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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者
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07 お買い物、そして一泊

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 私は、『カボチャの馬車亭』の女将さんであるカルナに頭を下げて謝っている。


「良いって事よ。クズノハさんは朝から変な連中と喧嘩して疲れていたんだろ。眠くもなるさ」


 私を待っていてくれたカルナが、気さくに許してくれる。


 目が覚めた時にはもう日は傾き始めていた。

 急いで下の受付に向かったら、娘のカリーナでなく、カルナが代わりに待っていてくれた。

 どうも、カリーナに地図を描かせると、迷子になって戻ってこれなくなるらしい。


「それでどうする? 夕方の鐘が鳴るまでまだ時間はあるし、近場なら買い物ぐらいできるよ」


 西の商業地区へ行けば種類も豊富らしいが、今回は時間がないので近場で済ます事にする。

 カルラは木札を置き、羽ペンで器用に地図を描いていく。そして、私が述べた買い物リストに該当するお店に丸印を追加してくれた。


「肌や唇を保護する薬ってのは分からないね。美容関係のお店か薬屋かどっちだろう?」

「分からなければいいです。急ぎでないので、時間がある時に探してみます」


 化粧水やリップクリームは後日探そう。

 存在しないかもしれないし……。


「鐘が鳴ったら戻ってきれくれよ。夕飯を用意しておくから」


 私はカルラにお礼を述べて、買い物に出かけた。



 ………………

 …………

 ……



 夕方の鐘が鳴る前に部屋へ戻ってきた。

 今、ベッドの上に買った物を並べている。

 まずは、荷物を入れる大きな袋。

 毛皮や布を売っているお店で購入。麻袋がメインに売っていたが、今後の事を考え、少し高めの革製の袋を購入。これで、雨が降っても安全安心。

 同じお店でタオル代わりの布を大小何種類かも購入。


 続いて、服を購入する為、古着屋へ。

 新品は一から仕立てるので、お金も時間もかかる。

 庶民が着る服は基本シンプルな為、自分たちの服は自分たちで作って着て、着れなくなったら売るそうだ。その為、古着屋に並んでいる服は品質はバラバラ。上手く出来ている物もあれば、「これ売り物にする?」と疑問に思う服も置いてあった。

 形も色も選べるほど種類はなく、サイズと品質の判断で適当に数着を購入。

 下着は股引かボクサーパンツぽい物がある。どれもリネン製で麻と比べ肌触りが良い。股引は暑そうなので、ボクサーパンツを数着購入。


 次に向かったのは雑貨屋。

 様々な日常品が置かれている。

 石鹸は動物性石鹸と植物性石鹸が売っていた。もちろん、お値段お高値の植物性石鹸を購入。

 歯ブラシは無かったが歯磨き粉は売っていた。水を含ませた粉を布に付着させて、布を擦るように歯を磨くようだ。

 または、歯磨き用の木の枝もある。こちらは木の枝を歯でガシガシ噛んで使用するらしい。勿論、歯磨き粉を購入。

 欲しかった爪切りは、売っていなかった。みんなどうしているのだろう? ハサミかな?

 ただ、ヤスリが付いた耳かきを見つけたので購入。鉄でできた細長い棒に先端が窪んでいる物。中間部分に付いているヤスリで爪を綺麗にするのだろう。


 雑貨屋で髭剃り用のカミソリが売っていたが、私はそれを無視した。

 雑貨屋へ行く途中、包丁などの日用品用の刃物を売っているお店があり、そこに十二センチほどの折り畳みナイフがあったので、それで代用するつもりだ。料理から魔物の解体まで幅広く出来る、本当か嘘か分からないドワーフ製ナイフ。

 このナイフが本日最高金額であった。


 以上、お買い物報告でした。



 沢山のお金を使った。

 現在の所持金を確認すると、金貨一枚、銀貨十枚、大銅貨数枚、小銅貨十数枚。金貨があるのは心強い。

 でも、「いつまでもあると思うな親と金」と言われるように、お金は使えばなくなる。やはり、余裕のある内から、働かねばいけない。……え? 親? さぁ、異世界にいるし、どうする事も出来ないよね。


 遠くで鐘の鳴る音が聞こえた。

 窓から茜色の光が部屋を包み込む。

 夕飯の時間である。

 お腹がクゥーと鳴るので、広げていた荷物を袋に入れ、置き箱に入れてから一階の食堂へと向かった。


 四つある机には先客がいた。

 一つは老夫婦。もう一つは身なりの良い男性二人。

 二組は小声で話しながら、美味しそうに食事を始めていた。

 私がドアの手前の机に座ると、タイミング良くカルラが現れる。


「クズノハさん、飲み物は何にする?」


 昨夜みたいにお湯っていうのもどうかと思い、「果実水を……酸っぱくなくて飲みやすいやつ」と頼む。

 裕福地区とはいえ水は危険なので果実水にした。

 あれ? 果実水は果実を水で割っているだけだから、あまり変わらないかも……まぁ、果実の汁で殺菌されているだろう。そんな効果あるか分からないけど……。


「果実水ね。ちなみに食べられない物はあるかい?」

「魔物料理は苦手です」


 私は即答する。


「はっはっはっ、魔物は貧民地区の連中ぐらいしか食べないよ。この辺は豚が主食だから、安心しな」

「鶏肉や牛肉は食べないんですか?」

「基本、食べないね。たまに馬肉が出回るけど、あたしは食べた事すらないよ」


 話を聞くと、この世界の鳥や牛は食用目的で飼育されていない。

 鳥は卵の為、牛は搾乳、農耕、運搬の為。肉が出回るのは、怪我をしたり、歳をとって働けなくなったものが市場に並ぶ。なお、牛肉は臭くて好まれないそうだ。


「わしが子供の頃、戦争があってね」


 隣の席に座っていた老夫婦が話に入ってきた。


「戦争は兵隊さんと同じくらい馬を酷使するから沢山死んでいくんだよ。その為、戦時中の市場は馬肉で溢れ返っていた」


 苛烈な戦場を生き延びた一匹の馬の話を思い出し涙が出てきそうになる。


「おっと、料理を持ってこなきゃね」


 思い出したようにカルラが出て行く。

 おじいさんの戦争話は続いており、私はウンウンと話を聞いていたら、カルラがカリーナと一緒に食事を運んできた。


「ソーセージの詰め合わせ。カボチャのスープ。あと、パンとチーズとドライフルーツだよ」


 カルラが説明しながら料理を並べていく。


「飲み物はリンゴにしました。うちで焼いた自慢のパンはお代わり自由です。欲しかったら言ってください」


 カリーナが立派にお手伝いしている。良く出来た子だ。

 カルラとカリーナが出て行き、老夫婦も「ごゆっくり」と話を打ち切った。


 さて、食べますか。


 まずは一番気になるパンから。

 カリーナ曰く、エールで発酵し、さらに焼きたてだから美味しいと自慢していた。

 手でパンを千切っただけで、カリーナが自慢する意味が分かった。今まで食べたパンは手で千切れなかったからだ。

 そして、千切った所から小麦の香ばしい匂いが鼻につく。

 これは間違いなく美味しい、と思い口に入れて咀嚼したら……ぼそぼそして期待を裏切られた。

 ……日本で食べていたパンと比較したら駄目だよね。


 次は白カボチャのスープ。(さじ)(すく)って口に入れる。

 私の知っているカボチャの旨味と甘みは極僅かで、牛乳と塩胡椒の方が強い。

 ボソボソの実が口の中に(まと)わりつく。

 ジャガイモのスープに近く、優しい味だった。

 

 削った実が浮かぶ甘みの少ないリンゴジュースで口を直し、メインのソーセージを見る。

 良く焼かれた太いソーセージが二本。付け合わせに、白カボチャ、人参、サヤエンドウの温野菜とひよこ豆が添えてあった。どれもケチャップやドレッシングといった調味料はかかっていない。

 まずは温野菜。

 お湯で茹でて、塩胡椒で味付けしただけ。どれも茹で過ぎてふやけている。それに、若干ではあるが、苦味と渋みがあった。

 そして、メインであるソーセージ。

 端の方を切って、口に入れる。

 ぷりっとした弾力はなく、数回、咀嚼(そしゃく)するだけでボロボロと崩れていく。噛めば噛む程、豚の臭みが広がる。

 うーむ、豚肉ってこんなにも臭かった? ただ、塩胡椒が強めに味付けされているので、食べられなくはない。


 濃厚で美味しいチーズとパンでお口直ししてから、料理を見直す。


 結論、食べられます。


 これ重要。

 食べられるだけでも有り難い。

 ……ケチばかり付けてすみません。


 この世界(街だけ?)の料理がだいたい分かった。

 塩胡椒以外のハーブや調味料を使って、臭みを取ったり、味に広がりを作ったりしない。

 存在しないのか、料理法が確立していないのかは分からない。

 また、素材の下処理もしていないと思う。

 例えば、酒を漬けておく、筋を取り除く、アク抜きするとかはせず、そのまま焼くか煮込むかである。もしかしたら、やっているかもしれないけど……。

 私の世界でも、そういう時代はあった。

 だが、沢山の人たちが長い年月を掛けて切磋琢磨し、代を重ねて受け継がれた料理。失敗を繰り返し、生き残った美味しい料理を当たり前のように食べて育った私たちは何て幸せだったのだろう。

 ああ、日本に帰りたい。そして、ゲームしたい。『ケモ耳ファンタジアⅡ』がやりたい。



 ケチャップが欲しいな、ドレッシングが欲しいな、ジャムが欲しいなと思いながら食事を終えた私は部屋へと戻る。

 階段や廊下には、蝋燭の入ったランタンが置かれているので明るいが、部屋はすっかり真っ暗だった。


「確か、ドアの横の魔石を動かせば、光が灯るんだよね」


 私は手探りで魔石を見つけ、昼間に教えてもらった魔力操作で、魔石に魔力を流す。

 天井に着いている光の魔石が光り出す。

 そして……ボン、ボンと破裂した。


「うわっ、壊れた!?」

「どうしました!?」

 

 タイミング良くカリーナが扉を開けて顔を覗かした。

 私は廊下に出て、暗い部屋の天井を指差して「壊しちゃったみたい……ごめんなさい」と謝った。

 カリーナは、廊下に置いてあるランタンを取って部屋に入り、天井と床に散らばった魔石を確認すると、「こちらこそ、すみません」と逆に謝ってきた。


「どうして、カリーナちゃんが謝るの?」

「たぶん、寿命だったと思います。両親もそろそろ交換しなきゃと話ていましたし」

「そうか……寿命か」

「おじさん、それで申し訳ないのですが……」


 カリーナが本当に申し訳なさそうな顔をして言葉が止まる。

 私はそんなカリーナに「どうした?」と催促する。


「その……今日は部屋が埋まっていて代わりの部屋が無いんです。蝋燭を用意しますので、今日はそれで過ごしてください」


 ああ、その言う事ね。

 私は「良いよ良いよ」と軽く返事をする。


「そうそう、私、お風呂の用意が出来た事を伝えに来たんでした。今日は誰もお風呂を使いませんので、時間を気にせず使ってください。その間、部屋を掃除しておきます」


 そう言って、掃除道具を取りにカリーナが出て行った。

 私は言葉に甘えて、お風呂の用意をする。

 カンテラの明かりで置き箱から皮袋を取り出し、お風呂セットを出して、また置き箱へと戻した。


「お待たせしました。大事な物は置き箱に入れて鍵を掛けてくださいね」と言うカリーナと入れ違いに浴室へと向かった。


 寿命か……どうも、私が魔石を壊した気がするけど、ここでグチグチと言っても逆に迷惑だろう。

 私は後ろ髪を引かれる思い(髪ないけど)で考えていると浴室へ到着した。

 浴槽のお湯で浴室が暖かい。

 ドアのカギを閉め、念の為、衝立の裏で衣服を脱いで床に置いてある籠に放り込んでいく。

 お湯の張った木桶の横に、別の小さい木桶にも湯が張ってある。

「掛け湯用かな?」と手を入れてみると、凄く熱くて、手を引っ込めた。

 どうやら、温度調整と水増し用だったみたいで、確認せずに掛け湯をしていたら火傷していた所だった。


 そうだ。ハンカチを外さなきゃ。


 レナさんが巻いてくれたハンカチを外して傷口を見る。

 

 あれ? 傷が塞がっている。


 血で汚れてはいるが、既に傷口は塞がっていた。

 お湯で綺麗にしてから見ても傷跡すらない。

 レナは傷が治るまで、二、三日は掛かると言っていたから傷薬の効果ではないよね。

 今思えば、昼寝から起きた時には痛みが引いていた気がする。それに、昨日出来ていた足の豆も治っている。


 不思議だと思いながら、排水口の近くで体を洗い出す。

 硬い石鹸に布を擦りつけて体を洗う。まったく、泡が立たない。洗えているのか分からないので、直接、体に石鹸を擦り付けて、胸毛や腕毛で泡立てようとしたが駄目だった。香りもしないし、こういう石鹸だと諦めた。

 あえて言わないが、下半身もしっかり洗いました。


 石鹸を落とし、ようやく湯船へ。


「ああぁぁーー」


 心の底から声が漏れる。

 二日ぶり、いや、召喚前を含めれば、三日ぶりのお風呂。

 少し温めのお湯が体を包み込んでくれる。

 疲れた体と心がお湯に溶けて、消えていく。

 木桶なので、足を伸ばせないのが残念だ。

 両足を外に出して、体をくの字の状態にして湯船に浸かる。

 天井を見ながら、明日の事を考える。

 やるべき事は、武器を買う、練習する、冒険者になる、汚れた服を洗う、街を探索する。それと……レナにハンカチのお礼をする。

 使ったハンカチは捨ててくれとレナが言っていたが、新品のような綺麗なハンカチだ。

 捨てるのは勿体ない。でも、おっさんの血が付いたハンカチを綺麗に洗って返すのも忍びない。

 だから、新しいハンカチを購入して、差し上げようと考えている。

 今日、お店で回った所ではハンカチは置いていなかった。

 西の商業地区は、様々なお店があると聞いたので、明日は商業地区へ足を運んでみよう。

 私は明日の予定を組み立てて、湯船から出る。

 そして、お風呂セットからナイフを持ってきた。


 顎に石鹸を塗りたくって、ナイフで無精ひげを剃り始める。

 鏡が無いので、結構、怖い。


 ジョリジョリジョリ……痛っ!?


 シェーピングクリームは勿論、髭剃り用の石鹸は売っていない。

 私が買ってきた石鹸では、泡が立たず滑りがないので上手く剃れない。


 ジョリジョリジョリ……痛っ!?


 ジョリジョリジョリ……痛っ!?


 傷だらけになってしまったが、何とか髭は剃れた。

 次は頭……はツルツルテンテンだから必要ないかな。

 腕毛、指毛、胸毛と剃っていく。

 勢いで乳首を切り落としそうになって焦った。

 背中は手が回らずに諦める。

 へそから下は……まぁ、いいか。

 最後にすね毛を剃って終了。

 体中傷だらけ。剃った所がヒリヒリする。

 でも、とてもすっきりした。

 生まれ変わった気分。

 体が軽い。気持ちが軽い。

 私はもう一度、湯船に浸かってから部屋へと戻った。


 部屋に戻った私は、カリーナちゃんが用意してくれた蝋燭に火を灯し、ベッドへ転がり込む。

 階段や廊下に灯っている蝋燭は、獣油で結構臭い。だが、部屋で灯している蝋燭は品質の良い蜜蝋で、ほのかに甘い香りがする。

 暗闇に浮かぶ炎を見つめる。

 明日の事、これからの事、この世界が夢なのか現実なのか、そんな事も考えず、ただ見つめている。

 火照った体が冷めていき、頭の中が眠気に浸透していく。

 私は蝋燭の炎を消して、ベッドの中へ潜り込んだ。


 今日はゆっくりと眠れそうだ。


 ……おやすみなさい。


お買い物して、ご飯食べて、お風呂に入って、寝ただけになりました。

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