39 ホーンラビットを食べよう
エーリカの提案通り、私たちはお昼休憩をする事にした。
馬車の邪魔にならないよう、街道沿いの空いている場所まで移動する。
お昼の献立は、ホーンラビットの丸焼きとスープに決まった。
ホーンラビットは、アナが首チョンパした物を使用する。
数は四羽。ホーンラビットの大きさは、通常のウサギを二回りほど大きくしたサイズ。さすがに一人一羽は食べれそうにないので、大食漢のエーリカは丸々一羽、私とアナで一羽を食べる事にした。
まずは、ホーンラビットの下ごしらえ。
皮を剥いだばかりの新鮮なホーンラビットの肉に、塩、胡椒、ニンニクを擦りつけていく。料理用のお酒があれば、臭み止めで漬けておきたかったが、残念ながら持ち合わせていない。
その後、ローリエぽい薬草をペタペタと貼り付けると、興味深そうに私の作業を見ていたアナが手提げ袋から薬草を取り出した。
「こ、これを使って……ください」
「これは……ローズマリー?」
枝に細かい葉をつけた薬草を嗅ぐと、肉料理の香辛料に使われるローズマリーの香りがした。
「ろ、ろーず……そんな名前なんですか? えーと……せ、精神力を高めたり……体内の循環を調整する薬草で、わ、私は……肉料理に使用したり……します」
前に聞いたが、幼い時に亡くしたアナの母親は、料理が好きで、将来、料理屋を経営したいと考えていたそうだ。その所為か、様々な料理のレシピメモを残している。そのレシピには、薬草を使った料理があり、それを見て料理を覚えたアナは、自然と料理に香辛料を使うようになったそうだ。
「お、お父さんは食べられるなら何でも美味しいと言う方でした。薬草を使わなくても美味しい、使ったら使ったで美味しいと言います。わ、私は薬草を使った料理が好きなので、アケミおじ様も薬草料理をしてくれて……凄く、嬉しいです……はぃ」
ここの住人は塩、胡椒だけのシンプルな味付けをする。薬草まで使って料理をするのは異質である。そんな異質派のアナは同類がいて嬉しそうだ。
私たちは乾燥したローズマリーぽい薬草をホーンラビットに塗り付け、味が染み込むようにしばらく放置する。
その間に、エーリカが運んでくれた石を組み立てて、簡易な竈を二つ作った。
森から枝を集め、火打石で種火を作り、徐々に火を大きくさせていく。この世界に来て何回もやったので、火を作るのは慣れてきた。
ちなみ、アナが魔法で火を作りましょうかと提案してきたが、魔力が勿体ないので断った。
火が安定した頃、下準備をしたホーンラビットをお尻から頭(頭部は無いが)にかけて、木の棒を突き刺し、川魚を焼くように地面に棒を刺して、ゆっくりと焼いていく。
もう一つの竈には鍋を置く。
脂を持っていなかったので、ホーンラビットの脂をはぎ取り、鍋に馴染ませる。
刻んだニンニクを入れて、軽く炒める。ニンニクの良い香りが充満し、ホーンラビットの丸焼きを見ていたエーリカがチラチラと鍋の方に顔を動かしていた。
食べずに残したホーンラビットの肉を少しだけそぎ落とし、鍋に入れる。
みじん切りにした玉ねぎも入れて軽く炒める。
玉ねぎがキツネ色になった頃、カットしたトマトと水、そしてローリエぽい薬草を入れて、煮込んでいく。
簡単なミネストローネである。
今回の料理で、トマトソースを作った時に買った食材は無くなってしまった。
しばらく、休憩。
丸焼きはエーリカが、ミネストローネはアナが見てくれている。
手持ち無沙汰になったので、暇潰しがてら、もう一つ竈を作り、火を起こし、お湯を沸かした。
ミント茶の用意である。
「お、おじ様……それも薬草ですか?」
ミネストローネの鍋をかき混ぜているアナが聞いてきた。
「ああ、ミントと言ってローズマリーと同じ薬草の一種だね。お菓子の材料にも使えるし、私はお茶にして飲んでいる。爽やかな香りが楽しめるよ」
「こ、このローズ何とかも飲めますか?」
「ああ、飲めるよ。ただ、ローズマリーを単体で飲むには、癖が強いから別の薬草と合わせて使った方が良い。……そうだ、ミント茶に混ぜてみようか」
ローズマリーは香りが強いので、ミントを主体にし、少量だけローズマリーの葉を投入して、みんなに配った。
「これはこれで、良いね」
ミントの爽やかさの後にローズマリーの香りが後に残る。
口の中がさっぱりして、脂っこい食べ物が食べたくなってきた。
「はい、早くホーンラビットのお肉が食べたいです」
ジュウジュウと脂を垂らしているホーンラビットの丸焼きを見つめながらエーリカが呟く。
「な、なんか……面白いお茶……です。な、慣れると……美味しいです……はぃ」
一口飲んだ時は咽ていたアナだが、一口二口と飲むにつれ、今では普通に飲んでいる。
「そもそも、薬草なんだから薬湯として飲まないの?」
「た、他の人の事は分かりませんが……わ、私はあまり病気になったりしませんので……薬草をお湯として飲んだ事は……ありません。わ、私の場合は、料理用として……い、家の庭で栽培をしています……今は枯れていますが……」
病気にならないって……凄く不健康そうな顔をしているのだが……。
「へー、家でも栽培しているんだ。家庭菜園ってやつだね。ローズマリーの他に何か持ってない?」
「はい、あります」と言って、アナは手提げ袋から幾つか乾燥させた薬草を取り出した。
ちなみにアナの手提げ袋も収納魔術に成っているそうだ。
アナに渡された薬草を観察しては、匂いを嗅いでいく。
「これバジルだね。パセリっぽい香りのするのもある。貰って良い?」
アナの許可を得て、私はバジルとパセリの薬草をミネストローネの鍋に入れていく。
そして、味を見ながら、塩、胡椒で調整して、ミネストローネを完成させた。
ホーンラビットの丸焼きも良い感じに焼きあがったので、調理はお終いにして、食べる事にする。
木製のカップにミネストローネを注ぎ、皆に渡す。
丸焼きはそのまま、かぶりつくスタイルだ。
「では、いただきます」
「いただきます」
「い、いただき……ます?」
エーリカは慣れたように手を合わせて「いただきます」を言う。意味の分からないアナは、私たちの行動を真似をして「いただきます」をする。
エーリカは、棒の端を両手で持って、ホーンラビットの丸焼きに豪快にかぶりつく。無言で食べ続けるエーリカを見るに、ホーンラビットの肉は美味しいのだろう。
私よりも先に食べる事を躊躇っているアナに気がつき、私も食べる事にした。
魔物とはいえ、ウサギである。
愛玩動物のイメージが強いウサギを食べる事になるとは……。
私はドワーフ印のナイフで、こんがり焼けたホーンラビットのもも肉をそぎ落とし、恐る恐る口に入れる。
エーリカが最大の注意を払って焼きあげたホーンラビットの肉は、表面はカリッと、中はジューシ―であった。焼いて脂が無くなったのか、元から脂身が少ないのか分からないが、少しパサついた口当たりだ。鶏肉のササミに似ている。
若干、癖のある香りがする。その奥の方でわずかに渋みに似た苦味もある。
癖のある香りと苦味。それらを含めても、ホーンラビットの肉は美味しかった。エーリカが夢中になって食べるのも分かる。この異世界に来て食べた肉料理の中で、一番、美味しい。
アナも私に倣ってナイフで肉をそぎ落として食べる。
「ああ、美味しい……ひ、久しぶりの……味です。お、お父さんと……一緒に食べた味です」
嬉しそうな悲しそうな顔をしながら、アナはホーンラビットを食べている。
私はアナの言葉に何も返せず、黙々とナイフを動かして肉を削いで口に運ぶ……が、途中で面倒臭くなり、丸焼けのホーンラビットをナイフで二等分して、エーリカの様にかぶりついた。
豪快にかぶりついては、ミネストローネで流し込む。
ミネストローネは、私が想像していたミネストローネではなく、ただのトマトスープであった。
野菜が足りないのか、コンソメが入っていない所為か分からないが、トマトの風味が全面に出過ぎてしまい、酸味の強いトマトスープに成っている。
とほほっと私は思っているが、エーリカとアナには、肉料理に合って美味しいと好評をいただいた。
私たちは黙々とホーンラビットの丸焼きを食べて、トマトスープで流し込み、ローズマリー入りのミント茶で口直しをしながら、全ての料理を食べ終えた。
アナも沢山食べて、不健康そうな顔が、何となく血行が良くなり、顔色が良くなっている気がする。薬草の効果かな?
「魔物がこれほど美味しいとは思わなかった」
「す、全ての魔物が……不味い訳では……ありません。……とはいえ、魔力を持っていますので、つ、通常の生き物よりかは……変な味が……ありますが……」
魔力の所為で味が変わるのか……つまり、人間を食材とした場合、魔法使いよりも剣士の方が美味しいのだろう……って、何て恐ろしい想像をしているのだ、私は!? これだからホラー映画好きは……。
「エーリカの収納魔術は時間が停止するらしいから、何体かギルドに売らず、保存食としておこうか?」
エーリカの収納魔術に入れておけば、好きな時に食べられるだろうと提案したら、エーリカは即答で同意してくれた。アナも同意し、ついでなのでアナの持っている香辛料の薬草を少し分けてもらい、エーリカの収納魔術に一緒に入れておいた。
「収納する魔術って便利だよね。私でも使えるかな?」
「し、収納魔術は……空間系ですから、結構難しいです。エ、エーリカ先輩は自分の魔術で作っていますが……わ、私は収納魔術を組み込まれた魔術具を……使ってます。ただ、値段は高いです……はぃ」
「へー……ねぇ、今更だけど、魔法と魔術って何が違うの? 私、その場の雰囲気で、適当に使い分けて言っていたけど、やっぱり違うんだよね?」
「過程が違うだけで、効果は同じです」
「えーと……どういう事?」
「外部要因で効果を発現するのが魔法。内部で効果を作り出すのが魔術です。わたしは、魔術が得意です」
「…………」
エーリカの説明では、まったく分からない。
私が難しい顔をしながら首を傾けていると、アナがたどたどしく補足してくれた。
例えば、水を作り出すとする。
魔法も魔術も水を出す結果は同じ。ただし、その作り出す過程が違うそうだ。
魔術の場合、体内にある魔力を操作して水を作る。ただし、術者が水属性の魔力を持っている事に限る。魔力には属性があり、火、風、土、水、光、闇、無とある。人によって魔力の属性は異なり、魔力があるからと、何でも魔術が使える訳ではない。つまり、私に水属性の魔力がなければ、水を作り出す事は出来ないのだ。
一方、魔法は自然にある力……精霊と呼ばれる力を借りて、水を操作する。
水の場合、川や池、水溜りなどの直接な水や大気にある水分を精霊の力を借りて、自在に操作をするそうだ。
「せ、精霊? 精霊がいるの?」
「は、はい……そこら中にいます。木も土も空気も辺り一面に……それらの力をお借りします」
私は目を凝らして辺りを見回すが……何も見えない。
「ご主人さま、精霊といっても物質があるわけではありませんし、我々のように生きている訳ではありません。自然界の見えない力を『精霊』と呼んでいるだけです。見るな感じろです」
えーと、精霊というのはフォースみたいな物かな? 物を動かしたり、暗黒面に堕ちたりするエネルギーの事なのだろうか? それなら、この世界の魔法使いはジェダイの騎士なんだな。今度、黒いローブを着ているアナに、指先から電気ビリビリ攻撃が出来るか聞いてみよう……フォースと共にあれ。
「例外もありまして、精霊も……意志を持ち、物質化する上位精霊が存在します。そ、その上位精霊と契約すれば、より高度で高位な魔法が使えます。……契約出来ればの話ですけど……」
まとめると……。
魔術の場合、属性があっていれば、魔力が尽きない限り、いくらでも水が作れる。逆にいえば、魔力が無くったり、属性が違えば、水は作れない。
魔法は、精霊の力を借りるので、少量の魔力で、なお魔力の属性がなくても、水は作れる。ただ、精霊に気に入られなければ、使う事は出来ないそうだ。
「精霊に気に入られるって? その見えない精霊にお供えしたり、話し掛けたりするの?」
「い、いえ……体質だそうです。血筋もありますが……わ、私は生まれつき、精霊に好かれる性質だそうです」
体質か……精霊信仰みたいな事をして、精霊に好かれれば、私も魔法が使えると思ったのに……。
「話は変わるけど、アナは魔法使いだけど、杖は持っていないよね。無くても魔法は使える物なの?」
「わ、私の場合はこれです」
アナは右手薬指にはめられた指輪を見せてくれた。
銀色の輪に小さな魔石がはめ込まれている。
「幼い頃……お父さんから貰った指輪で……こ、これで魔法を制御しています」
そう言って、アナは指輪を大事そうに触る。
「杖や宝石は魔法や魔術を制御する触媒です。威力を高めたり、魔力の量を増やしたり、命中率を上げたりと様々な用途で使われます。ただ、杖や宝石が無くても、魔法や魔術は使えます。わたしが良い例です」
無い胸を反らして、自慢気に言うエーリカ。君は自動人形だから、他の人と違う気がする。
「つ、杖は打撃武器にも成ります。わ、私は……せ、接近戦は不得手で……魔法だけですので……杖は使いません……はぃ」
なるほどねー。
ホーンラビットの丸焼きを食べました。
食後に魔法と魔術の違いを語っています。
アナ自身、感覚的に使っているので、明確な違いではありません。