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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第五部

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341/347

341 プレオープンに向けてがんばろう その1

 四日後の『女神の日』に合わせて、『薬草料理店 スレイプニル』のプレオープンを行う事になった。

 まだ、やらなければいけない事が多々とあり、各々やるべき事を行う。


 まず私は、エーリカとアナの二人を連れて冒険者ギルドへ向かった。

 目的は昇級試験の結果とプレオープンの宣伝である。


「レナさん、おはようございます」

「はい、おはようございます。……あら、アナさんも一緒なんですね。久しぶりに三人で依頼を受けに来たのですか?」


 少し前までは、この三人で依頼を受けていた。それなのに私が炭鉱へ送られたり、貴族の依頼で遠出したりで、三人での活動はしなくなってしまった。そう思うと、少し寂しい限りである。 

 同じ事を思っていたアナは、「残念ながら、別件で伺いました」と残念そうに食事処の件を伝えた。


「ようやく開店ですか!? 実は今か今かと待っていたのです! 嬉しい報告です!」


 営業スマイルではない素の笑顔になるレナは、「楽しみです。楽しみです」と前のめりになる。

 レナは『カボチャの馬車亭』でピザとリンゴパイを食べた事がある。さらに食道楽貴族で有名なクロージク男爵の依頼を達成している事を知っているので、食事処の期待値は開店前から振り切れていた。

 そんなレナにアナは「あ、ありがとう……ございます」と少し引きながら説明の続きをする。


「た、ただ、『女神の日』に合わせて、一日だけ試しの開店なんです。本格的に始めるのは、もう少し後になります……はぃ……」

「一日限定ですか……それは残念です。それで開店時間はいつまでですか?」

「その日は一日中やる予定です。お祈りの時間が終わってから北門が閉まるまでですね」

「それなら昼の休憩時間に伺います」


 予約者ゲット!

 これで来客ゼロ人はなくなった。


「それで食事処の案内を書いた木札を作ったので、置かせてほしいのですが……」

「ええ、構いません。一番、良い所に掲げましょう」


 アナから木札を受け取ったレナは、窓口から出ると掲示板に向かう。そして、他の木札を脇に退かすと、一番中央に掲げてくれた。

 

「えーと、次は私たちの件です。昇級試験はどうでしたか?」


 食事処の件が終わったので、緊張しながら試験結果を聞くと、「はいはい、合格です」と軽い感じで言われた。何かおまけ扱いである。

 私とエーリカは今までの鉄製の身分証をレナに渡すと、代わりに鋼鉄製の身分証を受付の上に置いた。

 これで私とエーリカは鋼鉄等級冒険者である。

 アナは「同じ等級になりました」と嬉しそうにしてくれた。

 身分証を仕舞うと、「あとは、これです」とレナから小さな皮袋を渡される。


「魔物の買い取り金です。リザードマンは貴重ですので、それなりの金額になっています」


 レナの言葉を聞いた私は、わくわくしながら皮袋の中身を確認する。銀貨数枚。多いのか少ないのか分からない。


 やる事をやったのでお暇を告げると、「楽しみにしていますね」とニコニコ顔のレナに見送られた。



 次に向かったのは商業ギルド。

 私は初めてだがエーリカとアナは来た事があり、ごった返す人込みを掻き分けながら迷う事なく窓口の列に並んだ。

 

「お客様、宜しければ、あちらでお話を伺います」


 しばらくすると、ギルドの職員から声が掛かる。なぜか私やアナを見ず、少女のエーリカを見ていた。

 アナは「この展開は……」と困った顔をしている。

 状況が掴めない私は首を傾げながら職員の後を歩くと、小さな応接室へ通された。

 私は「どういう状況?」と出された果実水を飲みながらエーリカとアナに事情を聞く。

 「たぶん、ここの……」とアナが説明し始めた瞬間、扉が開き、細身の男性が部屋に入ってきた。


「お待たせしてすみません。あなたたちが来たら、直接私が対応すると伝えていたのです」


 男性は物腰柔らかに接するが、どことなく神経質な雰囲気があり、近寄りがたかった。


「あなたがアケミ・クズノハさんですね。私は商業ギルドを統括しているマクシミリアンです。以後、お見知りおきを」


 ああ、商業ギルドのギルドマスターか。どうりで仕立ての良い服を着ていると思っ……えっ、ギルマス!?


「どうしてギルマス自らが!?」

「先日、大変貴重な素材を提供してくれました。そのお礼をしたかったのです」


 貴重な素材? リザードマンの事かな? いや、あれは隣街に行けば、退治できるから違うか……。


「……あっ、ワイバーン!」


 私が思い出すと、マクシミリアンはニヤリと笑った。


「そうです、ワイバーンです。それも良い状態のワイバーンです。おかげで貴族や富豪、大商人相手に商売させて貰いました」


 商業を管理しているギルドが商売していいのか? と疑問に思うが、別段興味が無いので聞き返す事はしない。

 それなのにワイバーンの素材は、魔術や魔法の触媒、武器や防具の素材だけでなく、飾りとしても売れるので引く手数多だ、と聞いてもいない事を教えてくれた。

 「言い値で売れた」と楽しそうに語るマクシミリアンを見ると、商業ギルドは資金難にでも陥っていたのだろうか? と勘ぐってしまう。


「私の話はこれくらいにして、本日はどのようなご用件で来られました?」


 話し終えたマクシミリアンは背筋を伸ばすと、鋭い視線を私たちに向ける。

 私とアナも背筋を伸ばすと、食事処のプレオープンを行う事を説明した。


「……それで案内の木札を掲げて頂きたいのですが、よろしいですか?」

「それは朗報です。恥ずかしながら、いつ開店するのか、と心待ちをしていたのです。情報を得る為に会いたくもない冒険者ギルドのギルマスに定期的に会う程です」

「それは……言い過ぎでは?」


 若干引いている私にマクシミリアンは首を横に振った。


「私は『カボチャの馬車亭』に泊まりリンゴパイを食べました。ピザと同等、いえそれ以上の味に驚きを隠せませんでした」


 そう言えば、同じ街に住んでいるには関わらず、わざわざ宿泊して食べに来たとカルラが言っていたな。


「なんでも『女神の日』にホーンラビットを使ったスープを作り、すぐに完売したとか。その話を聞いた時、胸が引き裂かれそうな気分でした。ぜひ食べてみたかったです」


 一見、食に対して淡泊なイメージをだくマクシミリアンだが、実際は食いしん坊のようだ。

 うーん、ギャップがあり過ぎて頭が混乱してしまう。


「ビューロウ子爵の誕生日会、さらにクロージク男爵の依頼を成功させた話は聞いています。貴族の舌を唸らせる料理。その料理を提供するお店が近場に出来るのです。今から楽しみで仕方がありません」

「そ、そうですか……それで木札の方は?」

「ええ、喜んで受け取ります。ギルマス権限で一番良い場所に掲げさせてもらいます」


 社交辞令でなく本気の目である。レナと時と同じ、本当に良い場所に掲げてくれそうだ。

 やる事もやったし、さっさとお暇しよう。

 マクシミリアンに別れの挨拶をすると、「当日は伺います」と送り届けてくれた。

 何かと同行しようとする冒険者ギルドのギルマスといい、商業ギルドのギルマスも暇なのだろうか?

 まぁ何にせよ、予約者がもう一人増えた。それも商業ギルドのギルマスが……気を引き締めて頑張らなければいけないな。



 気を取り直して、次に向かうのはおもちゃの魔術具を売っている露天商へ。

 すぐに閑古鳥が鳴いているクルトを発見。

 近づくと「おはようございます、エーリカさん」と私の後ろに隠れているエーリカにだけ挨拶をする。

 そんなクルトにエーリカが手を加えた試作品のフードプロセッサーを見せた。


「す、凄い! こんな方法があるなんて! さすがエーリカさんです!」


 どう凄いのかさっぱり分からないが、一目見たクルトは目から鱗状態である。

 そんなクルトにべた褒めされているエーリカは、未だに私の背中に隠れて一言も話さない。これは私の指示。だって、エーリカの辛口コメントをクルトにぶつけたら、間違いなく廃人になってしまうだろう。

 そういう事で、私が魔法陣を直した事と刃を変えた事を伝えた。


「刃ですか……って、何ですか、これ!?」


 フィーリンが作った刃を見たクルトは息を飲む。


「身内にドワーフの娘がいて、作り直してもらった」

「ドワーフって……こんなの使ったら、金額が金貨単位になりますよ!」


 うん、そうなるよねー。


「ドワーフ製は無理だけど、前に使っていた刃よりも良い刃を使ってほしい。ただ、それでもまだ上手く具材が刻めない。エーリカの話では、器を見直さなければいけないらしいよ」

「なるほど、器ですか……。分かりました、エーリカさん!」


 私が話ているんだけど……。


「それで、もう一つのハンドミキサーの方はどう?」

「材料は揃っています。ただ、エーリカさんの意見を聞いてから手を加えようと考えていたので、まだ形にはなっていません」

「じゃあ、この試作品を返したら、ハンドミキサーも上手くいきそうだね」

「たぶん、大丈夫だと思います」


 頼もしい言葉が返ってくる。変な人ではあるが、魔術具に関してはクルトは頼りになる。ただエーリカの評価は、安直で場当たり的な応用の利かない魔術具職人らしい。……本人には言わないけどね。


「ただ、四日後の『女神の日』に食事処を一日だけ開店するから、その前にフードプロセッサーだけは、もう一度使いたんだ。完成できそう?」

「完成は無理ですが、試作品で良いなら数日前に僕が直接持ってきます」

「それは助かる」


 約束を取り付けたのでさっさと帰ろうとすると、クルトが「エーリカさん!」と引き留めた。


「食事処の食事はエーリカさんが作るのですか?」

「いや、アナが作るよ」


 私がアナを指差すと、クルトは落胆した顔をする。

 健康的になったアナは美人さんだよ! 何で不満なの? まったく、このロリコ……年下好きめ!


「料理は作りませんが、エーリカ先輩が料理を運びますよ」


 優しいアナが落胆しているクルトに教えると、「ぜひ食べに行きます!」と告げた。

 こうして、また一人予約客が増えたのだった。



 次は『カボチャの馬車亭』へ。

 まだ朝のお客で賑わっているので、しばらく木陰で休憩。

 ちゃっかりエーリカは近くの露店で串肉を買って食べている。

 しばらく待つと全てのお客はいなくなり、窓口からカルラが手招きする。どうやら、私たちの姿は見えていたようだ。


「おはようございます、カルラさん、ブルーノさん」


 私が挨拶をすると、「おはようさん」と元気良くカルラが返してくれる。ブルーノはいつも通り一言も話さず、コクリと頷くだけ。

 カルラたちには、食事処で出すふわふわパンをお願いしてある。それも食パン。四角形の型を渡してあるので、完成しているか気になる所。

 

「そろそろパンの状況を聞きに来ると思っていたんだ。ちょうど焼き上がっているから、食べて意見をくれよ」


 熱々の型からスポッと取り出した四角形のパン。日本で一番見慣れたパンである。


「さすがです。クロージク男爵の料理人にも作らせましたが、ここまで綺麗に焼き上がっていませんでした」


 アルバンたちが焼き上げた食パンは、所々焦げ付いたり、歪な形になっていた。

 餅は餅屋と言う通り、長年パンだけを販売してきたプロは違うと関心する。


「そんなに褒めてもパンしか出ないよ」


 照れ隠しするように豪快に笑うカルラは、包丁でスパスパと食パンを切ると、私たちに渡した。


「形は合格点のようだが、味の方はどうだい?」


 外側の耳は硬め、薄茶の中身はふわふわ。

 これは期待できると思ったが、やはり期待通りである。

 小麦が香る焼きたての食パンは、異世界に来て一番美味しいパンだった。

 まぁ、日本で食べていたパンに比べ、まだボソボソではあるのだが……。この辺は小麦粉自体を改良しなければ直らないだろう。……そこまでする気はないよ。

 私たちが「美味いです」「凄いです」「最高です」と褒め称えると、カルラとブルーノは安堵した表情をした。


「クズノハさんたちは、今度の『女神の日』は何か予定でもあるかい?」

「そうそう、その『女神の日』の事なんですが……」


 ここで本題に入り、一日限定で食事処を開店する旨を伝えた。


「そういう事で、天然酵母を使った食パンとロールパンを前日までにある程度、欲しいのですが……」

「ついに開店か。それはめでたいね。暇だったら、また一緒に料理でも出そうと誘うつもりだったんだよ。パンの事は任せておいて。沢山、焼いておくよ」


 嫌な顔をまったくしないカルラたちに感謝である。

 そんなカルラだが、少し間を空けると、私の顔色を伺いながら口を開いた。


「このパンだけど……本当に私たちの店でも出して良いのかい?」

「えっ? ええ、そのつもりで教えました」

「それは良かった」


 ふわふわパンを安価で卸してもらう代わりにレシピを教えた。ただカルラたちは今までと一線を画すパンで、少し怖気ついてしまったようだ。


「このパンを出したらピザの時と同じで、さらに忙しくなるでしょうね。どのタイミング……機会で出すかは、カルラさんたちに任せます。もし問い合わせが殺到したら、クロージク男爵の名前を出してください」


 問い合わせはクロージク男爵に丸投げ。決して、私の方に寄越さなければ問題なし。


「はははっ、前にも言った通り、貴族様の名前は出せないよ。まぁ、クズノハさんたちより先に出すのは不義理になるから、『女神の日』の後で様子を見ながら出させてもらうよ」


 呆れるぐらい真面目な人だ。だから、色々とお願いできるんだけどね。


「アナちゃんのお店は、一日中やる予定なんだろ?」

「ええ、そのつもりです」

「私たちは午前中と夕方の営業だから、家族揃って昼にでも顔を出させてもらおうかね」


 カルラたちも予約してくれた。プロのパン屋さんが食べにくるので、気を引き締めなければいけないね。

 私たちは、食べ掛けの食パンをお土産に貰うと『カボチャの馬車亭』を後にした。


 街での予定は終わったので、西地区で買い物を済ますと、すぐにアナの家に戻った。

 まだまだやる事は多い。

 プレオープンに向けて、がんばろう。


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