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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第五部

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329/347

329 開店に向けて作業をしよう

 平穏な朝を迎える。

 本日の朝食は、香草焼きのモーニングセットで、早速アナが練習をかねて作ってくれた。

 柔らかく叩いた豚肉に、アナ特製香辛料を塗り込んで焼き上げてある。

 さわやかな風味が鼻を通り、豚肉の臭みを和らげてくれる。どんな薬草を使っているのか分からないが、とても食べやすく美味しかった。

 付け合わせのマッシュポテトと焼いたニンジンとカボチャも良い感じ。

 ただ残念な事にふわふわパンの在庫が無くなってしまったので、ガチガチパンを食べる事になった。

 野菜屑のスープに浸けて食べていると、どんどんお腹が膨れていく。

 美味しいのだけど、朝から肉料理はしんどい。ソーセージのモーニングセットとサンドイッチのモーニングセットを追加して正解だったようだ。まぁ、私とリディーだけで、他のみんなは朝からガツガツと平らげているのだが……。


「そうそう、香草焼きといえば、パン粉と一緒に焼く料理があるよ」

「そうなんですか。今夜にも試してみますね」


 食後のお茶を飲みながらアナと会話していると、フリーデが「ねぇ……」と口を挟んできた。


「この料理、どのくらいのお金を取るつもりなの?」


 私は首を傾げる。

 今の所、値段は決めていない。

 私自身、未だに異世界の物の相場が分からないので、アナに任せるつもりでいる。そのアナは、「えーと……」と考え込んでいた。

 アナも考えていないようだ。


「美味いし、量もあるから凄く満足するけど、正直、朝食の質を越えているよ。確か安さを売りにするつもりらしいけど、赤字になったりしない? その辺、大丈夫?」


 兵士の時、書類仕事ばかりしていた事もありフリーデは、原価割れにならないか心配している。

 

 うーん、どうやれば原価計算できるのだろうか?


 そもそもの話、勢いのままモーニングセットにしちゃったけど、もし利益を得る為に料理の値段を高くしたら、どんなに美味くてもお客は来てくれない。

 根本的に考え直す必要があるかもしれない。

 そう考えていると……


「材料を一から見直して、計算してみます。フリーデさん、後で手伝ってくれますか?」


 アナがフリーデの手を借りて料金設定をするみたいなので、お金に関してはアナとフリーデに任せる事にしよう。

 


 朝食を終えると食事処の開店に向けて動きだす。


 ロックンは地下室作りへ、エーリカとリディーは店内の机と椅子の模様彫りへ、複数に分裂したティアは家事とクロたちの世話、さらに食事処作業の補佐と冒険者の依頼をしている。


 ロックンに地下室作りを丸投げしたフィーリンは、食パン用の型を作る為に街へ行っている。

 最初はアナの家の竈で作ろうとしたのだが、調理用に調整した竈が可笑しくなると言われ、さらに材料がないので諦めた。

 その為、武器屋をしているドワーフ師弟の場所を教えたので、そこで作ってくるそうだ。

 ただ気難しいドワーフ師弟。簡単に炉と材料を貸してくれないと思ったので、リディーが良案を授けた。

 デスフラワーの酒飲み対決。

 「やつらはドワーフだ。絶対に勝負に乗る。勝ったら炉を使わせてもらうよう約束しろ」とリディーがデスフラワーの瓶をフィーリンに持たせ、街に行かせた。

 間違いなく勝負に勝ち、食パンの型を作って戻ってくるだろう。


 フリーデは原価計算についてアナと話した後、エプロン作りの続きを始めた。

 サイズは違うが、同じ形に統一するのでサクサクと出来上がっていく。

 余裕のあるフリーデは「店名と名前の刺繍でも入れようか」と提案してきた。偏見だが、元兵士なのに凄く女子力があって驚く。

 だが、よくよく考えると、ティア用の小さなエプロンに店名や名前の刺繍をするには至難の業で、結局諦める事になった。


 アナはティアと一緒に外壁の前で塗装の相談をしている。

 昨日、ティアは冒険者の依頼を終えると一通りの塗料とニスを購入してきた。

 色は赤、黒、白の三種類。他の色もあるのだが、量が少なく、高いらしい。

 ニスだが、外壁は明るい色が好まれるとの事で使わない。代りに机と椅子に使うそうだ。

 買ってきた塗料がクロたちの毛色と同じなので、全色を使いたいとアナとティアが悩んでいた。

 三種類なら縞模様かな? と安直なアイデアしか浮かばない私は、口を挟むのは控える事にした。


 

 みんなの視察を終えた私は、ディルクと一緒に看板作りを始める。

 進級試験について聞いたり、ワイバーンの依頼料を貰う為に冒険者ギルドに行こうかと思ったのだが、昨日の今日なので止めておいた。お金にがめついと思われたくないし、行くなら『カボチャの馬車亭』も一緒に回りたいので、もう少し空けてからにしよう。

 そう言う事で、私はディルクと一緒に看板作りをしている。

 店名看板だが、枠板の上に直接文字を書くのでなく、一文字づつ木を削って作ってから獣の骨から作った接着剤でくっ付けていく事にした。凹凸のある立体的な看板を目指すつもりである。

 とはいえ、木工細工が得意でない私は、ディルクが大まかに切って削った文字の木を綺麗に磨くだけの作業である。

 

「お前、もうすぐ試験依頼があるんだったな」


 黙々と作業をしていると、暇つぶしにディルクが話しかけてきた。


「まだ内容は決まっていないけど、鉄等級から鋼鉄等級への進級試験があるよ」

「そう言えば、まだ鉄等級だったか……お前たちの話を聞くと、上位の冒険者の話にか聞こえないから改めて驚くな」


 本当にね。

 鉄等級冒険者が受けられるのは、薬草採取やホーンラビット退治ぐらいしかないのだ。

 それなのにブラッククーガーやオーク、さらにワイバーンまで出会ってしまった。


「まぁ、私一人で解決できた訳じゃないけどね。エーリカだけでなく、他のみんながいたから生き残れた」

「冒険者にとって、それが一番大事だ。簡単に死んでいく職業だからな」


 ディルクの体には沢山の傷痕がある。お尻にまで傷があるのだ。依頼で何度も死にかけたのだろうと想像に難しくない。


「貴族の依頼も入ってきたし、冒険者ギルドは早く進級させたいみたい」

「ふっ、違いない」


 ディルクは軽く笑うと、たぶん『食事処』の『事』の部分を大まかに削った物を私に渡した。

 受け取った文字をヤスリのようなもので綺麗に磨いていく。

 一文字一文字が大きいので大変だ。


「今更だけど、ディルクはこのままアナの食事処を手伝う形で良いの?」


 フリーデは兵士を辞めて完全にフリータだ。彼女が辞めない限り、働き続けてほしい。

 ただディルクは元冒険者だ。囚人になった事で冒険者を辞めているが、冤罪だったらしく元の平民へと戻った。

 確か銅等級冒険者なので、このまま食事処で働くよりも冒険者を続けた方がお金は稼げるだろう。


 ああ、そうか……。

 

 先程の言葉が蘇る。

 冒険者は簡単に死んでいく。死にはしなくても怪我はする。

 ディルクにとって囚人になったタイミングが、良い辞め時だったのだろう。

 その事を伝えると、「違う、違う」と訂正された。


「別に冒険者を辞めた訳じゃない。ただの休業だ」

「ああ、そうなんだ。私と同じで、心と体を休める為に少しの間、空けているんだね」

「それも違う。お前はもっと依頼をこなして、経験を積め。強くなれないぞ」


 基本、働きたくないので、ディルクの言葉に返す事ができない。


「俺は五人で依頼をしている。他の連中がどこかへ行ってしまい帰ってこない。あいつらが戻ってくるまでの休業だ」

「じゃあ、仲間の人たちが戻るまで手伝ってくれるって事でいいの?」

「ああ、そのつもりだ。……いや、あいつらの面倒を見たくないので、このまま引退するか……」

 

 ディルクが人生について考え始めてしまった。


「なんであれ、男手があるのは助かるよ。これからもよろしく」

「給金分はしっかりと働くさ」

「お金を払うのはティアだけどね」


 「ふっ、違いない」とディルクと私は、看板作りを進めるのであった。



 看板文字が完成すると、ディルクは枠板へと取り掛かった。

 長方形の大きな板を私が描いた図案の通りにディルクは切っては調整していく。

 それなりの大きさなので、当分私の出番はない。

 どうしようかな? と考えていると、カリーナとマルテが訪れた。


「ふわふわパンはどう? 私たちが帰った後も作った?」

「色々と試して作ったよ。どれも美味しかった」

「私も食べさせてもらいましたが、パンじゃないみたいで面白いです」


 マルテの「面白い」という感想が面白い。


「別の件でお願いしたい事があるから近い内行くね」

「また面白いものを作ってくれるの! 楽しみー」

「私もその場にいたいから朝一で来てください」


 そんな話をしながら私は、カリーナとマルテを連れて食事処の中へ入った。

 無骨な机に丸みを付ける為にヤスリで研磨していたエーリカがトトトッと近づき、カリーナたちを引き取り、絵の練習を始める。

 私と食事以外に余り興味を持たないエーリカだが、カリーナたちの事は積極的に面倒を見ている。以前「どうして?」と聞いた事があり、その答えは私の絵を広める大事な広告塔と教えてくれた。やはり、エーリカは私を中心に回っているようだ。

 まぁ、カリーナたちが「先生」と呼ぶ度に満足そうな顔をしているので、それも理由の一つだろう。


 エーリカが居なくなった事でリディーは「むぅー」と不満そうな顔をするが、代わりに私が机の研磨を始めたら、元の顔へと戻った。

 そんなリディーだが、マルテを部屋の隅まで呼ぶと、こそこそと何やら話を始める。

 人見知りのリディーとハンカチ屋のマルテ。二人だけで話をするのは珍しい。

 チラチラと見ていると、リディーが木札とお金をマルテに渡すと戻ってきた。


「エーリカの似顔絵が刺繍されているハンカチでも頼んだの?」

「ひ、秘密だ! さっさと作業しろ! まだまだやる事はあるんだからな!」


 耳の先まで真っ赤に染めたリディーが小刀のようなナイフを握ると机の脚を彫り始める。

 色々と聞きたかったが、しつこく聞くとナイフが飛んできそうなので、私も作業へ戻った。


 しばらくすると昼食時間である。

 お客と想定した私たちが机に座っていると、「おまたせー」とティアとロックンが料理を運んできた。

 ソーセージのモーニングセット。

 ただソーセージの在庫が少なかったらしく、ベーコンが代りに付いていた。

 私は臭みのあるボソボソのソーセージにたっぷりとトマトソースを絡めて食べ始める。

 

 うん、美味しい。


「アナさんの料理、どんどん美味しくなる」

「うんうん、街の中で営業してくれたら毎日のように通うのに」


 カリーナとマルテから絶賛を受け取った。あとでコック長に知らせてあげよう。

 それはそうとこの二人、絵の練習だけでなく、昼食も目的の一つで来ているようだ。彼女たちも一日三食が日常と化していた。

 


 昼食を終えるとカリーナたちは帰っていった。

 それに伴いエーリカがリディーの元へ戻り、机の研磨作業を始める。

 仕事を無くした私は、しばらく悩んだ後、店内の模様替えを始めた。


 とはいえ、何をするべきか?


 窓枠に付けるカーテンは、後日アナとティアが買いに行くと言っている。

 絵でも飾るかな? と思ったが、飾る絵も無いし、わざわざ買ってまで飾りたいとは思えない。

 そもそも街に絵画を売っているお店があるのだろうか? あったとしても、たぶん女神様を描いた宗教画か、風景画ぐらいしかなさそうだ。それならいらないかな。

 

 高価な置物はどうだろうか?

 私が持っている物で高価な物は……ないね。

 せいぜい貴重品として、ワイバーンの牙と爪が戦利品として一個づつエーリカの袖口に入っている。それを飾るのは……ないね。

 牙や爪の付け根に肉がこびり付いているし、何だか臭そうなので飲食店に飾る物ではないだろう。そもそもそんな物を飾ったところで見栄えが良くならない。

 却下だ。


 やはり簡単に花でも飾ろうかな。

 それも店名通り、薬草の花。

 いっそのことドライフラワーにしたのを飾ろうかな?

 すぐに枯れないし……うん、良いアイデアだ。


 ドライフラワーだけでは物足りないので、馬の小物も置こう。

 『カボチャの馬車亭』ではカボチャの小物を沢山置いてあるので、どこかで売っていることだろう。

 

 ドライフラワーと馬の小物。

 あまりゴチャゴチャとした店内は好きでないので、シンプルでゆったりと食事を楽しんでもらおう。

 アイデアをまとめた私は、支配人のアナの元まで行き、考えを報告すると、「良いですね」とすぐに許可が下りた。

 そういう事で、早速、家庭菜園へ向かう。


 確か、完全に咲いた花は枯れてしまう恐れがあるので、開花寸前の花が良いとどこかで聞いたな。


 無いに等しい私の知識を浮上させながら、香りと見た目が良い花や草をナイフで切っていく。

 正直、何の花なのか、さっぱり分からない。アナも「好きなだけ使ってください」と言っていたので、気にせず取っていく。

 そして、日陰になる場所に紐を吊るし、逆さまにして括り付けていった。

 完成まで一週間ぐらいかな?

 食事処の開店までには間に合うだろう。

 

 量も多く、ちまちまと丁寧に括り付けていたので、終わった頃には良い時間になってしまった。

 ずらーっと逆さまにされた花と草が並ぶ。

 少し作り過ぎたかな? と思うが、ブーケやリースも作りたいので、余る事はないだろう。

 細かい作り方も知らないのに、すでに完成したドライフラワーを思い浮かべた私は、わくわくした高揚感に包まれつつ一日を終えるのであった。


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