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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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50 ドライヤーの相談

 ピザとリンゴパイで心とお腹を満たした私たちは、ゆったりと午後のお茶を楽しんでいた。

 リンゴジャムを追加で貰い、ミント茶に入れて飲んでいる。

 朝から歩き通しで、犯人たちと殴り合い、怪我までしてしまった。

 今日はこのままゆっくりと過ごそう。


「エーリカちゃん、お客さんが来ているよ」


 お皿を下げにきたカリーナが、エーリカに伝える。


「エーリカにお客? 誰かと会う約束でもしていたの?」

「いえ、それはありません。わたしは常にご主人さまと一緒にいます。ご主人さまが知らなければ、私も知りません」


 確かに、エーリカとは常に一緒に行動している。エーリカが一人で外へ出かけたり、私が一人で遊びに行った事はない。一人になるのは、せいぜいトイレとお風呂の時だけだ。


「事前に約束をしていないので会う必要はありません。無視です、無視。お茶を楽しみましょう」


 そう言うなりエーリカはたっぷりとジャムを入れたミント茶を優雅に啜る。その姿はまさに貴族のご令嬢。何処へ出しても恥ずかしくない姿だ。ただ、お茶の入っているカップが使い古された木製の容器なので、どうにも絵にならない。


「あのー、無視をしないでくださいよー」


 扉の影から若い男性が顔を覗き込んでいる。

 アナに負けず劣らず目の下にクマが出来たひ弱そうな男性に見覚えがある。


「ああ、君は確か……ク……ク……えーと……」

「クソです」

「クルトです! エーリカさんのような華麗な女性が汚い言葉を発しては駄目です!」

「はいはい、クルトだったね。うん、覚えているよ」


 クルトは魔術具を作るのが好きな青年で、おもちゃの魔術具を露店で販売している。

 そのクルトがここに来たという事は、つまり……。


「もしかして、ドライヤーが完成したの?」


 以前、スライムを誘き寄せる録音の魔術具を用意した際、ドライヤーの魔術具を頼んでいた。そのドライヤーが完成すれば、エーリカの長い髪を簡単に乾かす事が出来る。さらに、ドライヤーが量産し売れれば、売り上げの二割が貰える約束をしているのだ。


「いえ、まだ完成していません」

「あっ、そうなんだ……」


 私のテンションが急激に下がる。


「試作品を作ったので見せに来ました。感想と改良点を教えてください」


 おお、試作品か! そうだよね。いきなり完成は出来ないよね。うん、うん。


 底辺まで落ちていた私のテンションは徐々に上がっていく。

 クルトに座るように勧めると、私の正面に座っているエーリカとアナの間に椅子を持ってきて座った。

 エーリカとアナは立ち上がり、私の両隣に椅子を移動して座り直す。

 三者面談の図になり、クルトが残念な顔になっている。

 私はそんなクルトに空いているカップにミント茶を入れて勧めた。

 ミント茶を一口啜ったクルトは、「ゲハゲハッ」とせき込んでしまう。


「な、何なんですか、これ!? 嫌がらせですか!?」

「健康に良いお茶。慣れれば美味しいよ」


 どうやら、クルトにミント茶は不評のようだ。

 苦々しい顔をしたクルトはミント茶を脇に退け、鞄からくの字をした木製の魔術具を机に置いた。

 私は手に取りドライヤーの魔術具を観察する。

 丸い筒を二本くっつけただけの簡素な代物だ。所々凹凸があるのは魔石が埋め込まれているのだろう。

 外見だけでも色々と変更したい個所が幾つかあるが、それ以上に問題がある。

 それは……。


「これ、小さくない?」


 日本で売られていたドライヤーとまったく同じにするつもりはないのだが、さすがに小さすぎる。

 クルトが作ったドライヤーの魔術具は手の平に収まるぐらいのデリンジャー拳銃のような代物であった。これで髪を乾かすには根気がいるだろう。


「この大きさには訳があるんです」


 もしかして、この小さいサイズならではのメリットがあるのか?


「最初に提案された手で握って使う大きさですと、僕が持っている魔石では出力が足りないのです」


 あれれ、メリットでなくデメリットでした。経済的デメリット。泣けてくる。


「これ以上大きく作ると、熱はおろか風すら外に出てきません」

「試しに動かしても良い?」

「握り手の部分に起動用の魔石があります。そこに魔力を流してください」


 クルトに従い、手の平サイズのドライヤーに魔力を流すと、木製本体に刻まれている魔法陣が光り出し、先端の口元から優しい風が出てきた。

 風の強さは非常に弱い。そよ風レベル。

 暖かさはどうかと、先端に手を当ててみると、気持ち分暖かいぐらい。

 風力も無ければ、熱量もない。

 外見のサイズだけでなく、中身も力不足である。

 もう少し魔力を入れれば、力が増すかと思い、魔石が壊れないぐらい魔力を流してみた。


「魔力を強めに流さないでください!」


 クルトが注意すると同時に、先端の口元から炎が吹き出した。


「うおっ!?」


 顔の前を炎が横切り、驚いてドライヤーの魔術具を手放し、机の上へと落とした。

 もし、髪の毛が生えていたら燃えていただろう。うん、禿げていて良かった。


「僕が持っている魔石では上手く安定しなくて、魔力を流し過ぎると暴走してしまうんです。もっと純度のある魔石を使えば良いのですが、それを使うと魔術具の値段は跳ね上がります」


 うーん、前途多難な予感。

 いっその事、ドライヤーは止めて、ライターにしたり、手の平サイズの火炎放射機に趣旨変えするか?


「魔石の暴走に関しては、出力調整用の安全作動や停止作動を起こす魔法陣を組み込めば直ります。わたしにも見せてください」


 机に落としたドライヤーの魔術具を拾い、エーリカに渡す。

 エーリカはドライヤーの魔術具をクルクルと回しながら観察しだす。


「こことここの間に魔法陣を追加です。この文字は必要あるのですか? 円の描き方が汚いです」


 魔術具を見せながらクルトに駄目出しやら助言やらをしだした。

 魔法陣やら魔術具に関してさっぱり分からない私は、ぼけーと二人の様子を見ていると、服の裾をクイクイと引かれた。


「あ、あの……これはどういう状況なのでしょう?」


 今まで蚊帳の外であったアナが私に聞いてきた。


「ああ、ごめん、ごめん。まったく説明してなかったね。実は……」


 私はドライヤーの魔術具を作成するようクルトに頼んだ事をアナに伝えた。


「髪を乾かす為に温風が出る魔術具を頼んだのですか。お、おじ様は面白い事を考えますね」

「ははは、日用品としては必要かと思って」


 本当はエーリカの髪を乾かすのが面倒臭くなったとは言えない。いや、エーリカの髪を梳く事は良いよ。サラサラだし、綺麗だし……。でも、毎日ブラシで髪を梳きながら乾かすのは、正直面倒臭い。


「それで、これが完成したら売れると思う?」

「そ、そうですね……」


 顎に手を当てて難しい顔をしているアナ。あまり芳しくない表情だ。


「もしかして、駄目っぽい?」

「あ、いえ……その……」

「正直に教えてほしい。今ならまだ間に合うから」

「ね、値段にもよりますが、貴族や富豪の方なら買うでしょう。た、ただ平民を対象に考えているとなると……」

「難しい?」

「はい……私もそうですが、ほとんどの方はたまにしか髪を洗いません。いつも濡れた布で体を拭くぐらいしかしないので、お金を払ってまで魔術具を買うかと問われると……難しいかもしれません」


 確かに。

 蛇口をひねればお湯が出る現在日本とは違い、ここのお風呂はまず水からお湯を作る事から始める。そして、湧いたお湯は湯船まで運んで満タンにする。何回、台所と湯船まで往復するのか分かったものじゃない。

 そう思うと、毎日、お風呂に入っている私は面倒臭い客であるに違いない。カリーナやマルテには申し訳ない気持ちになってしまう。


 ん? ちょっと待って。


 そもそも何で売る気前提で考えているのだ?

 先にも言ったが、私は別に商品開発をしたい訳ではなく、エーリカの髪を簡単に乾かしたかっただけだ。


「二人ともちょっといいかな」


 エーリカとクルトの会話を遮り、私の考えを伝える。


「先に決めておかなければいけない事を飛ばしていた」


 商品開発には、物を作る前に決めなければいけない事があった。それを行わず、イメージ図を伝えて丸投げしてしまった。クルトには悪い事をしたと自覚する。

 二人は真剣な眼差しで私を見つめる。

 私はコホンと咳払いをしてから続きを話した。


「先に決める事は『使用者』『目的』『金額』『仕組み』『開発期間』……かな?」

「はぁー」


 クルトはあまり理解していないようだ。まぁ、良いけどね。


「『使用者』は私。『目的』はエーリカの髪を乾かす事」

「えっ? 売るつもりはないのですか?」

「私の第一目標は、売る事でなく、エーリカの髪を乾かす魔道具が欲しいだけ。完成した後、量産して、売り出すのはクルトが判断する事。私はそこまで関与しないよ」

「売り上げの二割は貰いますけど」


 エーリカがぼそりと呟く。


「まずは一台という事ですか。お義父さんがエーリカさんの為に使う魔術具を完成させればいいのですね」

「そういう事……って、誰がお義父さんだ!?」


 なぜか、隣に座っているアナがお義父さんと聞いて、ショックを受けているのは無視する。


「では次に『金額』だけど……」


 えーと、日本で売られているドライヤーってどのくらいの値段で売られていたかな?

 一人暮らしの時、ドライヤーを一個持っていたが、確か三千円ぐらいだったはず。何とかクラスターとか、マイナスイオンが出るドライヤーなら一万円はしていただろう。


「えーと……数千円と考えて……大銅貨数枚で良いかな? いっその事、銀貨一枚にするか」


 未だに異世界の硬貨の価値が分からない。硬貨の種類が違うだけでなく、物価も違うので尚更分からない。


「ぎ、銀貨一枚!? そんなにもするんですか!?」

「あなたが売っている玩具の魔術具ではなく、日用道具としての正式な魔術具です。ご主人さまの想像通りの物が作れれば安いぐらいです」


 値段に驚いているクルトに対して、エーリカは私の金額設定は許容範囲内のようだ。


「完成したら銀貨一枚で買い取るよ。その金額で材料費や人件費を引いて、利益が出る様に作って欲しい。出来そうかな?」


 借金を返済しなければいけないけど、エーリカの綺麗な髪を維持する為だ。銀貨一枚なら必要経費だと考えよう。


「ちなみに開発期間は決めないでおくよ」


 完成するかどうか怪しいので開発期間は無期限にしておこう。


「銀貨一枚ならクズ魔石でなく、ちゃんとした魔石が使えます。外見も木製でなく別の物が使えそうです……ただ、お義父……んん……お客さんが希望する大きさで作るとなるとやはり、出力が難しいかも……」


 温風を出すには、風の通り道に熱を出す物を通過させる事で温風を作り出す。熱を作る火の魔石を純度の良い魔石に代えたとしても、髪を乾かすほどの熱を放出すれば、外側が耐えきれなくなる。木製を使えば燃えてしまうし、金属を使えば全体に熱が伝わり持てなくなる。

 外側を冷ます為には氷の魔石を追加で装着しても良いが、それだと値段が跳ね上がる上、火の魔石と氷の魔石が相互に干渉して魔石の能力が相殺されてしまうかもしれない。

 さらに風を送る魔石にしても、私が望んでいる大きさのドライヤーでは、非常に質の良い魔石を用意しなければ、髪を乾かす程の風が作れないそうだ。

 私は一点物の高級ドライヤーが欲しい訳ではないので、開発金額無制限にするほど気前は良くないし、余裕もない。何て言ったって、借金を背負っているからね。はっはっはっ。

 


 うーん、うーんと唸って悩んでいるクルトに、私は最後の『仕組み』を伝えた。


「使えるか分からないけど、私が知っているドライヤーの仕組みを伝えるよ」


 以前、ホームページでドライヤーの仕組みを読んだ事がある。結構単純な仕組みだったはず。

 私はうろ覚えの記憶を浮上させる。


「まず、風に関して……ファンと呼ばれる風車の羽みたいなのが回転して風を作ります」


 私はクルトが持参していた木札を借りて、ファンの絵を描いていく。


「ああ、なるほど、斜めに取り付けた板を高速に回転させる事で風を作るんですね。そうなると、外の風を吸い込む必要があるな……」


 クルトは簡単な絵を見て、すぐに理解してくれた。玩具のような魔術具を作っているだけはある。


「では、次に熱に関して……これは熱が伝わりやすい金属線を使っていたはずです」

「金属線? 直接、火の魔石で温めるのでなく?」

「隙間なく金属線を敷く事で熱効率を上げるそうです。ちなみに火は使いません。電気で金属線を温めます。ちなみにファンも電気で動かします」

「でんき?」


 ああ、電気の概念がないのか……。電気って……改めて説明すると出来ない。たかだか女子高生の知識では限界がある。


「えーと、雷の親戚みたいなものです。これで通じます?」

「あー、雷属性の魔石か……それは無理です」


 雷属性の魔石は貴重で、このダムルブールの街やその周辺では出回らない代物らしい。もし、あったとしても目玉が飛び出る程の高値が付くそうだ。

 ちなみに、貴重とされる原因は、雷属性の魔物がいないからである。


「確かエーリカは雷の魔力弾を使えたよね。それを魔石に蓄積できない?」

「無理です」


 エーリカはきっぱりと否定する。


「魔石は魔物の体内から取れる代物です。魔法や魔術の補助をするのが利用法で、魔力を出力できても蓄積する事は不可能です」


 投げっぱなしのエーリカの言葉をクルトが補足する。


「ま、魔法や魔術を一般人でも使えるようにした……ま、魔道具や魔法紙はありますが……おじ様が言うような物は出来ない筈です……はぃ……」


 クルトに続きアナも補足してくれる。


「わたしの魔術は他の人とは異なる魔術です。わたししか使用出来ないでしょう」


 最後にエーリカが駄目出しをした。


「そう……」


 まぁ、仮に電気の代わりに雷の魔石があったとしても、それで熱を作ったり、ファンを回したりする仕組みは私には分からないので、そこまで落胆はしない。


「ま、まぁ、電気……雷の魔石がなくても、他の魔石で応用は出来たりしない?」

「はい、色々と考えがありますので、試してみます」


 クルトが頼もしく頷くと、エーリカを相手に魔法陣や魔石について話し始めた。


「アナは魔道具や魔法陣について詳しくないの?」


 また蚊帳の外と化した私はアナに尋ねてみた。彼女も魔法使いである。


「わ、私は精霊魔法しか使えませんので……そっち方面はちょっと……」


 魔法使いも魔術師も色々とタイプがあるようだ。


「しばらく時間が掛かりそうだから、お茶でも飲んで待っていよう」


 情けない顔をしていたアナにそう告げてから、お茶を入れ直す為に台所へと向かう。

 台所の扉を開けると、カリーナが夕方に出すピザ用のトマトソースを作っている所であった。


「カリーナちゃん、いつもお風呂を用意してくれてありがとう」


 私はさっき思った事を告げると――


「お風呂代はいただいていますので、こちらこそ助かってます」


 ――と返ってきた。


 うん、カリーナも商売人である。


タイトルのまんま。

ドライヤーの相談をして終わりました。

全然、話が進みません。

今更ながら、こんな感じの物語です。

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