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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者
75/330

75 打倒!ベアボア肉 その1

 ベアボアスープにより、口と鼻と胃にダメージを負った私たちは外へと出る。

 吐く息が臭いが、三人とも臭いので気にしない。


「どうして、ここの人たちは、魔物肉を平気で食べれるのでしょうか?」

「どうしてだろう? 小さい頃から食べているから、耐性でもついてるんじゃない?」

「わたしは貧民地区の人たちに敬意を表します」

「大袈裟な」

「いえ、ご主人さま。今回の件、わたしがあまりにも矮小だと痛感しました。わたしが太刀打ち出来ない料理があるとは思えませんでした。これを機に、私は食に対して真摯に向き合う事を誓い、今後、増々精進したいと思います」


 エーリカが変な方向へ決意してしまった。それだけ、今回の闘いは厳しかったのだと痛感する。


 そんなこんなで、食堂を出た私たちは二つ隣の肉屋へ着いた。

 肉屋は建物の一階に入っている。

 扉を開けて肉屋の中へ入ると、成熟した肉の酸っぱさと血の混じった臭いが鼻を襲う。

 密閉された部屋の中なので、その異臭は塊のように部屋を覆っていた。

 普段ならその臭いを嗅いだだけで、その場でゲーゲーと吐いていただろう。だが、今はベアボアスープで鼻を破壊されているので、そこまで臭いは気にならない。

 色々な動物の頭や肉、内臓が机の上に並んでいる。

 天井に吊るされた鎖には、大きなネズミや変な色をした鳥がフックに刺さって吊るされている。

 壁際の地面に、木で編んだ檻が積み重なっている。その中に、生きたままのイタチやネズミ、大きなトカゲが入れられている。中には私の腕ほどもある芋虫も入っていて、鳥肌が立ってしまった。これらは、客の要望があれば、その場で捌くのだろうか? 

 来てはいけない場所に来てしまった感じがする。


 肉屋の亭主は、赤黒く汚れたエプロンを付けた、丸く太ったオッドジョブの様なおっさんだった。

 亭主は、エーリカの姿を見ても顔色を変えず、黙って肉厚の包丁を砥いでいる。

 陳列されている肉は、露店で売っていた肉に比べたらまだ良い方であるが、それでも赤黒く変色していたり、蠅が数匹飛んでいたりと、日本では考えられない品質の肉が売られていた。


「え、えーと……ベアボアの肉が欲しいのですが……」


 私は、恐る恐る尋ねると、亭主は砥いでいた包丁で陳列されている肉の一部を指して「いくつ欲しい?」とぶっきらぼうに答えた。

 ベアボアの肉は、ブロック肉のように切られて並んでいる。これから色々と試して試食をしなければいけないので、少ない量では足りないだろう。だからといって、沢山購入する訳にもいかない。何て言ったって、臭くて不味い肉だからだ。

 私は少し迷った揚げ句、五百グラムほどのブロック肉を購入する。

 亭主は黙って、見た事もない大きな草にブロック肉を包んで、お金と引き換えに渡してくれた。お金は、銅貨三枚であった。

 用事も済んだし、私たちはそそくさとお店を出て、さっさと来た道を戻り、裕福地区へ帰ってきた。

 『カボチャの馬車亭』の近くまで来た所で、私たちは大きく息を吸う。


 ああ、空気が美味しい。

 

 体全体に疲労を感じるところを見ると、知らず知らずに緊張していたようだ。やはり、私は貧民地区では生活できないと改めて思った。


 私たちは、そのまま冒険者ギルドの十字路まで戻り、西地区の露店エリアまで進み、料理に使えそうな物を購入していく。

 赤ワイン、香りの強い野菜や薬草、その他普通の野菜を購入する。使ったお金は銀貨一枚も使っていない。

 執事のトーマスから貰った軍資金は銀貨三枚。このまま上手くいけば、銀貨二枚は手元に残りそうだ。

 流石、貴族。金払いが良いと思ったが、よくよく考えてみたら、金額の良い鉄等級冒険者の依頼を受けたら、一日銀貨一枚は貰える。ベアボア料理の期限は三日なので、つまり軍資金の銀貨三枚は、別段、金払いが良い訳ではない事に気が付いた。

 貴族とはいえ、位の低い男爵である。平民に毛が生えた程度のお金しか持っていないのかもしれない。下手すると、軍資金の銀貨三枚が、今回の依頼料だったりして? 少し不安になってくる。



 色々と材料を調達した私たちは、アナの家に戻ってきた。


「では、早速だけど、ベアボア肉を調理してみようか」


 肉の獣臭さを取り除く方法は、お酒に漬ける、牛乳に漬ける、果物の汁に漬ける、湯通しする。ぱっと思いつくのがこれである。


 料理を始める前に、まずベアボアのブロック肉の表面を切り取って、ゴミ箱へポイした。

 勿体ないかもしれないが、表面が黒く変色しているし、蠅が(たか)っていたので、念の為、切り捨てたのだ。

 ちなみに、ゴミの処理なのだが、アナの家では、生ごみは庭で燃やしてから地面に埋めるそうだ。

 裕福地区は、ゴミ捨て場が各所に設置されており、そこにまとめて捨てる。そして、下町の人たちが定期的に回収しに来てくれるそうだ。下町の人たちは、回収したゴミを、まだ使える物、まだ食べられる物、売れる物と分けて、完全にいらない物は燃やして埋めるとの事。

 

 話を戻して、実験スタート。

 ベアボアのブロック肉を、適当な大きさに切ってから、赤ワイン、牛乳、リンゴの搾り汁を各ボールに入れて、その中にベアボア肉を漬けておく。

 どのくらい漬けておけばいいのかな? 一時間ぐらいかな?


 時間が空いたので、湯通しのベアボア肉を試す事にした。

 私たちは、水の張った鍋を竈に設置して、お湯を沸かした。

 沸騰したら、ベアボア肉と生姜を入れて煮込んでいく。本当はネギも入れたかったが、売っていないので諦める。

 グツグツと煮込むと表面に灰汁が出て来たので、丁寧に掬っていく。


「ご主人さま、どのくらい臭いが消えるか、普通に焼いた肉も用意して食べ比べた方が良いではないでしょうか?」


 この娘は、さっきベアボアスープで痛い目に遭った事を忘れているのだろうか?

 エーリカの案は(もっと)至極(しごく)なのだが、肉を試食する回数が増えるので、正直やりたくない。

 だが、これも仕事だ。味覚を犠牲にしてでも、やり遂げなければいけないのだろう。


 ベアボア肉に塩胡椒を沢山振り掛け、タイムのような薬草を練り込んでいく。

 グツグツと煮込んでいる鍋とは別の竈に鉄フライパンを設置し、油を引く。

 良く熱したフライパンにニンニクを入れて軽く炒めたら、ベアボア肉を入れて焼いていく。

 レアだとお腹を壊しそうなので、ウェルダンで焼く。

 肉を焼いている音だけを聞けば、美味しそうなのだが、焼けた肉から出る煙が既に嫌な臭いをしている。同様に、湯通ししている鍋の湯気からも嫌な臭いが出ている。

 アナの家がベアボア臭になり始めたので、全てのドアと窓を開けて、換気をした。

 良く焼いた肉に、赤ワインを少し振り掛けて、皿に移す。

 湯通ししている肉は、旨味が全て抜け落ちるまで鍋で茹でた後、湯から取り出し、水で洗ってから、皿に移した。

 ベアボアのステーキとベアボアの冷しゃぶの完成である。


 言い出しっぺのエーリカにはベアボアのステーキを、不健康そうなアナには食べやすい冷しゃぶの皿を前に持っていってあげた。

 二人は、皿に乗っている肉を見ているだけで、手を伸ばそうとしない。

 仕方ないので、ステーキも冷しゃぶもナイフで三等分して、平等に試食しようと意思表示をしてみたが、私も含めて、誰も手を伸ばそうとしなかった。

 しばらく時間が流れ、仕方が無く私が率先して試食する事にした。

 私は恐る恐るベアボア肉のステーキに手を伸ばす。

 手の震えを意志の力で抑え込み、決死の覚悟で口の中へ入れた。


「……んぐッ!?」


 一噛みした瞬間、胃液が逆流しそうになり、慌てて口元を押さえる。

 色々な具材で煮込まれたベアボアスープ以上に、獣臭と苦味が口と鼻に襲い掛かってきた。

 頭がクラクラしてくる。体から嫌な汗が吹き出す。気を抜くと体が痙攣を起こしそうになる。


 これが、ベアボア肉の全身全霊百パーセントの本気か!?


 レベル七の鉄等級冒険者のおっさんでは、太刀打ち出来ない。

 私は急いで、近くに置いてあった木製のコップを掴み、中に入っている液体で、口の中で猛威を振るっているステーキ肉と逆流してくる胃液を押し流した。


「ゲホゲホゲホッ……こ、これ……ワインだ……」


 中身を確認せず飲んでしまった液体は、調理用に用意しておいた赤ワインだった。ワインの軽い酸味と果実の香りで、若干ベアボア臭に汚染された口内が洗浄された。

 赤ワインをもう一口飲むと、胃の方も落ち着いてきた。肉料理には赤ワインが合うと言われるが、ベアボア肉には、赤ワインが欠かせないかもしれない。

 私の様子を見ていたアナは普段以上に青い顔をして、ベアボアステーキから後退している。それをエーリカがアナのローブを掴んで逃がさないようにしていた。


「ご主人さまが、率先して命を削ってくれました。今度は、わたしたちが立ち向かうべきです。ご主人さまの屍を無駄にしません」


 そう言ったエーリカは、アナをズズズッとベアボアステーキの前まで引きずるように移動させる。

 「ヒィー」と情けない悲鳴を上げるアナは、涙目になりながら私の顔を見て、助けを求めてきたが、私はつい顔を逸らしてしまった。代わりに、アナ用に赤ワインを用意してあげる。

 エーリカに腰を捕まえられて逃げる事も出来ないアナは、目を瞑り、しばらく葛藤した後、くわっと目を開けて、ベアボアステーキを口の中へ入れた。

 その後のアナは、私同様の状態になり、ワインを凄い勢いで飲んでいる。


 アナの雄姿を見届けたエーリカは、優雅な動作でベアボアステーキを口に入れた。

 エーリカは、私とアナのように取り乱したりはせず、ベアボアスープを飲んだ時と同じ、電池の切れたロボットのように動きを止め、瞳の中の輝きが無くなってしまった。


 冒険者である私たち三人に瀕死の深手を負わせたベアボアステーキは完食した。

 だが、敵はまだいる。

 ベアボア肉の冷しゃぶがいる。

 お湯で力をそぎ落としているが、どこまで力が低下しているのかは、直接、口に運んでみなければ分からない。

 アルコールが入って思考が低下している私は、つい流れでベアボアの冷しゃぶに手を伸ばしてしまった。


「ぐぅぅ……!?」


 苦ッ!

 舌が痺れる程の渋みのような苦味が口の中に広がる。

 生姜を入れて茹でたおかげで、若干、獣臭は薄らいでいるが、その代わり苦味が全面に押し寄せてしまった。

 吐き気はあまり起こらないが、これはこれで辛い。

 力を落としても、別の能力が開花して、さらなる強敵に進化してしまったようだ。


 飲みかけのワインを全部飲み干し、アルコールでふわふわする体を椅子に沈める。

 生まれて初めてお酒を飲んで分かった。

 私はあまりお酒に強くない。

 顔が赤く染まり、思考が定まらない。

 胃の中もグルグルと洗濯機が回っている感じだし、思い切って吐いてしまおうかと思ってしまう。

 グビグビとワインを飲んでいるアナが、私のコップに追加を注ごうとしたので、「未成年だから」と断った。もう飲んでいるのだが……。

 「未成年?」と疑問に思っているアナは、私に続き、冷しゃぶに手を伸ばし、返り討ちにあった。

 チビチビとワインを飲んでいるエーリカも、しゃぶしゃぶの前には為す術もなく、また電池切れを起こしてしまった。


 私たち三人の命を懸けた死闘のおかげで、試食用に調理したベアボア肉は無くなった。

 だが、その代償は大きかった。

 私たちは力無く椅子に座り、闘いの傷を癒す為にしばしの休憩を余儀なくする。

 私たちは思う。

 手を出してはいけない物に手を出してしまったと……。

 だが、戦いはまだ終わっていない。

 本当の闘いはこれからなのだ。


 そうは思いつつも、今はしばらく休ませて欲しい。


タイトル通り、アケミおじさん、奮闘しています。

そして、ボロボロになっています。

可哀想に……。

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