67 目覚めと現状
第二部始まりました。
とはいえ、今までとあまり変わり映えしません。
のんびり、まったりと進みますので、これからも宜しく、お願いします。
暗闇の世界。
ふわふわと黒一色の世界を漂っている。
これは……。
以前も見た夢の世界か……。
宇宙空間に放り出されたような夢。
確か、目を閉じると光が現れるんだったな。
私は体が無い状態で目を閉じる。……何を言っているのか分からないが、目を閉じれるのだから、仕方が無い。
しっかりと目を閉じて、完全な暗闇を作り出す。
そして、ゆっくりと目を開けると……ほらね、光が現れた。
「――――」
その光はチカチカと光が点滅しだす。
以前と同じ光景だ。
「――――」
何かを囁いていているのも同じ。
「――――」
だが、いつもと違う事が一つ。
「――――」
何を言っているのか全く分からない。
いつもなら耳をすませれば何となく聞き取れるのに、今回はノイズが混じって全く聞き取れない。
混線でもしているのか、出力が弱いのか、ザァーザァーとノイズが聞こえるだけである。
頑張れ、星! 私の暇つぶしに付き合ってくれ!
ただただ暗闇をふわふわと漂っているだけのクラゲみたいな存在。
下手に意識がある所為で、暇を持て余している。
そんな状況で、唯一話相手みたいな存在の星である。
天使のおっさんが代わりに現れて、素晴らしき人生について語ってくれても構わない。
そんな事を思っていると、体(意識?)が光の方へ引っ張られた。
グングンと凄い速さで引っ張られる。
目を開けているのが難しくなってきた。
凄い速さで光の方へ近づいているが、一向に距離は縮まらない。
目を開けているのが辛く、瞳を閉じる。
その直後、見えない壁を突き破ったような衝撃を受けた。
………………
…………
……
「あれ?」
目を開けたら、見知らぬ天井が見えた。
年季の入った梁。煤で薄汚れている天井板。
私はどうやらベッドの上にいるようだ。
ゆっくりと上体を起こし、横を見ると窓から暖かい日差しが射している。
今日は良い天気になりそうだと思っていると、何かが私の体にぶつかってきた。
胸元を見ると、綺麗な金髪の少女が私の胸に抱き着いている。
数週間前に会ってから一日と離れず、お風呂とトイレ以外、常に一緒にいる少女……エーリカである。
エーリカは「むー」と唸って、胸毛の生えた私の胸をポカポカと叩いてくる。力を入れてないので痛くも痒くもないのだが、どうして叩かれているのか理解出来ないので、理不尽な気持ちになった。
とてもお怒りの様子なので、私は好きなだけ叩かせてからエーリカの頭を優しく撫ぜる。するとエーリカは叩くのを止めて、私の腰に手を回し、胸に顔を埋めてきた。
夢見が悪くて、甘えているだけなのだろうか?
目覚めたばかりで、ぼぉーとする頭で考えていると……。
「お、おじ様……め、目が……覚めたんですね……良かった……」
別の部屋から現れたアナが、私の様子を見て涙ぐんでいる。
今まで以上にやつれて不健康そうだが、その顔は笑顔であった。
「えーと……二人ともおはよう。さっそくだけど、この状況はなに? 説明をお願い」
自分で考えても埒が明かないので、素直に二人に聞いた。
エーリカは私の胸から顔を放さないので、アナが代表して説明してくれる。
「……と言う事があり、おじ様は数日間、眠っていたのです」
アナの説明を聞いて、ようやく私は思い出した。
ブラック・クーガーの死闘、ワイバーンの出現、黒い騎士の攻撃。
私は黒い騎士の槍に刺されて、身動きが出来ない状態でワイバーンの炎で焼かれてしまったのだ。
その後の記憶はない。
そして、エーリカとアナの二人が必死に看病して、私は無事に完治したそうだ。
「エーリカ先輩は飲まず食わずで看病していたんですよ」
その事を聞いて、私はエーリカを見る。
未だに私の胸に顔を埋めている。泣いているのだろうか?
私はエーリカの頭に手を当てて、再度撫でているとエーリカからクゥーと可愛い音が鳴る。
ガバッと私の胸から顔を上げたエーリカは、いつもの眠そうな表情で「お腹、空きました」と言った。
いつものエーリカである。
「そうですね。エーリカ先輩はこれまでまったく食べていませんでした。私、すぐに朝食の用意をします」
そう言ったアナは、私の方をチラチラと見ている。
「どうしたの?」
私が尋ねると、アナは少し顔を赤らめて、顔を逸らした。
「体が動けるようでしたら、服を着てから隣の部屋へ来てください」
と言って、アナはそそくさと行ってしまった。
服?
私は自分の体を観察する。
一応、薄いシーツを体に掛けているが、それ以外は何も着ていない見事なスッポンポンであった。
そんな状況でエーリカに抱きつかれているのだ。何も知らない人が見たら、現行犯で逮捕されてしまう。
「ちょっと、私、全裸なんですけど!? 何で!? どうして!?」
私が混乱していると、エーリカは当たり前の顔をしながら理由を教えてくれた。
「ご主人さまが着ていた服は、ボロボロに燃えてしまいました」
「だからって、何か着せる物は無かったの?」
「全身、大火傷を負っていたのです。治療するのに、何かを着せる事は出来ません」
その言葉を聞いて私は血の気が引いた。
つまりだ。私は全裸の状態で、年頃の女の子二人に、あれやこれやと看病をしてもらっていた事になる。それも中年のおっさんの姿で……。
状況が状況なので、医療行為として仕方が無いのだが……どうも、恥ずかしい。
朝の生理現象が起きていないだけマシか……いや、私が寝ている時に起きていたかも……いやいや、その事は考えるのは止めよう。
恥ずかしくて、頭が沸騰し、脳みそが火傷してしまう。
「エ、エーリカ、状況は分かったから、少し離れて、新しい服を出してくれる?」
私がお願いすると、エーリカは素直に離れ、袖口から私の服を取り出してくれた。
私はシーツを退かし、ベッドから起き上がろうとしたら、体からパラパラとゴマ粒のような黒い粉が舞い落ちた。
「私、もしかして、汚い?」
「新しい皮膚が作られた後、火傷した皮膚を剥がして綺麗にしたのですが、まだ残っているみたいです。着替える前に井戸で体を洗った方が良さそうです」
私が寝ていたベッドの上は、赤色や黄色の染みが人の形に汚れている。その上に焼けて剥がれた私の皮膚が散らばっていた。
この状況から察するに、私は相当酷い火傷だったのだろうと容易に想像できた。
そもそも、どうして私は生きているのだ? そして、どのくらい寝ていたのだろう?
そういった話は、落ち着いてからまとめて聞く事にする。
ジロジロとエーリカが見ている中、私は下着だけ穿いた。
「体の具合はどうですか?」
「具合か……」
ペタペタと両手で体を触って確認する。いつもと同じ立派な筋肉だ。
下を向いて、腕や胸板、足などを確認する。
パンパンに膨れた筋肉の上に体毛が生えている。異世界に来てから見慣れた体だ。
火傷を負ったと聞いたが、特に皮膚が変な形に治っていたり、ケロイド状になっている訳ではない。
ブラック・クーガーに噛まれた左手も元通りに戻っている。
ただ、頭の毛だけは生えていなかった。まぁ、これも以前のままなので問題ないのだが……。
「エーリカから見て、どう? 変な所はない?」
「素敵なご主人さまです。以前にも増して、魅力的です」
「そ、そう……ありがとう」
肩や首を回したり、屈伸運動をして状態を確認する。特に問題なし。
だが、腰に手を回し、上体を反らしたら、胸に異変がある事に気が付いた。
胸の中心がチクリと痛み、皮膚が引っ張られる感じがする。
胸を良く観察すると、鳩尾の少し上の部分に真っ黒な染みが出来ている事に気が付いた。そこだけ、胸毛が生えていない。
指で触れてみるが、触る分には痛みは感じない。
「槍が刺さっていた場所です。ご主人さまの魔力を邪魔していた部分です。今も完治出来ていません。忌々しいです」
エーリカは親の仇を見るように、私の胸に残った傷を睨んでいる。
体を捻ったり、反らしたりしなければ、違和感を覚えないので、私は特に気にする事はなかった。どうせ、すぐに治るだろうと気楽に思っている。
私はパンツ一丁で、外へ出て、井戸の近くまで行った。
天気は晴れ、暖かい日差しが気持ちが良い。
エーリカがジロジロと見ている中、パンツを脱いで、井戸の水を頭から被る。
凄く冷たくて、心臓が止まりそうになった。
泡立たない石鹸で体を擦って、何日ぶりに体を洗う。
「やだー」とか、「冷たーい」とか、「死ぬー」とか言いながら、井戸水で石鹸を洗い落とし、エーリカからモフモフタオルを受け取り、水気を拭いて、服を着た。
ようやく人心地ついた気分だ。
「アケミおじ様、栄養を付けた方が良いと思いますけど、お肉とか食べられそうですか?」
家の中に戻ると、アナが台所から顔を出して聞いてきた。
「食べます」
私の代わりにエーリカが即答する。
「えーと……」
「食べられるよ。体調は良いから料理は任せる」
「後輩、この肉を使いましょう」
エーリカは服の裾から、首の無い新鮮な肉を取り出した。
以前、討伐依頼で残しておいたホーンラビットの肉である。
それを受け取ったアナは、嬉しそうにホーンラビットを調理し始めた。
私も手伝おうかと提案したが、病み上がりだから休んでくれと椅子に座らされた。
エーリカも私のすぐ横に座って、私を見詰めている。君は手伝おうよ、と思ったが、エーリカも私の看病で疲れているだろうし、アナはアナで料理を作るのが楽しそうなので、このまま二人で椅子に座って、待っている事にする。
台所からジュウジュウと肉の焼ける音を聞きながらしばらく待つと、アナが完成した料理を運んで来た。
机の上に料理が並べられる。
今すぐにも出来立ての料理に手を伸ばそうとしたエーリカを止めて、私はエーリカとアナの方を向く。
目が覚めてから私は、この二人に感謝の言葉を言っていない。
「エーリカ、アナ、二人ともありがとう。怪我をしていた時は、まったく覚えていないけど、二人が私を治療してくれていたのは何となく分かる。助かったのは、二人のおかげだ。本当にありがとう」
私は真摯に二人に告げ、頭を下げた。
「ご主人さまを守るのは、わたしの役目です」
「エーリカ先輩は、飲まず食わずで常におじ様を看ていました。私はどうしていいか分からず、混乱していただけです」
「いえ、後輩がいてくれたおかげで、助かりました。回復薬の調達、回復魔術師の派遣、ご主人さまのそばにいた私では出来ませんでした」
「おじ様、私たちだけではありません。マリアンネさんやルカさんが何日も回復魔法を掛けに来てくれました。冒険者ギルドの人たちや『カボチャの馬車亭』の人たちもとても心配していたんですよ」
珍しくエーリカに褒められたアナは、恥ずかしそうに早口に語る。
私が倒れている間、沢山の人たちに心配を掛けてしまったようだ。この世界に来てまだ数週間、それなのに私を心配してくれる人が何人もいるとは……本当に嬉しくなる。
「そうか……私を助けてくれた他の人たちにも、後日、挨拶に回らなければいけないね。さぁ、ご飯を食べよう。折角、アナが作ってくれたんだ。冷めない内に食べよう」
そう言って、私たちはアナの手料理を食べ始める事にした。
献立は、牛乳のスープ、温めたガチガチの硬いパン、チーズ、そして薬草を使ったホーンラビットの肉である。
まずは牛乳のスープ。以前、アナが牛乳のスープが好きと聞いた事があり、その時はクリーム・シチューの事かと思っていたが、どうやら違うみたいだった。
牛乳のスープは、言葉の通り、温めた牛乳に野菜屑を入れただけのスープだ。塩胡椒とパセリのような薬草で味を整えている優しい味のスープだ。
若干、物足りなさを感じるも、久しぶりの食事だったので、美味しくいただけた。
ホーンラビットの肉は、討伐した際に作った丸焼きではなく、骨から肉を削ぎ落し、塩胡椒と薬草で焼いた物。ただ、骨から取った肉とはいえ、丸々一羽分の肉だ。結構な量が皿に盛られている。
まぁ、エーリカが凄い勢いで食べているので、残る事は無いだろう。
ホーンラビットを食べるのは二回目。若干、味の奥に苦味を感じるが、やはり美味しい。
シンプルな味付けな為、ホーンラビットの本来の味が楽しめて、美味しかった。
「そうそう、私の怪我ってどんな感じだったの? 結構、酷い火傷だと聞いたけど、赤く腫れて、水膨れにでもなっていた?」
カリカリに焼かれたホーンラビットの肉を見て、私は何気なく聞いてみた。
「衣服を着ていた個所は、焼け爛れ、赤く腫れあがり、大きな水泡が全身を覆ってました。水泡が潰れると黄色い汁が飛び散り、表現できない匂いが漂いました。ちなみに、このホーンラビットの肉を生焼けにした状態です」
私の状態を説明するエーリカは、今食べているホーンラビットの肉を指差す。
「肌が露わになっていた腕や頭はもっと酷く、ほぼ炭でした。炭化した肉が剥がれ、骨が見えていた所もあります。ちなみにこの部分に近いです」
そう言って、エーリカは、焼け過ぎて焦げになっているホーンラビットの端を指差す。
「原型のない左手は……」
「……エーリカ、もういい」
「そうですか」
説明を終えたエーリカは、例えに使ったホーンラビットの肉をガブリッと食べる。
私のそんな状態を見ていて、良く肉が食えるなと感心してしまう。
エーリカの説明を聞いて、疑問が浮かぶ。
私、どうして生きているの?
医学に詳しくない私でも分かる。
生きているのが不思議な程の大火傷であった。
普通、尻の皮や豚の皮とか使って皮膚移植するレベルだよね。
下手すると移植前に体内の水分が無くなって、ショック死していてもおかしくない。
それなのに今では全回復である。
それだけ、この世界の回復薬が優秀だとか、回復魔法が効果あるのだろうか?
鏡を見ていないので分からないが、もしかしたら、ブラッ○・ジャックやチェンソーを持った殺人鬼の仮面みたいに、ツギハギの顔になっているかもしれない。
その事を二人に聞くと……。
「最初の二日間はまったく治る気配はありませんでしたが、エーリカ先輩が魔力を流し続けてから見る見る内に治っていきました。驚くほどの回復力です」
「ご主人さまとわたしの愛の力です」
「えっ、ちょっと待って。今は何日なの? 私、どのくらい寝ていたの?」
「えーと……ワイバーンに襲われた日を合わせて……」
「今日で七日目です」
七日!? 一週間で治ったって事?
エーリカの言葉は無視するとして、アナの言葉を真に受ければ、私の回復力で治ったように聞こえた。
その事を改めて聞くと、植物の葉が伸びるように、日に日に回復したそうだ。
以前から傷や怪我の治りが早いとは思っていたが、これはあまりにも異常ではなかろうか……。
私の体は一体何なのだろう?
その驚異的な回復力で命が助かったのだから誇れる事ではあるのだが、どうも気味が悪くて、不安になってくる。
そんな不安になった私に、エーリカが手を止めて、追い打ちをかけた。
「日付で思い出しました」
「なに?」
「お金がありません」
「お金?」
「ご主人さまの治療で沢山のお金を使いました。これでは借金の返済は無理でしょう」
言う事だけを言ったエーリカは、また山盛りになっているホーンラビットの肉を食べ始めた。
「…………」
……まじ!?
大火傷から生還したアケミおじさん。
残念ながら、お金が無くなってしまいました。