70 白銀等級のお願いと腐教活動の続き
「何しに来たのですか!」
ズザザっと私を守るようにエーリカが右手を伸ばして、いつでも魔力弾を撃てる恰好でラースに尋ねた。一度、ラースたちに襲われているので無理もない反応だ。
「ちょっとちょっと、お嬢ちゃん、落ち着いてくれ。俺たちは別に危害を加える為にきた訳じゃない。あの時が、変だっただけだ」
「あなたたちに用があって、アナスタージアさんに案内してもらったの」
私はエーリカの伸ばした腕を下ろしてから、アナの方を向いた。
「ぼ、冒険者ギルドでラースさんとナターリエさんに声を掛けられました。アケミおじ様に依頼の話があるみたいです」
アナは、冒険者ギルドでレナに私が目覚めた事、薬草採取の依頼の話、お金の融資などを話していた時、後ろから白銀等級冒険者の二人に声を掛けられたそうだ。
依頼の話があるので、私の元まで案内してくれとお願いされた。
アナはまだ、『カボチャの馬車亭』やハンカチ屋に用事があったので、先に用事を済ませた後、北門で落ち合い、ここまで案内をしたとの事である。
「依頼ですか?」
私は首を傾げて、ラースとナターリエの二人を見る。白銀等級冒険者が鉄等級冒険者に依頼をする事があるのだろうか?
「正確には、私たちの依頼主があなたに依頼したい事があるみたい」
「それで、俺たちが仲介役としてきた訳だ」
「はぁー、私に直接依頼ですか? 心当たりがないんですが……」
「細かく言うと、おっさんを直接指名した訳じゃない。ピザを作った奴を見つけて、連れてこいという流れ」
ラース、ナターリエの二人は、今朝早く、懇意にしている依頼主から最初にピザを作った人物を探し出し、連れて来てくれと依頼を受けた。
今では沢山のピザ屋が出店しているが、最初に出した店が『カボチャの馬車亭』である事は、既に知っていた二人――『カボチャの馬車亭』の常連らしい――は、『カボチャの馬車亭』へ向かい、カルラたちに事情を説明した。
確かに『カボチャの馬車亭』が初めてピザを出したお店であるが、実際にピザを教えてくれたのは、新人冒険者の私であるとカルラに聞いた。さらにワイバーンの炎でミディアムレアにされた私が、現在、アナの家で治療中だという事も知った。
二人は、アナの家を知るために冒険者ギルドへ向かったら、当のアナが窓口に居たので、家まで案内をしてもらったという流れである。
「ピザが関係しているとなると、料理関係の依頼になるのかな?」
「依頼内容までは聞いていないわ。私たちは、ピザを作った人を見つけて連れて来るまでが依頼だから……」
「ちなみに、依頼主は誰ですか?」
「それに関しては、明日、教えるよ」
「明日? これから依頼主まで案内するつもりじゃないんですか?」
指名の依頼だ。緊急に近い依頼だと思っていたのだが、そうでもなさそうだ。
「実は俺たち、長い間、遠出していたんだ。ゴブリンの巣が二、三個出来ていたから、順番に潰して回っていた」
「昨日、帰ってきたばかりなの。だからブラック・クーガーやワイバーンの話を聞いて、驚いたわ」
「おっさんが怪我をしたと聞いたし、今日は見舞いがてら話をしにきた訳だ」
見舞いと言う割には、お花も果物も用意していない。冒険者にとって依頼の斡旋が、見舞品になるのだろうか?
「そういう訳で、俺たちも長旅で疲れているし、おっさんも目覚めたばかりだから、明日、依頼主を紹介するわ」
「その依頼、断っても?」
今ここで依頼主を明かせないなんて、とても面倒な予感がする。
「断ってもいいけど……良いのか? 借金があるんだろ?」
うっ、鋭い所を突いてくる。何で私たちが借金を背負っている事を知っているのだ? 流石、白銀等級冒険者。ギルマスだけでなく、ゴブリン×ラースも描いてやろうか。
「安心して。依頼内容は知らないけど、依頼主は信頼できる人よ。私たちも何度も依頼を受けているもの。それに金払いも良いから期待していいわよ」
安心させるようにフォローするナターリエの言葉だが、その言葉で何となく依頼主が誰かが分かった気がする。
「依頼自体は断ってもいい。ただ依頼主に会って、話だけは聞いてくれ。そうしなければ、俺たちの依頼が未達成に成ってしまう」
正直、断りたいのだが、借金もあるし、何より格上の白銀等級冒険者のお願いだ。
行かないという選択肢は無いのだろう。
「わ、分かりました……エーリカ、アナ、付き合ってくれるかな?」
一人では心細いのでエーリカとアナの同行をお願いしたら、「いつも一緒です」「一緒に行きます」と同意してくれた。
「それなら、明日の朝、冒険者ギルドで待ち合わせしましょう」
「遅れるなよ」
そう言い残し、白銀等級冒険者の二人は帰って行った。途中、「おっ、スレイプニル。ちょっと乗ってきていいか?」とラースが言うと「さっさと帰るわよ」とナターリエがラースの首根っこを掴んで引き摺られていく。
喜んで良いのか悪いのか、目覚めてすぐに指名の依頼が舞い込んだ。ナターリエ曰く、支払いは良いとの事。
ピザ関係からの依頼だから、十中八九、料理関係なのは予想がつく。討伐依頼でない事が救いだが、内容に予想が付かないので、不安で仕方がない。是非とも、簡単な依頼である事を願うばかりだ。
「も、もう、お昼ですし、少し、軽食でもどうですか? ピザを貰ってきたんです」
思い出したように、アナが昼食の提案をしてきた。エーリカは勿論即答で同意する。
私たちは、アナの家に入り、昼食にした。
「『カボチャの馬車亭』の人たちが、おじ様が治って喜んでいました。ピザだけでなく、ジャムやパンも貰いました」
ピザを食べながら、街に行ったアナの報告を聞いている。
『カボチャの馬車亭』だけでなく、冒険者ギルドでも私の完治を喜んでくれたそうだ。
この異世界に来てまだ一ヶ月も経っていないのに、心配してくれる人が何人もいてくれて嬉しくなる。
また、冒険者ギルドでお金の融資を聞いたが、やはり冒険者ギルドでは冒険者にお金の貸し借りはしていないとの事らしい。
薬草採取の依頼は、未達成との事で駄目になったが、採ってきた薬草は買い取ってくれた。ただ、二束三文にしかならなかった。またブラック・クーガーの時、エーリカがギルマスに協力した事で依頼扱いになり、その時の依頼料も合わせて貰ってきたそうだ。
まぁ、これも大した金額ではないのだが、借金を背負っている身としては有り難い。
最後にアナは、ハンカチ屋で特注していたハンカチを受け取り、エーリカに自慢していた。エーリカも自分のハンカチを取り出して対抗している。
「私のハンカチは三人もいるんです」「わたしはご主人さまと二人っきりの愛のハンカチです」などと見せびらかしている。
食事も一段落したし、ここで先ほど描いたBLの絵をお披露目しよう。
だが、単に男同士のむふふな絵を見せただけでは意味がない。
BLはストーリーあってのBLである。
そこで、私は絵を描いていた時に創作した簡単な話を語る事にした。
「まず、先に言っておきたい事があります。これはあくまでもフィクション……作り話であり、登場人物は架空の存在である事を理解してください。参考にした人はいますが、決して本人ではありませんので、色眼鏡で見たり、直接本人に話してはいけません」
これ大事。だって、さっき本人に会ったし、明日も会う約束をしているので、注意をしなければいけない。
私が真剣な表情で語るので、エーリカとアナも真剣に私の方を向いて、コクリと頷いた。
「では、始めます」
ある青年は、若いながらも一、二を争う凄腕の冒険者であった。
依頼達成は百パーセント。どんな魔物も彼に掛かれば、あっという間に討伐してしまう。
他の冒険者からも頼りにされる彼は人気者であった。
言い寄る男は数知れず。
だが、プライドの高い彼は、どんな男の誘いも断り続けている。
それもそのはず、彼には夢があるのだ。
冒険者ギルドを束ねているギルマスに追いつく事。
ギルマスは、元凄腕冒険者で、色々と伝説を残している。
ギルマスの伝説を聞いて育った彼は、ギルマスのように成りたい一心で冒険者に成ったのだ。
青年にとってギルマスは、憧れの存在であり、尊敬する存在であり、目標であった。
ギルマスに認められたい。ただその思いだけで冒険者の依頼をこなしてきた彼は、いつの間にか、冒険者ギルドの頂点にまで昇りつめたのだった。
だが、そんなある日、若干天狗に成っていた彼は、些細なミスで重大な失敗をしてしまう。
怪我人も出てしまった。お金による損害も大きい。
彼は非常に落ち込んだ。少し天狗に成って、自分は何でも出来ると思い込んでいた時の失敗である。自分が情けなくて、涙を流した。
誰もいない冒険者ギルドの椅子に座り、顔を覆って、一人で泣いていた。
そんな彼に声を掛ける者がいる。
一人寂しく泣いている彼の肩を触って、優しく、慰めの声を掛ける者……ギルマスであった。
ギルマスの背中を追いかけていた青年は、彼の顔を見る事が出来なかった。
それなのに、ギルマスは、淡々と自分がこれまで犯してきた失敗談を独り言のように語った。
つまらない失敗から、仲間を失う失敗まで、沢山、沢山、語る。まるで、懺悔の様であった。
そのギルマスの懺悔を黙って聞いていた青年は、気が付いた。
憧れであり、英雄であったギルマスも、自分と同じ人間であると……。
その事に気が付いた青年は、ギルマスの背中を追う夢が消えていく。
そして、新しい夢が芽生え始めた。
ギルマスの隣に並んで、一緒に歩んでいきたいという夢を……。
青年は涙で腫れた顔を上げて、ギルマスを見詰めた。
ギルマスの瞳には、泣きはらした青年の顔が映っている。
ギルマスの逞しい手が、青年の顔を撫ぜる。
涙の跡を消すように……。
そこで私は一枚の木札をエーリカとアナの前にススっと見せた。
ギルマスの手がラースの頬を触れて、見つめ合っている絵である。
「ふわー……」
アナから気の抜けた溜め息が漏れる。一方、エーリカはいつもの眠そうな表情であった。
「何て言うか……その……素敵な絵ですね……はぃ……ドキドキします……」
アナの顔が若干赤み掛かっている。
「ご主人さま、この絵の登場人物、本物のギルマスと白銀等級冒険者のラースに似ています。彼らの話ですか?」
「いえ、作り話です」
流石、エーリカ、鋭い。微妙に似ていない私の絵でも、参考にした人を言い当てた。
「エーリカ先輩の言う通り、確かに似ていますね。知り合いだと、ますますドキドキしてしまいます」
「別人です」
アナの血行がどんどん良くなってくる。今まで見てきた中で、一番、健康そうな顔である。
「えーと……話の続きをします」
とは言ったものの、年頃の女性二人に、この後起こる男同士の情事を事細かに語る勇気はなかった。
だから、簡単に続きを語る。
見つめ合う二人、目を閉じる青年、接吻する二人、嬉し涙が零れる青年、徐々に裸になりながらお互いの体温を確かめ合う二人、ギルドの椅子で徐々に激しくなっていく二人……。
ここで、もう一枚の木札……裸でエロスな行為をしている絵を取り出し、今にも顔から煙が出そうになっているアナといつもの表情のエーリカに見せる。
「な、何ですか!? これ、何なんですか!?」
グルグル目になっているアナが木札の絵を見入っている。一方のエーリカは変化なし。
「男同士で……何で……どうして……意味が分かりません……あわわ……」
アナは、真っ赤な顔をして、絵の描かれている木札を掴んで、フルフルと震えている。このまま倒れるんじゃないかと心配になってしまう。
それにしても、良いリアクションをしてくれる。アナが純情なだけなのか、それとも異世界人全員がBL耐性が無いだけかもしれないが、ここまで良い反応をしてくれると描いた甲斐があったというものである。
「こうして、お互いの心と体が一つに合わさった次の日、青年は新しい夢の為に頑張るのでした。ちゃんちゃん」
いつアナが倒れてもおかしくなかったので、話を適当に終わらせてしまった。
「それで、どうだったかな?」
まだ、アワアワしているアナを無視して、エーリカを見ながら感想を聞いてみた。
「内容についてはよく分かりませんが、ご主人さまの描いた絵は素敵です。今度、ご主人さまとわたしで描いてください」
「何を言っているのですか、先輩! 男同士の友情の話ですよ! 男女では卑猥になってしまいます!」
「ご主人さまとわたしの間柄です。ぜひ卑猥にしてください。それよりも、ご主人さまが描いた木札をいつまで持っているのですか? ご主人さまが作られた物はわたしの物です。渡しなさい!」
「お子様が持っていて良い物ではありません。私が預からせてもらいます!」
「誰がお子様ですか!? 後輩よりも十倍は長生きしています!」
二人で仲良く言い合っている。
いつも、私やエーリカから一歩引いていたアナが言うようになったものだ。
これがBLの力なのかもしれない。私はこの異世界にオーパーツを作ってしまったのかも……。
ああ、罪深い私……。
「ま、まぁ、落ち着いて、二人とも。それ、あげると言っていないけど?」
「「そんな!?」」
二人が同時に同じ言葉を言った。本当に仲が良いじゃないか。
長い時間、ちまちまと木札に描いた絵だ。久しぶりにBL脳になって楽しく描いた絵の為、私個人で持っていたいのだが……二人が悲しそうな顔をしているので、やはりあげる事に決めた。
まぁ、モデルにした二人があれであるから、いらないと言えばいらないしね。
絵を描いた木札は二枚ある。一人一枚ずつあげよう。
アナにはエロス全開の木札を、エーリカにはソフトな木札をあげた。
異世界人のアナには刺激が強いかもしれないが、エーリカが持っているよりかは良いだろう。
もし何らかの拍子にエーリカが、エロス全開の木札を持っている所を誰かに見られたら、子供になんて物をあげたんだと怒られてしまう。
そういう事で、木札をあげた二人は、嬉しそうに受け取ってくれた。
こんなにも喜んでくれるなら、また暇な時にでも描いてあげようと思う。
ただし、私とエーリカをモデルにしたものは、絶対に描かないけど……。
早速、依頼が舞い込んできました。
腐教活動も順調です。




