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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第一部 魔術人形と新人冒険者

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41 完了報告とカルラさんの依頼

 メタボの死骸を回収し終えたエーリカは、私の実践経験の為、何度かホーンラビットを誘い出そうとしたが、エーリカの努力も空しく一羽も現れなかった。

 それもその筈、メタボが現れた場所は森の先端に近い場所だった。

 つまり、私たちは街道付近のホーンラビットを退治し終えたと思って良いだろう。


 正直、助かった。


 メタボ戦で疲労困憊の私は、もう実践経験をしたくなかったのである。

 依頼も達成したし、今日は帰ろう。

 私の提案にエーリカとアナが頷くが、まだエーリカは私に実践経験をさせたくて、帰り道もホーンラビットの誘い出しの声をあげながら歩いていた。


 エーリカ、スパルタ過ぎ!


 とはいえ、私も情けない姿を見せたくなかったので、空元気でエーリカの行動を止めなかった。

 内心で「出るな、出るな」と祈っていると、私の願いが通じたのか、森を抜けるまで一匹もホーンラビットは現れなかった。

 ほっとしながら私たちは帰路に着くのである。



「アナスタージアさんと一緒に行動していたんですね」


 冒険者ギルドに着くなりレナが嬉しそうに言ってきた。


「はい、当分、彼女と一緒に依頼を受ける事になりました」

「それは良い事です」


 長い間、冒険者ギルドの椅子で忌服していたアナが、再度、冒険者として行動をし始めた事に純粋に喜んでいるようだ。


「それでは、ホーンラビット討伐の報告を伺います。どのくらい討伐しましたか?」

「えーと……」

 

 私はチラッとエーリカを見る。


「三十六匹です」


 流石、エーリカ。私が覚えていない事をしっかりと覚えている。


「はい?」


 キョトンとした顔で聞き返すレナに、エーリカが再度申告する。


「三十六匹のホーンラビットを討伐しました。その内、四匹は頭だけです」

「もしかして……森の中まで入って、討伐していたんですか?」

「いえ、街道沿いの森で討伐していました。何か問題でも?」


 私が引き継ぐと、レナの整った顔に陰りが見えた。


「街道沿いで三十六匹……多いですね」


 この討伐依頼を受けた時の説明を思い出す。

 ホーンラビットは通常、森の中で縄張りを作り、人間が行き来する場所には現れない。

 それが、三十六匹ものホーンラビットが、人の行き来をする街道沿いの近くで縄張りをしていた事になる。


「この数は異常ですか?」

「うーん……判断に困りますね。ただ単純に繁殖して、個体数が増え過ぎただけかもしれません。それか……」

「それか?」

「もしかしたら、もっと強力な魔物が現れ、仕方がなく縄張りを移動する事になったのかもしれません」


 強力な魔物!? 何それ、怖い!

 フラグじゃない事を祈る。


「この件に関しては、現地調査が必要になるかもしれません」

「もしかして、私たちに回ってきたりします?」

「いえ、森の中に入っての調査ですので、アケミさんたちよりも上の冒険者に依頼をするでしょう。それに別の依頼として出しますので任意です。強制依頼にはなりません」


 それを聞いて安心した。

 森の中は魔物の巣窟だ。それも強力な魔物がいるかもしれないのだ。

 私のような低レベルの冒険者では、一時間と経たずに森の肥やしに成ってしまうだろう。


「それでは、討伐したホーンラビットの査定をしたいと思いますが……さすがに数が多いので、裏へ回りましょう」


 私たちはレナと他の職員と共に、冒険者ギルドの裏の空き地へと移動した。

 そして、勝手口の近くの地面に討伐したホーンラビットの死骸をエーリカが黙々と並べていく。


「凄く状態が良いですね。まだ、血が滴っています」

「エーリカの収納魔術は優秀です」


 私がエーリカを褒めるとエーリカはコクコクと満足そうに頷いた。


「それだけじゃない。半分以上のホーンラビットが心臓を一突きで絶命している。他の外傷がない。あんた、本当に鉄等級冒険者か?」


 筋肉質の若い職員が私と私の腰に下げているレイピアを交互に見ている。


「それは後で説明します。ははは……」


 変な誤解を生みそうなので、後で討伐方法をレナに教えておこう。


「頭部だけの物がありますが、胴体はどうしました?」

「えーと……食べました」


 隠し事をするのも何なので素直に答えた。


「た、食べた!?」


 冒険者ギルドの職員たちが驚いている。


「美味しかったです」


 エーリカが満足顔で答える。


「ま、魔物ですよ? 本当に美味しいの?」


 レナと変わらない歳の女性職員が、信じられない顔で聞いてきた。


「わ、私は……良く……お父さんと……食べていました。……ほ、他の魔物と……く、比べて……食べやすい……です……はぃ」


 私の後ろにいるアナがたどたどしく言葉を発する。


「そ、そうですか……」


 職員の皆さんが完全に引いている。

 やっぱり、魔物肉は偏見があるようだ。


「で、では、これから査定をします。少し、時間が掛かりますので、ギルドへ戻って報告の続きをしましょう」


 そう言うなりレナは歩き出したので、査定をしている職員を残して、私たちも冒険者ギルドの中へ戻っていった。


 木札でメモの用意したレナに簡潔に報告をした。

 アナの加入から始まり、エーリカがホーンラビットを誘い出し、魔法や魔術で動きを止めて、私が止めを刺した事を報告していく。

 時々、レナから質問がくるが、ほどんどが私の一人語りである。

 メタボ戦の報告は恥ずかしかったので、デカいホーンラビットは私が一人で対処しましたとだけ伝えた。

 すると、今まで黙って横にいたエーリカが口を挟んだ。


「ご主人さまと大型のホーンラビットの闘いは、わたしが代わりに説明をします」


 なぜ、そうなる!?


 私の疑問そっちのけで、アナをメタボ役にして、演劇を交えながら細かく説明し始める。


「来い、大型ホーンラビット! 剣の錆びにしてくれる!」

「ダ……ダン! ダン! ダン!」(恥ずかしそうに床を足ダンするアナ)


 変な演出を加えているが、概ね間違っていないので、止めさせる事が出来ない。

 レナもニコニコしながらエーリカとアナの演劇を眺めている。

 ただ、レナの羽ペンは全く動いていない。報告の必要のない内容なのだろう。


「なんとこの攻撃を避けるとは!? さすが我が宿敵なり!」

「ダン! ダン! ダン!」(泣き出しそうな顔をして足ダンするアナ)


 演劇が終盤に差し掛かってくる頃、他の職員や冒険者も一緒に見学していた。


 ああ、恥ずかしい……。


 私は既にギルドの隅の方へ移動して、他人のつもりで眺めている。


「これで最後だ! 我が経験値の糧になれ!」


 床に倒れているアナに向かって、見えない剣を突き刺すエーリカ。


「こうして、勇猛果敢に戦ったご主人さまは、見事な勝利を掴みました」


 見えない剣を天に掲げたエーリカは、観客の方を向いて、ゆっくりと一礼をする。

 これにてエーリカとアナの即興演劇が幕を下ろした。

 見学していた職員や冒険者からまばらな拍手が鳴り、解散していく。

 場が落ち着いたのを見計らい、私はエーリカの元へ向かった。

 ちなみにアナは、フラフラとした足で、いつも座っていた長椅子に向かい、倒れるように座った。


「えーと、レナさん……大分、過剰演出がありますので、エーリカの報告は鵜呑みにしないでください」


 「どこも演出はしていません」とエーリカが抗議をするが、私はそれを無視する。


「ふふふっ、とても楽しかったです。では、依頼料を用意しますので、しばらくお待ちください」


 見学をしていた職員の一人から査定の書かれた木札を貰ったレナが、奥の部屋へと行こうとしたのを、私はすぐに引き留めた。

 足を止めたレナに近づき、私は小声である事をお願いした。

 フムフムと聞いていたレナが、疲れ切ったアナを一瞬だけ見て、笑顔で了解してくれる。

 小声で話した内容は、地獄耳のエーリカには聞こえていただろうが、特に何も言ってこないので、そのままにする。

 しばらくすると、レナが二つの袋を持ってきて受付の上へと置いた。

 一つは大きい袋、もう一つは小さい袋だ。

 私はそれを受け取り、礼を言ってから別れた。

 不健康そうな顔が余計に不健康になったアナを呼んで、外へ出る。



 時刻は夕刻前。

 もう少しすると、夕飯用の買い物客で溢れ出すだろう。

 私たちは通行人の邪魔にならない場所まで行き、アナの方を向く。


「アナ、今日はありがとう」


 私はアナに礼を言って、小さい袋を渡した。

 キョトンとした顔をするアナは、素直に袋を受け取り、中を確認する。


「えっ? お金? も、もしかして、報酬ですか!?」


 驚いた顔をするアナに、依頼を手伝ってくれた報酬の一部だと伝えた。


「全報酬の三分の一になっている」


 レナに、報酬額の三分の二と三分の一の袋を別々に用意してとお願いしたのだ。


「そ、その……わ、私の報酬はいらないという……条件ですが……」


 確かに、ブランクを埋めるのが目的なので報酬はいらないと約束した。

 だが、彼女は想像以上に働いてくれた。

 彼女がいなければ、こんな短時間で、沢山のホーンラビットを退治できたとは思えない。それにホーンラビットが美味しいと教えてくれたのも彼女だ。香辛料も幾つか貰ったし、これで無報酬だと私の心がとても痛むのだ。


「冒険者なんだから、働いた分の報酬は受け取らなければいけないよ。エーリカも良いよね?」


 私はエーリカを見ると、「ご主人さまにお任せします」と眠そうな目で言ってくれた。


「ちゃんと栄養のある物を食べるんだよ」


 私の顔とお金の入った袋を交互に見てから、アナは下を向く。

 そして、ゆっくりと顔を上げたアナは……。


「ありがとうございます、お父さ……痛い、痛い、痛いッ!?」


 アナが最後まで言う前に、エーリカの魔力弾を体中に浴びせられる。

 明日も冒険者ギルドで落ち合う約束をしてから、涙目になっているアナとはここで別れた。

 少し早いが、私たちも『カボチャの馬車亭』へ帰る事にする。

 歩いている道中、レベルアップの確認をしていない事に気がついたが、引き返すのも面倒臭いので、明日、忘れずにレベルアップの確認をすると心のメモ帳に記入した。



『カボチャの馬車亭』の入口を(ほうき)で掃いているマルテがいた。


「アケミおじさんとエーリカちゃん、おかえりなさい。冒険者は順調ですか?」


 太陽のような満面の笑顔で挨拶をしたマルテに「ぼちぼちかな」と私は答えた。


「ハンカチの件ですが、予定通り、明日には完成するそうです。明日以降に取りに来てください」


 ああ、ハンカチね……そんなのあったね。

 落書きハンカチという黒歴史を思いだし嫌な顔をしている私とは反対に、エーリカの眠そうな目がキラキラと輝き出した。


「ようやく完成したのですね! 首を長くしながら待っていました! ヒュドラのようにニョキニョキと待ちに待っていました!」


 吉報を聞いたエーリカのテンションは一気にゲージを振り切っている。

 まったく、理解に苦しむ。


「そんなに待ち望んでくれると、ハンカチ屋としては嬉しい限りです」


 ハンカチ屋の娘であるマルテが「期待してください」と自信満々に言う。

 私の落書きをわざわざ刺繍までしたハンカチだ。期待しないでおこう。


「ご主人さま、さっそくハンカチ屋へ行きましょう!」


 私の腕を掴むエーリカに、私は待ったをかける。


「エーリカ、落ち着いて。ハンカチは明日までに完成とマルテちゃんが言っただろう。買いに行くのは、明日以降だ」

「そうでした……なら、明日は朝食を食べ終わったら、すぐに向かいましょう!」

「行くのは……まぁ、約束だし行くけど……場所からしたら、冒険者ギルドで依頼を受けてからだよ」


 ハンカチ屋は西地区にある。ここからハンカチ屋に行くには、冒険者ギルドの前を通らなければいけないので無駄なく行動しようと伝えると、エーリカは頬を膨らませながら、渋々了解した。


「そうだ、カルラおばさんがアケミおじさんに話があるそうだよ」


 そう言ってマルテは、宿の中へ入り、カルラを呼びに行った。

 カルラさんから話? 宿の件かな? 料理の件かな? そんな事を考えつつ、私たちも宿の中に入り、受付の前で待っていると、すぐにカルラが現れた。


「お仕事、お疲れさん。ちょっと、お願いがあるんだよ。聞いてくれるかい?」


 挨拶もそこそこに私たちは受付の前の机へと座った。


「砂糖の件だけどね……リーゲン村まで直接クズノハさんたちが行って、砂糖の交渉をお願いしてほしんだ」


 リーゲン村までは馬車で一時間ほど。

 決して遠い訳でもないが、その行き来と交渉の時間がカルラには取れない。今もピザ目当ての客が多く、準備や販売で一杯一杯だそうだ。


「本当は私たちが直接会って、話をするのが筋なんだけど、どうしても時間が無くてね……冒険者の依頼として出すから受けてくれないかい?」


 私とカルラの個人間の依頼ではなく、冒険者ギルドを通して依頼をするそうだ。

 冒険者ギルドへ依頼として出すと、もし問題が発生した場合、冒険者ギルドが全面に対応をしてくれる。また、依頼完了をした場合、私たちに冒険者の達成率が上がるメリットがある。ただ、依頼料が冒険者ギルドにマージンされるデメリットがある。とはいえ、それを上回るメリットは十分にある。


「リンゴパイ作りには私も関わっていますから受けるのは良いですが……私、商人じゃないので、上手く交渉なんか出来ないです」

「はっはっはっ、私だって交渉なんか出来ないよ。利益重視の商人じゃないんだ。適正価格で交渉すれば良いさ」


 「適当で良いよ」と豪快に笑っているカルラだが、事お金に関わる取引だ。私なんかで務まるだろうか?

 私はチラっと隣に座っているエーリカを見ると、エーリカも私の方へ顔を向けた。


「エーリカは交渉とか得意?」


 レイピアの購入の際、値切りに値切って、店員をゲンナリさせた場面を思い出す。


「任せてください」


 無い胸を反らして、エーリカが自信満々に答える。


「大ミミズの件を全面に押し出して、感謝と恩を使って、無料同然に持っていきます」

「無料同然じゃ駄目! 長い付き合いになるんだから、お互いウィンウィンの関係にしなきゃ!」

「うぃんうぃん?」


 カルラが首を傾げるのを無視する。


「それなら、先に大まかに値段を決めましょう。そうすれば、交渉も楽です」


 エーリカの提案に賛同して、私たちは砂糖の希望価格について話しあった。

 購入頻度を二十日に一回として、リンゴパイやジャムで使う量を予測し、必要量を計算する。そして、リンゴパイやジャムの販売価格を考え、利益が出るように購入金額を割り出した。

 金額には上限を定め、その間で話が成立すれば、私の判断で取引を成立させる。

 ただ、砂糖大根の生産量や砂糖の生成量がまったく分からないので、リーゲン村に行ってみない事には交渉以前に話が流れる事も覚悟しなければいけない。

 その事をカルラに伝えると「構わない」と返ってきた。


「もし、定期的に生産が出来ず、取引が出来なくても、依頼料は払うから心配しないでいいよ」


 依頼料については何も考えていなかったが、あえて言う事でもない。


「それでしたら、依頼の方は受けさせてもらいます」

「それは良かった。冒険者ギルドには明日の空いている時間に依頼を出すから、明後日には受けておくれ」


 明日は掲示板の依頼を受ける。明後日はカルラの依頼を受けてリーゲン村へ。

 もし上手くいけば、『カボチャの馬車亭』で美味しいリンゴパイやジャムが定期的に食べられる。

 私とカルラの間にもウィンウィンの関係なので、ぜひとも成功させたい。


 その後、夕方の戦場時間が近づいたのでカルラは仕事に戻り、私たちは夕飯まで部屋でゆっくりと過ごした。


ご主人さまの凄さを広める為、即興演劇を始めるエーリカ。

それに付き合わされるアナ。良い子です。

カルラさんの依頼を受ける為、再度、リーゲン村へ行く事に成りました。

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