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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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61 幕間 ギルマスの追想 その3

 次の日の朝は賑やかだった。

 突如現れた爺さんが「ベア子が! ベア子が!」と怒ったり、泣いたりと窓口連中を困らせていた。

 俺は物陰からその様子を見ながら、今日も平和だなと思い、事の成り行きを見守っていた。

 結果からして、爺さんの飼っていたベアボアは新人冒険者のアケミ・クズノハたちが無事に見つけた。いや、無事ではないか。ベアボアを誘拐した犯人たちと一戦を交えたアケミ・クズノハは青あざが出来る程に殴られたらしい。まぁ、こんなもの怪我の内に入らないがな。

 ちなみに、アケミ・クズノハを犯人扱いをして襲ってしまった白銀等級冒険者姉弟に説教をする気満々のレナ嬢が、その日一日中、ピリピリしていた。ご愁傷さまである。



 楽しみにしていた日がきた。

 俺と三人の冒険者は森の中を探索。

 今日は森の奥へ入らず、街道に近い森の中を調べている。

 今の所、特に目ぼしい魔物はいない。ホーンラビットはアケミ・クズノハたちが狩り尽くしたので見かけない。発見した魔物は、ダンゴムシやカマキリ、ゴキブリといった昆虫系の魔物のみ。そんなのはサクッと俺が退治した。特に問題はない。せいぜい、ナメクジの魔物が現れた時は、マリアンネが悲鳴を上げて逃げたぐらいだ。

 久しぶりの魔物退治だ。これはこれで楽しいが、もう少し歯ごたえのある魔物がそろそろ出て来て欲しい所だ。

 そう思っていると、森の端に差し掛かった時、二匹の猫科の魔物を発見した。


 フォレスト・クーガー。


 森の中で生息している猫科の魔物だ。青銅等級冒険者以上でないと討伐依頼が出ない魔物である。

 だが、俺は元銀等級冒険者。大した脅威のない魔物である。三人の冒険者は青銅等級冒険者であるので問題ないだろう。

 俺が一匹を、残りの一匹を三人の冒険者に任せる事にした。

 足の速いサシャが体に魔物寄せの液体を振りかけて、一匹のフォレスト・クーガーの前に出る。そして、すぐに逃げて行った。フォレスト・クーガーの一匹は、すぐにサシャを追いかけていく。森の中はフォレスト・クーガーの庭。自分たちの地の利がある場所まで誘い出す作戦のようだ。

 もう一匹のフォレスト・クーガーもサシャの後を追おうとしたので、俺は急いで前に飛び出し、大剣を振り落とした。

 魔力で体を強化した大剣の振り落としだったが、フォレスト・クーガーには難なく避けられて、大剣で地面を抉っただけで終わった。

 森の中。足場が悪く、木や草といった遮る物が多い。長物を扱う俺にとって、厄介な場所であるが、それは経験で補う。

 地面に突き刺さったままの大剣を引っこ抜くと同時に、フォレスト・クーガーは獣特有のしなやかさで、俺を襲ってきた。魔力強化した俺は、それを易々と躱し、その勢いのままフォレスト・クーガーの首目掛けて大剣を振り落とした。

 ザンっと首と骨を断つ衝撃が手に伝わる。

 頭と胴が離れフォレスト・クーガーは死んだ。

 二発でフォレスト・クーガーを討伐。俺もまだまだ現役としてやっていけそうだ。

 さて、三人組の方はどうだろうか?

 俺は、フォレスト・クーガーの頭と胴を引きずるように持って、森の外へと出た。


 フォレスト・クーガーの正面に立つヴェンデルは盾を上手く使い、フォレスト・クーガーの攻撃を食い止め、隙があれば小剣で攻撃する。

 サシャは、ヴェンデルが食い止めている隙に、フォレスト・クーガーの後ろや横の死角からチクチクとナイフで攻撃し、すぐに距離を取っている。

 遠くで待機しているマリアンネは、ヴェンデルとサシャに補助魔法をかけたり、怪我をしたら回復魔法をかけたりとしている。

 うむ、時間は掛かりそうだが、フォレスト・クーガー一匹なら問題なさそうだ。

 俺は頭と胴が離れているフォレスト・クーガーの死骸を草むらに置いて、少し大きめの岩に腰かけて、休憩する。

 水の入った皮袋を取り出して、喉を潤し、空を見上げた。

 ふはぁー、眠くなってきた。昼寝でもしようかな。



 ………………

 …………

 ……



「ギルマス、起きてください。戦闘は終わりました」

「ふぁぁー、眠い……」

「何を呑気な……」


 どうやら、俺は岩の上で寝てしまったようだ。


「どうだ、無事に倒せたか?」

「何とか……時間は掛かりましたが……」


 ヴェンデルが疲れた顔をしながら、草むらの中を指差す。

 俺が仕留めたフォレスト・クーガーの横に、小さな刺し傷が沢山ついた死骸を並んで置かれていた。


「ん? こいつ、焦げてるな。マリアンネ、お前さん、攻撃魔法が使えたのか?」

「いえ、私はプリーストで攻撃魔法は使えません。この焼け跡はサシャの魔道具を使った跡です」

「あまりにもジリ貧だったので、使いました。これ、良い値段するんですよね」


 魔道具にも色々とあるが、実戦に使える魔道具はそれなりに高い。それも、魔法を発動する魔道具ともなれば、一回こっきりの物が多く、使い捨てである。まぁ、使ってなんぼの代物だ。埃を被るよりかは良いだろうと言うと「ギルマスも寝ていないで、手伝ってくださいよ」と情けない声でサシャが言った。今度、酒でもおごってやろう。


「ギルマス、森の異常はこいつらが原因ですかね」


 ヴェンデルは真剣な表情で聞いてきた。


「確かにフォレスト・クーガーは厄介な魔物だ。この辺では珍しい奴だ。だが、お前たちでも倒せるぐらいの魔物だからな。森の中が異常になる程の脅威ではない。これとは別の理由があるのだろう。明日は森の奥を調べるとしよう」

「うへー、明日もやるのか……」

「森に入らなかったとしても、待っているのは大ミミズの乾燥か……」

「どっちも嫌よね」


 明日について話し合っていると、街道の先からアケミ・クズノハたちと鉢合わせした。

 珍しい馬に乗っている。スレイプニルか……俺も欲しいな。

 そして、アケミ・クズノハたちと簡単に会話し、状況を話した。その時、魔物を誘い出す事が出来るエーリカ嬢に駄目元で手伝ってくれるように誘ってみたが、やはり駄目だった。



 次の日。

 俺たちは昨日と同じように森の中にいる。だが、昨日と違うのは森の奥深くへ向かっている事だろう。

 森の奥へ行くほど、空気がピリピリとしてくる。街道沿いの森では、昆虫系の魔物がチラホラと見かけたが、今は魔物一匹も見当たらない。

 そんな不穏な空気を感じてか、俺と三人の冒険者は無駄口を一切せず、緊張した面持ちで周囲を見回しながら、森の奥へと足を進めている。

 これは絶対に何かいるな。俺の経験からくる勘がヒシヒシと訴えかけてくる。

 そして、少し開けた場所に出た時、そいつを発見した。

 しなやかなでありながら、しっかりと筋肉の付いた体つき。鋭い牙と爪。獰猛な瞳。フォレスト・クーガーと瓜二つであるが、唯一違いを述べるとすれば、体毛が黒い事だろう。

 だが、それが不味い。

 黒一色のクーガー。


 ブラック・クーガーだ。


 ブラック・クーガーは大木の枝の上にいる。

 俺は息を飲む。三人の冒険者は逆に荒い息を吐いて、震えていた。

 無理もない。

 ブラック・クーガーは、身体能力自体フォレスト・クーガーとあまり変わらないが、魔力は桁違いに違う。魔力を帯びた黒毛は、生半可な武器では枝毛すら斬る事が出来ない危険な魔物だ。

 最近、隣街の村でブラック・クーガーが現れ、冒険者一人が犠牲になったのは記憶に新しい。

 そんな魔物が何でこんな平和な街の近くの森にいやがるんだ?

 

「ギ、ギルマス……一旦、避難しましょう」


 ヴェンデルが震える声で言ってきた。

 俺は元銀等級冒険者。無理をすれば、倒せない事はない。そう、無理をすればだ。

 もしこの場で戦えば、怪我は免れないだろう。さらに青銅級冒険者の三人は死ぬだろうな。うむ、撤退しかないか……。

 俺は三人の冒険者に頷くと、焦らず、騒がず、ゆっくりと後退していった。

 ブラック・クーガーに悟られず、気配を消して、距離を取る。

 パキっと枝を折る音がした。三人の冒険者の誰かが地面に落ちていた枝を踏んだのだろう。

 ブラック・クーガーが俺たちの方を向いた。

 俺たちは急いで身を屈め、息を潜める。

 一瞬、ブラック・クーガーと目が合った気がして背筋が凍る。

 ブラック・クーガーは動かない。気づいていないのか? 気づいているが相手にしないだけか?

 しばらく様子を見る。永遠とも思える時間が流れる。

 一向にブラック・クーガーに変化はない。

 俺は後退を決断する。

 ゆっくりゆっくりと神経をすり減るように距離を開けていく。

 そして、昆虫の魔物が見え始めた頃、俺たちは走るように森を抜け、街道へと出た。


 森へ抜けるとすぐにサシャに指示を出して、冒険者ギルドの緊急招集を行うように走らせた。

 一息ついて辺りを見回すと、なぜかアケミ・クズノハたちがいた。

 話を聞くと、薬草採取の依頼で街道沿いにいたそうだ。

 それは好都合だ。二度ほど協力要請をして、すべなく断られたが、今回は協力してもらう。

 俺は状況を説明し、何とかエーリカ嬢の協力を取り付けた。

 そして、足手まといのアケミ・クズノハとアナスタージアを安全な場所まで帰らす事に成功した。

 エーリカ嬢は表情こそ変えないが、いつまででもアケミ・クズノハたちの遠ざかっていく姿を眺めている。

 親に見捨てられた小動物のようで心が痛んだ。

 だが、俺のブラック・クーガー討伐作戦には、エーリカ嬢の協力は不可欠なので、我慢してもらうしかない。


「ギルマス、作戦とはどうなものですか?」


 アケミ・クズノハの姿が見えなくなった時、エーリカ嬢は俺の方を見上げて尋ねてきた。


「以前、お前たちがスライムを捕獲した時に使った方法に似ている」

「落とし穴ですか?」

「そうだ。作戦は簡単だ。まずブラック・クーガーがすっぽりと入る落とし穴を作る。エーリカ嬢の能力でブラック・クーガーを誘き寄せる。ブラック・クーガーが穴に落ちる。落ちたブラック・クーガーを穴の上から攻撃する。以上だ」


 素晴らしい作戦だろう。流石、俺。わっはっはっ。


 エーリカ嬢が何か言いたそうな顔をして俺を見る。いや、ただ眠いだけかもしれない。


「何か問題があるか?」

「もし、穴からよじ登ってきたら、どうしますか?」

「その時は攻撃して、また落とす」

「なるほど……良いと思います」

「そうだろ、そうだろ。穴掘りは、応援の連中が来たら始める。それまで休憩していろ」

「いえ、時間が惜しいので、わたしが落とし穴を掘ります」


 そう言うなり、エーリカ嬢は右手をスポっと外し、袖口から長細い二枚刃の道具を取り出し、腕に装着した。


「それは?」

「ドリルです。これで穴を掘ります。穴の位置を決めてください」


 俺が適当に穴の位置を決めると、エーリカ嬢は二枚刃の道具を地面に突き刺し、ドルドルと穴を掘っていく。

 たまに円錐の道具に切り替え岩を壊したり、デカい岩盤が出てきたら筒状の道具で爆破したりして、見る見る内に落とし穴が完成していった。

 エーリカ嬢が使っている道具、俺も欲しい。なぜか、男心をくすぐられる。義手の代わりに装着したい。

 「俺もそれ使えるか?」とエーリカ嬢に聞いてみたら、「私専用です」と断られた。今度、知り合いのドワーフに頼んでみようかな?


 あっという間に穴を完成させたエーリカ嬢は、地面に這い付くばって、土魔法で土を練り、空いた穴に蓋を作っていく。内容を知らなければ子供が泥遊びをしているように見える。

 見る見る内に蓋が出来ていく様は手練れの職人を見ているようで感心してしまう。

 蓋もあっという間に完成した。

 今度、俺の家の庭に小さな池を作りたいから手伝ってくれと頼んだら、「依頼として出してください」と返ってきた。


「ブラック・クーガーがこの上に乗れば、崩れて落ちる程度の強度にしてあります。今更ですが、穴の底に竹槍でも刺しておけば良かったです」

「たけ……槍?」

「竹でなくてもいいです。通常の槍でも剣でも尖った物を地面に置いておけば、落ちた拍子に突き刺さります」


 泥だらけの姿に成っている事に気にも留めないエーリカ嬢は、しれっと言った。

 何て恐ろしい事を考える娘だ。


「い、いや……その程度では、ブラック・クーガーは傷つかないだろう。落ちた拍子に刃先が折れてお終いだ」

「そうですか」


 特に残念がる様子を見せない所、エーリカ嬢も期待した案ではない様だ。

 そんな話をしていると、緊急招集で来た応援部隊が到着した。

 数は十人。その内、半数は凄腕の冒険者だ。緊急招集なのによくこれだけやり手が集まってくれたものだ。こいつらと俺がいれば、落とし穴抜きで戦っても、ブラック・クーガーに勝てたかもしれない。だが、折角、エーリカ嬢が落とし穴を作ったので作戦通りにする。

 俺は、集まった冒険者に作戦を伝え、凄腕冒険者五人とエーリカ嬢を引き連れ、森の中へ入って行った。

 落とし穴まで距離があるので、ブラック・クーガーを発見した森の奥までは行かない。ブラック・クーガーの巣と落とし穴の中間ぐらいまで進み、そこで誘い出す事にする。


「この辺で良いだろう。エーリカ嬢、頼む」


 俺が頼むと、エーリカ嬢は一歩前に出る。


「――――」


 エーリカ嬢は、森に向かって可愛い口を開いた。

 声は聞こえない。風で(なび)く、草木の音しか耳に入らない。いまいち状況を分かっていない凄腕冒険者たちはお互いに顔を見回して、首を傾げている。

 しばらく、エーリカ嬢と森の様子を観察していると、「駄目です」とエーリカ嬢から諦めの言葉が出た。

 スライムやホーンラビットといった下級の魔物なら誘い出す事は可能だが、ブラック・クーガーのような強い魔物では効果がないと事前に聞いていたので、特に落胆する事はなかった。

 俺は「そうか」と一言呟き、一度、森の外へと戻る事にした。

 結局、ブラック・クーガーを誘い出す事は出来なかったが、見事な落とし穴を作ったエーリカ嬢は、十分良い仕事をしてくれた。依頼料は弾んでやろう。

 そんな事を考えつつ、森を抜けると、すぐ近くで耳を(つんざ)く音が響いた。

 大地を震える程の爆音で、心臓が止まりそうになる。


「うおっ、ビックリした!」

「街の方で雷が落ちたぞ」

「いや、林の方だ。黒い雲が覆っている」


 他の冒険者も驚いて、雷が落ちた方向を眺めている。

 この森とは違う、街の手前の林の上空に黒く厚い雷雲が覆い、ゴロゴロと音を鳴らしている。

 白い光と共にドーンと凄い音が再度鳴る。

 俺や他の冒険者がビクっと肩を震わせる。

 俺の隣にいるエーリカ嬢だけ、光や爆音に驚かず、雷雲から目を逸らさないでいた。


「ご主人さまが危険です」


 瞬き一つしないエーリカ嬢がポツリと呟くと、北門の方へと走って行ってしまった。


「ちょ、嬢ちゃん! どこ行くんだ!」


 俺の言葉に顔すら向けず、凄い速さで行ってしまった。

 一体、何なんだ?


「サシャ、お嬢ちゃんの後を追いかけろ。もし、危険な事が起きたら、お前が守ってやれ」


 エーリカ嬢の身は俺が守るとアケミ・クズノハと約束した。だが、今はブラック・クーガー討伐で俺自身、この場から離れる訳にはいかない。その代わり、サシャを付けてやるから問題ないだろう。

 俺の代役を任せたサシャは「俺が行くんですか?」と疲れた顔で聞いてきた。

 無理もない。ブラック・クーガーと出会った後、森と街を行ったり来たりしているのだ。だが、この場で一番、足が速いのはお前だから諦めろ。


「そうだ。さっさと行け! 新人と合流出来たら、戻って来い!」


 俺が激を飛ばすと「ヒィー」と情けない声を出しながら、エーリカ嬢の後を追いかけて行った。

 俺は上空を眺める。

 この辺もいつ雨が降るか分からない。

 すぐにでも、ブラック・クーガーを仕留めた方が良さそうだ。


「お前たち、雨が降る前に、ブラック・クーガーを仕留めるぞ。今度はブラック・クーガーの巣まで行く。ついて来い!」


 俺と凄腕冒険者五人は、再度、森の中へと入って行った。



 結果からしてブラック・クーガーはいなかった。

 ピリピリとしていた森の空気も普段と変わらない。

 もしかして、移動したのか? たまたま、どこかに行っているだけか? どちらにしろ、森の中を隈なく探す必要がある。こんな森の中だ。隠れる場所はいくらでもある。もっと人手が必要かもしれない。

 一旦、戻るか……。


「ギ、ギルマス!」


 エーリカ嬢を追い駆けて行ったサシャが血相を変えて戻ってきた。

 行ったり来たりと走りっぱなしで疲れただけの表情ではなさそうだ。

 俺は嫌な予感がして、サシャの報告を聞く。


「ギルマス、報告をします。まず、ブラック・クーガーは退治されました」

「なに!? どこにいた?」

「『不動の魔術師』――アナスタージアの家です。討ったのは新人のおっさんとアナスタージアの二名です」


 あいつらが!? 

 どうすれば、鉄等級と青銅等級の二人でブラック・クーガーを倒せるのだ? そもそも、何でそこまでブラック・クーガーは移動したんだ?

 疑問が山ほどあるが、ここで考えていても仕方がない。当人に聞けば良いだけだ。


「そうか……なら、ブラック・クーガーの件は片付いたと考えれば良いな。いや、もしかして、別のブラック・クーガーかもしれない。もう少し……」

「ギルマス、まだ、報告あります」


 サシャは怯えながら真剣な表情で俺を見つめる。

 確かに、ブラック・クーガーが退治されたのなら、サシャがここまで怯えた顔はしないだろう。

 

「ワイバーンが現れました」

「はぁ?」


 こいつは何を言っているのだ?

 他の冒険者も同じように思ったのだろう、サシャを見る目が可哀想な子を見る目になっている。


「金髪のお嬢ちゃんの後を追うように、林の中を通り、アナスタージアの家まで行きました。そこで、ワイバーンがいたのです」

「ワイバーンって、あのワイバーンの事か? 飛竜の?」

「はい、飛竜のワイバーンです」


 下位種とはいえ竜属だ。ブラック・クーガーなどただの猫にしかならない程の危険な魔物だ。こんな田舎の街に現れていい魔物じゃない。


「何でワイバーンがいるんだ!」

「分かりません」


 まぁ、そうだろうな。


「それで、そのワイバーンはどうなった?」

「ちょうど同じ頃、白銀等級冒険者が現れ、撃退しました」

「姉弟たちか?」

「いえ、五人組の方です」


 あいつらか……。


「それで倒したのか?」

「退けただけです。ワイバーンは南のキルガー山脈の方へ飛んで行きました。白銀等級の五人は、ワイバーンを追っています」


 あいつらは、脳筋の戦闘狂だ。ワイバーンなんて恰好の獲物だ。三日三晩、走り続けて、飛んでいるワイバーンを追いかける事だろう。あいつ等の報告は当分先か……。


「つまり、ブラック・クーガーは討伐し、ワイバーンは飛んで逃げて行った。特に問題は無さそうだが……まだ、何かありそうだな」

「はい……」


 そう言って、サシャは口を閉じる。

 俺はサシャが再度、口を開くまで待った。


「し、新人のおっさんが……ワイバーンの炎を浴びて……危篤状態です」

「危篤……生きているのか?」

「辛うじて……全身大火傷で、酷い状態です。生きているのが不思議なくらいです」

「そうか……」

「お嬢ちゃんとアナスタージアが、回復薬や薬草で治療しています。先ほど、回復魔法を使えるマリアンネに向かうよう送り出しました」

「そうか……」

「お嬢ちゃん……いつも何を考えているのか分からない人形のようなお嬢ちゃんが、あんなにも取り乱して……おっさんの事を何度も何度も呼んでいるんです。その光景が頭から離れなくて……俺、何も出来なくて……」

「サシャ、ご苦労だった。お前は、下がって休んでいろ」


 冒険者など生きるか死ぬかの仕事だ。怪我をするのは当たり前。死ぬのは珍しくない。俺も何人も仲間を亡くした。お互いに覚悟を決めて冒険者をしていたので、よくある話だと言い聞かせて折り合いを取っている。

 だが、本人たちは良いとしても、残された家族や知人はそうではない。彼らが嘆き悲しむ姿は、いつ見ても遣る瀬無い気持ちになる。


「お前たち、話は聞いていたな。ブラック・クーガーは討伐したとの事だが、まだ別のブラック・クーガーがこの森にいるかもしれない。俺はすぐにギルドへ戻らなければいけない。お前たちは、引き続き、この森を調べろ。だが、無茶だけはするな」


 俺は凄腕の冒険者五人に指示を出す。誰も文句を言わず、俺の目を見て、大きく頷いた。

 

「お前たちは冒険者だ。しっかりと依頼料分は働け。いいな」


 俺はそう言って、サシャと一緒に森の外へと出た。


 俺の知らぬ所で、色々な事が起こった。

 これから忙しくなる。

 まったく……ゆっくりと魔物討伐すら出来ない。

 

 そんな事を思い、俺は冒険者ギルドへ急いで戻った。


ギルマス視点の話は、これにて終わりです。

ブラック・クーガーの時、分かれた後のエーリカを書きたかっただけなのに、三話分になってしまいました。

次はアナの視点になります。

宜しく、おねがいします。

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