338 救難信号 その1
光の刃で電気ナマズと電気ウナギを討伐。毒持ちのカエルと大きなカニもナマズたちの電気で死んでいる。
エーリカ曰く、カエルもカニも私の手柄との事で、私も昇級試験の条件はクリアした。
「四匹とも水属性の魔物なんだよね」
「はい、カエルもカニもナマズもウナギも目的の水魔石持ちです」
水属性の魔物なら石材屋で売る為に魔石を取り出したいのだが……どうやって取り出そう?
「カエルは毒持ち、カニは硬い、ナマズとウナギはヌメヌメ。どうやって解体しようか?」
「わたしは毒耐性がありますのでカエルは任せてください。ナマズとウナギは水で洗えば何とかなります」
ナマズはともかく、ウナギはヌタウナギみたいに凄くヌメヌメ成分を巻き散らかしている。水程度で洗い流せるのか?
「カニはどうする?」
「ご主人さまの武器なら細切れに出来るでしょう」
細切れにする事自体は可能ないのだが、この後、昇級試験達成の証拠として冒険者ギルドに提出しなければいけない事を考えると、グチャグチャのメチャメチャな状態で提出するのは気が引ける。
「それはそうと……わたし、カニを食べた事がありません」
……そうですか。
「カニの中にも毒を持っているものがいるから、下手に食べない方が良いよ」
「ウナギとナマズは?」
エーリカは、チラリとぶつ切りになっているウナギとナマズを見る。
まだ諦めていないようだ。
「毒云々は置いといて、ウナギとナマズは泥吐きをしなければいけない。つまり、生け捕りにして数日間綺麗な水に入れていなければいけないの。だから、生きたまま持って帰る方法のない私たちでは、ウナギもナマズも後で調理する事は無理だね」
再度、エーリカを納得させる。
ニュチョニュチョ塗れのウナギを見て、私のウナギ欲はすでに霞へと消えているので、断固食べるのは拒否する。
「話を戻すとして、魔石を取るのはプロに任せよう。下手にやって大事な魔石を壊したら元も子もないからね」
魔石を取り出すのを諦めた私たちは、エーリカの収納魔術に魔物の死骸を放り込んでいく。無論、ウナギとナマズは水で洗ってから入れた。
全ての死骸を片づけた私たちは、再度地面に腰を落とし、縄を掴んでぼーっと魔物が釣れるのを待つ。
石材屋は冒険者ギルドよりも高く魔石を買い取ってくれると約束してくれたが、さすがに小指サイズのクズ魔石を数個持っていっても値段が付かない可能性がある。だから、数を集める為、魔物釣りは継続。帰るのは明日なので、暇潰しにはちょうどいい。
………………
…………
……
「釣れないね。ベアボア肉はワニしか食べないのかな?」
「そうかもしれません。今度はワニ肉で試してみましょうか?」
私とエーリカが縄を引き戻そうとすると、遠くの方からパーンと破裂音が聞こえた。
「何の音?」
「湿原の奥からです」
エーリカの指差している方を見ると、湿原の上空に煙が広がっていた。
何の煙だろ? と首を傾げていると、地上から光の玉が上がり、空中でパーンと弾けた。
「魔術? 鳥の魔物でも撃ち落としているのかな?」
「確信はありませんが、救難信号用の魔術具ではないでしょうか」
「救難信号? 困っている人がいるって事!?」
「救難信号用の魔術具ならそうなります」
「助けに行った方がいいよね」
「街の城壁から監視している衛兵がいるので、すぐに駆け付けてくると判断しますが……ご主人さまにお任せします」
私も人に丸投げするが、エーリカも私に丸投げだ。
うーん、どうしようかな?
湿原の奥は強い魔物がいる。その為、湿原の奥に行く事が許可されているのは、腕利きの冒険者ぐらいだ。そんな場所からの救難信号なので、強い魔物に襲われている可能性が高い。それも朝方、私に絡んできた女性冒険者たちの可能性が高い。
下手に私たちが行くよりも衛兵に任せた方が問題が起こらないだろう。
ただ連続で救難信号が撃ち上がっている事から悠長に衛兵を待っている時間がないかもしれない。
うーん……。
「……行ってみよう。危険かもしれないけど見て見ぬ振りをしたら、昇級試験で減点されるかもしれない。もしかしたら単純に泥にはまって足が抜けないだけかもしれないしね」
もし魔物がいたら私では役に立たないのでエーリカに任せよう。丸投げはお互い様である。
私とエーリカは木道に入る。
木道は大人二人分ほどの幅があるが転落防止の柵などはない。さらに定期的に手入れをされておらず、所々腐っていたり、板が外れていたりしている。その為、小走り程度しか速度が出せないでいた。
沼を迂回するように木道が敷いてあり右へ左へと蛇行するので、なかなか救難信号の場所まで辿り着けない。
それでもなるべく速く走っていると、陸地が現れ木道が無くなった。
草も生えていない円形の陸地には来た道とは別に二つの木道が続いている。つまり三又。どっちに行こうか? と悩むが、救難信号の煙が空に漂っているので、そっち側の木道へ入っていく。
深みのある沼地の隙間を進んでいくと、徐々に金属音が聞こえてきた。さらにすぐ近くで光の玉が撃ち上がり、上空で破裂した。
近い!
木道から足を踏み外さないように気を付けながら急いで駆け付けると、先程通った三又と同じ、草がまばらに生えているだけの陸地に辿り着く。
そこには予想していた通り、例の女性冒険者たちが魔物と対峙していた。
ガタイの良いデボラは両手にメイスを握り、中腰の状態で呼吸を整えている。
デボラの斜め後ろには、短剣を持った女性が同じように中腰で様子を伺っている。
さらに後方には、一人の女性が地面に倒れており、その女性を守るように弓矢の女性が地面に座りながら青い顔をしていた。彼女の足元には見慣れない筒状の物が地面に捨てられている。あれが救難信号の魔術具だろう。
そんな彼女たちが対峙する魔物は、二足歩行のワニで、左手には槍が、右手には盾が握られていた。
「リザードマンです」
「リザードマン……あれが?」
色々なゲームに登場する有名な魔物だ。
硬い鱗、長い尻尾、頭脳もそこそこ高く、武器まで使う。武闘派の魔物。
そんなリザードマンは、暗緑色の鱗に薄っすらと黒いオーラみたいなものが纏わりついており、さらに瞳が真っ赤になっていた。もう見ただけで非常に危険な魔物である。
「何で、お前たちが……いや、この状況はお前たちの仕業だな!」
「救難信号の魔術具を撃ったのはあなたたちでしょ! 一応、助けに来たんだから、いちいち噛みつかないで!」
怒鳴るように私が言うと、デボラは「お、おう……」と口を噤んだ。
リザードマンは、すぐに襲ってくる事はなく、突如現れた私たちの様子を見ている。それを良い事に私は周りを観察する。
陸地の端には数匹のサハギンが積み重なって死んでいるのを見るに、デボラたちはここでサハギン退治をしていたのだろう。そんな時に格上のリザードマンが現れ、仲間の一人がやられた事で、逃げるに逃げられない状況になったと見た。
「地面に倒れている彼女はまだ生きているの?」
「当たり前だ! 気絶しているだけで、勝手にマリーを殺すな!」
余裕のない状況の為、つい配慮が足りない言葉を使ってしまい反省する。だが謝っている余裕はないので、デボラの暴言は無視した。
「私があいつの動きを止めるから、すぐに彼女を担いで逃げて」
リザードマンに閃光魔力弾を当てて、視力を奪う。その隙にみんなで逃げる。
これが私の作戦。
わざわざ危険な魔物と真面目に戦う必要はない。
そう考えたのだが、デボラは首を振った。
「駄目だ。マリーだけでなく、エルマも足を挫いていて、まともに歩けない。私では二人同時に担いで逃げるのは無理だ」
デボラはチラリと弓矢の女性……エルマを見る。
三、四人ぐらい楽々運べそうな体付きのデボラだが、実際はそこまで力と体力はないらしい。
「リタも無理だ。凄く嫌だが、お前がエルマを担いでくれ」
短剣を握る細身の女性……リタを見てから私を見る。
だが……。
「ごめん。私、こんな見た目だけど、腕力も体力も人並以下なの。もし肩を貸した状態で逃げてもすぐに力尽きて沼に落ちるわ」
緊急事態なので素直に話すと、デボラ、エルマ、リタの三人は、冗談だろ? と怪訝そうな顔をする。見た目詐欺のデボラの事を悪く言えない。
私はチラリとエーリカを見る。
軽々とワニを引き摺る事が出来るエーリカなら人一人運ぶ事が出来そうだ。ただ体が小さいので、担ぐ事は出来ず、ズルズルと引き摺る事になり、逃げ切っても傷だらけになってしまうだろう。
うーん、どうしよう?
気絶しているマリーと足を挫いているエルマを見捨てて逃げるという選択肢はさすがにない。
それならリザードマンを倒するか? ……いや、危険すぎる。
空気を読んでいるかのように私たちの様子を黙って伺っているリザードマンだが、体に纏っている黒い靄が徐々に濃くなっており、それに比例するように空気が重くなっていく。
「凄く怖いけど、倒すしかないわけだ」
「それなら簡単だが……それも無理だ」
タラリと汗を流すデボラに「何で?」と尋ねる。
「あいつに私たちの攻撃は通じない」
「どういう事?」
「どうもこうもない。攻撃が当たっても傷一つ付かないんだ!」
目の前のリザードマンは凄く硬いようだ。
「魔術や魔法、魔術具の類も効かない。今までリザードマンは何匹か倒した事があるが、目の前の奴は異常だ」
「黒い煙を出すリザードマンよ。普通のリザードマンじゃないのは見れば分かる」
短剣のリタもリザードマンから目を逸らさずに口を挟む。
普通じゃないリザードマンらしいが、普通のリザードマンも知らないので、「そうなんだ……」としか返せない。
「救難信号の魔術具は、あと何個あるの?」
「残り二個」
「無理に倒そうとしないで、衛兵が来るまで時間を稼ごう。エーリカ、出来る?」
「任せてください」
エーリカは力強く頷いた。
デボラたちも合わせて頷く。
作戦らしい作戦ではないが、戦いの方向性は決まった。
「グワァァーーッ!」
突如、リザードマンが雄たけびを上げる。
空気がビリビリと震え、腰が抜けそうになるが何とか耐える。
「ご主人さま、来ます」
リザードマンの瞳がさらに赤く染まると槍と盾を構えながら、のしのしと近づいてきた。
やるしかない!
「みんな、強い光を放つ弾を撃つ。直視しないで!」
何度もフレンドリーファイアをした閃光魔力弾を作り出すと、近づいてくるリザードマンに向けて放つ。
一直線に飛んで行った魔力弾は、リザードマンの盾に当たり、閃光が走る。
「グァー!?」
「効いた!」
リザードマンの盾は小さな丸盾。
閃光魔力弾の光を完全に防ぐ事は出来ず、リザードマンの全身を覆う。
閃光塗れになった事で、リザードマンの体に纏わりついていた黒い靄がペリペリと剥がれていき、蒸発していった。
「ご主人さま、今です」
「分かった」
視力を奪われた事でむやみやたらと槍を振り回すリザードマンに私はレイピアを振った。
「……あっ!?」
シュンと飛び出した光の刃は、難なくリザードマンの体を通り抜けると、そのまま上半身と下半身が離れ、ドスドスと地面に落ちた。
「あー、なんかごめん。……倒しちゃった」
緊張していた空気が弛緩する中、私は呆気に取られているデボラたちに向けて、謝るのだった。
空気が読めなくて、ごめんね。




