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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第二部 かしまし妖精と料理人冒険者
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69 腐教活動をしよう

「ご主人さまが泥沼に(はま)って抜け出せなくなったBLというものを広めて、売りまくりましょう」


 この娘は、一体何を言っているのだ?

 この異世界にモノリスを与えるようなものだぞ。

 世界の半分の人間を廃人にするつもりか?


「びー、える? とは何ですか、エーリカ先輩」

「わたしも知りません」


 知らないで言ったのか!?


「わたしは、ご主人さまの魔力で少し記憶を覗いただけですし、ご主人さまから話を聞いただけなので、詳しくは分かりません。ご主人さま、説明を望みます」


 何も知らないエーリカに丸投げされてしまった。


「えーと……BLというのは、ボーイズラブの略で……これも分からないか。まぁ、簡単に言えば、男性同士の愛を漫画や絵で表現した作品。小説でも良いけどね」

「絵は分かりますけど、まんが? しょうせつ?」

「漫画や小説というのは……説明するのが難しい。聞かなかった事にして」


 植物紙が存在しないこの世界では――あるかもしれないけど私は見た事がない――木札や羊皮紙で文字を書いていく。一枚が分厚い木札や一枚が高価な羊皮紙で、漫画のような連続した絵を描いたり、作り話を字で残したりする事はない。


「男性の同性愛についてだが、ここで間違ってはいけないのが、あくまで女性目線での男性の同性愛である事。間違っても、男性視点での愛ではない事はしっかりと覚えて欲しい」


 その後、私はBL初心者のエーリカとアナに、BLとはなんぞやを細かく教えてあげた。

 BLとゲイの違い、攻めと受けの意味、カップリングの重要性、ショタの魅力、おじ様の魅力、さらにはやおい穴まで、BLに関する色々な事をゆっくり丁寧に説明してあげる。

 最後に、BL世界の性行為は、エロスでなく物語の一部であると締めくくった。

 

「……と色々と語りましたが、これはあくまで私の考えですので強制はしません。各々、自分の世界を築いて、己のBL世界を作ってください」

「は、はぁ……」


 二人ともいまいち理解している様子はない。

 無理もない。私がBLに嵌っていたのは中学生の時だ。あれから数年が経っているので、私の腐教活動の熱も弱まっている。

 口で説明しても分かりにくいので、時間があれば、BL世界の絵を木札に描いて見せてあげよう。


「えーと……よく分かりませんが、男性同士の愛を表現した作品という訳ですね。だから、おじ様もそういう物が好きと……ギルド内でおじ様が同性愛者と噂が流れていましたが、本当だったのですね」

「ええっ!? 私が同性愛者!? 確かに、可愛い女の子は好きだよ。でも、愛とまでは……私、普通に男の人が好きだし、特に渋いおじさんが……」


 そこで私は、はっ!? と気が付いた。

 そうだ、今の私の外見は男性だった!

 アナには、私は女性で、外側だけがハゲのおっさんである事を説明していない。

 これを説明するには、異世界転移について話さなければいけないからだ。

 異世界転生に溢れている現在日本でも、私が異世界から来ましたと言った所で、重度の中二病患者ぐらいしか信じてくれないだろう。

 それをこの世界の住人に異世界から来ましたなどと言った所で、『異世界』という単語自体、意味が分からない可能性が高い。

 もし説明したとしても、頭の外側だけでなく頭の中身も寒いのね、と悲しそうな目で見られるだろう。

 そういう事で、説明しても理解できないと思い、アナには私が女だという事を教えていなかった。

 

「ア、アナ、今のは無し。私は普通に女の子が好きだよ。エーリカ、大好き!」

「はい、わたしもご主人さまが大好きです」

「アナ、大好き!」

「は、は、は、はい! わ、私もお父さんの事が……痛い、痛い、痛い!?」


 エーリカの豆鉄砲のような魔力弾を浴びているアナには悪いが、話を濁させてもらった。


「ご主人さまの難解な説明を吟味した所、十一日で金貨一枚を稼ぐには、時間が足りそうにないです」

「うん、そもそも腐教活動して買ってもらうにしても肝心の商品がない。他の人が絵を描いたとしても、内容を理解していないと描けないし、そもそも私は描かないよ」


 私自身、BLの絵を描こうと思えば描ける。泥沼に嵌っていた中学生の時に何度も練習をしたからだ。好きな作家さんの絵を模写したり、ネット動画で学んで練習をした。

 そのおかげで、そこそこの絵を描けるようになったと自分では思う。まぁ、他人に見せた事がないので上手いか下手かは分からないが……。

 そう、そこそこだ。

 自他共に認める器用貧乏の私では、そこそこ止まりで、それ以上の画力を身につける事が出来なかった。だから、描くよりも読む方へ重点を置いてしまったのだ。


「結局、借金返済の良い案は出ないか……。一日一日、真面目に冒険者の依頼をこなして、稼ぐしかないかな」

「私はクロたちの餌をあげたら、おじ様が目覚めた事を知らせに街の方へ行って来ます。その時、レナさんにこっそり相談してみたいと思います。もしかしたら、私が知らないだけで冒険者を守ってくれる制度があるかもしれません」



 アナは言葉通り、クロとシロに餌をあげて、厩舎と馬場を掃除してから街へと行ってしまった。

 私も一緒に行こうとしたが、病み上がりの為、家で休んでくれと断られた。

 ちなみに、今日一日、アナの家にいる予定で一泊するつもりだ。

 お金を稼がねばいけないのに、冒険者の依頼すら出来ないもどかしさの状況であるが、エーリカとアナの二人から、私の怪我の具合を事細かく聞かされたので、仕方なく大人しくする事にした。


 ただ、体を休めるとはいえ、正直やる事が無くて困ってしまう。

 そこで、エーリカと二人で、火傷で汚してしまったベッドのシーツを井戸水で洗って干した。石鹸の性能が良くないので、私の体液で汚れた染みが思うように取れない。何かおねしょの跡みたいで恥ずかしい。


 その後、時間潰しに、先程考えたBLの絵を木札で描く事にした。

 出かける前にアナから木札とインクと羽ペンを借りてある。

 最初、家の中で描こうとしたら、エーリカが横に座って作業を覗いてくるので、「見られていると描けない」と言って遠ざけようとする。だが、エーリカは「ご主人さまが体調を崩して倒れるかもしれません。わたしが常に見ております」と長い間留守にしていた飼い主に甘える犬のように私から目を離さないでいる。

 仕方が無いので、私は外へ出て、薪を割る切株の前に簡単な台を持ってきて、その上で描く事にした。

 エーリカは、私の姿が見える馬場の中でクロとシロを相手に遊んでいる。

 私はエーリカに馬場を囲む柵や厩舎の入口が壊れているから直してという意味で「クロたちの面倒を頼む」とお願いしたのだが、まったく通じず、クロたちにリンゴを食べさせたり、毛並みを梳いたり、乗馬をして遊んでいる。

 まぁ、一人と二頭が楽しそうにしているので、放っておこう。



 私は気を取り直して、台に置いた木札に視線を向ける。

 ハンカチの刺繍用に描いた落書きみたいな絵なら問題無いが、ちゃんとした絵を描こうとすると木札で描くには難しい。

 植物紙と違い、表面がザラついているし、羽ペンで描くのも難しい。

 そこでまず木札や羽ペンに慣れるよう、練習する事にした。

 B5サイズの平ぺったい木札に、直線を書いたり、丸を書いたりしていく。

 何度も何度も描いた後、次にあいうえおの文字を書いてみた。

 書くスペースが無くなったら、鉋のような道具で表面を削って再利用する。

 木を削るのに慣れていない所為で、表面が前よりもザラザラになり余計に書き難くなってしまう。

 それでも、文字を書いては削り、絵を描いては削りを繰り返していると、だいぶ木札に描く事に慣れてきた。


 では、本番に入ろうか。

 まず、考えるのはカップリング。

 漫画やアニメのキャラを使っても良かったが、どうせならこの世界で知り合った実物をモデルにしてみよう。

 私は今までに知り合った男性の顔を思い浮かべる。『カボチャの馬車亭』の亭主であるブルーノ、冒険者ギルドの無表情な職員、青銅等級冒険者のヴェンデルとサシャ、リーゲン村の村長、ギルマスのヘルマン、魔術具屋のクルト、ベア子の飼い主のベン、白銀等級冒険者のラース、そして私。

 勿論、私は除外する。

 絵面的に様になるのが、若干男前のヴェンデルと優男のラースの二人だ。

 この二人を絡ませても良いのだが、折角なので対照的なカップルを組ませたい。


 うーん……。

 しばし、思考の渦に嵌る事、数分。


「決めた! ギルマス×ラースだ!」


 ガテン系のギルマスに攻められるヘタレ受けのラースに決定だ。

 ふっふっふっ、ラースよ、私を犯人扱いし、攻撃してきた報いを受けるがいい。


 カップリングは決まったので、次は構図。

 鉛筆のような下書きをする道具がないので、事前にしっかりと構図を考えていかなければいけない。

 木札は二枚あるので、まず始めはエロスのないソフトな絵を描いていく。

 羽ペンの先にインクを付けては木札にチマチマと描いていく。おかしな部分は、その部分だけナイフで削って、書き直していく。

 何度も描いては削ってを繰り返すと、平らだった木札が波打ってしまっている。

 そんな事にもめげずに描き続けて、ようやく一枚が完成した。

 目を潤ませているラースの頬に、ギルマスの手が触れて見つめ合っている絵である。背景には、翠緑の葉っぱとキラキラの光がおまけで描いてある。今にもキスをしそうな絵であった。

 うーむ、流石、私。微妙に似ていない。だが、逆にこれが良い。もし間違って二人に見られても、本人とは気づかないだろう。

 

 続いて、二枚目。

 こちらはエロスな行為を行っている場面を描こう。

 頭の中で、二人の物語を作り、一番良い場面をチマチマと描いていく。

 傍から見れば、ハゲの中年のおっさんが、男二人が交わっている絵をニアニアしながら描いているヤバイ図であるが、今の私は気にしない。

 久しぶりの腐女子モードになっていて、とても楽しい。いや、今は男の姿なので腐男子かな? まぁ、どちらでも良いか。

 そうして出来上がった絵は、涙を浮かべつつ少し嬉しそうなラースに覆いかぶさる筋肉質のギルマスの絵である。

 二人とも裸で、局部は謎の光で隠してある。

 ちなみに、私は局部を練習した事がない。つい恥ずかしさが出てしまい、中学生時代は、謎の光や見えない体位でごまかしていた。今は自分の異物で見慣れているから描こうと思えば描けるのだが、少しやり過ぎな感がするので、止めておく。

 こうして私は二枚の木札に絵を完成させたのであった。

 後で、エーリカとアナに見せてあげよう。

 異世界人のアナがどんな反応をするのか楽しみである。



「ア、アケミおじ様……た、ただいま戻りました」


 片付けをしていると、アナが戻ってきた。


「おかえり、どうしたの? 話し方が戻ってい……」


 アナの背後に見覚えのある二人が立っているのに気が付き、言葉が途中で切れてしまった。

 クロたちと遊んでいたエーリカが急いで、私の方へ走ってくるのが見える。

 

「やあ、久しぶり。怪我をしたと聞いたけど、元気そうだな」

「一応、顔見知りですから、二人で心配していたんですよ」


 アナの背後には、先程、ギルマスと良い感じに交わっていた白銀等級冒険者のラースとその姉であるナターリエが立っていた。


アケミおじさん、異世界に来てまで、何をしているんだか……。

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