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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者
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44 ベアボア探し その2

「精霊さん、私の好きな食べ物は牛乳スープです。色々な野菜を入れた牛乳のスープは格別です。今日の朝もスープを食べてきました。三日目のスープは最高です。精霊さんは何が好きですか?」


 根気良く精霊に話し掛け続けているアナを見ながら、私たちはゆっくりとミント茶を啜っている。


「本当にあんな方法で精霊と仲良くなれるの?」


 私と同じミント茶を啜っているエーリカに尋ねた。


「勿論です。会話もした事がない相手にいきなりお願いされても誰だって聞かないでしょう。精霊だって同じです。会話して親密度が上がれば、後輩の魔法も上がります」

「その親密度は、今日中に上がるのかな?」

「それは、今まで後輩が精霊に対して行ってきた行為によるでしょう」


 精霊だってお人好しではない。

 精霊魔法を使用した際、感謝の念が無ければ離れて行ってしまうだろう。

 これまでアナが精霊と良き関係に成っている事を願うばかりだ。


「お父……んん、アケミおじ様が作ってくれたホーンラビットのトマトスープがとても美味しかったです。精霊さん達も……あれ? あれれ?」


 アナの様子が変わった。

 もしかして……。


「エ、エーリカ先輩! 指先がピリピリします! これってもしかして……」

「精霊からの応答があったのでしょう。そのまま聞いてください」


 私たちの方を振り向いたアナは、荒野の方へ顔を戻す。そして、両手を広げて、精霊に語り出す。


「精霊さん、精霊さん。誘拐されたベアボアの居場所を教えてください。私達は誘拐されたベアボアを助けたいのです。お願いします」


 荒野の方から一陣の風が吹いてきた。


「精霊からの返事がありました! あっちの方向に手をかざすと指先がピリピリと反応します」


 喜々としたアナは、南門に続く街道の先を指差す。

 アナと精霊を信じるならこの先にベアボアのいる。つまり誘拐犯が居る場所だ。

 アナは紅潮した顔で私たちの元へ来た。


「お疲れ。上手くいったみたいだね。喋り過ぎで疲れたでしょ。これを飲んでから進もうか」


 私はそんなアナにミント茶をご馳走する。

 いつの間にかパンを齧っているエーリカとチビチビとミント茶を飲んでいるアナに、思いついた事を尋ねてみた。


「ねぇ、精霊を使って誘拐されたベアボアを見つける事まではいいけど……ベアボアを見つけるという事は犯人も居るって事だよね。少なくとも犯人は三人。素直に引き渡してくれると思う?」

「いえ、戦闘は免れません」


 ですよねー。


 理由は知らないが、犯人たちは罪を犯してまでベアボアを盗んだ。

 冒険者とはいえ、中年のおっさんと年頃の女性二人だ。話し合いだけで盗んだベアボアを返してくれるとは思えない。


「安心してください、ご主人さま。わたしが犯人たちを皆殺しにしてあげます。ご主人さまの手を汚す必要はありません」


 皆殺しって、恐ろしい事を言わないで。


「わ、私もホーンラビットの様に風の魔法で、犯人たちの首を落としていきます。い、今ならもっと強い精霊魔法が使えそうな気がします」


 アナも殺す気満々だ。

 これが異世界ギャップというものなのか?


「いやいや、殺さなくて良いから。なるべく生け捕りでお願い」


 無茶な事をお願いしているのは、百も承知だ。

 罪を犯して盗んだベアボアを私たちに返せば罪だけが残る。素直に捕まえれば、窃盗の罰が下りる。

 犯人にとっては、どちらもあり得ない事だ。

 異世界の法律や道徳心は分からないが、現代日本の法律や道徳心、価値観などは間違いなく違い、人を殺める行為は軽いと思われる。

 もし、私たちと犯人が戦闘になれば、犯人たちは私たちを殺しにくるだろう。その方が楽だから……。

 そんな殺しにくる相手に手加減をして殺さずに無力化しろと、私は彼女たちにお願いをしているのだ。

 これは単に私のエゴである。

 人を殺める事に抵抗がある。それは私だけでなく、私の仲間や知り合いにもやって欲しくない。

 理由はない。

 ただ、嫌なのだ。

 殺されそうになるのに、それでも殺すなとお願いする。

 本当、嫌になる程の利己主義である。


「なるほど……以前、捕まえた恐喝犯のように指名手配が掛かっているかもしれません。生け捕りの方が手配料が高いです。殺さずに無力化する方向でいきます」

「そ、そういう事でしたら、私も生きたまま倒します」


 あれ? 変な意味合いで納得してしまった。


「えーとね……そもそも戦闘前提に行動しないで。依頼内容はベアボアを見つけて連れ戻す事。犯人との会話が無理でも、気づかれずに盗み返す事も出来る筈。なるべく、危険を回避しようと言いたいの」

「そういう事ですか。分かりました。現場の状況によれば、そうします」

「わ、私もなるべく面倒事は嫌です。アケミおじ様に賛同です……はい」


 危険を回避出来れば良いのだが、エーリカの言う通り、現場の状況では戦闘も覚悟しなければいけない。

 そうなれば、私も戦闘に参加する。

 エーリカやアナだけに任せるほど無責任ではない。

 魔物相手でも怖すぎて逃げ出したくなるのに、今回は人間相手だ。

 エーリカやアナは余裕がありそうだが、私はレベル六の駆け出し冒険者。

 手加減をすれば、自分が殺されてしまう。

 この異世界に来た二日目に、私の財布を盗もうとした冒険者と喧嘩をした。

 あの時、相手はナイフを使ってきた。

 私を殺すつもりだったのかは分からないが、あの時の相手の殺気を思い出すと今でも体が震える。

 もし、今回も戦闘になったら、私はどうすれば良いのだろうか?


 というか、これ鉄等級冒険者の依頼なの? 犯人が凄腕だったら、新人冒険者には荷が重い気がするのだが……。

 ああ、そう言えば、冒険者ギルドは誘拐とは思っておらず、ただの迷子のベアボアを探すだけの依頼だと思い込んでいた。

 こういう場合、一度、冒険者ギルドに戻って相談した方が良かったのかも……。

 また、レナに叱られそうだ。



 小休憩を終えた私たちは、街道を進み、荒野へと出た。

 岩と赤土、そして気持ち分の草が生えている。

 頭上高く昇っている太陽が髪の毛のない頭部を焼いていく。


「あ、暑い……」


 照り返す太陽の光で、ついつい愚痴が零れる。

 エーリカは熱、冷気と耐性があるので、普段通り涼しい顔をしている。

 アナはフードを深く被り、日差しを防いでいた。

 ジャリジャリと乾いた土をまき散らしながら、道無き道を進む。

 しばらくすると川にぶつかった。

 赤土が混じった川は、赤く濁っている。

 チロチロと緩やかに流れる川の水を見て、喉が動く。


「ご主人さま、この川は貧民街の地下を流れる汚れた水と判断します。飲んでしまうと、病気になります」


 暑いとはいえ、エーリカの忠告を聞かなくても、こんな濁った水は飲む気はしない。

 代わりに、水の入った皮袋を出してもらい、喉を潤す。

 アナも自分用の皮袋を取り出して飲んでいた。


「こ、この辺で、もう一度、精霊に聞いてみましょう」


 そう言うなり、アナは両手を広げて、精霊に呼び掛けた。


「精霊さん、精霊さん。誘拐されたベアボアの居場所を教えてください」


 荒野の真ん中でアナの声が響く。

 三度目の呼びかけで、一陣の風が私たちに吹き付けた。


「返事がありました。あっちの方向です」


 川が流れる方向とは逆の場所をアナが指差す。

 そちらを見ると、ゴツゴツとした岩が並ぶ場所であった。

 アナ曰く、指先の痺れが強い方向に誘拐されたベアボアがいるとの事。

 アナが人間ダウジングみたいになっている。

 


 精霊に呼び掛ける事五回、誘拐犯が隠れていそうな洞穴を見つけた。

 長年の雨風で抉られた大地に、人丈もある巨石に囲まれた奥に、その洞穴があった。

 地層が確認出来る土壁に、親子のキョンシーが放置されていそうな穴が空いている。


「地面を見てください。人の足跡が幾つかあります。ここで間違いなさそうです」


 地面を観察していたエーリカと同じように地面を見ると、乾燥した土に足跡らしきものが確認できた。


「えーと……入る?」


 奥が見渡せない真っ黒に染まった洞穴を見て、寒気がする。

 正直、入りたくない。

 ゆきて帰りし物語に登場するゴブリンやオークの巣窟みたいで怖い。


「ゴ、ゴブリンやオ、オークが住み着く洞窟は、とても臭いです。入り口からでも……悪臭を放ちます。ここの洞窟は……ゴブリンやオークはいないと思います」

「地面にベアボアの足跡もあります。取り返すには入るしかありません。どうしますか、ご主人さま?」


 最終判断は私に任せるようだ。

 まぁ、怖い怖いと思っても入るしかないのだが……。

 借金を背負うと断る事が出来ないね。嫌だ、嫌だ。


「洞窟に入って、ベアボアを取り返す。依頼を遂行しよう」


 私が断言すると、エーリカとアナは私の顔を見て、大きく頷いた。


「でも、洞窟の内部は真っ暗だよ。松明を点けて進んだら、明かりで犯人たちに見つかりそう」

「わ、私は暗闇の中を見渡せる魔法がありますので問題ありません」

「わたしも夜目が利きます。ご主人さまは、わたしの手を握って進んでください」


 そう言うなりエーリカは私に向けて小さな手を差し出す。

 私は素直にエーリカの手を握り、真っ暗な洞窟へ入っていった。



 洞窟の内部は漆黒に包まれている。

 上も下も左も右も何も見えない。

 まさに闇、闇、闇。

 これが一人だったら怖くてうずくまって泣いていただろう。

 だが、今は一人ではない。

 私の手にはエーリカの手がしっかりと握られている。

 エーリカの温もりが手の平に伝わり、恐怖を和らげてくれる。

 これが明るい場所なら美少女に連れられた迷子の中年のおっさんの姿だ。

 後ろを歩くアナには、そう見えているに違いない。


「エーリカ、洞窟ってどんな感じなの?」


 恐怖を紛らわすように私は、エーリカの手を少し強めに握り、尋ねてみた。


「道は一本です。天井や壁は手を加えていない自然の土壁。地面は歩きやすいように石や岩が退かされています」


 私の手を握り返して、端的に周りの状況を教えてくれた。

 入り口の光が見えなくなる頃、前方から微かな光が見え始めた。

 その光を見て、私は安堵する。

 私たちはその光を目指して暗闇の中を進むと、その光は壁に突き刺した松明の光だと分かった。

 ボッボッと音を立てながら燃え上がる松明から樹脂が燃える匂いが鼻を突く。

 松明は一定間隔に壁に刺さっており、洞窟の内部を薄暗く照らしている。

 通路が明るくなったのでエーリカの手を離すと、名残惜しそうな顔でエーリカは私を見つめ返すが、私は見なかった事にして、ゆっくりと先へ進む。


 松明の光が壁に浮かぶ影をユラユラと揺らすので気分が悪くなってくる。

 私は壁に手を突いて、深呼吸をする。


「お、おじ様……体調が悪いのですか?」


 一番後ろを歩いているアナが心配してくれたので、私は素直に影を見て酔ったと答えた。


「ご主人さま、わたしと手を握って歩いた方が良いでしょう」

「いや、大丈夫。一人で歩けるよ。先を進もう」


 美少女に連れられて歩く中年のおっさんの図が嫌で、エーリカの提案を断った。

 犯人と鉢合わせしないように、前方を注意しながらゆっくりと進む。

 大人四人が並んで歩けるほどの幅。天井の高さは三メートルほど。自然に出来た土壁の洞窟。

 閉所恐怖症でない私でも、圧迫感を感じる。

 松明で薄暗く照らされている所為で余計に怖くなる。

 暗ければ暗いで恐怖を感じるが、明かりがあると、それはそれで怖くなる。

 いつ崩れるか分からない恐怖を感じる。


 私たちはゆっくりと進み、六本目の松明を通り過ぎた時、開けた場所に出た。

 学校の教室二つ分ほどの広さがあり、壁際の至る所に木箱や樽などの荷物が置かれている。

 私たちは広場の入口で腰を落とし、中の様子を伺うと奥の方から声が聞こえた。

 眼帯をしたスネークのように中腰で広場に入り、荷物の影に身を隠す。


「どうするつもりだ!?」


 広場の奥から男の怒声が聞こえた。

 私たちはゆっくりと荷物の隙間から顔を出し観察する。

 一番奥の荷物の前に男たちが車座になって座っている。

 数は五人。

 その内の一人が立ち上がり、他の四人を上から怒鳴りつけていた。


「ボアベアなんて、すっとろいもん盗んでくるんじゃね!」

「そうは言ってもよー。馬なんか手に入らねーぜ」

「ああ、馬を持っている奴なんか、貴族か馬屋しかいない」

「荷物を運べる生き物なんてベアボアぐらいしかいないんだぞ」


 連中の会話にベアボアの名が出た。

 私は周りを改めて見渡すと、連中から離れた壁際に三頭のベアボアがいる。

 簡単な木箱で囲われたベアボアたちは、桶の水を飲んだり、飼葉を食べたりとのんびりとしていた。


「まったく、どうするんだよ……クズのベアボアなんかで移動していたら、クソ貴族に追いつかれちまう。ああ……親分に何て言うんだ」


 怒鳴りつけていた男が落ち着きなくうろうろと歩き回る。

 その姿を見ている他の四人はお互いに顔を見合わせ、肩をすくめていた。


「エーリカ、あそこにベアボアがいる。気づかれないように誘い出せないかな?」


 先ほど見つけたベアボアに指を指して、エーリカにお願いする。


「やってみます」


 ベアボアの方を向いて、エーリカは声に成らない声を発する。


「――――」


 桶の水を飲んでいたベアボアが顔を上げた。

 他の二頭も周りをキョロキョロと見回している。


「――――」


 エーリカが声なき声でベアボアを呼ぶ続けると、ベアボアたちが私たちを見つけた。


「ブモー、ブモー」


 ベアボアたちは鳴き声を上げながら、囲っている木箱を押しのけ、私たちの元へ歩き出した。


「おい、ベアボアが動き出したぞ!?」

「逃げないように取り押さえろ!」


 犯人たちがベアボアたちの元へ駆け出す。


「失敗しました。静かに移動しろと伝えたのですが、まったく理解されませんでした」


 失敗した事にまったく焦る事もなく、エーリカがしれっと言う。


「ど、どうする!? 落ち着くまで隠れる? それか外まで引き返す?」


 エーリカの代わりに私が焦る。


「いえ、これを機に先制攻撃をしましょう。犯人を無力化すれば、堂々とベアボアを連れて帰れます」

「はい、私も賛成です」


 エーリカもアナも隠密行動よりも戦闘した方が効率的だと判断した。

 これで良いのか?


「ご主人さま、指示を」


 私は少し悩んでから許可を出す。


「私は戦闘に関して役に立たないからエーリカとアナに任せっきりになる。くれぐれも無茶をしないように」

「はい、ご主人さまはベアボアをお願いします。いきますよ、後輩!」


 そう言うなり、エーリカは立ち上がり、右手を犯人たちに突き付け、魔力弾を撃ち出した。

 エーリカの魔力弾は、怒鳴り散らしていた犯人の体に当たり吹き飛ばす。


「な、何だ!?」


 吹き飛ばされた犯人を見て、残りの犯人たちは驚きの余り、動きを止めた。

 一拍遅れて、アナも精霊魔法を放つ。


「風よ、集まれ。硬く硬く、解き放て。……『風砲』!」


 指輪を付けたアナの右手から風の塊が犯人たちに飛び出す。

 犯人の一人に飛んで行った風の塊が、ぶつかる瞬間、犯人の足元から土の壁が現れた。

 アナの魔法は土の壁にぶつかり、お互いを破壊して、土煙を上げながら消えていく。


「魔法使いがいます! 気を付けてください」

「違います、後輩。全員、魔術師か魔法使いです」


 すぐに状況を理解した犯人たちは、ベアボアを無視して、荷物の影に隠れ、私たちに魔法や魔術を放ってきた。

 炎や氷、水や土の塊が私たちの方へ飛んでくる。

 私は、「ひぃー」と頭を押さえて、地面に伏した。

 土壁が抉れ、髪の毛のない頭に土の粉が落ちてくる。


「風よ集まれ、壁と成せ。……『風壁』!」


 アナの魔法で私たちの目の前に風の壁が出来る。


「後輩、このまま壁を形成。わたしが魔力弾で攻撃します」


 そう言うなり、エーリカは風の壁の隙間から腕を出して、犯人たちに魔力弾を撃ち続ける。

 犯人たちも馬鹿ではないらしく、私たちと同じ要領で、一人は魔法による壁を作り、残りの三人で私たちに魔法や魔術の弾を撃ってきた。

 エーリカやアナの魔力がどのくらいあるか分からないが、向こうは四人もいる。

 魔力が切れたらおしまいだ。

 ジリ貧である。


「エーリカ、私に出来る事はない?」


 エーリカやアナが頑張っている時に、私だけ頭を抱えて震えている訳にはいかない。だが、接近戦しか出来ない私に魔法使いや魔術師四人の相手は出来ない。


「ご主人さまは、ベアボアを安全な場所まで避難させてください」


 ベアボアの姿を確認すると、すでに私たちの近くまで来ていた。

 ブモーブモーと鳴きながらゆっくりとした足取りで私たちの方へ向かってくる。

 私たちはもちろん、犯人たちも折角誘拐したベアボアを傷付けないように、ベアボアの方には魔法や魔術を飛ばそうとはしない。だが、こんなにも雨霰と魔法や魔術が飛び交う場所だ。間違って被弾する可能性はある。


「わたしに案があります」

「案?」

「はい、ベアボアが避難すれば実行できる案です。ご主人さま、お願いします」


 二人を残して私だけボアベアと共に避難するようで気が引けるが、エーリカの眠そうな瞳を見ると、私を安全な場所へ避難させるのが目的でなく、純粋にベアボアの避難が優先だと見て取れた。

 私は少しだけ逡巡(しゅんじゅん)してから「分かった」と言った。

 私は中腰の状態でベアボアの元へ向かい、先頭のベアボアの手綱を握る。


「――――」


 エーリカが声なき声を発すると、ベアボアは手綱を引く方へと素直に従った。

 ベアボアたちに魔法や魔術を当てない事を良い事に、私とベアボアは何も問題無く、広場を出る事が出来た。



 等間隔に松明が灯る狭い通路。

 大人が四人ほど横へ並んで歩ける幅はあるが、図体のデカいベアボアにとっては狭い通路であった。

 ベアボアの毛は長く、モコモコしているので壁に刺さっている松明に毛が引火しないか気が気でならない。

 というか、一番後ろのベアボアは何なの?

 大人しく付いてくる三頭のベアボアの内、一番後ろのベアボアだけが、他のベアボアに比べ、一回りほど体が大きい。

 そして、毛がストレートだ。

 二頭のベアボアは長い毛がクチャクチャに絡まり、土や草がくっ付いていて汚い印象がする。

 一方、一番後ろのベアボアの毛は、綺麗に梳かれていて、見事なストレートヘア―に成っていた。

 丸々太ったイノシシの姿をしたアフガンハウンドである。

 こいつがベア子なのだろう。

 確か、以前どこかで見たな、こいつ。


「お前、誰だ? 何でここにベアボアが居るんだ?」


 松明が無くなる漆黒の通路に差し掛かる手前で、目の前に見知らぬ男が立っていた。

 一瞬、岩のように見える筋肉の塊のような男。

 武道着のような服を着崩しており、分厚い胸やシックスパックのお腹が丸見えだ。

 胸やお腹だけでなく、首も肩も腕も足も、私の体が子供に見える程に筋肉で膨らんでいる。

 ボディービルダーのような立派な筋肉を持っている男なのだが、残念ながらその男は非常に背が低く、達磨のように見えてしまっていた。


 男は、手の甲に鉄製のナックルをはめた手を私に向ける。


「おっさん! テメーは誰だと言ってるんだ! さっさと答えろ、オラ!」


 こんなガラの悪い男、間違いなく犯人たちの仲間だ。

 私は男の問いかけには答えず、無言でレイピアを引き抜く。

 こんな筋肉ダルマのような男とまともに戦えるか分からないが……やるしかない。


「なっ!?」


 私のレイピアを見るなり男は目を見開いた。


「貴様、貴族の犬か!? クソ、早すぎるぜ!」


 貴族の犬?

 確かに、私が使っているレイピアは没落貴族のお古だが……。


 男は私の行動を注意しながら、懐から丸い玉を取り出した。

 私はゆっくりとベアボアの影へと移動する。

 何があったらベアボアを壁にしようと思っている訳ではない。たぶん……。


「それは何だ?」


 素直に答えてくれるとは思わないが、つい聞いてしまった。


「何でもねーよ!」


 男はそう言うなり、手に持っていた玉を地面に叩きつけた。


「――ッ!?」


 一瞬の内に、辺り一面が白い煙に包まれた。


「煙幕か!?」


 狭い通路。

 視界は煙で見えない。

 こんな状況で攻撃されては一溜まりもない。

 ベアボアたちがブモーブモーと鳴くのを聞きながら、私はがむしゃらにレイピアを突く。

 どこから襲って来ても良いように、四方八方、適当にレイピアを突いたり、横へ払ったりとするが、手応えは無く、空しく空を斬るだけであった。


「この、この、この!」


 レイピアを振るう腕が疲れてきた頃、ようやく視界が晴れてきた。

 松明で照らされている狭い通路。


 その通路に男の姿は無かった。


アナのおかげで無事にベアボアを発見。

やはり、戦闘は避けられません。

今回は人間相手です。

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