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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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54 薬草採取をしよう

 あっ、しまった!

 アナから大ミミズの卵を受け取るのを忘れていた。

 朝の微睡を満喫している時、その事を思い出して、ベッドから起き上がる。


「うーん……」


 勢い良くベッドから起き上がったが、隣に寝ているエーリカは起きる素振りはない。

 エーリカが起きるのは、朝の鐘が鳴るのと同時なのだ。

 大ミミズの卵が気になり、朝の日課も朝食の時も心がソワソワして落ち着かない。

 こういう時に携帯電話があれば、アナに忘れずに持ってきてもらえるように連絡がつくのだが、生憎とそんな便利道具は異世界に存在しない。

 いや、知らないだけで、もしかしたら、遠くにいる相手と念話みたいな魔法や魔術があるかもしれない。無くても、魔術具で作れないだろうか。

 元の世界って本当に便利だったんだな、としみじみ思うそんな朝であった。

 そんなソワソワ感は、冒険者ギルドの入口でアナと合流した事で杞憂に終わった。

 アナは大ミミズの卵が入った収納魔術の袋を忘れずに持ってきてくれた。

 アナ、偉い子! アナ、頼もしい子! アナ、素敵な子!



 今朝の天気は曇り。

 薄い雲が空全体を覆っている。

 私の寂しい頭を湿った空気が撫でる。昼過ぎから雨が降るかもしれない。

 エーリカは専用の雨具を持っているから良いとして、私も専用の雨具が欲しいところだ。

 今後、依頼で遠出したりする事もあると思う。

 無事に借金の目途がたったら買おうかなと考えつつ冒険者ギルドの中へ入った。

 朝の名物である冒険者のごった煮の中、レナの窓口だけちょうど空いていたので、先に昨日の依頼報告を済ませる事にした。


「おはようございます」


 いつもの挨拶を済ませ、商談依頼と大ミミズの卵調査の完了を報告する。もちろん、大ミミズの卵六個も渡し済み。

 完了受領をしたレナから依頼料の入った二つの袋を貰う。

 袋の一つをアナに渡してから私たちは空いている机へと座った。


「えー、少し今後の事について相談したいと思います」


 エーリカとアナが背筋を伸ばして私を見つめる。


「相談と言うのは私たちの借金の事だから、アナは少しだけ待っていて」


 ちなみにアナは、私たちが借金をしている事を知っている。私から話してある。ただ、金額や理由までは教えていない。

 話した時、アナもお金を出すと提案してきたが、それはきっぱりと断った。この借金は私とエーリカの問題である。


「エーリカ、借金返済まで後何日になるかな?」

「今日を含め十七日です」

「あとどのぐらい稼げばいいかな?」


 先ほど貰った依頼料の袋をエーリカに渡す。冒険者で賑わっているギルドの中で、お金を机の上に並べて数える訳にもいかず、袋の中で器用に数えだした。


「あと銀貨二十二枚で目標達成です」


 残り二週間弱で銀貨二十二枚を稼ぐ。

 毎日、何かしら依頼をこなすにしても難しい金額だ。

 鉄等級冒険者の依頼は、銀貨一枚前後。そこからアナの取り分を引いて、生活費に使えば、大銅貨数枚が残る。これでは、借金返済は無理だろう。

 ただ、冒険者には依頼料とは別に臨時報酬があったりする。

 私たちは大ミミズや窃盗団の懸賞金で沢山の臨時報酬を手に入れた。

 窃盗団のような懸賞金狙いは運が良かったので無視するとして、魔物討伐依頼は、依頼料とは別に魔物本体や魔石を買い取ってくれる。

 よって、今後は追加報酬を貰える魔物討伐依頼を主に受けた方が良いだろう。

 その事を二人に話すと、特に反対される事もなく頷いてくれた。


「では、これからは討伐依頼を主に行います」


 時間があれば、ランニングしたり、筋トレしたり、武器の素振りをしてはいるが、未だに実戦では役に立たない私である。そんな私が借金返済の為、危険な討伐依頼を受けなければいけない。

 私、頑張るぞ! と気合を入れて、本日の依頼を物色してみたら……。


「薬草採取しかない……」


 名前の通り、近くの森で特定の種類の薬草を規定通りの量を採取して戻ってくる依頼。

 依頼料は大銅貨一枚。

 うーむ、ゆっくりと相談していたら、討伐依頼が無くなってしまった。

 折角、やる気になっていたのに……残念。

 とはいえ、金額が安いからといって、お休みにする訳にはいかない。

 私たちは薬草採取の依頼を受ける事にした。



 薬草採取の依頼票を持って受付へ行こうとしたら、エーリカがある掲示板の木札を見つめていた。


「エーリカ、どうしたの? 何か面白い情報でも書いてある?」


 エーリカが見ている掲示板は、冒険者ギルドが冒険者へ向けた情報を張り出してある掲示板である。街の地図や近隣の地図が貼ってあったり、出没する魔物の情報が書かれたりしている。中には無料依頼が書かれた木札も貼ってある。

 無料依頼とは、迷い猫や落とし物等の正規の依頼を出す程でもない非正規の依頼である。無料といってもまったく依頼料が無い訳ではない。二束三文のお金、または食べ物や商品といった物での支払い。

 たまたま財布を拾って、落と主に返したら財布の中身の一割を感謝で貰うような依頼である。


「ドラゴンは美味しいのでしょうか?」


 そんな掲示板に貼り出されている木札を見ていたエーリカは、私たちに向かって尋ねてきた。


「ドラゴン……竜は魔力が強くて、食べられないと聞いた事があります。な、中には毒を持っている物がいますので、こ、好奇心で食べると、酷い目に遭うと言われます。まぁ、竜の肉を食べた事がある人は少ないので、全部が全部、そうだとは言えませんが……」

「アナ、真面目に答えなくて良いよ……それで、どうしてそんな事を聞くの?」

「この辺でドラゴンが現れたみたいです」


 そう言うなりエーリカは木札に書かれている内容を話し出した。


 昨夜未明、数人の街人が空を飛ぶ黒い影を目撃した。

 街人の一人は竜であると言う。別の人は、羽の生えたトカゲであったとも言う。または、巨大なコウモリであると言う者もいた。

 その黒い影の正体は結局分からないが、幾人かの目撃者がいる事から、空を飛ぶ影がいた事だけは確実との事。

 その影の情報を持っている方がいれば冒険者ギルドへよろしくとの内容だ。


「アナ、この辺に竜って現れるの?」


 居たら怖いな。私なんて瞬殺で殺されちゃうよ。


「まさか……竜は人が生きていけない程の……け、険しい山の奥にいると言われています。こ、この辺では現れません」


 だよねー。


「じゃあ、何だろう? 大きいコウモリなのかな?」

「た、ただの鳥かもしれませんよ。月を背にしたら……大きく見えただけかもしれません」


 幽霊の正体見たり枯れ尾花と言われるように、影の正体は大した事がないかもしれない。


「それは残念です」

「先輩はそれほど竜を見たかったのですか?」

「はい、冒険者ですから」


 エーリカがきっぱり言うが、それは違う。

 エーリカはただ竜肉を食べたいだけだ。私には分かる。

 そう思いつつ、私たちは掲示板から離れ、受付へと向かった。



「受けたは良いが、私、薬草について何も知らないんだよね。エーリカとアナは、薬草に詳しい?」


 トボトボと北門を抜けて街道に出た所で立ち止まると、私は不安な気持ちで二人に聞いてみた。

 一応、レナから薬草の説明が書かれている木札を借りてはいる。

 名前、効能、発生地、見た目の特徴などが書かれており、空いたスペースには簡単な絵まで描かれている。ただ、素人の私では、説明文と簡単な絵だけでは判別するのは難しいだろう。間違って毒草や雑草を採ってくるのが関の山だ。


「知識はありますが、実際に採取した事はありません」


 エーリカは駄目そうだ。


「や、薬草採取の依頼は何回か受けた事があります。い、家でも育てていましたので分かります……ちゃんと教えますね」


 アナは自信満々に答える。頼もしい限りである。


「レナさんが森の中へ入るなと口を酸っぱく言っていたけど、大丈夫そうかな?」

「だ、大丈夫だと思いますよ。と、特に珍しい薬草ではないので……ホーンラビットを討伐した時にも見かけましたし、森と街道の境付近で採れると思います……はぃ」


 アナの言葉を信じて、私たちはホーンラビットを討伐した場所へと向かった。



 採取するのは体調不良に効くミーレ草。傷薬に使われるギリギリ草。強壮薬に使われるツグミ草。以上、三種類である。

 アナは森に入る手前の草木を中腰になりながら丹念に見ていく。

 私とエーリカも冒険者ギルドで借りた木札と睨めっこをしながら探す。


「ありました!ツグミ草です!」


 私たちはアナの元まで向かい、ツズミ草と呼ばれる物を観察する。

 ニョキと茎から生えた黄色い花である。

 あー、これか……これ、日本で見た事がある。


「たんぽぽだね」

「たんぽ……ぽ?」

「私の生まれた所ではそう呼ばれているよ。これもお茶として飲めるらしい」


 エーリカが美味しいのですか? と尋ねてきたが、飲んだ事がないので、答えられなかった。

 そういえば、たんぽぽコーヒーなる飲み方がある事を思い出す。確か、根っこの部分を煮詰めるんだっけ? 私はコーヒーを殆ど飲まなかったので、作りたいとは思わない。


 たんぽぽなら私も分かる。

 依頼主はたんぽぽの葉がほしいのか、茎が欲しいのか、根っこが欲しいのか分からないので、なるべく根っこが付くように黙々と採取していった。


「ギリギリ草を発見しました」


 ギリギリ草は、緑の葉っぱに黄色い花を付けた小さく可愛い花であった。

 似たり寄ったりの花がパラパラと咲いているので、ギリギリ草はアナに任せる。


「ご主人さま、後輩、ミーレ草みたいな物を発見しました。確認を」


 ミーレ草は中央に黄色、その周りに白い花びらが付いている。

 これはあれだ。


「カモミールだ。うっすらとリンゴの香りがするよ」


 エーリカとアナが一本づづ千切(ちぎ)って、匂いを嗅ぐ。


「ハーブの一種で、お茶にすると美味しいし、健康にもいい。確か、安眠効果があるから、寝る前に飲むと良いかもしれない」


 私は目元にクマが出来ているアナを見ながら教えた。


「おじ様は、色々と知っているんですね」


 アナが尊敬するような目で私を見詰めるので、つい目を逸らしてしまった。


 私の知識はネットからである。

 日本にいた時は運動を一切しないインドア人間であった。

 パソコンばかりして肩が痛い、腰が痛い、体がだるい。そんな状態は平常運転である。

 栄養ある物を食べて、運動をすれば良いのだが、面倒臭いのでお手軽な方法で健康を目指してしまう。

 私は一時期、健康の為にとハーブティーや薬草茶に手を出した事があるので、その時の知識なのだ。

 ただ、私の知識は広く浅く、表面をなぞるだけなので、深く突っ込まれると役に立たない。

 ネットの情報を斜め読みするだけなので、穴だらけである。さらにその穴は想像と思い込みで埋めてしまうので、私の情報は正確性に欠けてしまう。

 決して、尊敬される知識を持ち合わせていないのだ。


「えーと、アナ……私の話を鵜呑みにしないで、話半分に聞いておいてね」


 後で嘘つきと呼ばれない為に、自分自身にフォローをしつつ薬草採取を再開する。



 私はたんぽぽに似たツグミ草を、アナはギリギリ草を、エーリカはカモミールに似たミーレ草を採取する。

 街道と森の境目を隈なく探し、見つけ次第、引っこ抜いていく。


 ズボ、ズボ、ズボ……


 刈りつくす勢いでツグミ草を抜く。


 ズボ、ズボ、ズボ……


 しばらく、無言のまま、薬草を採取していると、ある事に気がついた。


「二人とも! ちょっと、止まって! 一旦停止!」


 地面に仮置きしている薬草の元まで向かって依頼票を確認する。

 両手一杯に薬草を持っている二人は、地面に置かれている薬草の上にドサッと追加で置いた。


「たぶん、取り過ぎだと思う」


 依頼には提供する量がしっかりと記載されている。

 つまり、あればあるだけ買って貰える訳ではないのだ。

 私は依頼票と薬草の山を睨めっこするが、文字と数字が分からないので、アナに託す。

 時間がある時にエーリカから異世界の文字と数字を勉強しているが、まだまだ文章を解読するには程遠い。


「えーと……ツグミ草とギリギリ草は若干多いぐらいですね。ミーレ草は……提出量の倍はあります」

「わたし、頑張りました」


 ミーレ草を採取していたエーリカが、鼻息を上げて、眠そうな目をしながらドヤ顔をしている。


「良く頑張ったね……と言いたいが、どうする? 花の部分だけ切ってあるから植え直す訳にもいかないよ」

「問題ありません。わたしに案があります」


 エーリカが無い胸を張って、いつもの口癖を発する。


「どんな案か大体予想はつくけど、一応、聞いておこう。どうするつもり?」

「簡単な事です。余分な量は私がお茶用に貰っておきます」


 やっぱり。私が美味しいお茶に成ると言ったから、沢山採ったんだね。この確信犯め。


「じゃ、じゃあ、私も少し分けてください。興味があります」


 「良い案です」と両手をポンっと叩き、アナも期待に満ちた声で言う。

 エーリカの案でサクッと解決。

 余剰分を取り出し、エーリカとアナに分け与えた。

 これにて、本日の依頼は何事もなく完了した。



 空に浮かぶ雲が厚さを増し、昼前でも薄暗くなってきていた。いつ雨が降ってもおかしくない空模様である。

 雨が降る前に急いで後片付けをしていると、森の方から草木を踏み鳴らす音がした。

 もしかして、魔物だろうか?

 私はドキリと胸が高鳴り、森から遠ざかる。


「人間の足音です」


 私の横にきたエーリカは、私を安心させるように報告する。

 エーリカの言う通り、森から大剣を握り締めたギルマスと三人の青銅等級冒険者が飛び出してきた。

 三人の青銅等級冒険者は肩で息をしながら、森の様子をチラチラと見ている。


「サシャ、休んでいる暇はない。急いで冒険者ギルドへ行き、応援を寄越すよう報告してこい」


 三人の内の一人、一番身軽そうなサシャが私たちの横を通り過ぎて、街の方へ走って行った。

 そこでようやく、ギルマスが私たちの存在に気が付いた。


「お前たち、ここで何をしている?」


 抜き身の大剣を背中に吊るしながら、私たちの元へ歩いてくる。


「薬草採取の依頼でここにいます。そちらこそ、何かあったんですか?」

「森の奥に厄介な魔物がいてな。この面子ではどうにもならないから逃げてきた」


 ギルマスたちは本格的に調査する為に森の奥へと入って行った。

 奥へ奥へと進むと、魔物の死骸が散乱している場所へ辿り着く。

 そこの木の上にそいつはいた。

 身の危険を感じたギルマスたちは恐る恐る後退し、逃げ帰ったそうだ。


「ぼ、僕、あいつと目が合ってしまった。凄く、怖かった」

「追いかけて来なかったのが幸運だったわ。森の中なんて恰好の狩場だもの」


 青銅等級冒険者のヴェンデルとマリアンネが青い顔をしながら感想を述べている。


「そう言う訳で、足の速いサシャが冒険者ギルドへ報告しに向かっている。しばらくすれば、銅等級以上の冒険者が応援に駆けつけてくるだろう」


 銅等級以上と言う事は、鉄等級と鋼鉄等級の冒険者である私たちはまったく役に立たない事になる。


「それで、その厄介な魔物は何て名前なんですか?」

「ん? ああ、言ってなかったか。ブラック・クーガーだ」

「えっ!?」


 ギルマスが魔物の名前を言うと、アナが驚きの声を発した。

 私たちがアナの方を向くと、アナはフードを被り、俯いてしまった。

 つい声を出してしまって恥ずかしかったのだろう。


「そのブラック・クーガーはどうな魔物なんです?」

「フォレスト・クーガーの上位種で、非常に獰猛。木にも登れる俊敏さ。黒い毛は非常に硬く、生半可な武器では刃が通らない。同じく、魔法や魔術も弾かれる。魔力量の多い銅等級冒険者でないと役に立たない訳だ。応援に白銀等級の連中が来れば楽なんだがな」


 私、鉄等級冒険者で良かった。そんな魔物と戦いたくない。

 

 話は変わるが、そもそも『フォレスト』とか『ブラック』って言葉、元の世界の外来語だよね。ホーンラビットもそう。スライムは……分からないけど。

 それにギルド・マスターの『マスター』は英語だ。

 この世界の言葉はどうなっているのだろうか? ご都合主義の世界なのだろうか?

 私は今まで英語などのカタカナ言葉は通じないと思い、使ってこなかったが、実は通じるのかもしれない。なお、エーリカは私の魔力から情報を引き出したので通じるらしい。

 今までカタカナ言葉を使わないように考えて話していたが、今後は織り交ぜて話してみてもいいかもしれない。


 などと考えていたら街の方から音割れしたサイレンのような音が聞こえた。


「サシャの奴、もう着いたか。流石に速いな」

「逃げ足だけは一級品ですからね」


 ヴェンデルとマリアンネは、褒めているのか(けな)しているのか分からない事を言っている。


「あの音は何ですか?」

「あれが冒険者ギルドの緊急招集の合図だ。この音が鳴ったら、飯を食べてようが、便所で踏ん張っていようが、冒険者は全員、冒険者ギルドへ集合しなければいけない。しっかりと覚えておけよ」


 ギルマスが必ず来いよと強い視線を向けてくる。

 冒険者の中には、来ない奴もいるのだろう。


「それでだ……エーリカ嬢」

「嫌です」


 ギルマスがエーリカの方を向くが、エーリカは内容も聞かずにきっぱりと断った。


「そ、そうです……エ、エーリカ先輩は鉄等級冒険者です。……ブラック・クーガーは危険です」


 フードで顔を隠したアナはエーリカの服を掴んで、ギルマスに小声で訴える。


「……ああ、そうか……お前のオヤジは……」


 アナの姿を見るギルマスは何かを思い出し思案するが、再度、エーリカに顔を向けて言い放った。


「今回は駄目だ。協力してもらう。これはギルド・マスターの命令だ」

「…………」


 ギルマスに強制協力を要求されたエーリカは何も語らず、私の後ろへと移動してしまった。

 私の判断に任せるという事だろう。


「ギ、ギルマス。アナの言う通り、エーリカは私と同じ鉄等級冒険者です。銅等級冒険者でなければ、役に立たないんですよね。そんなエーリカに何をさせるんですか?」


 エーリカは私にとって大事な……仲間? 友達? 下僕? 家族? 保護者? まぁ、よく分からない間柄であるが、大事な存在なのは間違いない。状況はどうあれ、危険な事はしてほしくない。


「嬢ちゃんは魔物を呼べる特技があると報告に聞いている。ブラック・クーガーの討伐方法は……落とし穴とか、網にかけるとか、まだ決まっていないが、罠にはめて殺す。その罠まで誘導を嬢ちゃんにお願いしたい」

「エーリカ、出来そう?」


 エーリカの魔物を誘い出す技能は、スライムやベアボアといった弱い魔物にしか効果が無いと言っていた事を思い出す。


「分かりません。わたしはブラック・クーガーを見た事も実際に試した事もないので、出来るか出来ないかは判断できません。ただ、話を聞く限り、無理そうです」

「ギルマス。エーリカはこう言ってますけど……やらせるのですか?」

「出来なければ出来ないで構わない。その時は逃げ足の速い奴に囮になってもらう」


 サシャ、こっちに戻って来たらエサ役にされるよ。


「安心しろ。結果はどうあれ、特別依頼として金は払う。それに嬢ちゃんの身の安全は俺が引き受ける。こう見えて俺は元銀等級冒険者だ」


 日焼けした肌、短めの金髪、銀色の鎧を着て、背中に大きな剣を背負っているギルマスは現役冒険者でも通じる迫力がある。彼に任せれば、エーリカの身は安全そうである。

 いや、そもそもグレネードランチャーを装備できるエーリカならブラック・クーガーを粉々に吹き飛ばせそうな予感はするのだが……。


「えーと……断る事は?」

「出来ないな」

「エーリカだけ?」

「鉄等級のお前さんと鋼鉄等級のアナスタージアは足手まといだ。来るなよ」


 エーリカを一人だけ危険な場所に行かせるのは不安で仕方がない。だからといって、私も一緒に付いていってもお荷物になるだけだ。そして、断る事も出来ないときた。

 私は「ふぅー……」と溜め息を吐くと、膝を曲げてエーリカと同じ目線で見つめた。


「エーリカ、私たちは冒険者だ。ギルドの要請には従わなければいけない」

「はい」

「ギルマスの手伝いをしてほしい」

「はい」

「危険な魔物を相手にする事になる。絶対にギルマスから離れないように」

「はい」

「もし、危なくなったら、魔物の相手はせず、一目散に逃げるように」

「はい。危険になったらギルド・マスターをエサにして、食べられている隙に逃げます」

「うん、それは良い案だ」

「そういうのは、本人の居ない時に言ってくれ」


 そういう事で、私とアナはエーリカと別れて、安全な場所へ退避する事となった。


 退避場所はアナの家。

 街まで戻るよりかは近いからだ。


 アナは不安そうにエーリカを見つめていたが、特に言葉を掛ける事もなく、私と一緒にこの場を離れた。


薬草採取の依頼は、無事に完了。

ただ、雲行きが怪しくなってきました。

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