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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者
63/327

63 幕間 アナスタージアの追想 その2

 父が亡くなった日の事。

 前日に冒険者の依頼を受けた私は、いつも通り父を見送った後、クロたちの世話をしてから家事を行い、薬草菜園の手入れをしていた。

 薬草の葉や茎に付いている虫を見つけては足元にいる鶏に食べさせていると、街の方から冒険者の緊急招集の音が聞こえた。

 年に一度、あるかないかの緊急招集の音。この音を聞いた冒険者は必ず、冒険者ギルドに急いで集まらなければいけない。ただ、私は鋼鉄等級冒険者。緊急性のある依頼など、鋼鉄等級冒険者の私では力不足で役に立たない事を知っているので、私は聞こえなかった事にし虫取りに精を出す事にした。

 しばらくすると、息を切らした父が戻ってきた。

 隣街のある村でブラック・クーガーが現れ、これからクロに乗って、応援に向かうそうだ。

 ブラック・クーガー……猫科の魔物の中で中位の魔物で、銅等級冒険者でないと対処できない危険な魔物だ。

 父は銅等級冒険者であり、他にも応援に駆け付ける冒険者がいる為、私は別段、父の安否を気遣う事もなく、父に挨拶程度の気持ちで「気を付けて」と言って送り届けた。

 隣街は、馬を走らせても丸一日かかってしまう場所にある。今日、明日と父は帰ってこない。夕飯は一人になるだろう。少し寂しい気持ちであるが、緊急事態なので仕方がない。父が帰ってきたら、美味しいスープでも出してあげよう。

 そう思い、私は今日、明日と一人で過ごす事になった。


 そして、三日後、父は遺体となって帰ってきた。


 白いシーツに包まれ、クロの背中に乗せられた父の遺体は、顔は知っているが名前の知らない男性の冒険者に()かれ、私の家まで送り届けられた。


 そこで父が亡くなった事を聞かされた。

 父は現場に着くと、ちょうど村の子供がブラック・クーガーに襲われていた。父はすぐさま身を(てい)し子供を助けたのだが、その所為で傷を負ってしまった。それでも父は他の冒険者と共にブラック・クーガーを退治する事に成功した。だが傷が深すぎて、その晩、父は息を引き取った。

 名前の知らない冒険者は、そう私に伝えた。

 

 その後の事は、あまり覚えていない。

 父の遺体を運んでくれた冒険者を中心に、教会の敷地にある共同墓地に父を埋葬した。沢山の冒険者仲間が集まってくれたのを覚えている。ギルマスや他のギルド職員もいた気がする。

 いつも着ていた灰色のローブでなく黒色のローブを着た私は、その光景を端の方で眺めていた。何人かに声を掛けられた記憶はあるが、それに返答した記憶はない。

 神父の言葉と共に地面の中に埋葬される父だった遺体。父の上に土を被せる度に嗚咽を漏らす参列者。

 現実性のない、夢現(ゆめうつつ)の風景であった。

 葬儀が終われば、参列者は思い思いに解散していく。

 私も家へと帰った。どうやって帰ってきたのか覚えていないが、無事に家まで辿り着いた。そして、私は着替える事もせずベッドに倒れた。

 クロたちの世話をしなければいけない。家の掃除や洗濯もしないといけない。夕飯の準備も……。

 そういったいつも行っている事柄が頭の片隅に過るが、体がだるくて、動く気力がでない。

 私はそのままベッドの上でゴロゴロとして、寝ているのか覚めているのか分からない状態で、次の日の朝を迎えた。



 いつも通り、太陽が昇る前に起きだす。

 長い時間、眠っていた所為か、頭の中は(もや)に包まれ、頭が回らない。

 水瓶で顔を洗い、朝食の準備をするが、昨日作った牛乳のスープが沢山残っていたので、火を起こして、温めるだけにした。

 スープとパンとチーズを二人分用意した所で、父が起きてこない事に気が付く。

 私は父の寝室に向かい、誰も眠っていないベッドを見て、父が亡くなった事を思い出した。


 しばらく、空のベッドを眺めていた私は、トボトボと食堂に戻り、一人で食事をした。

 いつも美味しかった牛乳のスープが水のようであった。パンもチーズも味がしない。何を食べているのか分からなかったので、半分以上、残してしまった。

 外へ出ると、すでに馬場の中でクロとシロが自由にしていた。

 私の姿を見つけたクロたちは柵まで近づき、私に向かって(いなな)く。

 昨日の夕方分の餌をあげていなかった事を思い出す。クロたちをほったらかしにして、私は寝てしまったのだ。

 黒いローブの端を甘噛みしたり、鼻で私の体をコツコツと押したりして、餌を催促してくるので、私は急いで餌の準備をした。

 クロたちが餌を食べている間に厩舎と馬場を掃除する。

 いつもの日課である。

 家に戻り、洗濯をしようとしたが、洗濯物が少ない事に気が付き、今日は洗濯をしない事にした。

 次に家の中を掃除しようとしたが、別段、汚れていないので掃除も止めておいた。

 やる事が無くなった私は、薪割り用の切株に腰を落とし、ポカポカと暖かい太陽の日差しを浴びながら、日がな一日、馬場内で自由にしているクロたちを眺めて過ごした。

 


 次の日、いつも通り、味気ない朝食を一人で済ませ、クロたちの世話をしてから街へと向かった。

 今日は三日に一度、冒険者の依頼を受ける日だ。

 少し遅めに到着したにも関わらず、冒険者ギルドの中は冒険者で溢れ返っていた。

 私の姿を見つけた他の冒険者たちは遠目で私を見つめ、仲間内で(ささや)き合っている。父が亡くなった事が、すでに広まっている所為だろう。

 ただ、有り難い事に、直接私に話し掛けてくる者はいない。

 私は、人が集まっている中で依頼を吟味するのが嫌だったので、奥の長椅子に座り、落ち着くのを待つ事にした。

 しばらくして、ある事に気が付いた。


 父のいない私がどうやって冒険者の依頼をこなせばいいのだろう?


 全て父がやってくれた。依頼票の査定。受付の授受。依頼の手伝い等々。

 私が一人で全部やった事は一度もない。私の経験は、全て父と一緒にした経験だ。

 私は何て不完全な冒険者なのだろう。

 そう思うと、ギルド内が落ち着いたにも関わらず、私は依頼票を見に行く事が出来ず、椅子に座り続けてしまった。

 ただ座っているだけ。

 今まで父と一緒に冒険をした出来事を思い出す。

 スライムの捕獲、薬草の採取、地下道の調査、各種様々な魔物の討伐……。

 思い出に(ふけ)りながら、日がな一日、ギルド内の長椅子に座っていた。

 そして、他の冒険者が戻ってくる夕方になったら、席を立ち、家に帰った。



 次の日も朝食を摂り、クロたちの世話をした後、冒険者ギルドへ向かった。

 結局、何も出来ず、椅子に座っているだけになった。

 

 そして、次の日も、その次の日も同じ事を繰り返した。



 来る日も来る日もギルドの椅子に座り続ける私。理由はない。あえて言うならやる事が無いからだ。

 最初の頃は、ギルド職員や他の冒険者が声を掛けてくれたが、私がしっかりと返答をしない所為で、離れていった。今では声だけでなく、視線すら交わさない。私はギルドの置き物と化していた。

 別段、会話が苦手な訳ではない。父とクロとシロと薬草庭園で飼っている鶏相手なら良く話していた。赤の他人と話した事が殆どない為、他人とどう会話して良いか分からないだけだ。

 そんな私でも買い物はする。

 ギルドの椅子で一日中座り続けた後、たまに露店で食材を購入する。

 何もしなくてもお腹は空く。ただ以前よりも食欲は無くなり、食べる量が減っているので、私用の食材を購入する事は少ない。どちらかといえば、クロたちに必要な物を買うのが目的だ。

 買い物も父が全て店員と交渉して買ってくれていたので、初めて私一人で買い物をした時は、不安と緊張で倒れそうになった。

 勇気を振り絞って買い物をしてみれば、別に話さなくても買える事を知った。

 欲しい商品を指で指してお金を渡せば、商品を渡してくれるからだ。たまに余計な物を包まれて、余計にお金を払わなければいけない事があった。そんなお店は、今後、使用しない事にしている。

 ちなみにクロたちが主に食べる飼葉は、父が生きていた時から定期的に馬屋の主人が家まで持って来てくれるので、私が直接買い付けたり、自分で作ったりはしていない。

 馬屋の主人も勝手知ったる何とやらで、荷物の飼葉を特定の位置に下ろしたら、私からお金を受け取ると一言も話さずに帰ってくれる。有り難い主人である。



 朝起きて、朝食を食べて、クロたちの世話をしたら、ギルドに向かう。

 そんな事を数十日続けていたある日の事、ある中年の男性が冒険者ギルドに入ってきた。

 良くある麻布のシャツとズボン。胸に皮鎧を着ている。筋骨隆々で、禿頭の顔は厳つい。一見、歴戦の戦士か冒険者、または武器屋の店員にも見える。

 そんな中年の男性は、ギルドに入るなり、辺りをキョロキョロと見回し、興味深そうに掲示板を眺めていた。

 初めて見る顔なので冒険者ではないだろう。それなら依頼にきたお客かもしれない。

 特に珍しい光景ではないのだが、私がどうしてこの中年の男性を覚えているかというと、すぐ近くの椅子に二人組の冒険者が座っていたからだ。

 その二人組の冒険者から凄く嫌な臭いが漂っていた所為で、匂いと共にその時の光景が目に焼き付いてしまったからだ。

 その厳つい男性は、男性冒険者に人気の女性職員と少し話してから外へと出て行った。それと同時に二人の冒険者も立ち上がり、外へと出て行く。

 私はほっと胸を撫で下ろし、ゆっくりと深呼吸をしたら、まだ二人の冒険者の体臭が残っていた所為で、ケホケホと(むせ)てしまった。

 女性職員と目が合い、恥ずかしさのあまりフードを目深に被り、静かに置き物として徹した。

 しばらくするとギルド内が騒がしくなる。

 椅子に座って黙って様子を窺っていると、二人組の冒険者が一般人を襲い、返り討ちにあった事が分かった。

 相手は二人組の冒険者だ。それを倒してしまうとは、凄い一般人がいるんだなと感心してしまう。一人では何も出来ない私とは違うのだろう。

 そんな事を思いつつ、右往左往している職員を眺めながら一日が過ぎていった。



 次の日、いつものようにギルドの椅子に座っていると、昨日見た厳つい男性が新規冒険者の登録をしていた。

 不思議な男性である。

 厳つい顔と体つきにも関わらず、動作の一つ一つが男性ぽくない。どちらかといえば、女性に見えてくるから不思議だ。生前、父から女性のように振る舞う男性がいると聞いた事があるので、その厳つい男性もそういった人なのだろうと私は結論つけた。



 次の日、歴戦の戦士のような新人冒険者の男性が、女の子を連れて冒険者ギルドへ現れた。

 その女の子は、驚くほど綺麗な少女であった。同じ人間とは思えない人形のような女の子。良く梳かれた光り輝く金髪。色白く整った顔立ち。きめ細かいお洒落な服装。吟遊詩人が語る大貴族のご令嬢みたいで、他の女性冒険者がうっとりと眺めていた。

 冒険者ギルドに似つかわしくない存在であり、厳つい新人冒険者と連れ立つ存在でもなかった。

 そんな少女が冒険者に成った。それも厳つい冒険者と一緒に新人としてこれからやっていくとの事。

 その日以来、彼らが冒険者ギルドに現れるとついつい目で追うようになってしまった。



 ギルド内に新人冒険者の噂が流れ始めた。

 「奴隷堕ちした没落貴族の娘を買い取った」とか、「貴族の娘を誘拐し、隷属魔術で一緒に行動している」とか、「人形に魂が乗り移り、動いている」など、華麗な少女の噂が広まっている。

 また、「元盗賊の首領」とか、「武器屋が破産し、冒険者になった」とか、「同性愛者で男性冒険者の尻を狙っている」など、厳つい新人冒険者の噂も広まっていた。

 そんな噂を露程も知らない新人冒険者二人組は、着々と依頼をこなし、数日で昇級試験を受ける事になったらしい。


 いかにも腕力と経験がありそうな厳つい新人冒険者。ナイフすら持ったこともなさそうな華麗な少女。この二人組を見ていると、父の事を思い浮かぶ。

 人形のような少女は常に男性のそばから離れようとはしない。少し後ろに待機して、常に男性を眺めている。窓口では、主に男性が対応し、少女は口を閉ざしていた。

 この二人の間柄は、私と父の間柄にそっくりである。ひな鳥のように父にくっ付いていた私。窓口の対応は全て父がしてくれて、私はそんな父を眺めていただけ。

 そう、人形のような少女は私にそっくりで、そして厳つい男性は父にそっくりなのだ。顔や体つきがそっくりなのではない。その間柄が私と父にそっくりなのである。

 ただ、残念ながら、華麗な少女よりも今の私の方が人形の様であった。

 少女は、色白とはいえ、赤み掛かった健康的な肌をしている。無表情ではあるが、どこか楽しそうな雰囲気である。この見た目は人形のような少女は、間違いなく人間であった。

 一方の私は、痩せこけて、肌はカサカサの適当に木を削った人形の様である。いつも、同じ椅子に座り続け、何も行動を起こさない私は、本当に人形になった気分だ。

 そんな二人が、昇級試験中、大ミミズを二匹討伐した。



 大ミミズの話はすぐに私の耳に入った。

 それもそのはず、私は現場にいたからだ。まぁ、現場といっても冒険者ギルドのいつもの椅子に座っていただけなのだが……。

 閑散としたギルド内にリーゲン村の村人が息を切らせて入ってきた。そして、窓口の男性に大ミミズが現れたと掴みかかりそうな勢いで説明し、応援を頼んでいた。

 最初は断られていた依頼だが、ギルマスが登場した事ですぐに解決した。

 リーゲン村といえば、あの新人冒険者二人組が昇級試験を受けている場所である。つまり、今現在、新人の二人は命の危機に遭っている事になる。そう思った私は、無意識に腰を上げて、椅子から立ち上がった。

 こんな私でも力になれるかもしれない。そう思ったのだ。

 だが、私が一歩足を踏み出そうとした瞬間、緊急招集の音が街中に広まった。

 その音を聞いた私は、足を前に出す事が出来ず、力が抜け、いつも座っている椅子に腰を落としてしまう。

 緊急招集の音。

 父が亡くなった日に聞いた音。私から父を連れ去った音。私の日常を奪った音。

 その音を聞いて、私は頭の中が真っ白になり、身動き一つ出来なくなってしまった。

 仮にも鋼鉄等級冒険者である私が、入って間もない木等級冒険者の新人が危険な目に遭っているのに、私は椅子に座って震えているだけなのだ。

 本当、情けない……。


 しばらくするとギルド内に冒険者が集まりだした。

 職員に事情を聴いて、急いで応援に行く者がいる。一方、等級が低くて元の依頼に戻る者もいる。冒険者も職員も私に声を掛ける者はいない。鋼鉄等級冒険者の私では、役に立たない事は知っているからだ。

 それから数時間後、急いでリーゲン村に向かったギルマスが、嬉しそうに戻ってきた。

 「大量、大量、忙しくなるぞ。がっはっはっ」と待機していた職員にリーゲン村で起きた出来事を語っている。その話を私も遠くの椅子から耳をそば立てて聞いていた。いや、別に盗み聞きするつもりはないが、ギルマスの声が大きいので、何もしなくても聞こえてくる。

 話を聞くに、ギルマスが着いた頃には大ミミズは討伐されていたそうだ。倒したのは、新人冒険者の二人と村人数名との事。大ミミズがどれほど厄介な魔物か知らないが、ギルマスが身振り手振りで大声で説明するのを聞くと、とても凄い事なのが分かった。


 私はその話を聞いて、不安になってきた。

 不安など父がいなくなってからいつもしている。不安と寂しさと空虚さは寝ていようが起きていようが、一日中、付きまとっている。

 だが、二人の新人冒険者の話を聞いた時の不安は、今までの不安とは少し違う気がした。

 不安の気持ちが溢れ返ると同時に、胸の奥底からフツフツと熱い気持ちも生まれてきた。

 その熱い気持ちが徐々に大きくなりつつあり、私は居ても立ってもいられず、席を立ち、家へと走って帰ってしまった。

 久しぶりに走ったので、家に着くとベッドへ倒れてしまった。体力も体重も以前に比べて、減ってしまった事が今になって気が付いた。

 モヤモヤした気持ちが治まらず、しばらくベッドの上でゴロゴロしていたら、一日が終わってしまった。



 次の日、体調が悪くてずっと家にいた。



 そして、次の日。

 いつも通り、起床し、朝食を食べ、クロたちの世話をしてから冒険者ギルドへ向かった。

 今も胸のわだかまりは治らない。

 ただ、原因は何となく分かった気がした。昨日一日、流れる雲を見ていたら気が付いたのだ。


 私は冒険者に成りたいのだと……。


 すでに成っていると言われそうだが、私の場合は違う。

 確かに三年以上の経験があり、鋼鉄等級冒険者にも成っている。

 私だけでなく、他の冒険者も同じ事だ。

 私たちは冒険者であるが、普段から冒険をしている訳ではない。

 街人や村人、役所などから頼まれた依頼をこなしているただの便利屋だ。未知の洞窟を探検したり、お宝を発見したり、強力な魔物を討伐したりと物語に出てくる冒険とは程遠い。

 特に私は、父と一緒に冒険者をしていた。等級の高い父に手伝ってもらい、危険の少ない依頼をこなすだけ。父が生きていた時は、それでも良かった。あの時の私は父と一緒にいる事が一番の幸せだったからだ。


 昨日、私は一日中、外の景色を見ていた。

 空を見て、クロたちを見て、家を見て、屋根を見た。そして、スモール・ウルフに襲われた時の事を思い出した。

 私よりも強い魔物であったが、屋根に上り、魔法で撃退した。

 今思えば、あれこそ私が初めて体験した本当の冒険なのだ。

 だから、私は冒険者に成ったのだ。

 そして、一昨日、新人冒険者の二人が大ミミズを討伐したと聞いた時、私は彼らに嫉妬したのだ。

 彼らは格上の魔物を討伐した。それは紛れもない冒険をした事に他ならない。

 それと同時に、彼らに憧れも抱いた。冒険をした事への羨ましさ、格上の相手にも立ち向かう度量、それを討伐する事が可能な力量。

 私も彼らのような体験をしたい、彼らのように成りたいと……。

 

 混乱している頭で色々と考えていたら、冒険者ギルドに到着してしまった。

 いつも私が座っている席は、誰も座らない。私専用の席になっている。

 そういう事で、いつもの席に座る。

 まだ、新人冒険者二人は姿を現さない。

 しばらく冒険者の集団を眺めていると、例の新人冒険者二人組が現れた。

 いつも通り、ちぐはぐの二人。

 一人は、筋骨隆々の厳つい冒険者。もう一人は、ひな鳥のように付き添う華麗な少女。中年の厳つい冒険者が、華麗な少女を守りながら体を張って大ミミズを退治したのだろう。吟遊詩人が歌う冒険者のようである。

 そんな想像を思い浮かべていると、私の近くの椅子に二人が座った。

 聞くも無しに二人の会話が耳に入る。

 厳つい中年の男性は、見た目通りの太く男性的な声である。だが、その話し方は柔らかく、女性的な感じがする。一方の華麗な少女は、鈴の音色のような見た目通りの声色だ。ただ若干、話し方が無機質で、冷たい感じに聞こえる。

 そんな彼らの話を聞いて、分かった事がある。

 彼らは借金があり、借金返済の為に頑張って依頼をこなしている事。

 少女は食べる事が好きな事。

 厳つい男性は、料理が上手く、巷に噂されているピザなる食べ物を作った本人だという事。

 やはりこの二人は、私と父の関係に似ている。

 父は食べる事が大好きで、何でも美味しいと言った。

 私も料理が好きで、そんな父に美味しい料理を作るのが楽しかった。

 そんな思いが重なった所為か、つい椅子から立ち上がり、二人の冒険者に声を掛けてしまった。


「あ、あの……そ、その……」


 どうして、私は声を掛けてしまったのだろう? 自分でも驚いている。

 そんな私に声を掛けられた厳つい冒険者も驚いている。


「はい、何ですか?」


 混乱している私に向かって、不器用な笑顔で答えてくれた。

 明らかに、不審がられている。


「お、お父さん……その……」


 そこでハッとして口を塞ぐ。

 私は何を言ったのだ?

 見知らぬ男性、初めて言葉を交わす男性に「お父さん」と言ってしまった。

 私は彼に父として見ていた訳ではない。

 見た目も体つきも違う。せいぜい、性別と年齢が似ているだけだ。

 単純に、私が赤の他人とまともに会話した事が無いだけだ。まともに会話をしたのは父だけである。

 だから、つい……そう、つい、彼に『お父さん」と言ってしまったのだ。

 そうに違いない。


 そんな失敗を厳つい男性は、引きつった笑顔で「私はあなたの父親じゃないですよ」と優しく諭すように返答した。

 それを聞いた私は、目を見開き、そして、ゆっくりと目を閉じて俯いてしまう。

 ずっとモヤモヤとしていた気持ちが、霧が晴れるように消えていく。

 それと同時に、涙が出そうになるほどの悲しみが押し寄せてきた。


 この後の事は覚えていない。

 一昨日の様に、走って家に戻り、ベッドに倒れ込んだ。

 そして、泣いた。

 父は死んだ。

 この世からいなくなった。

 もう一生、会えないのだ。

 頭では理解していたが、心では理解していなかった。

 ブラック・クーガーを討伐しに行ったきり、帰って来ていない。

 私が見たのは、白いシーツを包んだ物だけ。

 中は確認していない。

 もし、あの時、シーツを剥がして父の死に顔を確認していれば、長い間、亡霊のように冒険者ギルドの椅子に座り続ける事も無かったかもしれない。

 それに気が付かせてくれたのが、父の姿と重ねてしまった厳つい中年の冒険者である。

 私はあなたの父親じゃない。

 当たり前だ。

 私の父は既に死んでいるのだ。

 

 私は一晩中、泣いた。

 父が亡くなったと聞かされてから一度も流さなかった涙を……。

 ようやく私は、最愛の父の為に泣く事が出来たのだ。

 

最愛の父を亡くしてから、ギルドの椅子の座り続けるアナ。

ついに、アケミおじさんと初接触しました。


なげー、疲れました……。

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