334 隣街ボルンに行こう
アナの家に戻ってきた私とエーリカは、みんなを集めるとこれから昇級試験の為に隣街へ行く事を伝えた。
「エーリカが行くなら僕も行こう」
「仕方ないわねぇー。あたしの分身体を一人貸してあげるわー」
「…………」
リディー、ティア、ロックンが同行しようとする。
今まで冒険者でないリディーやフィーリンにも依頼を手伝ってもらった事がある。本来は他者の手を借りて依頼を達成するのは駄目なのだが、大ミミズの時のように、状況によっては冒険者だけで対処できない事がある。その場合、詳細に報告をする事で、冒険者の判断や技量などを評価してもらっている。
そういう事で他者による協力はグレーな部分があるのだが、今回は昇級を兼ねた依頼である。
その事を理由にエーリカは、「昇級試験なので駄目です」と頑なに同行を拒否する。
魔物退治の時だけ手を貸さなければ良いのだが、どこで減点されるか分からないので、私も同意見だ。まぁ、エーリカの場合、私と二人っきりになりたいだけなのだが……。
「そういう事で、二、三日ほどしたら帰ってくるよ。アナ、クロかシロのどちらかを貸りるね」
本当は二匹とも連れて行きたいのだが、私が乗馬に慣れていないし、それに仔馬のアカが一匹になると可哀そうなので、クロかシロのどちらか一匹だけしか連れていかない。
馬場に近づくとグルグルと馬場内を走っていたクロが私に気が付き、近づいてきた。
シロとアカは、私に気づく事なく地面に生えている草を食べている。
そういう事で、遠出するのはクロに決定。
「よろしくね」と柵から顔を出しているクロの首筋をポンポンと叩くと、お返しとばかりに頭を甘噛みされた。
アナがクロに馬具を装着していると、自分たちも、とシロとアカが急いで近づいてきた。
「お前たちはお留守番。ごめんね」と私がシロとアカの首筋をポンポンと叩くと、抗議するように頭を甘噛みされた。
「シロちゃん、アカちゃん、安心して。おっちゃんたちが行っている間、ホーンラビット狩りに連れて行ってあげるからねー」
食事処でホーンラビットの肉を提供するので、冒険者の依頼抜きで定期的に狩りを行っている。ただ最近、近隣の森や林の中でホーンラビットを見かけなくなってしまったので、少し遠出しようと話し合っていた所だ。
うーむ、食材調達の為とはいえ、狩り尽くしてしまうと生態系が崩している気がするのだが……。大丈夫だよね、魔物だし……。
いつにしようか? とシロとアカに相談しているティアに石材用のお金を借りると、私とエーリカはクロに飛び乗った。
「お前たち、ボルンの街はワニ料理が有名だ。味わってこい」
ディルクから余計な情報を聞く。
湿地帯だからワニがいるんだね。……そんな場所で魔物退治したら駄目な気がするんだけど……。行くの止めようかな。
などと迷うが、すぐにエーリカがクロのお腹を蹴って動き出したので、結局行く事になってしまった。
暖かい日差しを浴びながら、のんびりと街道を進む。
ポクポクと進む私たちの横を馬車が追い越していく。
うーん、さすがにゆっくり過ぎである。
クロも同じ意見らしく、頻繁に「ブヒン、ブヒン」と頭を振っていた。
「ねぇ、エーリカ。私のお尻を気遣ってくれるのは有難いけど、もう少し速くしてもいいよ」
「いえ、駄目です。慣れない乗馬でご主人さまの大事なお尻を痛めてはいけません。ご主人さまの体調が最優先です」
そう言うなりエーリカは、私の胸に凭れ掛かっている体をさらに押し付けていく。ワイバーン製の皮鎧を着ているのに、痛くないのだろうか?
「そうは言っても、この先何があるか分からないよ。今日中に辿り着けなかったら夕飯が食べられなくなるかもしれないし、最悪野宿になるかも……」
「それはいけません!? ワニ料理を食べ損ねてしまいます」
ガバッと起き上がったエーリカは、クロのお腹を蹴って走らせる。
「ちょ、ちょっと! もう少しゆっくり! 速い、速い!」
今までの鬱憤を晴らすように駆け出したクロを何とか落ち着かせ、駆け足程度の速度にする。
パカパカと軽快に走る事しばらく、青く透き通った名も無き池が見え始めた。
「前の昇級試験の時を思い出すね」と呟くと、凭れ掛かっていたエーリカが起き上がる。
「ご主人さま、リーゲン村に寄りましょう」
「どうして?」
「リンゴが残り僅かですので、補充しておきたいです」
毎回、リーゲン村に立ち寄ると沢山のリンゴを貰っている。それなのにすぐに無くなってしまうのは、エーリカが暇があればバクバクと食べている所為だ。
まぁ、私とクロも食べたりするので、補充できる時にするべきだろう。
特に急いでいる訳でもないので、エーリカの要求通り、名も無き池の畔にあるリーゲン村に立ち寄った。
リーゲン村は、私とエーリカが鉄等級冒険者になる為にリンゴ狩りの依頼を受けた場所だ。ただリンゴ狩りをするだけの依頼だったのだが、なぜか大ミミズ退治になってしまい、リンゴよりもミミズのイメージが強い村である。
そういう事もあり、村人たちは私たちの事を知っており、頼んでもいないのに村長を呼びに行ってくれた。
「お久しぶりです」とニコニコ顔の村長に事情を説明すると、格安で大量のリンゴを売ってくれた。さらに砂糖大根の砂糖までおまけで頂いた。
やる事もやったしお暇しようとしたら、エーリカのお腹からクゥーと可愛い音が鳴る。
それを聞いた村長は家に招き、リンゴパイもどきを昼食代わりに頂いた。
うん、立ち寄って良かった。
街道に戻った私たちは、のんびりとボルンの街を目指す。
食料危機の依頼で訪れたエッヘン村の分岐を通り過ぎる。
ここから先は行った事がない。
「エーリカはこの先まで行ったんだよね」
「はい、ティアねえさんの昇級試験の時に行きました。もう少し行った先の森で試験を行いました」
大まかな話しか聞いていない私は、道中の暇つぶしにその時の事を詳しく聞いた。
「……という事で、ギルマスを倒しました」
「無茶苦茶だな。今回、ギルマスが立ち会わなくて正解だったよ」
その場にいなくてよかった。……あっ、その時は炭鉱作業していたんだった。どっちもどっちだね。
駆け足程度の速度で先を進む。
街と街を繋ぐ街道という事もあり、待合馬車や商人らしき馬車とすれ違う。中には冒険者らしき集団が徒歩で進んでいたりするので、魔物などに遭遇する事はない。
道も整備されているので、分岐で迷ったり、橋が壊れていたりすることもない。
街道沿いにある村や集落で休みを取りつつ、特に問題らしい問題もなく進むと、ようやく目的地であるボルンへ辿り着いた。
時刻は夕方手前。
門が閉まる前に商人や街人が列をなして入門している。
私たちも最後尾に移動し、冒険者の身分証を提示して街に入った。
ボルンの街はダムルブールの街に比べ規模は小さい。一応、商業地区、工業地区、住宅地区と別れているが、ダムルブールの街に比べ、こじんまりとしていた。いや、大聖堂があり、貴族街のあるダムルブールが特別なのだろう。
そんなボルンの街であるが、近くに湿原があるせいか、至る所に小さな水路が流れており、その周りに草木が茂っている。自然豊かな街という事もあり、人々の騒がしさはなく、何処となく長閑で落ち着いた雰囲気であった。
「もう遅いし、宿を探そうか」
今から冒険者ギルドと石材屋に行っても、閉店準備でまともに話を聞く事は出来ない。それよりも宿が埋まって泊まれなくなる可能性があるので、最優先で探した方がいいだろう。
近くにいた衛兵の元へ行き、おすすめの宿を聞くと商業地区の一階店舗の宿なら何処も同じと教えてくれた。
私たちは馬屋にクロを預けると、すぐに商業地区に向かい、宿探しを始める。
「いくつかあるけど、何処が良いかな?」
「ご主人さまがいれば、どの宿でも快適に眠れます」
安上りのエーリカの言葉をスルーしながら、しばらく歩いていると入口に花が植えられている宿を発見。住宅と一体となった小さな宿であるが、どことなく『カボチャの馬車亭』に似ているので、ここに決める。
中に入ると、ガタイの良い厳つい顔した男性が眉間に皺を寄せながら受付の椅子に座っていた。
もしかして宿じゃなく武器屋に入ってしまったようだ。
急いで引き返そうとすると、「泊まりか?」とぶっきらぼうに尋ねてきたので、宿屋で正解だったようだ。
「えっ、ええ……泊まりたいのですが、部屋は空いてないですよね。じゃあ、帰り……」
「空いているぞ」
何だか怖そうなので別の宿にしようとするが、速攻で遮られてしまう。
「お前さん、冒険者……か?」
皮鎧とレイピアを見た宿屋の店主は、スススッとエーリカの方に視線を下げると疑問形へと変わった。
「ええ、一応、冒険者です」
「そうか……飯は出せる。風呂はない。それでいいなら……」
亭主が値段を言う。『カボチャの馬車亭』よりも若干安いぐらい。
このまま断るのもあれなので、念の為、一泊だけお願いした。
「飯はお任せになるが、良いか?」
「ワニ料理が食べたいです」
すかさずエーリカが言う。
そんなに食べたい? ワニだよ? 爬虫類だよ? 映画になるとサメと同じでB級映画になるよ?
「安心しろ、焼いたものと煮込んだものを出す」
うわー、辛いなー。
お金を払うと、亭主は鍵を取り出し、「奥の部屋だ」と受付の奥を指差す。
一切笑顔を見せない厳つい顔の亭主の宿。まったく期待をしていなかったのだが、良い意味で裏切られた。
二つのベッドと小さな机があるだけの部屋だが、綺麗に掃除はされているし、机の上に花まで差してある。シーツも干したてのようで、何となく良い香りがした。
後は、料理が美味ければ文句なし。……あまり期待しないけどね。
夕方の鐘が鳴ると、部屋を出て、受付横の食堂へ入る。
四組の机と椅子が置かれた小さな食堂。その一組に私とエーリカが座る。
貸し切りかな? と思っていると、四人の女性が遅れて入ってきた。
四人の内三人はしなやかな身なりの二十代の女性。それはいい。問題は残りの一人で、ここの亭主の奥さんかな? と思えるほどの巨漢の女性だった。
巨漢と言っても太っている訳でない。失礼な言い方だが、まるで特攻野郎のコングのようで筋骨逞しかった。
「もしかして、冒険者かな?」
「その可能性はあります」
小声でエーリカと話す。
「冒険者なら挨拶をした方がいいかな?」
「必要ないでしょう」
「そう? 初めて来た街だし、絶対にあちらが先輩だと思うよ。顔見知りになった方が良いかと思って……」
「仕事中ならまだしも、今は私的な時間です。邪魔しない方が良いでしょう」
もっともな意見なのだが、如何せん、エーリカの手にはすでにナイフとフォークが握られているので、まったく説得力がない。
まぁ、リディーほどではないが、私も見知らぬ相手に話し掛けるのは苦手だ。そういう事もあり、私はあっさりとエーリカの言葉に従う。そこまでして顔見知りを作りたい訳じゃないしね。
しばらくすると、厳つい亭主が食事を運んできた。
ワニ肉のステーキ、ワニ肉の煮込みスープ、ガチガチパン、ドライフルーツである。
果実水で口を潤すと、早速、ワニ肉を食べてみた。
……ん?
……食べやすい。
「魚の白身? いや、鶏肉に近いね。鶏の胸肉だ」
若干硬さはあるが、日本で食べ慣れた鶏肉に近く、塩胡椒だけの味付けでもいけた。
煮込みスープは、鱗が付いたままの肉が入っていて気持ち悪いが、味は鶏肉の煮込みスープそのまんまで、こちらもいけた。
「はい、ご主人さまの料理に比べたらまだまだですが、なかなか美味しいです」
エーリカも気に入ったようで、ガツガツと優雅に食べ続けている。
私も食べ続けるが……ワニの姿が脳裏を通り過ぎるので、食べやすくてもエーリカほどガツガツと食べる事が出来ない。
でも何とか食べられる。
これ大事。
何はともあれ、当たりの宿で助かった。
明日も泊まる事になったら、ここに泊まろう。
そう思いながら、一日が過ぎていった。
余談だが、この宿の名前は『憩いの花園』と言い、あの厳つい亭主が一人で切り盛りしているとの事。
店の前の花も部屋の花も綺麗に掃除された部屋も亭主の手腕である。
人は見かけによらない。
そういう事である。




