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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者
42/323

42 緊急依頼とハンカチ購入

 翌朝、早々に朝食を済ませた私は、エーリカに手を引かれる様に冒険者ギルドへ向かった。

 エーリカはチラチラと西地区の方へ視線を向けている。余程、ハンカチが気になるようだ。ただ、冒険者ギルドで依頼を受けてからの方が効率が良いので我慢してもらう。

 冒険者ギルドへ入り、人だかりが出来ている掲示板へ足を運ぶと、すでに専用となっている椅子に座っていたアナが私たちを見つけて近づいてきた。


「お、おはようございます。お父……アケミおじ様、エーリカ先輩」


 私の事をお父さんと呼びそうになったアナは、エーリカの鋭い視線に気がつき、すぐに訂正した。

 昨日、まともに会話した時に比べ、スムーズな話し方に成っている。だが、相変わらず不健康な顔をしているので、途中で倒れたりしないか心配になってくる。

 私たちも挨拶を済ませ、掲示板を確認しようとしたら、受付の方から私を呼ぶ声が聞こえた。


「アケミさん、エーリカちゃん、アナスタージアさん!」


 受付を見ると、レナが手を振って、私たちを呼んでいる。

 何だろう? と思い、レナの元へ向かうと「緊急依頼です」と笑顔で言われた。


「えっ、緊急!?」

「はい、緊急依頼が朝一番に来ました。アケミさんたちにその依頼を受けて欲しいのです」

「あの……アナは鋼鉄等級ですけど、私とエーリカは鉄等級に成ったばかりの駆け出し冒険者ですよ。緊急になるような依頼は、私たちでは荷が重いんですが……」


 緊急が付く依頼だ。凶暴な魔物が現れたとか、お偉い貴族が関わるとか、面倒臭い教会が関わっているんじゃないだろうか?


「問題ありません。依頼主の方からの要望で緊急依頼にしてありますが、我々冒険者ギルドでは、通常の鉄等級冒険者が受けるような依頼と判断しています」


 依頼を頼む時、早急に依頼を解決して欲しい場合は、追加料金を払う事で緊急依頼として手続き出来るそうだ。


「私たちに解決できる依頼なのですか?」

「内容は、家畜として飼われているベアボアの捜索です。エーリカちゃんなら得意そうですよね」


 レナが私の横にいるエーリカに視線を向けた。


「ベアボアぐらいなら誘い出す事は可能ですが、特定の一匹を狙って誘い出すのは無理です」

「そ、そうなの!?」


 スライムやホーンラビットで誘き出した実績のあるエーリカなら簡単に見つけれると高を(くく)っていたレナが、頬に手を当てて「困ったわ」と呟いた。


「出来る出来ないは置いといて、その依頼内容を詳しく教えてくれませんか?」


 私が依頼内容について詳しく聞くと、気を取り直したレナが教えてくれた。


 内容はこうだ。

 昨晩は確実にいた家畜のベアボアが、朝には居なくなっていた。

 柵の一部が壊れていたので、誘拐されたと思っているそうだ。


「誘拐って……人じゃなんだから。ただの脱走じゃないんですか?」

「依頼主曰く、(しつけ)の行き届いたベアボアだそうです。決して、脱走したり勝手に外へ出たりはしない、賢いベアボアだそうです」


 ベアボアってあのでっかい毛むくじゃらの魔物だよね。すっごく不味いヤツ。そんな魔物が勝手に外に出ない程、賢い魔物なのかな?


「そ、その……ほ、他の……魔物に襲われて……逃げちゃった……と、とか?」


 私の背後からアナが疑問を口にする。


「その事も確認したのですが、それは無いそうです」

「その根拠は?」

「血痕やら争った形跡(けいせき)が無いそうです」

「じゃあ、やっぱり、依頼主の言う通り、誘拐……家畜泥棒か、それとも勝手に逃げたかのどちらかですかね?」

「この場では何とも……直接、依頼主とお話したり、現場を見て判断してください」


 ご(もっと)もです。


「エーリカ、迷子のベアボアだけど、探し出す方法はある?」

「後輩がいます。問題ありません」


 エーリカは私の後ろにいるアナに視線を向ける。


「えっ、私!?」


 「どう言う事です?」とアナがエーリカに聞いているが、当のエーリカはだんまりを決めて、この場で言うつもりはないようだ。


「えーと……何か出来そうなので、その依頼を受ける事にします」


 私が正式に依頼を受ける旨を伝えると、レナが笑顔で依頼授受の手続きをしてくれた。


「そうだ、レナさん」

「はい?」

「今日、カルラさんが冒険者ギルドへ来ます」

「えっ、叔母さんが? 依頼ですか?」


 昨日、カルラと話した内容を簡潔に伝えた。


「……という事で、リーゲン村で商談をする依頼を私たちの指名で出すそうです」

「わざわざ教えてくれてありがとうございます。準備して待っています」


 そう言ってレナは、預けていた身分証を渡してくれた。


 その後、昨日やり忘れていたレベルの確認をしたら、レベルが一上がっていた。



 ベアボアの依頼主は西地区の外れに住んでいる。

 私は依頼主に会いに行くつもりで西地区を進むが、一人だけ別の場所に行く気満々の者がいる。

 勿論、エーリカである。

 エーリカは私の腕を取り、誘導するように私の前を進む。


「エ、エーリカ先輩……今日はやる気満々ですね」


 何も知らないアナが私たちの後についてくる。

 露店が並ぶ商業地区に入るが、他の店には一切目もくれず、目的地に向けて一直線に進む。


「あ、あの……ど、何処へ行くのですか?」


 久しぶりの商業地区に目を奪われていたアナが、私たちが黙々と進むので不安になっていた。


「着きました」

「えっ、ハンカチ屋?」


 私の腕を離したエーリカは、お店の中へ喜々として入って行く。


「特別に注文したハンカチを受け取りに来たんだよ」


 キョトンとしているアナに簡潔に説明をしてから、私も中へと入った。

 暖かい光に包まれた店内は、朝一番にも関わらず、何人ものお客がおり、綺麗に並べられているハンカチを品定めをしていた。


「このハンカチ、ホーンラビットかな?」

「こんなに可愛かったら、これから討伐が出来なくなっちゃう」

「やっぱりドラゴンのハンカチだよ。強そうでお守りになる」

「えっ? ミミズ? 何で?」


 お客の話を聞くと、三日前に描いた新作を早速売りに出しているのが分かった。一部、変なのも交じっているが……。

 店の奥を見ると、男性店員が若い男女と向かい合わせに座っている。

 店員の手には木札と羽ペンが握られており、若い男女を見ては木札に何かを描いていた。

 もしかして、似顔絵を描いているのかな?


「そうですよ」


 私のすぐ横から声を掛けられ、「うわっ!?」と声を上げてしまった。

 横を振り向くと、ニコニコ顔のディアナとエーリカが立っていた。

 ディアナはマルテの姉であり、ここの店員だ。

 それよりも……。


「わ、私、声に出していました?」

「はい、心の声が出ていました。似顔絵を描いているのかな? 私も描きたいな。百個ぐらい絵を描いて、このお店に提供したいな。いっその事、絵描きとして就職しようかな? って言っていました」

「まったく、言っていません!」

「あら、そうでしたか……お客様の心情を察するのが一流の店員ですが、私はまだまだですね。ほほほ……」


 この人、凄くやりにくい。


「あの店員さんは似顔絵を描いているんでしょ。私の代わりに描ける人が見つかって良かったじゃない」

「見つけたは見つけたのですが……」


 ディアナは手を頬に当てて、困った顔をしている。


「あれ、私の兄なんです」


 兄?

 ああ、そういえば、以前来た時、マルテに教えられた記憶がある。


「実の兄の絵を刺繍して売るとなると……家族としては、ちょっと複雑な気分で……」


 まぁ、言いたい事は分からないでもない。


「お客様の絵を参考に、従業員全員に絵を描かせたのですが、一番、様に成ったのが兄の絵で……」

四方山話(よもやまばなし)はいいので、早くハンカチを見せてください」


 私たちの会話に待ちきれなくなったエーリカが口を挟む。


「あらあら、そうでしたね。こちらへどうぞ」


 ディアナの兄が似顔絵を描いている場所から二つ離れた机へと勧められた。

 私たちが席に着くと、別の店員が飲み物を持ってきてくれる。

 全員の前に飲み物が置かれると、ディアナは綺麗な台に乗せた純白のハンカチをエーリカの前に置く。そして、高級絵画を取り扱うように丁寧に広げていくと、私が描いた似顔絵の刺繍が姿を現した。


「ほうぅ……」


 頬をうっすらと赤く染めたエーリカから艶めかしい溜息が零れる。

 それ、私が簡単に描いた似顔絵を刺繍した、ただのハンカチだからね。分かってる、エーリカ?


「ちょ、ちょっと、それ何ですか!? 何なんですか!?」


 今まで蚊帳の外にいて飲み物を(すす)っていたアナが、エーリカのハンカチを見て叫んだ。


「良いでしょう、後輩。これはご主人さまとわたしの愛の結晶です。一点物ですので、わたしの宝物箱に大事に保管します」

「いや、ハンカチなんだから使ってよ」


 美味しい料理をたらふく食べたような満足顔のエーリカを見て、アナは私に向きを変える。


「わ、私も欲しいです! お父さ……んん、アケミおじ様と私のハンカチ……」

「わたしの似顔絵はいらないのですか?」


 エーリカがジト目で後輩のアナを睨む。


「えーと……つ、ついでにエーリカ先輩の絵も……」

「ついでとは何ですか!」


 流石にエーリカもお店の中で魔力弾を使わなかったが、ペシペシとアナの手を叩いて後輩の教育をする。

 されるがままに叩かれているアナが、「地味に痛い」と泣き顔になっていく。


「アナ、本当にこんなのが欲しいの?」


 エーリカの教育が一段落したのを見計らい私はアナに尋ねると、アナは涙目で「はい」と答えた。

 うーむと唸って腕を組み、私は天井を見上げる。

 これ以上、私の描いたハンカチを出回せたくないのだが、これから色々と協力してくれるアナには喜んで欲しい所だ。私を慕ってくれているし、ハンカチぐらい……。

 私が米粒のような羞恥心と葛藤していると、涙目のアナが「駄目ですか?」と問いかけてきた。


「え、えーと、駄目ではないが……年頃なもんで、色々と複雑な心境なんだよ」

「あ、あの……ハンカチ代は自分で払うつもりです。お、おじ様は絵を描いてください」


 お金の心配をしていた訳ではないのだが、ここで断るとお金にケチな奴だと思われそうで嫌だ。


「わ、分かった。じゃあ、アナの絵だけ提供するよ」


 そう言うと同時に、対面に座っていたディアナが、スススっと木札と羽ペンを私の前に置いた。

 凄く準備が良いなと思ってディアナを見ると、「分かっていました」というように得意顔でコクリと頷く。

 渋々と羽ペンを受け取り、アナの方を向く。

 髪の毛はボサボサ、肌と唇はカサカサ、目の下にはクマが出来ている不健康な顔。

 そのまま再現して描くと泣かれそうだ。

 髪の毛ツヤツア、お肌ツルツルの健康な顔をしたアナを想像する。

 アナの目や鼻や口といったパーツは均等が取れている。健康になれば、凄く綺麗な子に成るだろう。

 人見知りではあるが、料理が出来て、性格も良い。魔法の腕も抜群ときた。

 健康な姿になれば、世の男性はアナを外っておかないだろうと想像する。

 ……という事は、私は現在、エーリカとアナという美人と一緒に行動する両手に花状態という事だ。

 外見はハゲのおっさんである私は、その内、モテない男性に刺されるかもしれない。または、リア充という事で爆破するかもしれない。

 嫌だな。外を出歩くのが怖くなってきた。


「あ、あの……わ、私の顔、難しいですか?」


 私が変な方向へ思考していた所為で、アナが私の手が動かないのを心配する。

 気を取り直して、アナの顔を描いていく。


 サラサラサラ……


 魔法使いという事で杖をおまけで描こうとしたが、アナは杖を使わない事を思い出す。

 代わりにローブを頭に被せて魔法使いぽさを表現してみた。


「こんなのでどう?」


 完成した絵をアナに見せる。


「まぁ、こんなに可愛く描いてくれてありがとうございます」


 満足してくれたみたいなので、これでハンカチを注文する。

 ちなみに私とエーリカの似顔絵は、前回、木札に描いた絵を再利用するそうだ。

 店内にいた他のお客が、私たちのやり取りを遠巻きに見ているのに気がついたエーリカは、そのお客の元へ向かい、特注のハンカチを見せた。


「ご主人さまと私の顔が描かれているハンカチです」

「まぁ、凄く可愛い」

「お嬢さんにそっくりね」


 エーリカ、嬉しいのは分かるけど、他の人にまで布教活動をするのは止めてほしい。君のご主人さまは、恥ずかしすぎて茹でタコになっちゃうよ。


「ご主人さまもそっくりです」

「え、えーと……」

「そ、そうね……に、似ているわね」


 可愛くデフォルメされたハンカチの顔と、実際の暑苦しい私の顔を交互に見比べて、他のお客さんは苦笑いをしていた。


「じゃあ、エーリカのハンカチも受け取ったし、新しいハンカチも注文したし、冒険者の依頼があるので、これで失礼します」


 エーリカのハンカチ代を机に置き、他のお客さんにハンカチを見せていたエーリカを引き連れ、そそくさとお店を後にした。


 ちなみにアナが注文したハンカチは三日後に完成するそうだ。


緊急依頼のベアボア探しを受けました。

その前にハンカチ屋へ直行。

新しくアナのハンカチを注文しました。

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