46 ベアボア探し その4
筋肉ダルマが低い姿勢を維持している。
「これでも喰らえ!」
筋肉ダルマが攻撃してくる前に、私は足元にあった木製の椅子を筋肉ダルマに向けて投げ捨てる。
筋肉ダルマは、目の前に迫った椅子をゴミを払うように裏拳で粉砕し、突進してきた。
私は突進してくる筋肉ダルマにレイピアを突き突けるが、僅かな移動で躱される。
「死ね!」
筋肉ダルマの拳が下から突き上げるように私の顔に迫る。
条件反射で顔を逸らすと、耳の横を岩のような拳が通り過ぎ、背後の壁にぶつかった。
足がもつれながら、急いで距離を取る。
おいおい、土壁とはいえ、拳を食らった壁がめり込んでるんですけど……。
冷や汗が全身を襲う。
あんな攻撃をまともに受けたら、骨折どころではない。
脳みそと骨がシェイクされ、耳や鼻からヤバイ液体が垂れ流れてしまう。
ゆらりと私に向きを変えた筋肉ダルマは、再度、突進してくる。
イノシシのような男だ。
下手に攻撃をするとカウンターを食らうので、今度は防御に徹して、チャンスを窺う事にする。
右、左と細かく拳が飛んでくる。
私はレイピアの刃で受け止める。
ガン、ガン、と鈍い音が響く。
魔力で強化しているので刃が折れる事はないが、握っている手が痺れてくる。
「ふっ、ふっ、ふっ!」
筋肉ダルマがしつこくパンチを繰り出す。
右へ左へと避けつつ、危険な攻撃はレイピアの刃で受け止める。
筋肉ダルマの攻撃は、重く、そして速い。
だが、攻撃内容はシンプルだ。
細かいジャブ、大ぶりの正拳突き、フックやアッパーもたまに来るが……それだけだ。
今の所、蹴りすらない。
だから、レベルや経験の少ない私でも防御に徹すれば、何とかなっている。
これがもっとトリッキーな攻撃をしてきたら、対処できなかっただろう。
とはいえ、防御だけしていてはジリ貧である……っていうか、既に限界。
筋肉ダルマの拳を受け止め過ぎて、レイピアを握る握力がゼロに近い。
「これでお終いだ!」
私の苦痛の表情を感じ取り、筋肉ダルマはニヤリと笑う。
ヤバイ!?
いつの間にか、壁際に誘導されている。
これでは逃げ場がない。
筋肉ダルマは腰を落とし、拳を強く握った。
「はっ!」
大振りの正拳突きが私に向かって飛んできた。
受け止める事も避ける事も出来ない。
それなら……
「うらぁーー!」
迫り来る拳に向かって私は突進する。
ナックルの付いた拳が、私の頬と耳をかすめる。
風圧と摩擦で耳が千切れそうだ。
私はそのまま、筋肉ダルマの体に肩をぶつけた。
筋肉ダルマは、私のタックルでは微動だにしない。
筋肉ダルマの横腹に顔を埋め、両手を腰に回して、動きを止める。
流石の武道家でも、こう密着されては攻撃は出来ないだろう。
そう思っていたら、筋肉ダルマの膝が私の腹を突き上げてきた。
さらに、肘を私の背中に叩きつけてくる。
「クソッ、離れろ、離れろ!」
必死に筋肉ダルマの動きを止めようとタックルの状態で抱きしめている私のお腹と背中に打撃を与えてくる。
皮鎧を着ているので直接的な痛みは感じないが、最初に受けた腹の痛みが、膝蹴りの衝撃で地味に痛い。さらに湿ったゴムタイヤに抱き着いているようで気分も悪い。
筋肉ダルマの横腹に顔を埋めていた私の首に太い腕が絡まり、締め上げられた。
「うぐぅ!」
頸動脈を止められ、一気に頭の中が真っ白になり、呼吸すら出来ずに力が抜けていく。
まずい……意識が落ちる。
手からレイピアが離れ、床へと落ちた。
私の力が完全に抜け落ちると、筋肉ダルマは私のベルトに指を差し入れ、上手投げのように投げ捨てた。
地面に置かれた荷物をまき散らしながら、私はゴロゴロと床を転がる。
「がほっ、がほっ、がほっ……」
呼吸が元に戻り、白濁となった意識が鮮明になっていく。
「ああ、気持ち悪い! 俺は男に抱かれる趣味はねーんだよ!」
筋肉ダルマは自分の腕をスリスリと擦っている。
私だって筋肉ならメイトリックス以外、抱かれたくない。
だが、そのおかげで命は助かった。
あのまま締め上げられていたら間違いなく意識を無くし、無抵抗の状態で殺されていただろう。
だが、助かったとはいえ、状況は宜しくない。
私の武器……レイピアが筋肉ダルマの足元に落ちたままだ。
今の私は手ぶら状態。
これでは筋肉ダルマの攻撃を防ぐ事も攻撃する事も出来ない。
嫌な汗が頬を伝う。
「まったく、面倒臭い奴だぜ。黙って殴られていれば良いものを……」
何て勝手な事を言う奴だ。
筋肉ダルマは私の方に手を伸ばす。
腕から淡い茶色の光を帯びる。そして、手の先へと光が集まり、拳大の石へと変化していった。
「喰らえ!」
筋肉ダルマが叫ぶと同時に手の先の石が私目掛けて飛んできた。
「ちょ!?」
急いで横へ飛び、柱の陰へ隠れる。
飛んできた石が、床に置かれていた木箱に当たり、穴を空けた。
「逃げるな、黙って当たれ!」
本当に勝手な奴だ。
柱の陰からゆっくりと顔を出すと石が飛んでくる。
バン、バン、バンと柱に当たり、削られていく。
「ちょっと、格闘家でしょ!? 何で魔法を使ってるのよ!」
「魔法じゃない。土の魔術だ。お前だって冒険者だろ。一芸だけじゃ生きていけねーんだ!」
筋肉ダルマの魔術は弱い。
エーリカやアナはもちろん、広場にいた犯人たちの魔術に比べ、速さも打ち出す数も少ない。
せいぜいキャッチボールぐらいの速度だ。石の魔術を回避しながら、筋肉ダルマに近づく事は可能だろう。
だが、その後はどうすればいい?
まずやる事は、床に落としたレイピアを回収する事だが、回収したからといって後が続かない。
私の技量では、接近戦をした所で、防御に徹するしかない。
決め手とは言わないが、何か他の攻撃手段はないだろうか?
例えば、私も魔法や魔術が使えれば良いのだが……。
……ん?
そもそも、何で私が魔法や魔術が使えない事に成っているのだ?
今まで使った事も学んだ事も無いだけで、使えない訳ではない。
魔力はある。
何度も魔術具を壊したし、武器も使えた。
方法に関しては……確か、魔法や魔術はイメージが大事だとエーリカが説明していた。
呪文は、イメージの補完の為に存在している。
つまり、呪文が分からなくてもイメージさえしっかりとしていれば、魔法や魔術は使えるとの事だ。
それなら……。
「おい、さっさと出てこい! ネズミのようにコソコソと隠れてんじゃねー!」
業を煮やした筋肉ダルマが、石の魔術を無意味に柱に当ててうるさい。
「ちょっと、今、大事な考え事をしてるの! 少しは黙ってて!」
「お、おう……すまねぇー」
柱の陰から私が怒鳴ると、筋肉ダルマは素直に大人しくなった。
静かになったので、魔法……いや、私の場合は魔術になるのか……魔術を使ってみる事にする。
参考にするのは、エーリカの魔力弾をイメージする。決して、筋肉ダルマの魔術ではない。使い方が似ているが決して筋肉ダルマを参考にしない。
体中に流れる魔力を手の平に集めるイメージ。
それを弾に成るように想像する。
想像……想像……
魔力の玉……魔力の玉……
丸まれ……丸まれ……
右手全体に圧が掛かってくる。
おお、今なら魔力弾が出来そうな気がする。
「待たせた!」
私はバッと柱の陰から現れ、床に散らばった荷物を片付けていた筋肉ダルマに向けて、右手を突き出した。
筋肉ダルマは私の姿を見て、腰を落とす。
「はッ!」
私は掛け声を上げる。
「…………」
「…………」
「…………何だ?」
「ちょっと、待って」
私は再度、柱の陰へ隠れる。
魔力弾が出ない。
どうして、どうして、どうして!?
右手に魔力が集まっている。
今すぐにでも、飛び出しそうな程だ。
それなのに……。
……ああ、そうか!
イメージが出来ていなかった。
魔力弾が飛び出すイメージをしていない。
再度、柱の陰から身を飛び出す。
「魔力弾!」
そのまんまの技名を叫んだ私は、火薬の爆発をイメージをして、右手に集まっている魔力の塊を押し出した。
ボンッと右手から光り輝く魔力の塊が飛び出した。
やった、出た!?
「貴様も魔術を!?」
後ろへ下がった筋肉ダルマは、隠れるように木箱の裏へと回る。
私が初めて出した魔力の弾は、幼稚園児が投げた球の様に、ユラユラとゆっくりと放射線を描き、私と筋肉ダルマの間の床に落ちて、シャボン玉のように弾けた。
そして、弾けた弾から光が溢れ、薄暗かった部屋が一瞬の内に強い光に包まれる。
魔力弾の様子を見ていた私と筋肉ダルマは、その強い光を直視し、眼球を焼いてしまった。
「キャッ!?」
「ぐわっ!? 目潰しか!?」
私と筋肉ダルマは、目を押さえてのたうち回る。
目の前が真っ白で、ヒリヒリと痛い。
涙が溢れてくる。
筋肉ダルマも同じような様子で「クソ、クソ、卑怯だ、この卑怯者め!」と喚いている。
卑怯者と非難されている私自身も自分の魔術を食らっているのだから、私も被害者である。
何たるマッチポンプ。
筋肉ダルマの喚く声を聞きながら、しばらく目を押さえて、蹲っていると痛みが引いてきた。
ゆっくりと目を開けるとぼんやりと視界が戻ってくる。
筋肉ダルマは懐から小瓶を取り出して、目に掛けている。
回復薬だろうか? 筋肉ダルマもすぐに回復しそうだ。
今の内に床に落としたレイピアを拾う為、筋肉ダルマの方へ走る。
薄ぼんやりとする視界の中、床に散らばった木箱や荷物を踏みつぶしながら、無事にレイピアを拾った。
「何たる知略家! 恐ろしい奴め! もう、許さんぞ!」
私がレイピアを拾うのと同時に筋肉ダルマも回復し、私に向かって土魔術の石を飛ばした。
急いでレイピアに魔力を流し、飛んできた石を叩き落とす。
魔術で出来た石はレイピアの刃が触れると、霧のように霧散した。
「な、なに!?」
筋肉ダルマが驚愕の顔をする。
ん? なに?
私に向けて飛ばした石を軽々と防いだ事に驚いたのだろうか?
「これでどうだ!」
青筋を立てながら筋肉ダルマは、連続で土の魔術を飛ばすが、私は冷静に一つずつ丁寧にレイピアで斬っていく。
キャッチボールぐらいの速度の石なら問題ない。
どの石もレイピアで斬りつけると霧のように霧散していった。
「魔術抵抗か? いや、解除しているのか?」
抵抗? 解除?
何を言っているのだ、この筋肉ダルマは?
「仕方がない。貴様に近づきたくはないが、ここは得意の接近戦でいくか」
そう言うなり、筋肉ダルマは両手のナックルをガンッと叩き、拳を構える。
「絶対に抱き着くなよ」と一言言ってから、筋肉ダルマは私に突進してきた。
私は急いで防御の態勢になり、筋肉ダルマの拳を防ぐ。
右左と単純な攻撃をレイピアの刃で防いでいく。
前回と同じ状況で、私は防御に徹するしか出来ない。
それにしても、先ほどの筋肉ダルマが言った事が気になる。
抵抗とか解除と言っていたな。
ゲームでもレジスト魔法があり、相手の魔法や魔術を解除するものがある。
このレイピアにそのレジストをする力があるという事か?
確かに、筋肉ダルマが作った土の魔術を斬った時、石自体を落とすつもりでいたのに、刃が触れた瞬間に霧のように霧散した。
魔力で作った石を元の魔力に戻したって事だろうか?
武器屋の店員は、このレイピアに特別な能力は無いと聞いていたが、もし本当にレジスト能力があるのなら、この筋肉ダルマとの闘いに一筋の光明となる。
やってみる価値はあるな。
「十秒だけ待って!」
しつこく私に拳を叩きつけていた筋肉ダルマに、私は一言言って、大きく後ろへ飛んだ。
筋肉ダルマは、素直に待ってくれている。
私はそんな筋肉ダルマの行動に甘えて、レイピアに魔力を強く流す。
レイピアの剣先が光り輝いていく。
もっと魔力を流す。
もっともっと流していく。
そして、目を覆いたくなる程に光り輝かせると、魔力を流すのを止める。
これ以上魔力を流すと壊しそうだしね。
「おお、流石、俺の好敵手! 素晴らしい剣だ!」
なぜか、好敵手……ライバル認定されてしまった。
私は光り輝くレイピアを構える。
筋肉ダルマも真剣な顔になり、腰を落とし、拳を構えた。
私がゴクリと唾を飲み込む。
弾丸のように飛び出した筋肉ダルマは、私の顔目掛けて右の拳を振るう。
私はその拳に合わせてレイピアの刃で防ぐ。
勢いと腰の乗った拳を難なく防ぐ。
軽い!
右左と連続攻撃を冷静にレイピアで弾き返していく。
今まで踏ん張らなければ弾き飛ばさる程の威力があった筋肉ダルマの拳が軽々と防げる。
私は確信する。筋肉ダルマの魔力をレジストしていると……。
筋肉の塊である筋肉ダルマであるが、所詮は人間だ。
人間がどんなに鍛えた所で、壁を破壊する事は出来ない。
抱き着いた時、膝や肘で攻撃されたが、態勢が悪いとはいえ、異常な攻撃力は無かった。
つまり、筋肉ダルマのナックルは武器である。
武器は魔力を流すと特殊な効果が発動する。
筋肉ダルマのナックルは攻撃力増加の能力があるのだろう。
その魔力が流れているナックルで、私の魔力が流れているレイピアでレジストすれば、攻撃力は無力化する事が出来ると判断した。
ふっふっふっ、筋肉ダルマの魔力よりも私の魔力の方が強かったみたいだね。
これで、形勢逆転だ。
レジストされているとは考えていない筋肉ダルマは、私が難なく攻撃をいなしている事にイラついてきている。
ふっふっふっ、イラつけ、イラつけ。
私の側面から雑な左フックが飛んできた。
私は体を反らして左フックを躱すが、足がもつれて体勢が崩れてしまった。
それを見た筋肉ダルマは、右手を後ろへ引き、力を溜めると――
「これで終わりだ!」
――と叫ぶなり、態勢の崩れた私に轟音と共に正拳突きを放った。
良し、掛かった!
私はすぐに体勢を直し、迫りくる拳に合わせ、レイピアを上段から振り下ろす。
レイピアの刃とナックルの金属部分がぶつかり、火花が飛び散る。
私のレジスト能力で筋肉ダルマの攻撃力を無力化し、さらに私の魔力による攻撃力付加で、ナックルの金属部分を斬り、筋肉ダルマの拳へズブズブと刃をめり込ませた。
肉を切り裂く感触がレイピアの柄から伝わり鳥肌が立つが、力を緩める気はない。
「ぐおおおぉぉぉ!」
筋肉ダルマの苦痛の声が部屋に響く。
拳の骨に当たりレイピアの動きが止まるが、すぐにレイピアの刃を反らして切り裂いた。
筋肉ダルマの中指、薬指、小指のついた手の一部が床へと落ちる。
自分でやっといて何だが、目を逸らしたい光景だ。
本当は迫りくる拳に合わせて突きをしたかったのだが、私の技量では無理そうなので、斬らせてもらった。もし突いていたら、拳に穴が空いた程度だったろうに……。
そんな事も知らない筋肉ダルマは、二本だけになった血塗れの右手を押さえ、脂汗塗れの顔で私を睨んでくる。
充血した目に睨まれた私は一歩後ろへ退いてしまう。
「おらッ!」
筋肉ダルマが右手を私に向けて振るう。
「うわっ、汚ぃ!?」
真っ赤な血液が私の顔に掛かる。
「ちょっと、何を……痛ッ!?」
左側の顔に衝撃が走り、そのまま床へ倒れた。
石のような硬い物が顔に当たった。
石?
筋肉ダルマの魔術か!?
私はハッとして、筋肉ダルマの方を見ると、無事な左手から作り出した石が飛んでくる所だった。
痛む顔を無視して、レイピアを振り、飛んできた石を霧散させる。
石を飛ばした筋肉ダルマはすぐに私の元へ駆け出し、左手で殴り掛かってくる。
無事に石をレジストさせたは良いが、その後、体がついていかず、迫りくる拳に為す術がない。
条件反射で何とか体を逸らしたが、筋肉ダルマの拳は私の右肩に当たった。
「――ッ!?」
今まで味わった事のない痛みが右肩を襲う。
皮鎧で守られていない肩は、肉を抉られ、骨が軋んだ。
痛みでレイピアが床に落ちる。
お互い苦痛の表情で睨み合う。
肩で息をする筋肉ダルマの姿が、涙で霞んで見える。
「力任せで殴った所為で、骨まではいかなかったか」
こんなにも痛いから骨が折れていると思っていたが、筋肉ダルマの言葉が正しければ、骨折はしていないそうだ。
私が単純に痛みに慣れていないだけである。
「だが、これで終わりだ」
筋肉ダルマは腰を落とし、無事な左手に力を込める。
私は顔と肩の痛みで動けないでいた。
目も涙で霞んでいる。
ここは痛みに耐えて、立ち上がり、筋肉ダルマを迎え撃たなければいけないのに、私の体はいう事を聞かない。
いや、心がすでに諦めているのかもしれない。
だからだろうか、これから殴り殺されるかもしれないのに恐怖を感じない。
……違う! 諦めていない!
こんな世界で死ぬ訳にはいかない。
私は元の世界に戻り、『ケモ耳ファンタジアⅡ』をしなければいけないのだ。
それに……。
「うおおぉぉーー!」
苦痛を無視するように雄叫びを上げた筋肉ダルマは、床に座っている私に殴りかかる。
魔力を帯びた左手が殺気を纏わせ、砲弾のような速度で迫る。
体が動かない。
反撃する事は勿論、避ける事も防御する事も出来ない。
心は諦めていないのに、体は動かない。
私は、ただ迫りくる拳を見ているだけだった。
そして……
ドゴーンと大きな音と共に、破壊された壁と共に筋肉ダルマが吹き飛ばされた。
爆発で飛び散った小石や塵が私にも降り注ぎ、結構痛い。
そう。
私は諦めていない。
ここでは私と筋肉ダルマの二人だけで戦っていた。
でも、すぐ近くに私の仲間がいる。
私は一人ではない。
ヒロインがピンチの時は、必ずヒーローが現れるものだ。
そう、ヒーローは遅れて登場するものだ。
舞い散る塵の中から小柄の少女のシルエットが浮かぶ。
ハゲの中年の私を慕い、ご主人さまと呼んでくれる少し変わった相棒。
エーリカである。
エーリカは壊れた壁から私たちのいる部屋へと入ってくる。
「ご主人さま、ここに居ましたか。ご無事で……」
エーリカは埃塗れの私の状況を見て、言葉が止まる。
「ご主人さまが怪我をしています。怪我をさせた愚か者は、生きたまま爆破して、ネズミの餌にしてやります」
いつも通りの眠そうな顔をしているが、言葉の内容が非常に怖い。
もしかして、凄く怒っているのかな?
運の悪い事に、瓦礫に埋もれていた筋肉ダルマが起き出した。
それを見たエーリカは、右手を筋肉ダルマに向ける。
エーリカの右手には、黒光りする口径の大きい筒状の装置を付けていた。
大砲かグレネードランチャーみたいである。
「こいつがご主人さまに怪我をさせたのですね。安心してください。こんな大きな的、一発で床の染みにしてあげます」
「エーリカ、ちょっと待って」
今にもグレネードランチャーみたいなものを発射させそうなエーリカを私は止める。
「この筋肉ダルマは私がやるよ」
私はゆっくりと立ち上がる。
顔が痛い。
肩が痛い。
爆発で体全体が痛い。
でも、エーリカの前では、弱音を見せたくはない。
空元気なのは分かっている。
それに筋肉ダルマとの闘いは、私が責任を持って終わらせたい。
エーリカには本当に危険だった所を助けてくれた。
それだけで十分だ。
勝てるかどうか分からないが……やるしかない。
レイピアを探したが、爆発で何処かへ行ってしまったようだ。
……まぁ、いいか。
軋む体を動かし、筋肉ダルマと対峙する。
筋肉ダルマも状況を理解したようで、私に向かい、攻撃の態勢を整える。
今も千切れた右手から血が流れ落ちているのに、戦意は変わらない。
私なら痛みで気絶しているのに、大した男だ。
私も自由に動く左手を筋肉ダルマに向ける。
お互い睨み合う。
「…………」
「…………」
瓦礫の一部が崩れる。
その瞬間、筋肉ダルマが飛び出した。
何の芸もない左手の正拳突き。
私は避ける事も防御する事もしない。
ただ、左手を前に出して、魔力を集める。
筋肉ダルマの魔力を帯びた禍々しい左手が、私に当たる瞬間――
「エーリカ、目を閉じて!」
――叫ぶと同時に、左手に集めていた魔力を解き放つ。
魔力弾と化した光の弾は、筋肉ダルマの左手にぶつかり、目を焼くほどの強い光が部屋を包み込む。
「ぐわっ!? 目がぁぁーー!?」
筋肉ダルマの叫び声が木霊する。
顔を背け、目を閉じていた私はゆっくりと目を開ける。
光の魔力弾を近距離で直視した筋肉ダルマは、両手で目を覆い、呻いていた。
血の滴る右手も使っているので、顔中血に塗れて酷い状態だ。
「ねぇ、何でエーリカも蹲っているの?」
「ご主人さま、急過ぎます。目がチカチカします」
エーリカにも被害が出てしまったようだが、今は脇に置いておこう。
最優先は筋肉ダルマの無力化だ。
無力化という事で、レイピアで首でも刎ねてやろうと一瞬頭を過ったが、すぐに頭を振って取り消す。
いやいや、怖いって。
私の様子を感じ取った筋肉ダルマは、目が見えない状況でがむしゃらに拳を振り回している。
私は一定の距離を保ち、左手を筋肉ダルマに向ける。
左手に魔力を集め、イメージする。
おにぎりを握るように魔力を固める。
ギュッギュッと何度も何度も固めていく。
石のように硬く。
鉄のように硬く。
ダイヤモンドのように硬く。
そして、暴れ回る筋肉ダルマに向けて、大砲をイメージして魔力の塊を発射した。
ポンッ!
情けない音を発した魔力弾は、筋肉ダルマの顔にバチッと当たってから、地面をコロコロと転がっていった。
「…………」
「貴様! 目が見えない俺に頬を叩きやがったな!」
未だに視力を奪われている筋肉ダルマは、拳を振り回しながら叫んでいる。
私の足元まで転がってきた光り輝く魔力弾は、シャボン玉のように割れると光の粉が舞い散るように消えて無くなった。
ああー、締まらない……。
この筋肉ダルマとの闘いも最後だというのに……最後はカッコ良く魔術で仕留めたかったのに……まったく締まらない。
ほんと、情けない……。
「エーリカ……頼む」
「はい、ご主人さま」
気力を無くした私は、前言撤回して、エーリカに任せる事にした。
視力を回復したエーリカは、右手に装着した装置を筋肉ダルマに向ける。
そして、耳を劈く爆音と共に飛び出した石が、筋肉ダルマの立派な腹筋に直撃する。
くの字に曲がって吹き飛ばされた筋肉ダルマは、盛大に壁にぶつかり、動かなくなった。
私はそれを見て、大きく溜め息を吐いた。
ベルボアを探すだけだったのに、酷い依頼である。
……あー、疲れた。
自分が魔力弾やレジストが使える事を知りました。
筋肉ダルマ戦は終始、締まらない闘いでした。