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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第五部

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335/347

335 石材屋と冒険者ギルド

 隣町ボルンに来て最初の朝を迎える。

 初めての場所でも朝起きると胸板にエーリカがしがみ付いているので、普段と変わらない気分で起床できた。

 朝の鐘と同時にエーリカが起き上がる。

 どんな場所でも朝食時間は変わらない。

 着の身着のまま食堂に向かおうとするエーリカを引き留め、身だしなみを整えるのも毎度の事である。

 本日の朝食は、ワニ肉を使ったソーセージの盛り合わせ。

 張りのないソーセージだが、癖のないワニ肉なので、それなりに美味しかった。

 何度も言っている事だが、食べられる食事が出てくるだけで当たりである。

 異世界は、食事も住居も娯楽も現代日本と違う。

 これからトラックに跳ねられ異世界に飛ばされる予定の人は覚悟した方がいい。

 漫画や小説はフィクションであり、本当の異世界生活は過酷である。

 現在進行形で生活している私が言うので間違いない。

 はぁー、日本に帰りたいなぁー。


 食事を終えると入れ違いに四人の女性が入ってきた。

 コングのような屈強な女性がいるので冒険者と思われるのだが、こんなにゆっくりで良いのだろうか? 

 冒険者は良い依頼を受ける為、朝食もそこそこに朝一で冒険者ギルドに行く職業だ。

 冒険者ギルドもその辺を考えて、開店時間を直してほしいよね。

 そんな彼女らと視線が合う。

 先頭を歩くコングがキッと睨んだ気がするが、特に挨拶もなく席に着いたので気のせいだろう。

 

 

 厳つい宿の亭主にチェックアウトを済ますと工業地区へと足を運ぶ。

 涼しくひんやりとした貯蔵室を作る為、水魔石を使った石材が必要。その為、今から石材屋に行く。事前に宿屋の亭主に場所を聞いているので迷う事はない。

 石材屋は街の端にある小山の側面にあった。

 受付事務所のような建物はなく、広々とした作業場と掘っ立て小屋だけしかない。

 塗装屋のように上半身裸の男性たちが朝早くから汗水流しながら作業をしている。

 従業員の一人を捕まえ、石材の購入を伝えると、作業場の奥にある掘っ立て小屋に行けと言われた。

 大きな岩を楔で割る作業、水と砂を混ぜた粘土を捏ねる作業、粘土を型に嵌めてレンガの形にし天日干しする作業、さらに大きな竈でレンガを焼き上げる作業。

 食事処を改築している所為か、石材屋の作業は興味深い。ただ、ゆっくりと見学すれば、完全に邪魔しそうなので、さっさと奥と進んだ。


「石の購入ですか?」


 掘っ立て小屋に向かう途中、一人の男性が私たちに気が付き、近づいてきた。

 年齢は二十代前半で柔和な笑顔の好青年であるが、やはり彼も上半身裸の細マッチョであった。


「ここを仕切っている父が用事で出かけていますので、俺が代りに聞きます。どのようなご用件ですか?」


 物腰柔らかな言い方をする青年に私は事情を説明し、水魔石を使った石材を購入する意思を伝えた。


「水魔石のレンガは作っています。この街でも何件か、食材を保存する為に水レンガを使っている所がありますよ」

「やはり効果あるんですね」

「ええ、もちろん」


 「ちょっと待ってください」と青年はどこかへ行くと、二つのレンガを持ってきた。


「こちらが水レンガ、こちらが普通のレンガです。触ってみてください」


 見た目は同じ。だが触ってみると水レンガの方が若干ひんやりとしていた。


「表面が少しだけ湿っていますね。これで貯蔵室を作ると湿度が上がって、食材が駄目になったりしませんか?」

「全て水レンガで作ってしまうと、そうなります。だから、通常のレンガも合わせて使うんです。比率は半々ぐらいです」


 その後、水レンガを使った貯蔵室の注意点を述べていく。

 日差しの良い場所は避け、日陰になる場所に建てる。地下は湿度が上がるので駄目。広く作らない。最低二つの空気穴を空けておく。……などなど。

 聞く限り効果はありそうだし、貯蔵室を作るにも容易そうだ。

 ただ問題は……


「それで、お値段はいくらぐらい?」


 そう値段。

 そもそも高過ぎたら、購入以前の話である。

 ドキドキしながら青年から値段を聞くと、普通のレンガの二倍であった。

 うーむ……微妙に高い……。

 

「水属性の魔石を練り込んでから焼き上げます。その際、魔石の効果が壊れないようにするのが難しいのです。また魔石を入れる分量も難しく、入れすぎると水が染み出しますし、少なければ効果が出ません。手間のかかるレンガなのです」


 色々と青年は説明するが、要するに技術料で倍の値段になっているようだ。


「ちなみに水魔石を私たちで用意したら、少しは値引きしてくれますか?」

「値引きはないです」

「えっ、ないの!?」

「水レンガで使う魔石量は多くないですし、品質も屑魔石で間に合います。ただ作るのに手間が掛かるので値引きは一切しません」


 うーん、当初の予定では、魔石を用意する代わりに値引いてもらうはずだったのだが、完全に狂った。


「ただ値引きはしませんが、水魔石は買い取ります。それも冒険者ギルドよりも高値です」

「本当ですか?」

「ええ、クズ魔石でも買い取ります。大した値段ではないですが……」


 それは助かる。実質、値引きと大して変わらない。

 ……ん?

 そもそもの話、私たちは昇級試験のついでに魔石を集めて、それで値引きしようと考えていた。

 だが私たちの試験内容は、最低一人三匹の討伐で、それも等級相応の魔物だ。

 つまりクズ魔石しか集める事が出来ず、さらに沢山退治するつもりはない。

 結局、値引きしたとしても気持ち分しか下がらなかっただろう。

 その事をエーリカに伝えると、「……そうですね」と返ってきた。

 元々知っていたのか、それとも思い至らなかったのか、いつもの眠そうな表情で返答したのでエーリカの真意は分からない。

 

「エーリカ、結構な値段になりそうだけど、水レンガは購入する?」

「ティアねえさんから貰ったお金の範囲で購入すれば良いのではないでしょうか」


 元から購入する予定で隣街まで来たのだ。無駄足踏まない為にも水レンガを購入しよう。


 私は青年に払える金額分の水レンガと普通のレンガを注文した。


「水レンガが少し足りないな。今日中には用意しますので、明日以降に取りに来てくれますか?」

「ええ、構いません。お願いします」


 この街にもう一泊する事が決定した。

 


 石材屋を後にした私たちは冒険者ギルドへ向かう。

 この街の冒険者ギルドも街の中心地にあり、冒険者たちが出入りしていた。

 間取りや作りも殆ど同じで、冒険者が掲示板を見て吟味したり、窓口に並んで依頼の授受をするのも同じ。違いがあるとすれば、若干建物が小さく、冒険者の数が少ないぐらいだろう。

 私たちはまず掲示板に掛けてある周辺地図を見た。

 ボルンの街は言葉では表現できないほど歪な形をしている。それもその筈で、街の北側には広大な湿原が広がっており、それに合わせて街が作るられているからだ。

 このボルン湿原の源流はさらに北にある山脈から流れており、その山脈の先に別の国があるようだ。またボルン湿原の水は色んな場所に分岐し、その一つが名も無き池にまで繋がっていた。

 思っていた以上にボルンという街は、重要な場所のようであった。


 地理については何となく分かったので、次は湿原に現れる魔物について調べる。

 地図の横に多数の木札が掛かてあり、大量の文字と下手糞な絵が描かれていた。どれも魔物の情報である。

 絵だけではまったく分からないので、文字が読めない私の代わりにエーリカに読んでもらう。


「エーリカ、どんな魔物がいるの?」

「沢山います。ヘビ、ワニ、カエル、ネズミ、牛やモグラもいるそうです」

「それ全部魔物なの?」

「はい、そうです。さらに昆虫類も鳥類も豊富らしいです」


 魔物の宝庫。

 そんなにも魔物がいるのなら、普通の生き物は生存できないかもしれない。

 もしかして、私たちが食べたワニ肉も魔物だったりして。


「湿原の奥の方には、リザードマン、サハギン、ケルピーもいて、危険と書いてあります」

「奥まで行かないからその辺は無視して、私たちの等級に合う魔物はどれかな?」

「泥のようなスライム、毒持ちのカエル、大きな爪をもつカニ、水魔術を使うトカゲなどが該当します。他には……」


 この後も沢山の魔物を教えてくれるが、数が多すぎて頭に入ってこない。


「あっ、ご主人さま!」

「どうしたの?」

「ウナギがいるそうです」


 それがどうした?


「わたし、『うな丼』が食べたいです」

「…………」


 私の魔力から『うな丼』を調べたのだろう。

 うん、私も食べたいよ。

 でも無理です。


「エーリカ、良く聞いて。ウナギは串打ち三年、裂き八年、焼き一生と言うように、調理するのが難しい。ウネウネ動くし、ヌルヌルして滑るしで、素人が見よう見真似で出来る事じゃない。やれなくはないが私では無理。それ以前に材料が足りないよ。お米もないし、タレを作る醤油やみりんもない。だから、諦めようね。私の為に」


 うな丼と聞いて、凄く食べたくなってきた。でも食べる事できない今、食べたい欲求を押さえる為に考えるのを止める。

 だからエーリカではなく、私自身に向けて、作れない理由を述べて諦める。


「そもそも、そのウナギ、魔物だよね」

「はい、電気を発して敵を気絶させた後、丸のみにするそうです」


 丸のみって……それウナギじゃなくてアナコンダじゃないの?

 食べたい欲求が一瞬で消えていった。


 私が無理無理と言うと、いつもの眠そうな表情のエーリカであるが、どことなくツインテールが力無く垂れ下がっていく。


「ま、まぁ、私は無理だけどウナギ料理に関しては、この街のどこかで提供しているかもしれないね。ワニ料理があるんだから。今日の夕飯にでも探してみようか」


 仕方なく妥協案を伝えると、「はい!」とエーリカのツインテールが元に戻った。


「は、話を戻そうか……それで魔物だけど、空を飛ぶ鳥の魔物や水中の魔物は倒すのが難しそうだから、それ以外を狙うって事で良いかな?」

「はい、そうなります。ただそれ以外と言っても、色々な魔物が多数いるようなので、選別は難しいと判断します」


 広大な湿原の為、あらかじめ決めた魔物だけを狙うのは難しいとエーリカは言う。


「魔物寄せの声を出しても無理?」

「スライム程度なら可能です」

「泥のスライムだっけ? どういったスライムかは分からないけど、所詮スライムだよね。これを狙えば試験は達成じゃない?」

「はい、試験に関しては問題ありません。ただこのスライムは土属性の魔石しか落としません」


 ああ、水魔石もついでに集めたかったんだった。

 結局、いつも通り、成り行きに任せての魔物退治になりそうだ。


「あと知らなければいけないのが、湿原での戦い方だよね」

「掲示板には乗っていません」

「それなら直接聞きにいこうか」


 現在、二つの受付が空いている。

 一つは人生に疲れ切ったような覇気のない中年の男性が正気のない顔で書類を見ている。もう一つは朝一だというのにニコニコ顔の青年がテキパキと山積みの木札を整理していた。

 勿論、青年の元へ向かう。


「冒険者の……お客様ですね」


 青年は私の顔を見てからスススッとエーリカに視線を移すと、すぐさま訂正した。

 いちいち口で説明するのが面倒臭いので、冒険者の身分証を見せて、事情を説明する。


「なるほど、湿原の魔物を退治したいのですね。えーとですね……」


 レナのように塩対応する事なく、青年はハキハキと魔物退治の方法を教えてくれた。


 まずボルンの街の周囲には魔物が入ってこないよう結界のようなものが張ってある。そのおかげで街の近くの湿原で魔物を誘い出せば、私たちの等級にあった弱い魔物に出会えるそうだ。


「どうやって魔物を誘えばいいんですか?」

「魔物が寄ってくる薬草が売っていますし、肉などのエサでも来ます。また魔物によっては音などを出すとエサと勘違いして近寄ってくる事もありますよ」


 それ知っている。

 ガリガリと地面を擦ればカエルが寄って来るんだよね。


「簡単に見つけやすそうだ」

「ええ、沢山の魔物が生息していますので発見する事自体、簡単です。ただ魔物とはいえ、すぐに陸には上がってきません。どうやって自分たちの戦いやすい場所に誘えるかが冒険者の腕の見せどころです」

「直接、湿原の中に入っては無理そうですか?」

「それは止めた方が良いでしょう。水分を含んだ地面ですので、非常に柔らかくなっていて、抜け出せなくなります。また沼などには絶対に落ちないでください。周りの土が柔らかいので這い上がる事が難しく、そのまま力尽きて溺死します」


 水の中に落ちたら、幽霊が出る家のプールみたいになってしまうと……絶対に近づかないぞ。


「湿原の奥に行く為に地面に橋が架かっていますが、こちらは熟練の冒険者用です。決して使わないでください」


 湿原の奥へ行くほど、強い魔物が現れる。

 それらを退治する為の橋で、底辺冒険者である私たちでは立ち入り禁止との事。

 

「一応言っておきますが、魔物だけでなく普通の生き物も生息しています。その中にはワニや毒蛇などもいます。くれぐれも気をつけてください」


 そう言って、青年は説明を終える。

 私たちは感謝の言葉を告げると、冒険者ギルドを後にした。


 安全に魔物退治するには、街の近くの陸地から薬草なりエサなりを使って魔物を誘い、陸地に上がった所を叩く。

 どんな魔物が上がってくるかは分からない。

 つまり五目釣り……もとい、五目退治である。

 何事もなく無事に終わればいいのだが……。


 そう思いつつ、私たちは冒険者ギルド印の道具屋へと向かうのだった。


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