
これを見る限り、お祈りの方法は特別決まりはなさそうだ。
人それぞれお祈りの方法が違う事を知った私たちは、三人の信者が立ち去った後、祭壇の前に進み、お祈りを始めた。
私はその場で立ったまま、胸の前で手を組んで、目を閉じる。
リーゲン村の教会でお祈りをしたように、思いつくままにお願いをする。
健康、病気、長寿祈願、家内安全、商売繁盛、金運上昇、借金返済と色々とお願いした。
最後の締めに「女神様、どうか無事に元の世界に帰れますよう、お導き下さい」と心の中で呟いた。
そしたら、鳩尾の部分がムズムズしてきた。ちょうど黒い騎士の槍で貫かれた部分である。
私はゆっくりと目を開き、組んでいた手を離すと、胸のムズムズは消えていた。気のせいだったかもしれない。
タイミングを計ったように、エーリカもお祈りを終える。
献金箱になけなしの小銭を入れてから、エーリカに声を掛けた。
「教会に来たし、お祈りもしたけど、これで良かったのかな?」
『啓示』から教会と言われて来てみたけど、この後はどうすれば良いのだろうか? もう帰っても良いのかな?
その事をエーリカに聞こうとしたら、エーリカは左側の列柱の間にある扉を凝視していた。
「どうしたの?」
「声が聞こえます」
エーリカに尋ねると、扉から目を放さずに呟いた。
「声? 神父たちの話し声?」
「いえ、凄く小さいですが、微かに女性の声が扉の奥から聞こえます」
私も耳を澄ましてみるが、それらしい声は聞こえない。
エーリカは地獄耳の持ち主だ。私では聞き取れない程、小さな音を聞き取ったのだろう。
「それで、その声は何て言っているの?」
「音が小さくて、断言は出来ませんが……助けを求めていると思います」
「た、助け!?」
もしかして、これが『啓示』が導きたかった事か? それなら、事前にもっと細かく言って欲しいのだが……。
それにしても、助けを求めているとは……教会は閉鎖的で禁欲的な環境だ。男色は勿論、幼気な少年に悪戯をする事件は、映画でも実話でも起きている。貴族以上に歪んだ場所が教会なのだ(偏見多し)。
それを私たちが助けろとのアドバイスなのだろうか?
扉の奥は、間違いなく関係者以外立ち入り禁止区域だ。そこに入るだけでリスクが高いのに、困っている人を探して助けるなんて……教会関係者に見つかったら、絶対に面倒事になるのは間違いない。
強制転移された私が、教会といざこざを起こすのは非常に不味い。
この場にエーリカが居なければ、気付かなかった事だ。聞こえなかった事にして、帰ってしまおうかな……。
「えーと……その声はまだ、聞こえる?」
「はい、微かですが、断続的に助けを求めています」
「エーリカはどうしたい?」
「ご主人さまにお任せします」
それが一番困るんだけど……。
さて、どうしたものか……。
―――― 扉……お……く…… ――――
あちゃー、『啓示』も助ける方針らしい。
もし、ここで一身上の都合で帰ってしまったら、今後、臍を曲げた『啓示』からアドバイスをくれなくなるかもしれない。
それは困る。非常に困る。戦闘中に『啓示』のアドバイスがなければ、私はすぐに死んでしまう。
今まで何度も助けてもらった『啓示』だ。今回も良い方へ進むのだろう。
ここは、助けに向かうしかなさそうだ。
「エーリカ、その声の主の元まで行き、助けたいと思う。ただ教会関係者に気づかれずに行いたいのだけど……出来そう?」
「任せてください。足音を聞いて対処します。叫び声を上げる前に仕留めます」
「仕留めたら駄目! ばれない様に隠れたり、見過ごしたりして!」
「問題ありません。わたしに任せてください」
凄く不安であるが、エーリカを信じて、私たちは列柱の扉に近い長椅子に座った。
現在、教会堂にいる人間は私たちを除いて五人いる。
四人は信者で、私たちと同じ長椅子に座り、各々お祈りやら、木札で何かを書いていたりしていた。
残りの一人は黒色の祭服を着た神官が祭壇の近くで待機している。監視役兼信者の対応係なのだろう。彼が目を光らせている間は、扉を開けて入る訳にはいかない。
どうしたものか……。
「魔術で小さな火事を起こして、その隙に入りますか?」
物騒な案を出すエーリカに、速攻で却下を出す。
その後、窓ガラスを割って慌てている隙に入るとか、相談する振りをして物陰で気絶させるとか、幾つか案が出るが、どれも却下した。
エーリカの案を聞きながら、しばらく神官の様子を見ていたら、長椅子に座っていたおばさんが神官の元まで行き、二人で列柱の間に設置してある簡易な建物へ入って行った。
もしかして、懺悔室だろうか? それなら、当分戻ってこないはず。
このチャンスに私たちは席を立ち、扉の横に近づく。
他の信者は、私たちの姿を見ておらず、各々好きな事をしていた。
私は扉のノブをゆっくりと回す。
鍵は掛かっていないので、扉は簡単に開いた。
こうして、私たちは教会内部へ進入する事が出来た。
関わりたくない教会へ行きました。
『啓示』のお導きにより、人助けをする事になりました。




