339 救難信号 その2
危険な雰囲気を醸し出していたリザードマンを難なく倒してしまった。
閃光魔力弾からの光刃。
私の必勝パターンは健在。
ドワーフが鍛え直してもらった事もあり、これなら自信を持って鋼鉄等級冒険者へ昇級できそうだ。
「えーと……倒したのか?」
先程まで死地にいたデボラたちは、未だに状況が掴めず、複雑な顔を私に向ける。
「あなた、本当に鉄等級冒険者なの?」
「私の言った通り、偽物の身分証なんだろ」
リタとデボラが偽証の疑いを持ち始めたので、急いで私たちの事を説明する。
本当に鉄等級冒険者である事、この街には昇級試験の為に訪れた事、リザードマンはたまたま上手く退治できた事を伝えた。
「たまたまって……まぁ、あなたの武器と防具を見れば納得するわ。彼女は……良く分からないけど」
エーリカを見たリタは首を傾げる。うん、私も同じ感想を抱くけど、間違いなく私より強い。
「なにはともあれ、お前のおかげで助かったぜ。昇級したら私たちと組まないか?」
なぜかデボラは私たちを勧誘する。ついさっきまで嫌っていたのに……。
そうしたら……。
「なぜそうなる!?」
「あっ、マリーが目覚めた!」
突如、地面に倒れていた女性は体を持ち上げるとデボラに向けて叫ぶ。
そんな彼女だが、みんなの視線が集まるとすぐにパタリと地面に倒れてしまい、「大丈夫!?」と弓矢のエルマに介抱されていた。
「えーと……すぐに街に戻った方が良さそうですね」
「マリーはひ弱だからな。早く宿に戻るか」
私の提案にみんなが動き出す。
だがエーリカだけは私の腕を掴むと、「また来ます」と沼の方を指差した。
ぎょっと動きを止めた私たちは、沼に視線を向ける。そこには水面から顔を出しているリザードマンがいた。
数は三匹。
日本の有名怪獣映画さながら、三匹のリザードマンは水を滴らせながら、のしのしと陸地へ上がってくる。
「黒いリザードマンじゃない普通のリザードマンだ。一匹だけなら私たちで何とか出来る。残りは任せていいか?」
冒険者の等級からしたら確実に私たちの方が下なのに、なぜかデボラは二匹のリザードマンを押し付けてくる。
ここでグダグダと言い合っている時間はないので、さっさと閃光魔力弾を放って、リザードマンの視力を奪った。
一匹は、エーリカのグレネードランチャーで瞬殺。
一匹は、私の光刃で切断。
そして残りの一匹だが、短剣のリタと弓のエルマがチクチクと攻撃し、大きな隙が出来た所をデボラのメイスで止めを刺した。
また魔物が現れると大変なので、さっさと撤収作業をする。
デボラたちは木製の手押し車を用意しており、荷台にドカドカと倒したサハギンと一匹のリザードマンを乗せる。そして、落ちないように縄でグルグル巻きにしていった。
私は、地面に倒れている三匹のリザードマンをぶつ切りにして、エーリカの収納魔術に仕舞っていく。
リザードマンは人型をしているので、首、両手、胴、両足と部位ごとに切断していくと、なんかヤバい事をしている気分になってくる。とはいえ、リザードマンは魔石だけでなく、鱗が高値で売れるので、捨てていく訳にはいかない。
「お前たち、今夜も同じ宿に泊まるのか?」
「えっ? ええ、部屋が空いていれば、そのつもりです」
「一足先に私たちが取っといてやる。夕飯は一緒に食おう。私たちのおごりだ」
「うなぎが食べたいです」
エーリカの言葉にデボラは「そいつはいい」と大笑いする。そして、「助かったぜ」と魔物と足を挫いたエルマを乗せた手押し車を押していく。
同じようにリタも「また後で」と気絶しているマリーを抱えながら、よちよちと行ってしまった。
嵐のように過ぎ去った一連の出来事。未だに頭が追い付かず、落ち着かない気分であるが、無事に人助けできて良かった。またデボラの嫌疑も晴れ、友好な関係になったのも良かった。
私とエーリカは顔を見合すと、足を踏み外さないよう慎重に来た道を帰るのであった。
魔物に遭遇する事もなく無事に木道の入口に戻る。
遠くに数人の衛兵が北門へ向かう姿が見えた。たぶん助けに来た衛兵で、途中でデボラたちと会い、事情を聞いて帰っているのだろう。
現在は昼過ぎ。
まだ魔物釣りをする時間はたっぷりある。だが先程の件で疲れてしまったので、止める事にした。
草むらに放り込んでいた縄を引き寄せると、とても重かった。
「カニが餌に食らいついてますね」
「ああ……凄い数のカニがね」
ズルズルと縄を引き寄せた先には、隙間なくベアボア肉を掴むカニの集団。ベアボア肉は大人気であった。
「気持ち悪いけど、水魔石の為に倒しておこうか」
私はレイピアを抜くと、カニの集団に向けて光刃を放った。
「……なぜ!?」
軽々とリザードマンを輪切りにした光刃なのに、カニには傷一つ付かなかった。それだけでなく、今だにベアボア肉を食べ続けているあたり、攻撃された事すら気づいていない。
強くなったと自負していたのに、カニの前ではあっけなく自信が崩れていった。
「非常に硬い殻のようです。その代わり……」
エーリカはカニの集団に右手を伸ばすと、バチバチと弾けている雷属性の魔力弾を放つ。
バチッと電気が迸ると、一瞬でカニの集団はパタパタと倒れた。
「ナマズやウナギ程度の魔術で倒れた魔物です。耐性が極端ですね」
私の心情など露知らず、エーリカは倒れたカニを収納魔術に仕舞っていく。
もう一本の縄を引っ張ると、今度は二匹のカメがベアボア肉に噛み付いていた。これも私の光刃ではビクともしなかったが、エーリカの炎属性の魔力弾で簡単に無力化できた。
うーん、私の強さは気のせいかも……。
半日ほど時間が空いてしまった。
昨日泊まった『憩いの花園』へ戻ってゆっくりしてもよいのだが、戻った所でやる事がない。
そこで私たちは、石材屋に行き、今日捕まえた魔物の魔石を売る事にした。
「魔物を狩ってきたのですが、解体ができないので代わりにしてもらえます?」
「おう、任せておけ」
今朝会った青年にお願いすると、軽く引き受けてくれた。
カエル一匹、カニ多数、ナマズ一匹、ウナギ一匹、リザードマン三匹、カメ二匹の死骸を地面に並べる。
「リザードマンまで退治したのか。凄いな」
青年は手馴れた手つきで、魔石だけを取り出していく。
毒持ちのカエルは、足で踏み付けながら腹を切り裂いて魔石を取り出す。
カニは、お腹の前かけを外すと、力任せに殻を剥がして魔石を取り出す。
ぶつ切りになっているナマズとウナギは、水と塩でヌメリを取ると内臓部分から魔石を取り出す。
ぶつ切りのリザードマンも内臓だけを取り出し、その中から親指サイズの魔石を取り出す。
カメは、甲羅が硬くて無理との事。
基本、魔石は内臓……特に中心部分にあるようだ。
「リザードマンは一匹で銅貨二枚、他の魔物は全部クズ魔石なので合わせて銅貨一枚だ。初めての客だから、全部合わせて大銅貨一枚で買い取ろう」
サービスしてくれたのだが、それでも安い。でも冒険者ギルドだと、もっと安いとの事なので買い取ってもらう。
予想していたが、やはり水魔石の為に危険な魔物を狩るのは、割にあわなかった。
石材屋を後にした私たちは、馬屋に向かった。
馬屋は、馬の売買やレンタルだけでなく、馬を預けて面倒もみてくれる。ただ預けた場合、厩舎の一角に入れて餌だけを与えるだけ。つまり、馬場で運動をさせたり、散歩に連れていったりはしない。
そういう事もあり、暇を持て余しているだろうクロの事を思い、少し街の外を乗馬する事にした。
案の定、暇で暇でストレスを溜めていたクロは、街を出るなり軽快に走り出す。
時間潰しで乗馬を始めた私たちはクロ任せに街道を進む。
しばらくすると湿原から流れる小川に出たので、川辺まで行き、少し遅めの昼食を摂る。
組んだ石の中に枯れ木を入れ、エーリカの魔術で火を起こす。
火が安定したらワニ肉、鳥肉、ホーンラビット肉、ゼーフロッシュ肉を枝に刺して焼いていく。
焼き上がるまでの間、川で汚れた衣服を洗い、近くの枝に干す。
こういうのも久しぶりだな。
異世界に来て数か月が経つ。
最初は一人っきりだったが、今では沢山の仲間と共同生活をしている。
ぼっち生活を満喫していた女子高生の時とはまったく逆の生活。
今の生活も悪くはないのだが、たまには少人数で行動するのも悪くない。
エーリカも私と二人っきりで、どことなく満足顔である。
クロは……良く分からない。
「カメは美味しいのでしょうか?」
細心の注意を払いながら肉を焼いているエーリカが、視線を逸らさずに尋ねた。たぶん、カメの魔物を思い出したのだろう。
「うーん、美味いって話はよく聞くけど……まったく食べたいとは思わないね。甲羅を開いた状態を想像すると、うげぇーとなる」
「……わたしも止めときます」
少しだけ葛藤したエーリカが素直に諦めてくれて、ほっとする。
その後、塩胡椒だけの焼いた肉を食べ、まったく乾いていない衣服を仕舞うと、私のお尻が限界を迎えるまで乗馬を楽しんだ。
クロを馬屋に預けた私たちは、昨日泊まった『憩いの花園』に着く。
デボラが約束してくれた通り、部屋は確保してくれている。さらに宿泊代もデボラたちのおごりらしい。
部屋に荷物を置いてから食堂へ向かうと、すでにデボラたちが座っていて、私たちを待っていてくれた。
「宿代まで出してもらい、ありがとうございます」
「命を助けられたんだ。このぐらい安いものさ。夕食も私たち持ちだから好きなだけ食べてくれ」
がははっと豪快に笑うデボラ。完全に気を許してくれていた。
正面に座っているデボラたちを改めて見る。
デボラは、散々コングみたいと言っている通り、灰色の髪を短く刈り、筋骨逞しいので、ぱっと見、男性に見える。ただ真横から見ると、大胸筋とは違う女性らしい膨らみが確認できるので、女性だと分かる。そんなデボラは、ガバガバとエールを飲み、自分たちの事を楽しく語っている。
短剣を使うリタは、腰まである黒髪を後ろで束ねている。さらに細身の長身の為、クールな雰囲気が出ている。そんなリタは、果実水を飲みながらデボラの話にちょくちょくツッコミをしていた。
弓矢を使うエルマは、どことなくマリアンネに似ており、ふんわりとした雰囲気がある。肩まで伸ばした赤髪もふんわりとしており、弓矢を使うイメージとはかけ離れている。
そんなエルマは、ワインを飲みながらデボラとリタの話をニコニコ顔で聞いていた。
デボラ、リタ、エルマの三人は幼馴染で、ボルンの街から少し離れた村で生まれ育った。
村は非常に貧しく、若者はボルンの街まで出稼ぎに行くのが当たり前。デボラたちも同じで、年頃になるとボルンの街へ行き、仕事を探した。その就職先が冒険者だったようだ。最初に腕っぷしの良いデボラが冒険者になり、デボラを手伝う形でリタとエルマも続いた。
今では青銅等級冒険者まで昇級し、生まれ育った村の為にお金を稼いでいるそうだ。
「もう一人の……気絶していた子はずっと一緒じゃないの?」
この場にいないもう一人の仲間の事を聞くと、「ああ、たまに一緒に依頼を受ける関係だ」とデボラが答えた。
「マリーは、私たちとは別の村の出身で、母親と二人で暮らしている」
「優秀な魔術師だから毎回一緒に依頼を受けたいんだけど、住んでいる場所が違うからどうしてもすれ違っちゃうんだよね」
「今回は、すっごく久しぶりの再会だったんだがな」
今も部屋で寝ているマリーを思い、三人は暗い顔をする。
「私たちだけで食事してもいいんですか? 怪我は大した事無いんですよね。調子が良ければ、誘った方がいいのでは?」
「気にしなくていい。元々体が丈夫じゃない奴だ」
「母親の事もあり、色々と心労が溜まっていた所で、今回の騒ぎだもの。自分から辞退したから、このまま休ませた方がいいわ」
「逆に気にし過ぎるのも悪い。気にせず食べよう」
タイミング良く食事が運ばれてきたので、このメンバーで食事を始める。
食事内容は、昨日と同じでワニ料理がメイン。ただエーリカの前には何やら怪しげな煮込み料理が追加で置かれている。
「嬢ちゃんがウナギを食べたいと聞いてな。特別に作ったぜ」
厳つい顔の亭主はニヤリと笑う。
スープは赤カブが入っているようで真っ赤である。それだけならいいのだが、肝心のスープはドロドロで、餡掛けスープみたいになっていた。もしかして、ウナギの分泌物を使っているのだろうか?
ウナギが食べたくて仕方がなかったエーリカは、休みなくスプーンを動かす。
願いが叶って良かったね、と言いたいが、エーリカの瞳には光が差しておらず、手の動きも機械的でまったく感情が無くなっていた。
ベアボアスープを飲んだ時と同じ症状。つまり、同じくらい不味いのだと分かった。
「なかなか強烈な味だろ。この街の郷土料理らしいが、貧乏人しか食べない」
「私たちが駆け出しだった頃は、これで生きながらえていたわ」
「思い出したくない味。綺麗な宿に泊まり、美味しい料理が食べられる事に感謝だわ」
デボラが「思い出の味か……久々に食べたくなってきた」と正気とは思えない言葉を呟くと、エーリカはすぐさまデボラの前にスープを移動させた。
食べ掛けのスープだが、デボラは「不味い、不味い」と笑いながら食べ尽くしている。
ちなみに後でエーリカに聞いた所、生臭さと泥臭さと苦味が混じり合っているらしい。それがドロドロスープに凝縮しているとの事。
食べなくてよかった。
食事中、先輩冒険者という事もあり、色々とアドバイスをもらったり、失敗談や武勇伝を聞いたりする。
私の方は、ドワーフ村でゴーレムを作った話をしたら、ぜひロックンを見たいと食いついた。今度の『女神の日』にダムルブールの街へ行くので、見せてくれと言われた。
これも何かの縁なので、アナの家の場所を教えておいた。
ただゴーレムのロックンを見たいという事だが、アナの家には、自動人形や妖精やエルフやドワーフやスレイプニルやおっさんの姿をした女子高生がいるので、ロックンなど霞んでしまうだろう。
見世物博覧会か!?
昨日、今日と出会った相手だが、同じ冒険者という事もあり、話は途切れる事はない。
料理を食べ、飲み物で喉を潤し、会話を楽しみながら、夜は更けていった。




