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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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66 幕間 アナスタージアの追想 その後

「ご主人さまッ! ご主人さまッ!」


 少女の悲痛の声が耳に入る。

 頭がズキズキと痛む中、ゆっくりと目を開けるとワイバーンが遠ざかって行く姿が見える。その後を五人の人間が走って追いかけていた。

 

「ご主人さまッ! ご主人さまッ!」


 少女の声がまた聞こえた。

 最近、良く耳にする声……エーリカ先輩の悲痛の声だ。

 私はエーリカ先輩の声がする方向へ顔を向けると、炎で燃えている人間が地面に倒れていた。

 体に(まと)わりついている炎を消すために両手でバタバタと叩きながら、エーリカ先輩は「ご主人さまッ!」と何度も叫んでいる。


 ……アケミおじ様!?


 その光景を見て、白濁としていた頭が元に戻った。


 燃えているのはアケミおじ様だ!


 魔力切れと全身の痛みで思うように体が動かない状態で、急いでおじ様の元まで行く。

 雨に濡れたローブを脱いで、今も炎で燃えているおじ様の体を包むように押し付けた。

 エーリカ先輩と一緒にローブを押し付けて炎を消していく。


「な、何があった!?」


 いつの間にか、私たちの近くに来ていた青銅等級冒険者のサシャが、荒い呼吸をしながら眉を寄せている。


「おじ様を家に入れます! 手伝ってください!」


 私が怒鳴るようにお願いすると、サシャも慌てて駆け寄り、ローブで包まれたおじ様を三人で担ぎ上げた。

 煙を出しているおじ様の体をゆっくり慎重に家へと運び、ベッドへ降ろす。

 私は急いで、戸棚に置いてある回復薬とナイフを持ってくる。

 今すぐにでも回復薬をかけたいが、まずは焼け焦げた衣服を脱がす事が必要だ。

 私とエーリカ先輩は、ナイフを握り、慎重に衣服を引き裂いていく。焼け過ぎて皮膚と同化してしまっている部分もあり、ボロボロの布を剥がすと皮膚まで一緒に剥がれてしまう。

 

「す、すまんが、何があったか教えてくれ……回復魔法が使えるマリアンネを呼んでくるが、ギルマスに報告だけはしなければいけない」


 切羽詰まった状況にも関わらず、報告を要求するサシャに怒りが起こる。だが、状況の把握と報告は彼を通して必要なのは分かる。それに、回復魔法が使えるマリアンネの助けは必要だ。

 私は、手を休めずに、何が起きたかを簡潔に伝えた。

 私の家にブラック・クーガーがいた事。おじ様と二人でブラック・クーガーを倒した事。ワイバーンが現れた事。ワイバーンの背に黒色の騎士が乗っていた事。おじ様がその黒い騎士とワイバーンにやられた事を早口で話した。


「そ、そうか……最後に確認だが……その、目の前の怪我をしているのは、いつも嬢ちゃんと一緒にいた新人のおっさんで間違いないんだな?」


 何を今更! と頭に血が昇りそうになるが、全ての衣服を脱がしたおじ様の姿を見て、サシャがアケミおじ様だと認識できないのは仕方がない。それだけ今のおじ様の状態は酷いのだ。

 服を着ていた部分はまだ良い。赤く爛れ、大きな水泡が出来ているぐらいだ。だが、肌が露わになっていた頭や腕は、真っ黒に焼け焦げてしまい、皮膚が硬化していた。場所によっては、炭化している所もある。


「間違いなくおじ様です。マリアンネさんを呼んでください!」 

「わ、分かった! 待っててくれ!」


 私の返答を聞いたサシャは走って出て行った。

 私たちは回復薬をおじ様にかけていく。ただ一瓶しかないので、全身に使える量はない。その為、特に酷い場所、顔や腕、ブラック・クーガーにやられた左手にかけた。

 効果はあまり期待できない。擦り傷や打撲で使う安物の回復薬で、さらに一瓶しかないからだ。

 その後、僅かに残っていた火傷に効くといわれている乾燥させた薬草を戸棚から持ってきた。効くかどうか分からないが、水で戻してから患部に塗ってみる。

 まだ、他にやる事はないだろうかと考えていると、今まで黙っていたエーリカ先輩が、服の裾からパンパンに膨らんだ麻袋を取り出した。


「アナスタージア、お願いがあります」


 エーリカ先輩が私に麻袋を渡す。ズシリと重い袋の中身はお金だった。


「街に行って、回復薬と薬草を買って来てください。ご主人さまが助かるなら、全て使っても構いません」


 エーリカ先輩は私の目を見て言った。感情の無い、冷めた目だ。本当の人形のようであった。

 私は頷いて、外へ出ようとした所、息を切らしたマリアンネが家に入ってきた。

 急いでマリアンネをおじ様の元へ案内する。

 おじ様の姿を見たマリアンネは、一瞬、ヒゥっと息が漏れるが、すぐさまベッドに寝かせているおじ様の横へ行き、右手を突き出した。


「女神フォラよ。我に奇跡を授けたまえ。癒しの力で救い賜え」


 マリアンネが淡々と呪文を唱えると右手が淡く光りだす。

 負傷した患部に触れ、回復魔法で治療しだした。


「怪我の状態が酷い。出来る限りの事はするけど、私一人では大した効果は期待できないわ。医者や他の回復術師が必要よ」


 自分の力とおじ様の状況を冷静に判断したマリアンネは、回復魔法を使いながら私たちに伝えた。

 それを聞いた私は、すぐに家を出る。

 馬場の近くでクロとシロの姿が見えた。どうやら安全と判断し、戻って来てくれたみたいだ。

 私は急いでクロたちの元へ行き、クロを馬場の敷地へ入れてから残りのシロの背中に飛び乗った。

 そして、シロの腹を蹴って走り出す。

 雑木林を抜けて、小道に入り、街道へと出て、北門へと入る。


 まず、向かうのは冒険者ギルドだ。

 路上を歩いている街人が悲鳴を上げながら路肩へと退いてくれるの良い事に、私は街の中をシロに乗って走り続けた。

 冒険者ギルドの前まで行くと、滑り落ちるように降りて中へ入る。

 ギルド職員が数人の冒険者に緊急招集の内容を説明している所だった。何人かの冒険者は銅等級以下だった為、折角来たのにお払い箱かよと文句を言っていた。

 私はギルド職員の中からレナを見つける。

 父と一緒に冒険者をしていた時は別の職員が担当だったが、アケミおじ様の元で冒険者をするようになってから私もレナの担当になった。


「レナさん!」

「あら、アナスタージアさん。緊急招集で来てくれたんですか? 薬草採取の依頼だから既にギルマスと会っていると思ったのですが……」


 ギルド職員たちは、森にブラック・クーガーが現れ、討伐する為に緊急招集をして、冒険者を森へ送り届けるまでの事しか知らないみたいだ。

 私はサシャに伝えたように、何が起きたかを早口で報告する。

 レナと他の職員、それと集まっていた冒険者が私の報告を聞いて、顔色を変えていく。


「そんな事が……確かに街のすぐ近くでワイバーンの姿を目撃したと情報が入っています。アケミさんの状態はどうなんですか?」

「非常に危険です。それでお願いがあります。回復魔法が使える方を私の家まで寄越してください。緊急依頼として出します」

「それなら僕が行きましょう」


 私の報告を聞いていた冒険者の一人から声が上がった。

 白いローブを来た若い男性だ。歳は私と対して変わらないだろう。優しい顔立ちで落ち着いた男性だった。


「鋼鉄等級冒険者のルカです。回復魔法が使えるので、場所を教えてくれれば、すぐに向かいます」


 私はすぐにお願いし、レナと合わせて私の家の場所を木札に描いて教えた。

 依頼の申請や依頼料の支払いは、後日まとめてやる事になったので、鋼鉄等級冒険者のルカは、走るようにギルドから出て行った。


「他に私たちがやれる事はありますか?」


 レナが聞いてきたので、私は回復薬や薬草が売っているお店を紹介してもらう。

 薬を扱うお店は沢山ある。ピンからキリまであるお店の一部には、粗悪品の回復薬を普通の回復薬として売っているお店もある。また値段もお店によってまちまちであるので、法外な金額を取るお店もあるのだ。

 そこで、ギルドと懇意にしているお店なら間違いは無いだろうと思い、レナに聞いてみた。


 「それでしたら……」とレナは別の職員に声を掛けて事情を説明した。薬屋に詳しい職員がいるようだ。

 ワシ鼻の中年女性がレナに代わり、幾つかお店を紹介してもらった。ついでに街医者も紹介してもらう。

 私は冒険者ギルドから一番近い薬屋まで走って、中級の回復薬を数個、そして火傷に効く肉厚の薬草を買った。

 ちなみに、回復薬は下級、中級、上級の三種類がある。

 街で買える回復薬は中級までである。上級の回復薬になると、効果が絶大で大貴族や国が所持しているだけになる。上級の回復薬があれば、おじ様の怪我も治りそうなのだが、貴族や国に対して掛け合っても、平民の私では話すら聞いてくれないだろう。時間の無駄なので諦める。

 薬を買った私は、次に街医者の元まで向かった。

 場所は東地区の一画にある。

 扉を叩いて、出てきた医者に事情を説明すると「ワイバーンの炎で焼かれた? 無理無理、治療できないよ」と匙を投げられた。

 その後、二軒ほど別の医者にも行ったが、同じような事を言われ、追い出されてしまった。

 時間がもったいないので、街医者には頼らない事にする。医者よりも頼りになる回復術師を頼んだので、問題ないだろう。

 私は冒険者ギルドに戻り、シロに乗って、街へと出た。

 街を出てすぐの所で小走りに走るルカを見つけた。

 鋼鉄等級冒険者とはいえ、彼はプリーストだ。通常の冒険者よりも体力が無くて、ゼイゼイハアハアと走っている。

 私はそんな彼をシロの背中に乗せて、二人で家まで向かった。


 家に到着したら、マリアンネが机に突っ伏して倒れていた。

 「ちょっと、魔力が無くなったから休憩しているだけ……」と、青い顔をしたマリアンネが呟く。

 

「怪我人は何処ですか?」


 私はルカを案内し、アケミおじ様の元へ向かう。

 おじ様の横に椅子を置いて、座りながら看病しているエーリカ先輩がいる。

 先輩は桶に水を張り、濡らした布を絞って、火傷した患部を冷やしていた。


「こ、これは……酷い……」


 ぼそりと呟いたルカは、すぐにおじ様に回復魔法を施す。

 ルカが回復魔法を掛けている間、私はエーリカ先輩に街であった事を説明し、中級の回復薬と肉厚の薬草を取り出した。

 エーリカ先輩は、回復薬を少しずつ患部に垂らしていく。量に限りがあるので、体全体に何回か使えるように少しずつ使うのだ。

 私は肉厚の薬草を掴み、表面の皮を剥いでいく。葉肉からジワリと白い液体が出てきた。この液体が火傷に効くそうだ。

 ルカの回復魔法の邪魔にならないように、ペタペタと体の至る所に薬草を貼っていく。

 

「す、すみません……限界……です……」


 おじ様に回復魔法を掛けていたルカが床に倒れた。魔力を使い切ったのだろう。

 私はルカの元まで行き、肩を貸して、マリアンネのいる机まで運んだ。

 ルカはマリアンネと一緒に机の上に突っ伏してしまう。


「すみません。あまり、役に立てなくて……」


 ルカが青い顔しながら、申し訳なさそうに謝った。

 おじ様の怪我は、二人の回復魔術を掛けても特に変化はない。


「いえ、ご主人さまの呼吸が少し楽になっています。効果はありました」


 回復薬を患部に掛けているエーリカ先輩は、こちらに視線を向けず、僅かな変化を教えてくれる。決して無駄ではないのだと……。


「私たち冒険者をしているプリーストでは、下位の回復魔法しか使えません」

「もっと強力な回復魔法を掛けるのなら、教会の神父にお願いした方が良いでしょう」


 プリーストが使える魔法は、女神の加護の度合で効果が変わってくる。女神の加護を沢山受けるには、女神の信仰度で決まるそうだ。

 女神の為に、戒律を守り、儀礼を施し、祈りを捧げる。そうする事で、信仰を高めていく。

 マリアンネやルカのような冒険者を兼任しているプリーストでは、毎日、女神フォラにお祈りするぐらいしか信仰できないので、下位の神聖魔法しか使えない。

 それ以上の神聖魔法を使うには、人生を掛けて女神を崇めなければ成しえない。つまり教会関係者ぐらいしか、中位以上の神聖魔法を使えるないのだ。


「でしたら、これから教会へ行って……」


 私はすぐにも教会へ向かい、神父を呼んでこようとしたら、ルカが首を振った。


「今日は無理だよ。教会は時間に厳しい。門は閉まっているから、今行っても門前払いだ。行くなら明日の朝だね」


 外を見ると、既に日が沈みかかっている。

 回復魔法を使うのは教会の神父だ。時間外に無理強いをして、悪感情を抱いてしまって断られたら、こちらが困るので、今日は諦める事にした。


 私は台所へ向かい、スープを作る。

 私も魔法使いなので、魔力切れを何度も体験した事がある。体は重く、頭がクラクラするのだ。

 魔力を回復するには、沢山食べて、ゆっくりと休む事である。

 一応、魔力を回復させる回復薬は存在するが、とても高い代物で私の家には置いていない。

 だから、私は回復魔法を使ってくれた二人に夕飯を作る事にした。とはいっても、簡単な野菜スープとパンとチーズである。

 おじ様が酷い状態なのに、料理をしていていいのだろうかと思うが、エーリカ先輩も食べなければ、看病は出来ない。そう思い、私は四人分の夕飯を作った。


「このスープ、美味しいね」

「うん、ちょっと変わった香りがするけど、それが良い」


 プリーストの二人は黙々と食べてくれる。

 エーリカ先輩にも夕飯を進めたら「いい」と断られてしまった。

 今日一日、色々な事があって疲れているのに、私も食べる気が起きない。

 夕飯を食べ終えたプリーストの二人は、北門が閉まる前に、ふらつく体で帰っていった。

 私は、そんな二人を見送ってからクロとシロの餌をあげ、簡単に世話をしてから厩舎に移動させた。厩舎の扉はブラック・クーガーに壊されているので、閉める事が出来ない。しばらくの間、クロたちには我慢してもらう。


 家に戻ると、エーリカ先輩は手を休める事もせず、おじ様の看病をしていた。

 冷たくした布を患部に当てたり、回復薬を定期的に掛けている。

 私もおじ様の横に行き、肉厚の薬草を貼り替えた。

 そして、夜遅くまで二人でおじ様の看病をし続けた。



 目が覚めるといつの間にか朝になっていた。

 椅子に座っている事から看病の途中で寝むってしまったようだ。

 目の前を見ると、エーリカ先輩が昨日と同じ姿勢で、黙々とおじ様の看病をしている。

 もしかしたら、一睡もしていないかもしれない。

 おじ様の容体に変化はない。

 エーリカ先輩に「私が代わります。少し休んでください」と言うと「いい」と断られた。

 仕方が無いので、私は台所へ行き、昨日の残りのスープを温めエーリカ先輩に勧めたが、昨日と同じで「いい」と断られた。

 私は少し食べた。普段の半分ぐらいしか食べられなかった。

 おじ様の看病はエーリカ先輩がやってくれているので、私は手持ち無沙汰になっている。

 外へ出て、クロたちに餌を与え、簡単に厩舎を掃除してから私はクロの背中に乗って、教会へ向かう事にした。


 北門で身分証を見せると、門兵に「街の中で馬を乗るのは良いが、走らせるな」と怒られてしまった。

 どうやら、昨日私がシロの背中に乗って、街の中を走ったのが兵士の間で広まってしまったようだ。

 問題になると面倒なので、門兵の言う通りにする。

 シロの背に乗りながらゆっくりと教会へ向かう。

 厳かな教会の門をくぐると、ちょうどお祈りが終わった所で、参拝の信者がチリチリに帰って行くのが見えた。

 私は別段熱心の信者ではないが教会に来たので、祭壇の前まで行き、女神フォラにおじ様の回復を祈る。その後、近くにいた神父を捕まえ、事情を説明し、回復魔法をしてくれる神父の派遣をお願いした。

 

 私の話を聞いた神父は、今すぐには無理なので昼過ぎに行くと約束してくれた。そして、私の顔に近づき、小声で膨大な献金料を呟いた。

 ビックリするぐらいの料金を請求されたが、ここでごねて、来ないと言われると困るので、渋々承諾する。

 私はその神父に家の場所を伝えてから教会を後にした。

 教会が立っている山を下り、冒険者ギルドに向かう。

 冒険者ギルドに入ると既に冒険者の姿はない。皆、今日の依頼の為に出かけているのだろう。

 私の姿を見つけたレナが声を掛けてくれた。

 私はレナに昨日までの事を説明し、回復魔法を使える冒険者の派遣の依頼手続きを済ませ、依頼料を支払った。

 冒険者ギルドを後にした私は『カボチャの馬車亭』へ向かう。

 アケミおじ様とエーリカ先輩が宿泊している宿の為、事情を知らないと困ると思ったからだ。

 だが、『カボチャの馬車亭』の人たちは、すでに事情を知っていた。何でも昨日の晩、レナが訪れ、教えてくれたとの事である。

 事情を説明しにきた私であったが、逆におじ様の容体はどうなのか? 大丈夫なのか? と色々と聞いてきて困ってしまった。『カボチャの馬車亭』の三人も凄く心配してくれているみたいだ。

 ここで安心させる為に嘘を言っても仕方が無いので、正直におじ様の容体を伝えると、三人とも青い顔に成ってしまった。

 

 「部屋は空けておくから、回復したら戻ってきておくれ。その時は、豪華な料理を振る舞ってあげるからね」と恰幅の良いおばさんが、作り笑いで言ってくれた。

 私はその後、足りなくなった回復薬と薬草を買ってから家へと戻った。



 家に着くと、見た事もない中年の男性冒険者が、おじ様に回復魔法をしていた。

 依頼票を見て来てくれたのだろう。

 顔色一つ変えず黙々と回復魔法を使っていた彼は、魔力切れを起こす前に魔法を止めた。

 そして、「これ以上は無理だ」と言い、私が署名した依頼完了の木札を持って帰って行った。


 約束通り、教会の神父が小さな馬車に乗って現れた。

 小太りでしかめっ面した、あまり関わりたくない初老の神父である。

 私は神父と一緒におじ様の元まで案内すると、エーリカ先輩はおじ様の胸に手を置いて、何かを調べている最中であった。

 神父はおじ様の容体を一目見て眉間を寄せるが、黙ってエーリカ先輩に代わり、右手を突き出した。

 回復魔法の呪文を唱えると、マリアンネやルカよりかは若干強い光を発し、おじ様に回復魔法をしてくれた。

 顔や腕といった酷い火傷の所を重点的に魔法を掛けていた神父にエーリカ先輩は「胸の穴を中心に掛けてください」と提案する。

 「胸だ? もっと酷い場所があるだろ。意味がない」と断ったが、エーリカ先輩の無言の圧力で、神父は渋々胸を中心に魔法を掛けてくれた。

 しばらくすると、神父の腕から光は消え、ゆっくりと立ち上がる。

 これ以上は無理だと魔法による治療を終わらせた。

 おじ様の容体は特に変化はない。

 仕方が無く、膨大な献金を神父に渡してから見送った。

 遣る瀬無い気持ちでおじ様の元へ戻ると、エーリカ先輩はおじ様の胸に手を当てている。


「エーリカ先輩、腕や頭に比べて、胸の火傷は酷くないと思うのですが、どうしたんです?」


 衣服を着ていた胸や下半身の火傷も普段なら酷い火傷にはいる。だが、腕や頭があまりにも酷いので、つい見劣りしてしまう。


「アナスタージア、ここを見てください」


 エーリカ先輩はおじ様の胸の中央にある真っ黒な部分を指差した。

 良く見ると、小さな穴が空いている。中は真っ黒く、血は流れていない。炎で周りの肉が焼かれてしまったのだろう。

 そして、私は思い出す。

 おじ様は針のような細く長い真っ黒な槍に貫かれた事を……。

 その時の傷だ。


「この傷が原因で、ご主人さまの回復が上手く作用していません。まずはこの傷を治する事が先決です」


 そういうなり、エーリカ先輩は胸の傷に手を乗せる。


「直すってどうやって?」

「魔力を注ぎます」

「それなら、私も出来ますね」

「神父の回復魔法を見た限り、あなたでは無理です。ご主人さまの魔力を頂いたわたしだけが出来ます」


 そう言ったエーリカ先輩は、瞬き一つせず、おじ様の胸に手を当てて魔力を流している。

 今までエーリカ先輩がしていた治療を私が代わりに行った。

 

 夕方になる前、マリアンネとルカが私の家に来た。

 昨日と同じ様に回復魔法をしてくれるそうなのでお願いする。

 二人は昨日の反省から、魔力切れで倒れる前に魔法を終わらせた。

 昨日同様、二人は夕飯を食べてから帰っていった。また、明日も来ると言ってくれたので、つい微笑みが漏れてしまう。

 その後、クロとシロの世話をしてから、私とエーリカ先輩は夕飯を食べる事も無く、おじ様の看病をし続けた。



 昨日同様、椅子の上で寝てしまった私は、朝の陽ざしで目が覚めた。

 エーリカ先輩は昨日と変わらない恰好で、おじ様の胸に手を当てている。


「おじ様の容体はどうですか?」

「胸の傷が治り出したので、少し変化が起きました」

「えっ!? 本当ですか!?」


 エーリカ先輩の話を聞くと、火傷で負傷した皮膚の下に新しい皮膚が出来つつあると教えてくれた。

 良く見ると、赤く焼け爛れた胸や下半身の皮膚が剥がれ、ピンク色の筋肉の上に薄っすらと新しい皮膚が出来つつあった。

 もっとも酷い頭や腕の炭化してしまっている部分を触ると、ボロボロと炭になっていた皮膚が崩れ、その下からも新しい皮膚がうっすらと現れている。

 また、ブラック・クーガーにやられたボロボロの左手は、骨が見えていたのに、今では筋肉が覆いかぶさっていた。

 良い兆候であった。


 昨日同様、朝食を作ってエーリカ先輩に勧めるが、「いい」と断られた。あの大食らいのエーリカ先輩が丸二日分、食事を一切していないので逆に倒れるのではと心配したが、「大丈夫」と言われたので諦めた。

 昨日の朝から何も食べていなかった私は、普通の量を食べた。

 そして、クロたちの世話をしてから、おじ様の看病を一日中した。



 次の日、おじ様の焼けた皮膚は、少し触っただけでボロボロと剥がれ落ちていった。ベッドのシーツの上におじ様の皮膚が散らばっている。

 剥がれた皮膚の下にはまだ柔らかさの残るしっかりとした皮膚が広がっている。左手はまだ亀裂が走っているが、手の形にまで回復していた。



 次の日には、完全に新しい皮膚に代わり、痛々しさが無くなった。左手も完治している。

 目を見張る凄い回復力である。

 毎日のように回復魔法を掛けに来てくれたマリアンネとルカに、依頼完了の署名をして、感謝の礼をした。

 ほっとした私は夕食も食べる様になった。だが、エーリカ先輩は未だに食事を食べようとはせず、おじ様のそばから離れる事はなかった。



 そして次の日、朝起きるとおじ様の体に体毛が生えていた。エーリカ先輩が言うには、胸毛も腕毛もすね毛も以前の通りとの事。ちなみに頭の毛は以前と同じ、ツルツルテンテンである。

 こうして見ると、おじ様の容体は、ただ眠っているようにしか見えなかった。

 


 次の日の朝、おじ様はようやく目を覚ましてくれた。


これにて、幕間は終了です。

次回、第二部が始まります。

宜しく、お願いします。

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