40 ホーンラビットの討伐 その2
食休みのつもりが、結構、話し込んでしまった。
私たちは後片付けを済ませ、ホーンラビットの討伐を再開する。
前回と同様、エーリカの声でホーンラビットを誘い出し、現れた所をエーリカとアナの魔術と魔法で動きを止めて、私が止めを刺す。
この一連の作業を三回ほど繰り返した。
それにしても、この罪悪感はなに?
ホーンラビットを殺す罪悪感ではない。
見た目だけなら私が前衛職、エーリカとアナは後衛職である。
だが、実際はエーリカとアナが私を守って、ホーンラビットの動きを止め、安全を確認した所で私が仕留める。
見た目、中年のおっさんが、女の子二人に守られている戦闘だ。
その事を二人に伝えたら……
「ご主人さまの安全が第一です」
「け、経験値稼ぎ……としては……これが、良いかと……」
……と返ってきた。
それなら、「経験値はこれぐらいで良いと思う。今度は実践経験が必要じゃないかな?」と私は提案した。
「た、確かに……実践経験は……必要……です」
「それでしたら、一羽だけ残して、ご主人さまに直接戦ってもらいましょう」
アナとエーリカが私の提案を飲んでくれた。
何度か場所を変えて、エーリカが誘い出す。
私はいつでも戦えるように、レイピアの素振りをして体を温めておく。
突き、突き、払う。
突き、突き、払う。
シュッシュッシュッとレイピアの剣先が空を斬る。
真っ直ぐ突く。
上から下へ突く。
下から上へ突く。
横へ払う。
少し、息が切れかかった頃、ようやくホーンラビットが現れた。
数は五羽。
「中央の一匹はご主人さま用です。左右をわたしと後輩で片付けます」
指示を出したエーリカは、指先から細く尖らした氷の魔力弾を二発放ち、左側二匹のホーンラビットを串刺しにした。
「『風刃』! 『風刃』!」
一瞬出遅れたアナも負けじと風の魔法を放ち、右側二匹のホーンラビットの首をはねる。
あっと言う間の出来事である。この二人、非常に優秀であった。
エーリカとアナは私から離れると観戦モードへと入った。
私と対峙するホーンラビットは、仲間を殺され、とてもご立腹な様子。
目を真っ赤に染め、後ろ脚をダンダンと地面を叩いている。
私はレイピアを構え、ゆっくりとホーンラビットへ近づく。
ホーンラビットの攻撃は、突進と跳躍による角攻撃。
行動パターンはスライムと同じ。
直線的な攻撃なので、スライムを退治した方法で行けるはず。
つまり、ホーンラビットの攻撃を躱してからの反撃である。
問題は頭に生えている禍々しい角だ。
躱し切れず、角の攻撃を食らえば、致命傷になりえる。
決して、ホーンラビットの角を受けてはいけない。
私は唾を飲み込み、レイピアを強く握り締めた。
「……ッ!?」
ホーンラビットが地面を蹴って、私に突進してきた。
うわ、速っ!?
一瞬、度肝を抜かれたが、心の準備が出来ていた私は、冷静にホーンラビットの行動を目で追っていく。
四メートル、三メートル、二メートル……。
ホーンラビットが目の前まで来た。
「来い!」
私の叫びに合わせるかのように、ホーンラビットが跳躍した。
私の顔目掛けてホーンラビットの角が迫るが、心の準備をしていた私はそれを難なく躱し、ホーンラビットが空を飛んでいる所をレイピアで突く。
「はっ!」
レイピアの剣先は、ホーンラビットに当たらず、何もない空間を突いてしまった。
ホーンラビットが空中で私の攻撃を躱したのでなく、単純に私の正確性、命中性が無い為の空振りである。
私の空振りで難を逃れたホーンラビットは、そのまま森の中へと逃げようとしたので、エーリカが雷属性の魔力弾を使って、動きを止めた。
私は、トボトボと失神しているホーンラビットの元へ行き、ゆっくりと止めを刺す。
「はぁー、情けない……」
私は肩を落とし、深い溜め息を吐いた。
「だ、誰でも最初は、こ、こんなものです」
「次は仕留めましょう」
ホーンラビットを何の苦労もなく倒せる優秀な二人に慰められながら、私たちは新しい場所へと向かった。
すぐに新しいホーンラビットの群れが現れた。
群れといっても三羽であるが……。
エーリカとアナは各一羽ずつ倒し、私用に一羽だけ残してくれた。
三人の中で格下と判断したのか、怒り狂ったホーンラビットが私の方へ向かってくる。
迫りくるホーンラビットから目を離さず、レイピアを構える。
私の技量では、動いているホーンラビットを突き刺すのは無理そうだ。
それなら、動きを止めている時に刺せばいい。
狙いは、跳躍し地面に着地した時だ。着地の衝撃を和らげる為に、少しだけ動きが緩くなる。
そこを狙ってやる。
さぁ、私に向かって飛んでこい!
だが、私の願いは叶わず、ホーンラビットは目と鼻の先にまで来たのに跳躍してこなかった。
やばいっ!?
跳躍をしないホーンラビットは、そのまま私の足を狙って突進する。
「くっ!?」
条件反射で攻撃を躱す。
崩れた態勢をすぐに立て直し、レイピアの剣先をホーンラビットに向けるが、すでにホーンラビットの姿はない。
「『風壁』!」
アナの方を向くと、ホーンラビットが風の箱へ閉じ込められている。
どうやら、私の横を走り過ぎた勢いで、方向転換をせず、そのままアナの方へ突進し、魔法で閉じ込められたのだろう。
「ア、アケミおじ様……どうします? 魔法を解除しますか?」
「いや……そのままでいいよ」
私は、トボトボと閉じ込められているホーンラビットへ向かい、ゆっくりと止めを刺した。
はぁー、二回目も失敗。
上手くいかないなぁー。
三度目の正直。
次に現れたのは六羽のホーンラビット。
エーリカが三体、アナが二羽を仕留めた。
残ったホーンラビットは、仲間が殺されて怒り状態にはならず、逆に恐怖で森の中へ逃げてしまった。
四度目は、四羽のホーンラビット。
エーリカが一羽、アナが二羽を仕留める。
残りの一体は、私に向かわず、エーリカの方へ向かってしまった。
案の定、易々と動きを止められて、私に止めを刺されてしまう。
そして、五度目。
なぜか、一羽しか現れなかった。
しばらく待っても、エーリカが何回か誘い出しても、その一羽以外は現れない。
その一羽は、今まで見たホーンラビットと少し違う。
一回りほど大きいのだ。
体格が大きいというよりも、肥えていると言っていい。
「もしかして、妊娠している?」
「い、いえ……耳の形からして……あ、あれは……雄です」
耳の形で雄雌を判断出来るそうだが、私にはどれも同じに見える。
アナに雄と判断されたホーンラビットは、ただ太っているだけのようだ。自然界で生きているのに太るとは、何たる贅沢な魔物だ。お前は以後『メタボ』と名付けよう。
太ったホーンラビットなら都合が良い。
通常のホーンラビットに比べ、動きも遅く、的が大きい。ド素人の私にとって、絶好の相手である。
メタボはせっかちな性格の様で、私が近づく前にメタボの方から突進してきた。
ドタドタと重たそうな足運びであるが、それでも私にとっては速い。
十メートル、九メートルと私に向かって真っ直ぐに走ってくる。
私はレイピアを構える。
八メートル、七メートル……。
メタボから目を離さず、力を入れてレイピアを握る。
六メートル、五メートル……。
跳躍するか、そのまま突進するか?
四メートル、三メートル……。
目と鼻の先まで来た時、メタボの大きさに驚きを感じる。
お前、太り過ぎだ!
二メートルの時点で、メタボが私に向かって跳躍した。
迫りくる角を見つめながら、私はサッと体を反らし、メタボの攻撃を躱す。
メタボが私の横をすり抜けるのを目で追い、地面に着地するまで待つ。
的の大きいメタボを空中で狙い撃ちしても良かったが、私の技量では外す可能性が高い。
ドスッと音がしそうな着地をしたメタボに向けて、私はレイピアをメタボの心臓目掛けて突き刺す。
鈍い衝撃が手を伝う。
「外した!?」
メタボの体毛が長い所為で、体には突き刺さらず、一部の毛と共に地面を突き刺してしまった。
ああぁ、私って視力が悪いの!? いや、老眼かもしれない! いやいや、ただの不器用なだけか! 正確性と精密性が皆無だ!
メタボは私の攻撃から悠々と走り抜け、ぐるりと回り、私の方へ再度向かってきた。
絶好の機会を外した私は、恥ずかしさと情けなさを心の奥へ仕舞い、再度、メタボの方へレイピアを構える。
五メートル、四メートル、三メートル……。
禍々しい角を私に向けながらドスドスと突進するメタボ。
後り二メートルの距離でメタボが速度を落とし、後ろ脚に力を入れるのが認識できた。
跳躍がくる!
所詮はウサギの魔物。
同じ行動しか出来ない。
私はメタボの軌道を見越して、先に回避行動を取り、空中のメタボを串刺しにするつもりだった。
「……んなっ!?」
だが、メタボは、そのまま真っ直ぐに跳躍せず、低く、そして、斜め前に跳躍をした。
私が呆気に取られている隙に、メタボはすぐに地面に着地し、私に向かって再度跳躍攻撃をしてきた。
メタボなのに何てトリッキーな動きをするの!
虚を突かれた所為で、心も体も攻撃をする体勢に成っていない。
「この野郎!」
顔目掛けて飛んできたメタボに私はレイピアを横へ振るうが、狙いも何も無くただ振った所為で、メタボの長い毛先をかすめただけで空振りをした。
禍々しい角の先端が、目の前に迫る。
「ヒッ!?」
目に刺さる! ……と息が漏れた瞬間、メタボが横へと吹き飛んだ。
私は瞬時にエーリカの魔力弾でメタボの攻撃を防いでくれたと察した。
「エーリカ、ありがとう!」
「ご主人さま、まだです」
人差し指を突き出したエーリカは、吹き飛んだメタボを指差す。
急いでメタボの方を向くと、空中でクルリと回転し、綺麗な姿勢で地面に着地した。
すげー。
素直に感心してしまう。
猫顔負けの着地、一回り大きい胴体、奇抜な行動。
メタボと名付けたこのホーンラビットは、もしかして、この辺一帯のリーダーなのかもしれない。
うん、そうに違いない。
だから、こんなにも苦労しているのだ。
そんなメタボは、元気良く私に向かって走り出す。
エーリカの魔力弾は、私の危険を回避する為に放った弱い魔力弾だったのだろう。ダメージのない見事な走りだ。
私は三度、魔力を流し込み、レイピアを構えた。
そう三度だ。
三回目ともなれば、メタボの攻略方法で一つの案を思い付く。
メタボは二度も跳躍攻撃で私の顔を狙った。その内の一つは、斜め跳び。よほど跳躍に自信があるのだろう。
私はそう信じる。
だから、お願い。
飛んで!
私の願いが通じたようで、迫りくるメタボは、斜め跳びもせず、真っ直ぐに私の顔へと跳躍してきた。
空気を読んでくれて、ありがとう、メタボ!
今までなら横へ避けていたが、今回は膝を折って、下へと避ける。
視線が低くなった私は、上に顔を向けると青空を背景にメタボの立派なお腹が見えた。
動いている的や狭い正面を狙っても、私の技量では命中率が低い。
それなら、無防備で、的が広く、変な動きをしない状況で突き刺してしまえば良い。
私はモフモフの可愛いメタボのお腹目掛けて、レイピアを下から突き上げた。
心臓や頭といった急所など意識せず、適当に突き刺す。
肉を切り裂く感触が伝わる。
「――――ッ!?」
見事、メタボのお腹の中央に突き刺した剣先は、肉と骨を裂き、背中へと飛び出した。
所謂、串刺し状態だ。
「これで私の勝ち……うわっ!?」
重ッ!?
下から串刺しにしたメタボの体重が、想像以上に重くて、中腰になっていた私は、そのまま後ろの方へと倒れてしまった。
「ぐはっ!?」
背中から地面に倒れ、息が抜ける。
それでも、私はレイピアを手離さない。
倒れたまま空へと向けたレイピアの先端には、突き刺さったままのメタボがいる。
メタボは手足をばたつかせて苦しむ。
突き刺さっているお腹の部分から刃を伝って、真っ赤な血が流れてくる。
苦しませないように止めを差さなきゃと思っていると、メタボの体重と重力により、メタボの体がレイピアの刃に沿って落ちてくる。
肉を裂いてズズズッと滑り落ちるメタボ。それに合わせてメタボの角が私の顔へと向かう。
「うわっ!?」
急いで顔を逸らすと、メタボの角が私の耳をかすめて突き刺さった。
あ、危なかった……。
意匠を凝らした鍔で止まっているメタボは、苦しそうに手足をばたつかしている。
私はメタボ付きのレイピアを地面に置き、魔力を流しながらメタボのお腹ごと横へと引き裂いた。
メタボの口から声なき声が漏れる。
私は、血で濡れているレイピアを強く握って、ゆっくりと立ち上がった。
メタボも力を振り絞って立ち上がる。
まだ、闘争心のあるメタボの目は真っ赤に染まっているが、引き裂かれたお腹から血が流れ続け、手足に力が入らず、ふらついていた。
「君は立派なリーダーだったよ」
私に向かって一歩足を運んだメタボは、そこで力尽き、倒れた。
「ゆっくり、お休み」
私は倒れたメタボへ近づき、心臓目掛けて、剣先を突き刺した。
真っ赤に染まっていたメタボの瞳が、黒色へと変わる。
私と死闘を繰り広げたメタボは死んだ。
メタボの死を感じて、私はゆっくりと剣先を引き抜き、力無く尻もちをついた。
「ああぁー、疲れた……」
ようやく一匹、されど一匹。壮絶な闘いだった。
「ご主人さま、見事な戦いでした」
「な、何度もハラハラして……す、凄かったです」
エーリカとアナが、私の泥仕合を褒めてくれる。
「さすがホーンラビットのリーダー。手強い相手だったよ」
私がメタボの死骸を見つめて呟いた。
「り、りーだー?」
「ホーンラビットのリーダーは単独では行動しません。たぶん、このホーンラビットは、食い意地が張り過ぎて、群れから追い出されたのでしょう」
「…………」
エーリカは私の心情を無視して、真実を語る。
えーと……つまり……。
……うん、メタボよ。
君はリーダーじゃなかったみたいだけど、非常に強かったよ。
私はメタボリックシンドロームのホーンラビットの死骸を複雑な気持ちで見返した。
初の討伐依頼は、これにてお終いです。
一匹を仕留めるのに、大変な苦労をするアケミおじさんでした。




