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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者
62/323

62 幕間 アナスタージアの追想 その1

ギルマスに続き、アナの回想回です。

こちらも、長く成ってしまいました。

会話文ほぼなしで、読みにくいかと思います。申し訳ありません。

分割して投稿したいと思いますので、しばらく、お付き合いください。

 物心ついた頃には、母は亡くなっていた。

 冒険者をしている父は、一人で幼い私を育ててくれた。

 腕に実力のあった父は銀等級冒険者に成れるほどの実力を持っていたが、幼い私がいる為、銅等級冒険者で居続け、近場で依頼をこなし、必ず家に帰る生活を維持してくれた。

 家を空ける父に代わり、私は幼いながらも家事を一手に引き受ける。洗濯、掃除、料理、さらにクロとシロの世話。歳の所為で出来ない事は多いが、それも年月を重ねれば、徐々に解決していった。



 私が六歳の時、父から魔力の扱いを教えてもらった。どうして、教えてもらう流れになったのかは覚えていない。たぶん、何らかの魔術具を使うつもりが、上手く作動しなかったのが理由だと思う。

 その日以来、暇があれば、体中に流れている魔力を操作する訓練をする事になった。魔力の流れを早くしたり遅くしたり、魔力量を濃くしたり薄くしたり、体の一部に魔力を集めたりとしていた。



 七歳に成った時、私に魔法の才能がある事に気が付いた。

 ある朝、窓から入る風でカーテンが(めく)られ、その近くに置いてあった花瓶が落ちたのだ。

 あっと思い、ゆっくりと床に落ちていく花瓶に手を伸ばした時、私の手の先から風の塊が飛び出したのである。その風はとても弱く、落下していく花瓶を揺らぐ事も出来ない程の弱さであった。結局、花瓶は床に落ちて粉々に砕けてしまった。

 その事を父に話したら「お母さんと同じだ」と父は喜んでくれた。

 その日以来、私は魔法の練習をするようになった。

 魔法が使えた時の感触を思い出し、何度も何度も同じ事を繰り返す。

 最初はまったく出来なかった。

 百回やって百回とも何も起きない事はよくあった。また、十回やれば三回は風が出る事もあった。

 私の魔法は、まちまちである。

 出来る時と出来ない時の違いを思い出しては、実際に魔法の練習をする。

 だが、結局、出来る時は出来るし、出来ない時は出来ないでいた。


 何事にも行き詰まったら気分転換が大事だという事は、この時、重々に理解した。

 私は基本、家の中にいる。洗濯やクロとシロの世話の時以外、外に出ない。たまに父と街の中へ行って買い物をする事もあるが、基本、家の中にいる。

 そんな私だ。魔法の練習も家の中で行っていた。窓を閉め切った部屋で、ベッドに腰かけ、染みの付いた壁に向かって手をかざすが、結局、上手くいかない。


 だが、たまたま、堆肥(たいひ)用に集めていた馬糞を処理しようとした時、鬱陶(うっとう)しい蠅を追い払う為に魔法を使う真似をしたら簡単に出たのだ。特に魔力の操作もしていないのに、簡単に出たのだ。

 そして、私は悟ったのだ。風を使うには風が必要なのだという事を。

 窓を閉め切った部屋では使えないのは当たり前だ。

 その日以来、私は外に出て練習する事にした。

 百発百中とまではいかないが、十回中五回は出来る程に成長した。特に言葉に出すと成功率が高くなる事に気が付いた。また、声に出せば、魔法の威力とか持続力とかも変化できるようになった。

 私の魔法の成果を父に話すと、私が使うのは精霊魔法かもしれないと返ってきた。ただの魔法や魔術と違う精霊魔法とは何か、と父に教えを願ったが、父は「分からん」と返ってきた。父は魔法や魔術はからっきしなのだ。

 家の敷地からほぼ出ない私は、街にいる魔法使いに弟子入りしたり教えをこうむったりする事もなく、独学で練習し続けた。



 私の一日はこんな感じである。

 朝が明ける前に起床し、朝食の準備をする。ちょうど朝食が完成する頃に父が起き出し、一緒に食事をする。料理はいつも同じ。パンとチーズ、そして前日のスープである。

 食べ終えたら、父はすぐに街に出かけ、冒険者の依頼をこなす。父は基本、他の冒険者と組んだりはしない。単独で身の丈にあった依頼だけを受ける安全第一の冒険者であった。たぶん、幼い私がいたからだろう。

 父の帰宅はまちまちで、午前中に帰ってくる事もあれば、丸一日掛かる事もある。依頼が無くて、すぐに帰ってくる事もあった。その時は、一緒に家事をして、時間が空いたら街まで買い物したり、クロとシロで遠出したりもした。


 話を戻そう。

 父を送り出した私は、次に行うのはクロとシロの世話だ。

 馬場の隅にある置き餌場に乾草を用意したり、食べ残しの野菜や果物等を置いてあげる。

 そして、厩舎の扉を開けると、腹が減ったとクロたちが私の方へ顔を寄せてくるのを一頭ずつ外に出してあげる。

 クロとシロが餌を食べている間に厩舎の掃除をする。馬糞を片付けたり、寝藁を替えて寝床を整えたりする。

 一段落ついた頃には、クロとシロも朝食を食べ終え、馬場の中で自由にしている。

 一人の時は、乗馬はしない。落馬して怪我をしては危険という事で父から禁止をされていた。その為、父の仕事が無い時は、よく一緒に遠出した。


 クロたちの世話が一段落したら、家へと戻り、洗濯をする。二人分だけなので、すぐに終わる。

 次に家の掃除をする。二人しか住んでいないので、すぐに終わる。

 その後は自由時間だ。魔法の練習をしたり、椅子に座って惚けたり、クロたちと遊んだりと時間を潰す。

 最近、小さな薬草用の家庭菜園を作ったので、その管理をする事が多い。

 生前、冒険者でもあった母は、将来、料理屋を経営するのが夢だったそうだ。父が食材を調達し、母と私が料理をする夢だ。その為、母は幾つかの料理のメモを残してくれた。私はそれを見て料理を覚えたのである。自慢ではないが、街の中でお金を払って食べる料理よりも美味しいと自負している。

 ある日、薬草が足りなくなったので、父に薬草の補充をお願いしたら、自然に生えている薬草を根っこごと持って来てくれた。ちょうど薬草採取の依頼があったので、一緒に採ってきたそうだ。勿体ないので、父と一緒に庭園を作り、そこで薬草栽培を始めたのである。

 薬草の種類によっては、すぐに枯れてしまう物もあれば、放っとくと阿呆みたいにグングン育つ物もあり、結構、面白い。

 虫を取ったり、雑草を引っこ抜いたりとやる事が多い。

 今度、菜園の中で鶏でも飼ってみようかと父に相談してみたら、次の日の夕方には、籠に入れた鶏と一緒に帰宅してきた。

 

 そんなこんなで、夕方まで自由を満喫している。

 夕方になれば、必ず父は帰ってくる。父が戻ると同時に夕食をするので、早めに夕食の準備をするが、その前にクロたちの食事だ。

 朝と同じように、置き餌場に餌を用意してあげる。

 クロたちが食べている間に、馬場の掃除をして、食べ終えた者から手入れを始める。

 専用のブラシで毛を梳いて、汚れを落としてやる。ついでに蹄の手入れもする。綺麗になったら厩舎に戻して、お終いだ。


 井戸で体を洗ってから、夕食の準備である。

 ただ、準備といっても、朝と同じ献立に近いのでやる事は少ない。

 パンとチーズとスープ。あと一品、肉類を作るぐらい。ベーコンを焼いても良いし、父が討伐依頼を受けた際、ギルドに売らずに持ち帰った魔物や普通の生き物の肉を焼いたりする。

 父は食べる事が好きで、よく依頼中に食べられそうな物を持ち帰る。魔物だったり、キノコだったり、草だったりと……。魔物のほとんどは苦くて食べられないが、ホーンラビットだけは美味しい。また、訳の分からないキノコを食べた時は、三日間、お腹を壊し、依頼は勿論、家事も出来ず、父と二人で部屋に引き籠って、唸っていた事もあった。生まれて初めて、死を覚悟した三日間であった。

 スープについては、基本、二種類しか作らない。野菜屑を入れた塩胡椒で味を調えたスープ。もう一つは、牛乳に野菜屑を入れたスープだ。私は牛乳スープが好きで、三日ぐらい作り置きして、朝夕と三日間、食べ続ける事がある。ただ、食べる事が好きで、何でも美味しいという父は、三日間、同じスープを食べるのだけは嫌なようだった。

 料理の準備をしていると、ほぼ決まったように父は帰ってくる。

 父と共に食事を済ませると、父は外の井戸へ行き、体を洗う。

 私は済ましているので、寝るまでシーツや服のほつれを直したりして時間を潰す。

 私の家に浴槽はあるが、お風呂は父が早く帰ってくる時にしか入らない。用意するのが大変なのだ。

 これが私の一日である。



 私が一二歳の時、初めて魔物と戦った。

 私の家の周りには、目に見えない結界が張ってある。

 母が妊娠中だった時、父が心配して、街にいる魔術師に頼んで結界を張ってもらった。人や魔物が簡単に入ってこれないような簡単な認識結界である。

 ただ、これも完璧ではない。

 その日は、いつも通り父は冒険者の仕事で留守にしており、私一人であった。

 一通り家事を終わらせた私は、クロとシロの姿を眺めながら薪割り用の切株に座って日向ぼっこをしていた。

 突如、クロたちが厩舎へ入って行ったので、何事かと辺りを見回すと、林の中からスモール・ウルフが一匹、家の敷地に入ってくるのを見つけた。

 スモール・ウルフは犬科の魔物である。普段は数匹の群れで行動をするのだが、なぜか一匹だけ迷い込んでしまった。

 私は急いで、脚立を使って家の屋根に避難した。本当なら家の中に入って、扉を閉めておけば良かったのだが、人間、混乱していると何をするか分からない物である。

 だが、これが功を奏して、スモール・ウルフは私を見つけ襲おうとしたが、高い所まで移動できず、家の壁をガリガリと削るだけであった。

 このまま屋根に退避していれば、帰ってきた父が退治してくれるだろう。それまでの辛抱だと自分に言い聞かせていたら、スモール・ウルフは私を諦め、クロたちのいる厩舎へ向かいだした。

 私は急いで、スモール・ウルフに風の魔法を浴びせた。

 長年、練習の成果で今では風を鋭い刃に変える事までできた。ただ、威力は弱いので、スモール・ウルフに切り傷を付けるぐらいしかできない。

 ただ、その攻撃のおかげで、スモール・ウルフの標的がクロたちから私へと戻った。

 また、壁をガリガリとするので、私は屋根から身を乗り出して、必死に風の魔法をスモール・ウルフに浴びせた。

 怖くて仕方がなかったが、クロたちを守るために魔法を使い続けた。

 何度も何度も弱い風の刃を受けたスモール・ウルフは血だらけになっていく。傷が増える度、興奮度が増し、私を殺そうと躍起になっている。

 魔力切れで頭がクラクラしてきた時、風の魔法がスモール・ウルフの片目に当たった。目を負傷したスモール・ウルフは、戦意を消失し、林の中へ帰って行った。

 疲れ切った私は、父が戻るまで家の屋根にいた。また、スモール・ウルフが戻ってくるかもしれないし、何より屋根に登った時の脚立が地面に倒れてしまい、降りる事が出来ないでいたからだ。


 夕方に帰ってきた父に無事に救助された私は、何が起きたのかを説明する。

 それを聞いた父は、私に冒険者の道を示してくれた。理由は三つあった。

 まず一つ目、魔法が使えるのに、家に引き籠っていては宝の持ち腐れである事。

 次に二つ目、同じ事が起きた際、自分を守れるほどの実戦経験を積ませたいとの事。

 最後の理由は、娘と一緒に冒険がしたくなったと言った。これが父の本音だろう。

 長年、父は母と二人で冒険者をしていた。そんな母は私を生んだ数年後に亡くなった。それ以来、父は一人で冒険者をしている。父はよく母と一緒に冒険者をしていた時の話をしてくれた。あの時の魔物は不味かった。あそこの街の料理は美味かった等々。そんな思い出を蘇らせる為に、娘の私と一緒に冒険者をしたいのだろうと思った。

 これから何年、何十年とこの家にいて、家事やクロたちの世話をしていくのだろうと思っていた私は、それ以外の道がある事に驚いた。

 それも父と一緒に冒険者である。父の帰りを待ち続けるだけの生活でなく、共に仕事をする仲間としての未来だ。

 私は、冒険者に成る事を決めた。


 ただ、私は一二歳。流石に冒険者をするには若すぎるとの事で、このあと二年間ほど、いつもと変わらない生活を送った。

 とはいえ、冒険者になる目標が出来たので、今まで以上に魔法の練習をしたり、体力をつける為に運動をしたり、父から冒険者の話を聞いたりした。

 ちなみに、私を襲ったスモール・ウルフは、次の日、父が一日かけて見つけ出し、討伐した。その日の夕飯は、スモール・ウルフの肉だった。美味くなかった。



 十四歳に成った時、私は冒険者に成った。

 今と違い、当時は見習いの木等級冒険者の制度は無く、父に連れられた私は、冒険者ギルドで手続きを済ませたら、すぐに正規の鉄等級冒険者になった。

 右も左も分からない鉄等級の私は、父と一緒に依頼をこなしていく。ただ、鉄等級の安い依頼だけでは家計が回らない。逆に父の銅等級の依頼では、私は足手まといになってしまう。

 そこで冒険者としての仕事は三日に一度だけで、残り二日はいつも通り家で家事をしていた。つまり、父は三日の内一日は、私の依頼を手伝い、残りの二日で自分の依頼をこなしていた。そうする事で、私の冒険者の経験も積むし、滞る家事もこなせる算段であった。

 私自身、もっと強くなって上位の冒険者に成るつもりはなかったし、父は父で、私に無茶をしてほしくなかった事もあり、特に異論もなく、私の冒険者稼業はゆっくりと進んだ。

 私たちは、一緒に冒険をして、一緒の時間を共有しているだけで満足だったのだ。



 三日に一度というゆっくりとした冒険者稼業をしていた私にも鋼鉄等級冒険者への昇級試験の話が出てきた。まぁ、二年間も鉄等級冒険者をしていたので、いつ来てもおかしくなかったのだが……。

 昇級試験の内容は、単独でホーンラビットを五匹討伐する事であった。

 私はこの依頼を聞いて胸を撫で下ろした。

 もし、他人と関わる事――例えば、馬車の護衛とか、お店のお手伝いとかだ――であったら、私はにべもなく昇級試験を断っていただろう。

 自慢ではないが、私は父とクロとシロ以外、まともに会話をした事がない。

 受付で冒険者の依頼授受をするのは父であり、買い物で店員に話をするのも父である。私は一歩後ろに(たたず)み、様子を見ているだけで、声を出したりはしない。

 そんな私が、他人と関わる依頼は無理がある。

 だから、昇級試験の依頼内容が、魔物の討伐だったので私は昇級する事にした。

 父と一緒とはいえ、私は二年も冒険者の経験を積んでおり、魔物討伐も数えきれない程した。今の私ならホーンラビットや化けネズミなど一振りで首を跳ねられる実力はあると自負する。スモール・ウルフだって勝てる自信はあった。屋根の上で震えながら魔法を放っていた頃とは違うのだ。

 そういう事で、私は楽々と鋼鉄等級冒険者に昇級したのであった。



 それから一年が経過する。

 鋼鉄等級に昇級したからとはいえ、討伐依頼が増えただけで、日常に変化はない。

 一日、父と共に冒険者の仕事をしたら、次の二日間は家にいる。

 その繰り返しである。

 これから先もずっと父と共にこの変化のない日常がいつまでも続くのだと私は思っていた。

 父もそれを願っていたと思う。

 そして、いつか父が歳で冒険者を続けられなくなった時、母の夢だった料理屋の経営が叶えられたらとも思っていた。


 だが、そんな思いは、あっけなく消える。


 父が亡くなったのだ。


父親がいた時の話でした。

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