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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第五部

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331/347

331 買い物に出かけよう その2

 目的の一つである『カボチャの馬車亭』に辿り着いた。

 ギリギリ朝食時間という事もあり、パン屋の前に数人の客が並んでいるので、邪魔しないよう宿の方へ回った。


「アケミおじさん、アナさん、ティアちゃん、おはようございます」


 向日葵のような笑顔でマルテが出迎えてくれた。

 私が「近い内に行く」と言った時、マルテは「自分がいる時に来て」と言っていたのを思い出し、「今日は何を作るんですか?」と期待に満ちた顔で問いかけてくる。


「以前、サンドイッチを食べたよね。パンに具を挟んだもの。そのパンを作ってもらうようお願いしにきただけ」


 この世界のパンは、お皿のような厚みのある平らのパンと、太く短いボールのようなパンが主流である。他にも色々な形のパンも見かけるが、食パンだけは見た事がない。だから、毎回フィーリンに型を作ってもらっている。

 ちなみに『食パン』の名前の由来は、普段食べる主食のパン、とどこかで聞いた事があるが本当だろうか?

 まぁ、どちらにしろ、作れる環境があるのならお願いするしかない。


「あぁー、あの四角のパンかー。どうやって作るのか興味ある。カルラおばさんにお願いして、見学させてもらおうかな」

「見学したかったら、残りの仕事もしっかりやるんだよ」


 話を聞いていたのだろう、厨房から出てきたカルラがマルテを叱ると、マルテは箒を持つと「またね」と食堂へと行ってしまった。


「また何か作ってほしいのがあるみたいだね」

「ええ、開店に向けて準備をしていると、足りないものを思い出したり、やりたい事が増えてしまうんです」

「私たちもそうだったよ。しっかりと準備していたのに、開店数日前になって気づいて、急いでお店を探したり、食材の追加注文をしたものさ」


 当時の事を思い出したカルラは豪快に笑い、「良い思い出だ」とさらに笑う。


「パンを柔らかくする液体……なんだっけ?」

「酵母菌ですか?」

「そう、それ。こんな感じで良いのか、ちょっと見てくれるかい?」


 そう言うなり、カルラは熱気が充満している厨房に入る。

 客がいなくなった事で窯の火を消している旦那のブルーノに挨拶を済ませると、奥にある貯蔵室へ通された。

 狭い貯蔵室には調味料の入った瓶や自家製エールの入った樽が置かれている。さらに壁にソーセージやベーコンまで吊るされていた。

 その隙間に陶器の瓶が並んでおり、日付らしきものが書かれている。

 カルラはその陶器の一つを掴むと、中を見せてくれた。

 薄赤茶色に染まった水の中にふやけたレーズンが沈んでいる。そのレーズンの周りに泡が付いているので順調に発酵しているだろう。


「うん、良い感じだと思います」

「それは良かった。始めて作るものだから加減が分からなくて心配していたんだよ」


 アルバンたちに丸投げしていたので、私自身、天然酵母を完成させた事はない。

 ただ何となく、良い感じと思っただけなので、返事は適当だ。


「あと三日四日で完成です」

「そいつは良かった。クズノハさんに貰ったのは、すでに無くなりそうだったからね。まだ色々と試したかったんだよ」


 この二日間、カルラたちはふわふわパンの試作を続けている。分量、発酵時間、竈の火加減などと細かく調べ、もっと美味しいふわふわパンになるよう頑張っているようだ。

 私だったら適当に混ぜて、適当に寝かせて、見た目良く焼ければいいやと思ってしまうだろう。これから食事処を始める私たちには、参考になる姿であった。


 厨房へ戻った私たちは、これまで焼いたふわふわパンの試作を食べさせてもらった。

 カルラたちの努力の甲斐もあり、アルバンたちが作ったふわふわパンよりも僅かにもっちりとしていて美味しい。

 それを伝えると、「貴族さまの料理人を越えてしまったね」と冗談混じりに笑っている。

 

「それで、今度は何を作ればいいんだい?」


 カルラから本題の話が出たので、四つの食パンの型を取り出す。そして、使い方を教えて、食パンを作ってもらうようにお願いした。


「四角いパンか……面白いね」

「発酵すると上の方が膨らむので、完全な四角ではないですけどね」


 この後、実際に食パンを焼きたかったのだが、先程、朝食時間を過ぎたばかりの為、パン生地の用意がなかった。発酵時間も掛かるし、ゆっくりと待つのが勿体ないので、作り方だけ教えてお暇させてもらう事にする。

 つまり、丸投げである。私の得意技。

 

 帰り際、馬の小物が売っていそうなお店を紹介してもらい、さらにソーセージ作りについて話を聞く。そして、売れ残りのエールパンと試作のふわふわパンを貰い、『カボチャの馬車亭』を後にした。



 十字路まで戻ってきた私たちは西の商業地区へ入る。

 まずはカーテンを購入するのだが、カーテン専門店ではなく、ただの布屋へ行く。

 マルテの実家であるハンカチ屋から数件離れた布屋に入ると、所狭しと布が山積みにされていた。

 色々な色に染められた布、色々な厚みの布、切り売り用に巻かれている布、用途に合わせてすでに加工されている布、と数が多すぎて何が何だか分からない。

 ただ逆に布製品なら大体このお店で手に入るという事で、お客は絶えず出入りしていた。一応、フリーデもこのお店でエプロンの素材を購入したらしい。

 アナとティアは崩れた布を乱雑に積み上げている店員を捕まえると、カーテンコーナーまで案内してもらった。

 迷路のようになっている布置き場を右へ左へと進み、店内奥の角にあるカーテンコーナーまで辿り着く。

 目的のカーテンだが、どれも緞帳(どんちょう)のような分厚い布の塊で、壁に垂れ下がっていた。色も赤、白、黒の基本色のみ。折り畳み型もなく、ブラインド型もない。これならわざわざ買わなくてもフリーデが作れそうだ。

 顔に出ていたのだろう、私たちの顔色を見た店員は店の裏へ回ると木箱を持ってきた。

 蓋を開けると少し黄色掛かった薄手のカーテンが入っている。肌触りも良く、先端がレース模様になっていた。

 「これは?」と尋ねると、「貴族や大富豪用です」と返ってきた。

 つまり、お高いカーテンという事。

 でも大丈夫。私たちには太っ腹の小金持ち妖精がいるので、即決で一式買った。



 次に向かったのはソーセージ屋。

 カルラに教えてもらったソーセージ屋は、商業地区の外れにあるにも関わらず、人気があり客が集まっていた。

 養豚が本業で、その副業でソーセージを売っているそうだ。そういう事でソーセージだけでなく、豚の各部位……肉も頭も足も余すところなく商品棚に並んでいた。

 そして、なぜかソーセージ作りコーナーまであり、各種腸の塩漬けと肉だねを押し込む道具が売られている。私たちのようなライバル店が増えても良いのだろうか?

 やはりと言うべきか、挽き肉を作る道具は見当たらない。クロージク男爵の料理人たちも知らない感じだったので、やはりミンチ肉は人力なのだろう。まぁ、私たちは野菜も切れるフードプロセッサーがあるので問題ないけどね。

 そういう事でソーセージ作りに必要な羊腸の塩漬けと肉だねを押し出す道具を購入。豚腸と牛腸もあるのだが、大きなソーセージを作るつもりはないのでスルー。その代わり、お土産用に極太ソーセージを買った。ちなみに味は全部同じ。大きさが違うだけである。



 次に行くのは小物屋なのだが、どこかの路地裏の奥にあるらしく、なかなか見つからない。

 カルラに描いてもらった地図を眺めながらウロウロしていると、「見つけたー」と空から捜索していたティアが発見した。

 金具屋と古着屋の間にある路地裏で、ネズミと浮浪者しか居なさそうな薄暗い道の奥に入口があった。まぁ、実際に浮浪者はいないがネズミと大きな虫がいた。

 看板すらないので本当にここであっているのか不安になるが、恐る恐る中に入ると、棚に小物が並べられ、値札らしきものもあるので間違いなさそうだ。

 それにしても、こういう店は始めて入った。異世界のお店は飲食店や雑貨屋、食材屋ばかりで娯楽品を扱っているお店は見かけない。

 そういう事もあり、興味深そうにキョロキョロと店内を見て回っていると、商品棚の間におばあさんが黙って座っていたので凄く驚いた。

 白髪でワシ鼻のおばあさん。目元がギョロリとしているので、黒いローブを着ていたら悪い魔女に見えた事だろう。

 そのおばあさんが「ゆっくりと見ていきな」と言ったので、このお店の経営者なのが分かった。


 肝心の商品なのだが、カボチャを筆頭に各種野菜や果物、さらにネコや犬などの動物が並んでいる。どれも写実的な作りで、デフォルメされた物はない。野菜や果物については、それでも可愛らしいのだが、動物になると何処となく変な顔になっていたり、体の作りが可笑しかったりしていた。悪く言うと下手くそであるのだが、どことなく愛嬌があるので、これはこれでありである。


「おっちゃん、馬が全然見当たらないぞー」


 入口の近くを見ていたティアが私の元へ来ると、「おや、妖精かい?」と魔女のようなおばあさんが立ち上がった。


「最近、噂になっている妖精はあんたかい?」

「あたし、噂になっているのー?」


 私の肩に座ったティアが逆に聞き返す。


「この街に冒険者になった妖精がいるって噂になっているよ。見たら幸運になるって言われているから、良く空を見上げて探している連中がいるぐらいさ」


 そんな噂が広まっているとは……どうりでティアと一緒に街を歩いていると指を差される訳だ。


「まさか客として来てくれるとはね」


 そう言うなり、おばあさんは聞いてもいない事を話し始める。

 おばあさんは、若い頃、魔術師として冒険者をしていた。そして、何事もなく引退し、このお店を開いたそうだ。

 小物は全ておばあさんのお手製。土魔術が得意という事で、魔術で土を捏ね、焼き上げ、色を塗って売っているそうだ。

 その為、床に落としても簡単には壊れないと自信満々に言っていた。


「馬の置物をお探しかい? それならこっちにあるよ」


 一通り話し終えたおばあさんは、店内の隅の一角を指差す。

 何種類かの馬の置物が陳列されており、どれも味のある風貌をしていた。

 「スレイプニルはないのー?」とティアが言うと、「足を沢山作らなければいけないから、ないよ」と言われた。

 代りに羽の生えた馬や角が生えた馬の置物を見せてくれた。

 面白いので、両方購入。さらに普通の馬の置物も何種類か購入。


「今度来る時までにスレイプニルも作っておくよ」


 それなりの金額を払った私たちをおばあさんは嬉しそうに送り出してくれた。

 


 最後に向かったのは農家である。

 以前、クロージク男爵と取引している農家をハンネに教えてもらったので、そこでモーニングセット用の肉を専属で卸してもらうようお願いに伺うのだ。

 まず向かうのは養鶏場で、迷子のベアボア探しを依頼した家の近くにある。

 掘っ立て小屋のような鶏舎が立ち並ぶ中、従業員らしき人を発見し、声を掛ける。

 円滑に交渉を進める為、挨拶もそこそこにクロージク男爵の名前を出したら、「無断で貴族の名を使うと炭鉱送りだぞ」と眉間に皺を寄せながら睨まれた。


「え、えーと……関係者……ではないですが、知り合いでして……男爵の料理人に教えてもらったんです」

「俺はクロージク様と専属契約している。つまり、俺の所の鶏と卵はクロージク様の物だ。知り合いだからと言って、簡単に取引できん」


 まいった。

 クロージク男爵の名前を出せば、すんなりと話が進むと思ったが、逆に足枷になってしまった。


「アナ、どうしようか? 一度、男爵の館に行って、トーマスさんに紹介状でも書いてもらおうか」

「そうですね。ハンネさんには、場所を教えてもらっただけで、事前連絡まではしてもらっていませんでした」


 私とアナが相談していると、「ちょっと待て!」と慌てた感じで養鶏農家が声を掛けた。


「トーマス様とハンネ様の名前が出るあたり、本当にクロージク様の知り合いなんだな」


 どうやら貴族の名を使う不審者だと思われていたみたいで警戒されていたようだ。

 そこで私たちの素性とクロージク男爵の関係を詳しく伝え、食事処の話へ持っていった。


「そうか、お前たちが切っ掛けか」

「切っ掛け?」

「最近、貴族から食用の鶏を育てろと注文が入っている。今まで鶏卵用にしか飼育していなかったから同業者が混乱しまくっている」


 誕生日会の後、クロージク男爵が貴族相手に会食を重ね、唐揚げなどを宣伝して回っていたのが原因だろう。私は悪くないからね。


「えーと、それで……食用の鶏肉を購入したいのですが……大丈夫そうですか?」

「ああ、大丈夫だ。クロージク様の鶏が成長しているので、それを売ろう」

「えっ、男爵用の鶏ですか? それ、大丈夫と言えるのですか?」


 貴族様の食材を横取りする形になるのだが……また炭鉱に行きたくないよ。


「クロージク様が領地に行ってしまって、当分戻ってこない。連絡が遅れて、食用の鶏が成長してしまい、困っていた所だ」


 ハンネ、ホウレンソウをしっかり!


「それなら買い取ります。それと今後も定期的に欲しいので、飼育しておいてください」


 「あいよー」と先程まで不審な顔をしていたとは思えない程、あっさりと話が進んだ。

 ついでに卵も合わせて購入するので、割引価格で商談が決まった。 

 今日中に全ての鶏を絞めて、解体をしてくれると言うので、夕方にもう一度行く事になった。


 その後、養豚場にも出向き、同じようなやり取りをして、無事に商談成立。

 全ての買い物を終えた私たちは、お土産として屋台の串焼きを購入してから帰宅した。


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