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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者

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74 再戦!ベアボアスープ

 『カボチャの馬車亭』を後にした私たちは、ベアボア肉を求めて、貧民地区に向けて歩き出した。

 整備されている石畳が無くなり、剥き出しの地面に変わる。そこから徐々に嫌な臭いが空気に混ざり合う。

 貧民地区には何回か来ているが未だに慣れない場所だ。

 建物の日陰で正気のない目で座っている人を見ると大丈夫かと心配になる。そんな人がチラチラと見えるが、貧民地区の人たちはそんな人たちを当たり前のように無視して、自由気ままに生活していた。

 貴族街を見た後だと、貧民地区は貧民地区で活気がある。

 路地裏で何かを探している老人。昼間から安宿の前で男性を誘っている女性。拳大のネズミを追いかけている薄汚れた三人の子供たち。開けっ放しの飲み屋で、何人かが酒を飲んで騒いでいる。汚れた露店では、大声で客の呼び込みをしており、何人かの客が集まっている。

 スリや暴漢に襲われないよう、いつでもレイピアを抜ける様に、右手をレイピアの鞘に手を当てながら歩いていく。

 エーリカやアナも表情は変えていないが、無駄口を叩かず、周りを観察しながらついて来ていた。


「ご主人さま、あそこでお肉を売っています」


 エーリカが指差した先には、客が一人もいない真っ黒に汚れている露店がある。

 試しに近寄って様子を見ると、疲れ切った年齢不詳の男性が、私たちを見る事もせず、真っ赤に染まった木板の上で、肉を捌いていた。

 色々な肉が並んでいる。頭だったり、足だったり、取り出された内臓が無造作に置かれている。肉の横には、獣から剥いだ毛皮が置いてあったり、地面には血溜まりに沈められた内臓なんかもある。

 太陽の下に晒されたお肉たちは、黒く変色しており、カピカピに干からびている。その表面には、無数の蠅が(たか)っていた。

 流石にこの肉屋で買う勇気はない。

 そのまま素通りした私たちは、そのまま貧民地区の中を歩くと、見覚えのある建物が目に入った。


「あそこの宿で、ベアボアの料理を食べたんだよ」

「折角ですので、ご主人さまが食べた料理を食べに行きましょう」

「本気で食べるの?」

「はい、ご主人さまと同じ事がしたいです」


 どんだけ私の事が好きなんだ?

 エーリカの言葉は、普段なら嬉しい言葉なのだが、今回は相手(料理)が悪すぎる。トラウマの犠牲者が増えるだけなのだが……。


「お客に出すベアボアのお肉です。そこの料理人に、どこで購入しているか教えてもらえないですかね?」


 貧民地区とはいえ、お客に提供するお肉だ。さっき見た露店のカピカピクロクロの蠅が集っていたお肉を使うはずがない。

 私はアナの案を採用し、安宿の食堂へと入っていった。



 食堂の隅の机で三人の男がエールを飲みながら、石を使ったギャンブルをしている。

 カウンターには、ホームレスのような恰好をした老人が食事をしていた。

 汚らしい犬がゴミの落ちていない床に寝そべって寝ている。

 朝と昼の中間ぐらいの時間帯なので、食堂にいる人は少なかった。

 私は、エーリカとアナに席に座って待っているように言って、カウンターへ向かう。

 ガタイの良い爽やかな中年男性がカウンターの奥からタイミング良く現れた。

 以前、泊まった時に対応してくれた男性だ。確か、安宿の受付をしていたおばあさんの息子で、今でもおばあさんのおっぱいを吸っているとか……。


「飯かい?」

 

 席に座っているアナとエーリカを一瞬見て、眉を寄せた食堂のおじさんは、(いぶか)し気に尋ねた。


「ええ、ベアボアの肉を使った料理を食べたいけど、何がありますか?」

「ベアボアの肉? うちは肉や臓物を煮込んだ物しかない」

 

 以前、私が食べた物だろう。私のトラウマスープ。


「ん? その女のような話し方……あんた、以前に来た事があるな。覚えているよ」


 私の姿でなく、話し方で思い出してくれたみたいだ。


「ええ、少し前にお世話になった事があります」

「そうか、俺ん所の飯が恋しくて来てくれたのか……嬉しいね」


 何か勘違いをしているようだが、正直に言うと怒りそうなので黙っておく。


「あんた、冒険者だった……のか?」


 おじさんは、私の腰に吊るしているレイピアを見てから、奥に座っているエーリカを見て疑問形になった。

 無理もない。貴族街でも場違いなのに、貧民地区の食堂にお金持ちのご令嬢のようなエーリカが席に着いているのだ。怪しさ満点であろう。まぁ、素直に説明する事でもないので無視をする。


「ええ、冒険者です。少しベアボアの肉が必要になったので寄りました。ちなみに、こちらではどこの肉屋で購入しているのですか?」

「俺の所は……」


 おじさんは、素直に肉屋を教えてくれた。この食堂から二つ隣の肉屋らしい。もし、先程見た露店のお肉を使っていると言ったら、ベアボアのスープを注文せず、そのまま帰る所だった。


「ベアボアの肉は、スープ以外に使わないのですか?」

「俺ん所はスープだけだ。ベアボアの肉は臭くて苦いから、色々と混ぜて煮込まんと美味しく食えない。もっと貧しい連中は、そのまま焼いて食っているがな。あとは、ベアボアの乳は普通に飲んでいる。チーズにもなっているぞ」


 貧民地区の人でも、ごった煮にして、味を紛らわせないと不味くて食えないらしい。こんな肉を貴族に食わせる程に美味しく出来るのだろうか? 私の心は、徐々に諦め始めていく。


「それで、どうする? スープを飲んでいくかい?」

「ええ、ベアボアのスープを一つ。あとドライフルーツを三人前、お願いします」

 

 お口直しのドライフルーツは必須である。

 私は代金を払ってから、エーリカたちの元へ向かった。

 ギャンブルをしている三人組がエーリカとアナをチラチラと見ている。

 私はレイピアを少し持ち上げて、三人組に見えるようにエーリカたちが座っている席に着いた。

 もし、私たちにちょっかいをかけたら、エーリカとアナが何とかしてくれるだろう。私は見た目だけだからな。


 二人には料理がくる間に、先程、おじさんと話した内容を伝えた。


「お待たせ、ベアボアの煮込みスープとドライフルーツだ」


 しばらくすると、おじさんが料理を運んできて、すぐに元のカウンターへ戻っていった。

 私たち三人は、ベアボアのごった煮スープを眺めて、息を飲む。

 臭いだけで今朝食べたオムレツが、ただいまって戻ってきそうだ。

 エーリカの手がゆっくりとベアボアスープに伸びて、ゆっくりと引き寄せた。そして、木匙を持って、スープの中に入れる。

 私とアナは息を飲んで、エーリカを見守る。

 エーリカはゆっくりとスープを掬った木匙を、小さく可愛い口へと入れた。

 口に木匙を入れたたまま、エーリカの動きが止まる。

 口の中でゆっくりと咀嚼しながら味わっている訳では決してない。スープを口の中に入れた瞬間、エーリカの瞳から光が無くなったので間違いない。

 しばらくして、口に入れた木匙をスープの中へと戻す。そして、またゆっくりとした動作で口に運ぶ。それを何度か繰り返している。

 光の消えた瞳。感情が欠落した表情。エーリカはまるでロボットのようである。

 

「エーリカ、無理に食べなくいいから、もうその辺で止めようか」

「い、いえ……残すのはわたしの流儀に反します。……勿体ないです」


 エーリカには、私の魔力が流れている。もしかしたら、私の魔力の所為で、日本人の勿体ない精神が、エーリカに影響を与えているのかもしれない。


「エ、エーリカ先輩……わ、私にも味見させて……もらえますか?」


 エーリカを助けたかったのか、単純に興味があっただけなのか、分からないが、アナが意を決した様子でエーリカに言う。

 それを聞いたエーリカは、素早い動作で、アナの前にベアボアスープを移動させた。

 ベアボアスープが目の前に現れたアナは「ヒゥ」と息が漏れる。

 自分の役目を終えたと言わんばかりのエーリカは、ベアボアスープに目もくれず、ポリポリとドライフルーツを齧って、瞳の中の光を取り戻していた。

 アナはエーリカ同様、ゆっくりとした動作で木匙でスープを救い、口の前に持っていったが、なかなか口に入れる所までいかなかった。


「後輩、勢いが大事です。スープが(ぬる)いと余計辛いです」


 経験者のエーリカがアナに助言をすると、意を決したアナは木匙を口の中へ入れた。


「んぐっ!?」


 すぐさま木匙をスープの中に戻したアナは、両手で口を押える。アナの不健康そうな顔色から見る見る内に色が抜けていく。

 エーリカが服の袖から水の入った皮袋をアナの目の前に持っていくと、アナは奪うように皮袋を取り、グビグビと水を飲んだ。

 トラウマ製造機のベアボアスープは健在の様子である。

 エーリカ同様、アナもドライフルーツで口直しをしたら、エーリカとアナの二人が私の顔を見始めた。

 私の頬から一筋の汗が垂れる。

 まさか、私も試せという視線だろうか? 同じ釜の飯を食べる仲間意識なのかもしれない。ただ、私は以前に食べたので、今回は食べても意味がない。

 ここは無視する事がベストなのだが……アナが涙目に成っているのを見ると、断る事が出来なかった。


「はぁー……」


 私は深い溜息を吐いた後、アナの目の前にあるベアボアスープを引き寄せた。

 木匙を握って、スープをかき混ぜる。食べるのは、以前と同じ、ひよこ豆だけにしよう。

 木匙に一粒のひよこ豆を乗せて、口に入れる。


「うぐっ!?」


 口の中が犬小屋! 雨降りの犬小屋臭! 

 息をする度に鼻の中で獣臭が充満して、意識を持っていかれる。

 胃の中がグツグツとかき回されており、体中から嫌な汗が噴き出てきた。

 私はアナが飲んだ革袋を掴んで、水で口の中を洗浄する。

 やはり、これは人間が食べる代物じゃない。

 私は、空になった皮袋を置いて、ドライフルーツをポリポリと食べる。


「はぁー……」


 私の口から再度、深い溜息が漏れる。息も臭くて、咽そうだ。

 私たちは、ボスに完膚なきまでに叩きのめされた戦士のように、肩を落としてドライフルーツをポリポリと食べ続けた。その間、一切、ベアボアスープに視線を向けない。

 

「あんたら、それ食わんのか?」

 

 ドライフルーツが無くなり、席を立とうとした時、カウンターで食事をしていたホームレスの恰好をした老人が、私たちに声を掛けてきた。


「ええ、三人とも食欲がなくて……良かったら、食べます?」

「おうおう、食う食う」


 そう言うなり、老人は私が座っていた椅子に腰を落とし、ベアボアスープを美味しそうに食べ始めた。

 うむ、食べ残すのが勿体ないと言っていたエーリカもこれで心置きなく帰れるだろう。


 こうして、私たちはベアボアスープの前に為す術も無く、やられてしまったのである。

 人生には、越えられない壁は、確実に存在する。

 だが、立ち止まっていては何も進まない。

 今回の敗北を糧に、さらなる高みを目指さんと奮励努力を惜しまなければ、僅かな希望も生まれないのである。

 これから、沢山の試食という強敵を前に挑む為にも……。


 私たちの戦いは、これからだ!


完!


……と、打ち切りエンドにしたらクレームの嵐ですね。

まだまだ、続きます。

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