340 帰宅、そして昇級試験の報告
「ご主人さま、朝です。朝食時間からだいぶ経っています。起きて下さい」
エーリカに体を揺さぶられながら起きた。
普段なら私が先に起きるのに珍しく逆転してしまう。
それも仕方ない。
昨日は夕食を食べた後、みんなで街の共用サウナに行き、さらに別の飲み屋で二次会までしたのだ。
サウナはまぁ良いとして二次会は断りたかったのだが、気分が高揚していたデボラから断る事が出来ず、夜遅くまで付き合ってしまった。
その為、朝の鐘が鳴っても起きる事が出来なかったのである。
ちなみに共用サウナだが、ドワーフ村のサウナと大して変わらない。
六人ほどが入れる小さなサウナ室が四つほど置かれ、外には水の入った樽が置かれていた。
ちなみに男女別なので私だけ一人。見知らぬ男の人たちと汗を流す。何とも目のやり場に困る光景と背徳感で一杯だった。
あと垢すり場があり、専用の油を体に塗り、鉄板のような器具で体を擦っていた。体中がべとべとになるし、体中が真っ赤に染まるほど鉄板で擦っているしで、体毛が全部抜けそうなので垢すりは止めておいた。
そういう事で今頃になって起きた私たちは、食堂へ行き、遅めの朝食を摂る。
デボラたちの姿はない。彼女たちは冒険者だ。すでに朝食を食べ終えて、冒険者ギルドに行っているのだろう。
挨拶ぐらいはしたかったが、いないので諦めよう。
『憩いの花園』を出た私たちは、露天商を眺めながら石材屋に向かう。
石材屋の青年は約束通り、水魔石の入ったレンガと普通のレンガを用意してくれた。
お金を払って、収納魔術に仕舞う。結構な数なので大変だ。
良さげなお土産はないかな? と街をふらつきながら馬屋へ。
私の顔を見たクロは、早く外に行きたい、と前足で柵を叩きながら嘶くので、さっさとダムルブールの街へ帰る事にする。
「折角なので遠回りしましょう」と一秒でも長く私といたいエーリカだが、土地勘がなく迷子になりそうなので、来た道をなぞるようにゆっくりと帰る事にした。
………………
…………
……
「はぁー、ようやく辿り着いた」
私の腰とお尻が限界を迎えそうになった頃、ようやくアナの家に辿り着いた。
外壁塗装をしているティアとアナにクロを預けると、すぐさま北門へ向かう。
時刻は、夕方前。
今から冒険者ギルドに行って昇級試験の報告を済ませれば、北門が閉まる前に帰ってこれる。
報告など明日以降でも良かったのだが、何かしら街に用事ができない限り引き伸ばしてしまいそうなので、今から行く事にした。
冒険者ギルドに辿り着くと、依頼をこなしてきた数組の冒険者が戻ってきており、窓口を埋めている。ただタイミングのいい事に私たちの担当であるレナの窓口は空いていた。
「アケミさんとエーリカさん、お久しぶりです。もしかして昇級試験の報告ですか?」
私が「はい」と答えると、レナはニコリと微笑み、木札とペンを用意した。
「退治してきた魔物なのですが、殆どが魔石を取っただけで、解体はしていません」
「それは構いませんが、今ここで出すのは不味そうですね。後で裏に行って提出してもらいます。それで何を退治してきましたか?」
「えーと……泥スライム、カエルとカニの魔物、ウナギとナマズの魔物、カニもいたな。それと……」
口ごもった私は、少し間を空けると「……リザードマンです」と答えた。
その瞬間、レナの笑顔が固まり、ギルド内の空気も固まった。
やはり、そうなるよね。
間違いなくリザードマンは、等級以上の魔物だ。
また怒られるな、と心づもりをしていたが、予想通りになりそうである。
あっ、いつの間にかエーリカが奥の長椅子に待機している!
「レ、レナさん、まずは報告を! 報告を聞いてから、レナさんの話を聞きますので、少しだけ猶予をください」
レナの口が開く前に慌てて押し留めると、「……そうですね」とレナは羽ペンを握った。
「こほんっ」と咳払いをした私は、思い出しながら時系列に語る。
水魔石の為に隣街ボルンへ行った事、冒険者ギルドで魔物について調べた事、湿原で魔物釣りをして昇級試験用の魔物を退治した事、そして緊急信号が上がったので急いで駆け付け、そこでリザードマンを退治した事を述べた。ちなみに事前に魔物について調べた事と人助けの為にリザードマンを退治した事を念入りに話した。
「ご主人さまとわたしが駆け付けなければ、間違いなく彼女たちはやられていたでしょう」
戻ってきたエーリカが補足する。
「街の衛兵を待っている時間はありません。気絶者と怪我人の為、逃げる事も出来ません。私たちは冒険者ですので、困っている方を見捨てる事は出来ません。それでもご主人さまの判断は間違いでしょうか?」
さらにエーリカが捲し立てるように状況を伝えると、レナは困った顔をしながら「……いいえ」と納得してくれた。
冒険者は腕っぷしに自信のある者がなる事が多い。その為、自分の力を過信した冒険者が格上の魔物と戦ったり、無茶な戦いをしたりして、その所為で大怪我をしたり、最悪亡くなったりする。
それを防ぐ為に冒険者ギルドは、「自分たちの命を大事に!」と口を酸っぱくして言っている。
ギルドも自分たちの命を犠牲にしてまで危険を犯さなければいけない状況があるのは知っている。それでも念入りに言わなければいけない程、無茶な事をして命を落とす冒険者は後を絶たないらしい。
今回の件に関しては、私たちが駆け付けた事で全員が助かったので、英断だと判断されるだろう。たが、もし私たちが駆け付けてもまったく役に立たず沢山の犠牲者が出た場合、愚断と判断されるだろう。
つまり結果論であると、レナは申し訳なく教えてくれた。
「報告は以上ですね。つまり、エーリカさんは泥スライムを三匹、カニとカメの魔物数匹、リザードマン一匹を退治。アケミさんは、カエル、カニ、ナマズ、ウナギの魔物を一匹ずつとリザードマン二匹を退治。間違いありませんか?」
どうだったかな? と首を傾げていると、エーリカが「間違いありません。ついでにご主人さまは普通のワニを二匹倒しました」と自慢気に報告する。
その報告、いらないよね?
レナも「それは凄いですね」と木札に記入する事なく微笑んでいる。
「それでは建物の裏に行きましょう」
レナと別のギルド職員と共に建物の裏に回ると、エーリカは魔物の死骸と泥スライムの魔石を置いていった。
「魔物はこのままギルドで買い取らせてもらっていいですか?」
「ええ、そうしてください。私たちでは使い道がありません」
「それは助かります。隣街とはいえ、距離が離れていますので、この街では珍しい魔物なんです。どれも貴重な素材になります」
貴重という事は、買い取り金は期待してよさそうだ。
「特にリザードマンの皮は防具の素材になりますので、高く買い取ります」
「普通のワニの皮も買ってくれますか?」
ワニ皮は財布やベルトや鞄などに加工できる。日本でもそれなりの値段で売られているのでギルドで買い取ってくれないかと期待をするが、「冒険者ギルドですので、魔物しか買い取りません」と断られた。
「先程の報告と合わせて、昇級試験の内容を精査します。結果は明日以降になりますので、また来てください。その時に素材の買い取り金を渡します。身分証を忘れずに持ってきてくださいね」
これで昇級試験の報告は終わった。
レナから注意される事も怒られる事もなかったので、結果は期待していいだろう。
ほっと一安心した私とエーリカは、のんびりとアナの家に戻った。
アナの家に戻ってきた私たちは、お土産のワニをアナに渡す。
「こ、これ……どうするんですか?」
「なかなか美味でしたので、食料として持って帰りました」
カパッと口を開いたままのワニの頭と対面しているアナは、どうしていいのか分からず、私に視線を向けた。
「エーリカの言う通り、ワニ肉は変な癖が無くて食べやすかったよ。頭はいらないので捨てるとして、他の部位は皮を剥げば、ただの食肉。頑張って皮を取ろう」
私、エーリカ、アナの三人で二匹分のワニを解体していく。
とはいえ、これがなかなか難しく、柔らかい腹部の皮は剥ぐ事ができるが、背中の硬い皮がガチガチで思うようにナイフが入らなかった。
解体に慣れたアナもお手上げで、ボロ雑巾のようになっているワニ肉を見て、溜め息を吐いている。
そんな時、救世主として現れたのがディルクである。
上位の冒険者であるディルクは、これまで色々な場所に行き、色々な魔物と戦ってきた。無論、隣街のボルンにも行った事があり、そこでワニもリザードマンも倒し、解体したと語る。
バトンタッチしたディルクは、慣れた手つきでワニの皮を剥いでいった。
「ドワーフの作った包丁は凄いな。力を入れなくてもスルスルと切れる。どうして、これで皮が剥がれないんだ?」
「……どうしてでしょうね」
どんなに優れた道具があっても経験がなければ、上手くいきません。
様子を見にきたフリーデが「さすが、雑用担当」と茶化すと、ディルクは「思い出させるな」と嫌な顔をしながら、手を動かし続ける。
うーん、どういう意味なんだろう?
あっという間に二匹のワニが丸裸になった。
帰り支度を始めたディルクとフリーデにワニ肉の一部をお土産に渡すと、夕食の準備を始める。
献立はもちろんワニ肉。三日連続ワニ。勘弁してくれ……。
ワニは鶏肉に近い味なので、鶏肉用に作ったアナ特製香草にまぶして焼き上げる。それとワニ肉を入れたスープも作った。『憩いの花園』の献立と同じである。
ワニ料理は好評。
エーリカはもちろん、初めてワニを見たアナも満足そうに食べている。
ティアは一度もワニを見た事がないらしく、味から想像して鳥の一種だと思い込んで食べていた。後でワニの頭を見せてあげよう。
肉より野菜のリディーは、キルガー山脈を越える時に見た事があるらしく、「あれか……」と嫌な顔をしている。ただ味は鶏肉に似ており、さらに香草塗れにしてあるので、残さず食べてくれた。それよりも、雪山でワニ? 爬虫類だよね? 冬眠しないの、異世界のワニは?
肉や野菜よりもお酒のフィーリンは、まったく気にせず、ワニ肉を食べてはエールで流し込んでいる。フィーリンの場合、エールがあれば何でも良さそうだ。
ちなみにお金が手に入ったフィーリンは、エールの入った酒樽を購入し、部屋の隅に置かせてもらっている。「好きに飲んでいいよぉー」と言うが、私とリディーは基本お酒は飲まず、エーリカとティアとアナはワイン派なので、結局エール樽はフィーリン専用になっていた。
そんなエール樽だが、ロックンが汲んでくれている。ガバガバと湯水のように飲むフィーリンの所為で、休みなくフィーリンと樽を行き来していた。
「アケミおじ様とエーリカ先輩、食事処の件なんですが……」
食事が一段落すると、アナは食事処の話を始める。
「昨日、みんなで話し合ったのですが、今度の『女神の日』に合わせて、試しに一日だけ開店したいと考えています」
「プレオープンってやつだね。でも、どうして『女神の日』に?」
「ぷれ……? えーと、色々な方が行き来しますので、良い宣伝になると思ったのです」
『女神の日』は、朝一番に行われるお祈り時間が終われば、お祭りが始まる。その為、近くの村や町から沢山の人が集まり、街を出入りする。そう言った人たちをターゲットにするそうだ。
「一応、冒険者ギルドと商業ギルドにも宣伝用の案内板を乗せてもらいますので、街の人たちも来てくれるかもしれません」
「うん、沢山の人たちに来てもらい、意見を貰いたいね。気に入ってくれれば、口コミで広がってくれるだろうし」
「くち……こみ?」
首を傾げるアナに「ぜひやろう」と答えた。
「それで『女神の日』は何日後なの?」
「明日から四日後になります」
「四日……準備の方は大丈夫なの?」
「一日だけなら大丈夫だと思います」
力強く答えたアナを見て、問題なさそうだと確信する。
とはいえ、プレオープンまで四日。
目標が出来るのは良い事だが、この四日間は忙しくなるだろう。
私たちは明日からの激務に備える為、沢山作ってしまったワニ料理を平らげるのだった。




