47 白銀等級冒険者
私とエーリカは、壊れた壁から広場に出て、転がっている木箱の上に座り、休憩している。
「アナはどうしたの?」
「後輩は、ベアボアを連れに戻っています。ベアボアの背中に犯人たちを乗せて運びます」
「そうだね」と私は下を向く。
地面には、気絶している筋肉ダルマが転がっている。
戦闘の後、筋肉ダルマが片付けていた荷物から回復薬を二つ見つけた。
一つは私が使用した。
肩と顔にかけたら、すぐに痛みが引いていった。凄い効果である。ただ、腫れはまだ治らない。
もう一つは筋肉ダルマに使った。
見ているだけで痛そうなので、千切れた手の一部を拾い、水で傷口を簡単に洗い、回復薬をかけてから、床に捨てられていた布で巻きつけておいた。
ちなみに、私の魔力弾で失明しているかもしれないので顔にもかけておいた。
「エーリカの右手は何? グレネードランチャー?」
筋肉ダルマから目を逸らし、エーリカの右手に装着している黒光りする大口径の義手に視線を向けた。
「ぐれねーどと言うのは良く分かりませんが、魔術で作った石を詰めて、高速で発射する魔術具です」
隣に座っているエーリカは、自慢気に右手の魔術具を掲げる。
「威力、命中力、攻撃範囲が強力で、わたしの自慢の一品です。さすがヴェクトーリア博士です」
今まで知っているエーリカの魔術具は三つ。
何でも貫通する円錐型ドリル。土掘りが便利な二枚刃のドリル。そして、発破の代わりになるグレネードランチャー。
その何とか博士は、エーリカを土木作業人形にしたかった説が有効になってきた。
「エーリカの案と言うのはそれなんだね」
「はい、見事、犯人たちを制圧しました」
私は広場の現状を見回した。
土壁や床にクレーターのような穴が空いている。
木箱や荷物が粉々に壊れ、至る所に散らばっていた。
その瓦礫の隙間に五人の犯人たちが倒れている。
死屍累々の戦争現場であった。
「殺してないよね?」
「爆風で気絶させました。たぶん、生きてます」
たぶんって……おいおい……。
犯人たちの生死を特に気にする事もないエーリカは、右手のグレネードランチャーをパカッと外し、懐から通常の右手を取り出し、カチッとはめた。
そして、手を握ったり開いたりして、動作を確認している。
人形というよりもロボットである。動作中に声を掛けると「失せろ、クソ野郎」と返ってきそうだ。
「ベ、ベアボアを連れてきま――きゃぁ、お、おじ様、顔が、顔が……」
ベアボアを連れてきたアナが、私の腫れた顔を見て、驚いている。
鏡がないので自分の状況が分からないが、アナの反応から察すると、結構酷く腫れているようだ。
私は、アナにこれまでの話を簡潔に説明した。
「そ、そうですか……あ、あまり無茶をしないで……く、ください。これ、軟膏です。使ってください……はぃ……」
「自家製です」とアナから軟膏を渡された。
回復薬を使ったからいらないとは言えず、有り難く使わせてもらう。
メンソールのような爽快感のする軟膏を肩と顔に塗ると、熱かった部分が冷えていく。
これ、凄いかも。
「い、色々な薬草を精霊魔法を使って精製した物です。き、傷はもちろん、肩凝り、頭痛など色々と……効果があります……はぃ……」
アナにお礼を言い軟膏を返してから、気絶している犯人たちをベアボアの背に乗せた。そして、ベアボアから落ちないように紐で縛り付けた。とは言っても、肩を負傷している私は見守るだけなのだが……。
ちなみにベア子には犯人たちを乗せていない。犯人たちをベア子に乗せて戻ったら、依頼主のベンがブチ切れそうだからである。
そして、瓦礫まみれになった広場を後にして、犯人たちを乗せたベアボアと共に外へと向かった。
薄暗い洞窟に目が慣れてしまっていたので、外へ出たとたん太陽の光で視界が霞む。
乾いた大地をサンサンと照らす太陽が真上へと昇っている事から、現在の時間はお昼前後ぐらいだと判断した。
エーリカのお腹からクゥーと可愛い音が鳴ったので間違いない。
「ギルドに報告を済ませたら昼食にしよう」
私は提案をしてから、荒れた大地を歩き出した。
エーリカとアナも異論は無いらしく、コクリと頷いてから私と並走する。
ベアボアたちは、エーリカの声の指示で勝手に付いて来てくれている。
便利なものである。
私たち三人と犯人を乗せたベアボア三頭が雨風に抉られたU字の道を進んでいると――
「危ない!」
――アナの警告が飛んだ。
なに? と前方に視線を向けると、土煙を巻き上げながら、炎の玉が飛んできていた。
叫ぶと同時に一歩前に出たアナは、両手を前に出して、魔法の壁を作り出す。
透明の壁が現れた瞬間、凄い速さで飛んできた炎の玉とぶつかる。
「きゃぁっ!?」
ガラスが割れるように魔法の壁が砕かれ、衝撃でアナが後方へ吹き飛ぶ。
炎の玉も四散し、渇いた土の上へ落ち、赤い土を焼いていく。
「ご主人さま、後ろへ下がってください!」
私の前に飛び出したエーリカは、土煙を上げている前方に右手を向け、連続で魔力弾を放つ。
放たれた魔力弾は、真っ直ぐに煙の中へ入り、そして、途中で明後日の方向へと飛んで行ってしまった。
「弾かれました! 来ます!」
エーリカが叫ぶと同時に、土煙の中から一人の男が飛び出してきた。
エーリカの右手から雷属性の魔力弾を男に放つ。
男は握っている剣を横へ一振りすると、エーリカの魔力弾を弾き飛ばす。
そして、横へ振った剣を戻す勢いで、エーリカの胴体にぶつけて吹き飛ばした。
「エ……」
エーリカの名を叫ぶつもりが、途中で声が出なくなった。
理由は、男の剣が私の喉の手前に止まっているからだ。
ショートソードのような決して長くない剣。形はシンプルだが、その刃は七色に輝いている。
本当に一瞬の出来事。
何も出来なかった。
後ろの方でベアボアが鳴きながら離れていくのを感じる。
私に剣を突き付けている男は二十代半ば。
細身の優男。
瞳の色は氷のような青い目。
光の届かない深い深い深海のような冷たい瞳。
その瞳に見つめられると、冷や汗すらかかない。
殺気すら感じない冷たい瞳である。
次元が違う。
私ごときでは、逆立ちしたって勝てない。
生きるも死ぬも、目の前の男次第。
怒っている訳でもなく、喜んでいる訳でもない、氷の彫刻のような無表情の男の口から言葉が出た。
「生きたまま連行しても、死体として持ち帰っても、貰える金が変わるだけで、大した違いはない。抵抗するならすぐに殺す。俺の言葉は分かるな?」
どうして、私が連行されるのか分からないが、声を出すとそのまま斬られそうなので、黙って頷いた。
「良し。言葉が分かるのは良い事だ。同じ人間でも言葉が通じない事がある。お前は非常に優秀だ。では……ッ!?」
最後まで言い切る前に、男は急いで後方へ飛び退いた。
どうした!? と思った瞬間、轟音と共に拳大の石が男目掛けて飛んでいく。
男は飛び退くと同時に剣を一振りして、飛んできた石を切り捨てる――が、斬った瞬間、石が爆発し、男を吹き飛ばした。
その爆風で飛び散った小石が私にも当たり非常に痛い。
この状況、少し前にも体験した。
石の出所は間違いなくエーリカだ。
石が飛んできた方向に顔を向けると、右手にグレネードランチャーを装着したエーリカが黒光りする大口径を男へと向けていた。
石のグレネード弾を食らった男は、何事もない感じで立っている。
至近距離で爆発を浴びたにも関わらず、怪我は勿論、埃すら着いていない。
「ご主人さまに危害を加えるなら、たとえ、同じ冒険者であろうと、わたしが相手になります」
勇ましいエーリカの言葉に私と男は――
「「冒険者?」」
――と呟きが重なってしまった。
男の方を見ると、無表情だった顔が、訝し気に眉を寄せている。
「冒険者……もしかして、依頼の横取りか……いや、依頼内容が重なったか?」
男はブツブツと独り言を呟き出した。
エーリカは急いで私の元へ戻る。
アナもイタタッと涙目に成りながら、立ち上げっていた。
「ラース、そこまでよ」
透き通った声がする。
いつの間にか男の横に女性が立っていた。
決して派手ではない赤色のローブを着崩した妙齢の女性である。
手には身長と同じ長さの杖を持ち、先端に赤い宝石が埋め込まれている。
「彼らは犯人ではないわ。私たちと同じ冒険者。だから、確認してから行動するようにと忠告したのに……あなたの早とちり」
「どうやら、そのようだな……すまん、悪人面だったからつい……」
ラースと呼ばれた男は、腰に吊るしてある鞘に剣を収める。
背筋に氷柱をねじ込まれたような冷気は消え失せ、柔和な雰囲気へと変わった。
今、悪人面って言った!? 確かに中年のおじさん顔だけど、それでつい犯人扱いされたって事!?
「はわ、はわ、はわっ……」
「どうしたの?」
なぜか、あわあわしているアナに声を掛けた。
「あ、あの人たち……は、白銀等級冒険者のラースさんとナターリエさんです!」
白銀等級冒険者!?
底辺の鉄等級冒険者である私よりも遥か上の人たちだ。
「どうりで手も足も出ない訳だ」
「も、勿論です。『氷石のラース』と『炎石のナターリエ』と二つ名で呼ばれている白銀等級冒険者姉弟です。このダムルブールの街で一番上の冒険者の一組です」
二つ名があるの? それはカッコいいような、恥ずかしいような……。
「そこまで凄い事じゃねーよ。適当に冒険者をしていたら白銀等級に成っちまっただけさ」
「白銀等級冒険者はもう一組いるけど、そっちは凄いわよ。化け物の集まり」
ラース、ナターリエ姉弟冒険者は、先ほど私の喉に剣を突き付けていたとは思えない程、気さくに話し掛けながら、私たちの方へ歩いてきた。
「それに、お前たちも結構有名だぜ。真摯な態度で等級以上の成果を出す新人冒険者。あと、『不動の魔術師』!」
ラースがニヤリと笑い、アナを指差す。
指を指されたアナはあわあわと私の背中へ隠れ、小声で「魔法使いです」と呟いた。
アナが有名なのは、一ヶ月間、ずっとギルドの椅子に座っていたからだろう。その所為で、アナにも二つ名が付いてしまっている。可哀想に……。
「こら、人に指を指すんじゃありません。それも女の子に!」
姉のナターリエが、ゴツンと杖の先端で弟のラースの頭を叩く。
頭を押さえて蹲るラースを無視して、ナターリエが私たちの前に出る。
「よかったら、あなたたちの依頼内容を教えてくれる?」
人に尋ねる前に、まず自分たちが先に言うべきでしょうと言いそうな雰囲気だったエーリカを押し止め、私は彼らの前に出た。
どうして、ラースたちが私たちを襲ったのかは私も知りたい。
それに、外見上私が年上であるが、冒険者としては彼らが先輩だ。
経験も実力も格上の彼らを立てるつもりで、私は掻い摘んで依頼内容を説明した。
ベアボアの誘拐、アジトの発見、犯人たちと戦闘、現在に至る。
私が一通り説明すると、ラースが頭をガシガシと掻き毟りながら「そうかぁー」と呟く。
私たちを襲った時の氷の彫刻のような面影は微塵もない。
「俺たちは……」
そう言って、ラースは自分たちの依頼内容を語り出した。
ラースたちは朝一番に、懇意にしている貴族に呼び出される。
貴族の持ち物が盗賊に盗まれたので、その調査を依頼されたそうだ。
二人は街の情報屋を回り、今いるアジトに狙いを定め、足を運んだ。
そこで悪人顔の私を見つけ、犯人だと思い込み、確認もせずに襲った次第である。
「いやー、すまん、すまん。よく観察すれば良かったんだが、面倒臭くなって――あいだっ!?」
話している途中で、ナターリエの杖がラースの頭を襲う。
「謝る時はしっかり謝りなさい! 馬鹿な弟でごめんなさい。改めて、謝罪をさせてもらうわ」
そう言うなり、ナターリエはラースの頭に手を置いて、ラースの頭を下げながら、懇切丁寧に私たちに謝罪をした。
白銀等級冒険者という上位ランクの人なのに、こんなにもしっかりと謝罪がくるとは思わなかった。こういう人だからこそ、上へと昇れるのだろうか?
「確かに怖い思いをしましたが、特に怪我もしていませんので、もう謝罪は結構です。それよりも……」
面と向かって懇切丁寧に謝罪をされると尻の座りが悪いので、話を変える事にした。
「依頼がダブった……んん、依頼が重なった事になりますよね。この場合、依頼内容はどうなるんです?」
「俺もそう思ったが、話を聞く限り、依頼内容は重なっていない。結果からして、同じ犯人に繋がっているだけだ」
「私たちの依頼は、盗まれた物を取り戻すのが第一目標。あなたたちの依頼はベアボアを取り戻す事。何も問題はない筈。私たちが依頼を受けた貴族と話し合いがあるかもしれないけど、そういうのはギルドに任せればいいわ」
「犯人たちの扱いはわたしたちに一任してもらう事で問題ないですね」
私たちが命を懸けて捕らえた犯人の扱いをエーリカが確認する。
もし、貴族が盗まれた物と合わせて、犯人の首を要求していたら、ラースやナターリエと交渉する事になる。最悪、私たちが泣き寝入りだ。
だが、そんな心配は杞憂であった。
「犯人はあなたたちの手柄よ。ベアボアと一緒にギルドに引き渡せば、あなたたちの評価は上がるわ。もし、指名手配されていたら、お金も出る筈。貰える物はしっかりと貰いなさい」
お金の心配もしてくれるとは、何と太っ腹な人だろう。いや、白銀等級冒険者にもなれば、お金に困らないのかもしれない。借金を背負っている私には、羨ましい限りだ。
「ギルドには、俺たちの事もしっかりと話せよ。悪いのは俺たちだからな」
同業者に手を出したペナルティも受け入れるとは、太っ腹だけでなく、懐も広い人たちだ。
「盛大に報告しておきます」
私がニヤリと笑う。
ラースが「わははっ」と笑い、ナターリエは「手加減してね」と苦笑した。
「じゃあ、俺たちはこれからアジトの中に入って、依頼主の持ち物を探してくる」
「悪い同業者がいるかもしれませんから、道中気をつけてね」
そう言うなり、白銀等級冒険者であるラース、ナターリエ姉弟はアジトのある洞穴へと向かって行った。
彼らはこれから、戦闘で破壊されまくった木箱や荷物が散らばる場所で、探し物をするのだろう。目的である貴族の持ち物が壊れていない事を願う。
目的の荷物がどんな物か分からないが、もし戦闘で壊れていたら、どうするのかな?
私たちの所為じゃないからね。悪いのは犯人。そう、全て貴族の物を盗んだ犯人が悪い。私たちは悪くない。
荒れた大地に頑張って根を張っている草を黙々と食べていたベアボアたちを集めると、私たちは気を取り直して、ダムルブールの街へと帰る。
まだ半日だというのに、色々とあり疲れた。
……本当に疲れた。
白銀等級冒険者に襲われます。
ラースとナターリエの登場でした。




