327 食事処について話し合おう その2
昼食を終えた私たちは、ミント茶と蜂蜜酒で食後の休憩をする。ちなみに蜂蜜酒はカルラから頂いたもの。あまりにもフィーリンが「美味しいぃー、美味しいぃー」と飲んでいたので、残りをくれたのだ。
「おじ様は食事処に出す料理は、何が良いと思いますか?」
「ああ、まだ実際に出す料理を決めていなかったね」
アナは食事処を開店する為に私が教えた料理を何度も何度も作っては腕を上げている。今ではクリームシチューもハンバーグも唐揚げも私が教えた時以上の出来になっていた。
「実際にアナが作る事になるけど、アナ自身はどうしたい?」
食事処に提供する料理だけでは範囲が広い。何を出すべきか、何が作れるか、何を作ればお客が来てくれるのか、経験のない私では判断が出来ない。
「私は亡き父と母の意思をついで薬草を使った料理を出したいと思っています。出来れば冒険者の依頼で手に入った食材を使えれば良いのですが……」
「冒険者の依頼で手に入る食材って……魔物肉? そんなの出して大丈夫? お客、来るかな?」
「それについては、ホーンラビットの肉を使おうと思っています」
「ああ、ホーンラビットね。『カボチャの馬車亭』でスープを出した時は完売したし、大丈夫そうだね」
ホーンラビットの肉は魔力抜きをしなくても美味しく食べられた。討伐依頼も定期的にあるので、食材調達としても優秀。まぁ、魔物とはいえ、捕り過ぎてしまうと生態系に影響がでるので、食材の一つとして考えておこう。
「みんなはどんな料理を出した方が良いと思う?」
「肉よー、肉、肉! 肉を出しておけば、みんな喜ぶわー」
「僕は野菜と茸を中心にした方がいいと思うぞ」
「それ、リディアが食べたいだけじゃなぁーい。まぁ、アタシもお酒に合えば、何でも良いんだけどねぇー」
まったく参考に成らないティアとリディーとフィーリンから視線を逸らし、フリーデとディルクを見る。
「アナの料理はどれも美味しいから選べないよ」
「違いない」
二人の意見も当てにならなかった。
私たちは今まで口を挟まなかった大食いのエーリカに視線を集める。
エーリカはクピリとミント茶を飲むと、勿体ぶるように「……モーニングです」と一言呟いた。
「もーにんぐ?」
「はい、ご主人さまの魔力から読み取る限り、朝に出す料理は『モーニング』一択と判断しました。飲み物と一緒に色々な料理を出す至高の料理です。わたしは『モーニング』を食べてみたいです」
エーリカ、全然理解せずに言っているね。
モーニングとは、飲み物を頼むとトーストや茹で卵が無料で付いてくるセットの事だ。お店によっては、ピザやカレーまで付いてくる利益度外視のお得セットの事で、決して料理の名前ではない。
その事をみんなに説明すると、「飲み物を頼むと付いてくるのですか?」と首を傾げた。
無理もない。
この異世界での普段の飲み物と言えば、果実水かエールぐらいで、コーヒーや紅茶、ソフトドリンクなどないのだ。
「まぁ、飲み物を基準に考えなくていいよ。ようは安い料金で色々な料理が付いてくるお得なセット……組み合わせ料理だと思ってもらえればいい」
「えーと……誕生日会で出したお子様ランチみたいな物ですか?」
「そう、それ。お子様ランチほど豪華ではないけど、手軽に作れるのを幾つか提供するの」
そう考えるとエーリカの案は良いかもしれない。
安くてお得感があればお客は喜び、足を運んでくれる。
選択の多い沢山の料理を提供しなければ、手間もそこまで掛からないだろう。
「良く出されるのは、トースト、茹で卵、サラダだね。飲み物の代わりに簡単な肉料理に付ければ良いんじゃないかな」
「リディーの温野菜が良いな」「スープは欲しいです」「僕はマッシュポテトが食べたい」と意見が飛び交う中、主食の肉料理について話し合う。
「あまり凝った物を出すのは控えよう。時間が掛かるし、単価も上がる。下手をしたらお客に受け入れてくれないかもしれない。だから、なるべくシンプル……単純な料理が良いと思うけど、どうかな?」
私が提案すると、アナが「その通りです」と同意してくれた。ただ……
「あたしはハンバーグが食べたいわー」
「わたしは満足感の得られるトンカツが良いと思います」
「どうせなら魚にしよう。そっちの方が美味しい」
「旦那さまの作る料理はどれも美味しいからねぇー。毎回、違う料理を出すのが良いと思うよぉー」
自動人形の姉妹たちは面倒臭い事を言う。
チラリとフリーデとディルクに視線を向けると、「普通の料理が良いと思う」「食べ慣れた料理が無難だ」と真逆な事を言われた。
その後、あーだこーだと意見を交わした結果、アナお得意の香草焼きに落ち着いた。
元々薬草料理を提供するお店なので、肉の旨味を最大限かつシンプルに食べられるので良案だと思う。ただ肉と言っても、色々な種類を食べられると嬉しいという意見を汲み取り、豚肉、鶏肉、ホーンラビット肉の三種類を選べるようにした。
肉料理の付け合わせはマッシュポテトと焼いたニンジンとカボチャ。ソースはトマトソース。
モーニングセットという事で、パンと日替わりスープと茹で卵とドリンクが付いてくる。
ちなみにサラダを希望したら、生で野菜を食べる習慣がなく、さらに苦味が強いので却下された。
ドリンクの種類は、薬草店という事で、ミント茶、カモミールティー、レモンピールティーである。
一応、ワインや果実酒といったお酒も用意してあるので、追加料金を払えば提供する事も可能。ただ食事処であって飲み屋でないので、沢山を出すつもりはない。
そうしたら、「エールがないよぉー!」「ああ、エールは必要だな」「飯屋にエールが無いのは問題だ」とフィーリンとディルクとフリーデから注意が出た。
エールは水代りに飲まれるので、食事には欠かせない飲み物だ。
ただ私がお酒を飲まない所為か、エーリカたちもエールで食べ物を流し込む事はしない。だから必要は無いだろうと思っていたのだが、三人が「必要だ」「必要だ」と連呼するので、ドリンクの中にエールを追加する事になった。
「アタシが街を回って、美味しいエールを探してくるねぇー」とフィーリンが請け負うと、「俺が紹介してやろう」とディルクが付きそう事になった。フィーリンが飲み過ぎて問題が起きたら、ディルクに全て任せよう。
ちなみにフィーリンのお手製エールは、自分用との事。購入エールと手作りエールを飲み比べて、楽しむつもりらしい。
「なぁ、おっさん。朝から肉料理を出すのはいいけど、お客の全員が朝からガッツリ食べたい連中とは限らないぞ。もう何品か用意した方が良くないか?」
リディーの言葉を聞いて、「確かにね」と頷く。
つい私が冒険者をしている所為で、お客が冒険者限定と考えてしまい、朝から沢山食べるだろうと思い込んでしまう。ただ実際は、乗り合い馬車の待ち時間に商人や一般人が訪れる事もある。大飯喰らいのエーリカと違い、誰しもが朝からカツ丼を食べられる訳ではないのだ。
そういう事で、フリーデとディルクが言っていた普通の料理も出す事にしたのだが……。
「普通って何? 何を出せば喜ぶの?」
異世界に来てまだ数か月の私。
未だに異世界の人たちが朝から何を食べているのか知らない。『カボチャの馬車亭』は毎回違う料理を提供していたし、ドワーフは朝も夜も肉とエールのみだった。もしかして、リーゲン村で食べたヤギの乳を使ったミルク粥かな? それならいらない。
「そんなの決まっている。ソーセージだ」
「うん、うん。ソーセージの盛り合わせとエール。飲み屋に行けば、だいたいこれ」
庶民派のディルクとフリーデが教えてくれた。
「ああ、ソーセージね……」
私もこの異世界に来てから何度か食べた。
正直に言って、この世界のソーセージはあまり美味しくない。
ボソボソだし肉臭いしで、トマトソースでごまかさないと食べたくない程である。
わざわざソーセージ屋から卸してまで出す必要があるのだろうか……あっ!?
「ねぇ、アナ。ソーセージって作った事ある?」
「大まかな作り方は知っていますが、実際に作った事はありません」
うん、私も同じ。
美味しくないソーセージを買うのなら、自分たちで作ればいい。それも香辛料を沢山入れて、臭みのないソーセージを……。
いっその事、チーズ入りソーセージや辛いソーセージといった色々なソーセージの盛り合わせにしたら面白いかもしれない。
まだ一度も作った事がないにも関わらず、すでに美味しいソーセージが出来ると思い込んでしまった私たちは、ソーセージのモーニングセットを追加した。
さらにもう少し軽めの料理として、サンドイッチのモーニングセットも加える事も決まる。
サンドイッチの内容は、卵、ベーコン、チーズ、野菜、焼いた肉。その日の余り物を使う予定。
サンドイッチの形は、食パンを使うか、またはコッペパンに挟むか、悩みどころ。どちらにしろ、カルラたちにお願いしなければいけないので、フィーリンに食パンの型だけは作ってもらう事にした。
香草焼きのモーニングセット、ソーセージのモーニングセット、サンドイッチのモーニングセット。
この三種類を食事処で出す事にする。
ただワイバーン肉や名も無き池のヌシが大量に死蔵されているので、これらを使った料理も限定で出していきたい。またハンドミキサーが完成したら、お菓子なども出して反応を見てみたい。
どちらにしろ開店して、仕事に慣れてからの話。
しばらくは三種類のモーニングセットで勝負を掛ける事に話が決まった。
「あとは……そうそう、食器類は大丈夫? 皿とかコップは足りている? フォークやナイフは?」
「あるにはあるのですが、形や大きさがバラバラです。フォークとナイフは足りませんので、買わなければいけません」
「まだまだ足りない物はあるね」
「ちなみにパン皿は使わないよ」と言うと、「屋台か貧民地区の連中ぐらいしか使わんから安心しろ」とディルクに笑われた。
パン皿は、机の上がパンカスだらけになるし、タレでぐちゃぐちゃになり机が汚れる事がある。貧民地区のような汚い食堂にはしたくないので、床に残飯を捨てるのもNGだ。
その事を伝えると、「もちろんです」とみんなが同意してくれた。
綺麗好きが集まるのは良い事だね。
「では、最後にお店の名前を決めようか」
なぜかアナが変な顔をするので、最後に回していた案件を進める。
すでに何案があるらしいので、聞いてみたら私もアナみたいな顔になった。
ティアは自分の名前を付けた店名を希望、エーリカは私と自分の名前を連ねた店名を希望、アナはただの『薬草料理店』というシンプルな名前を希望。
ティアとエーリカ以外、「どうしたものか……」と首を振っている。
私も名付けのセンスは無いし、これが良いという案もない。
その為、ティアとエーリカの二人だけで、あーでもないこーでもないと言い合いが始まり、まったく決まる気配がなかった。
仕方なく私はアナの案を採用し、『薬草料理店 スレイプニル』の案を出してみた。
珍しい魔物であるクロとシロがいるのだ。料理だけでなく、スレイプニルも見れるお店と宣伝すればお客が来てくれる、と力説してみた。……まぁ、妖精やエルフ、ゴーレムといったスレイプニル並に珍しいのがいるんだけどね。
私の案を聞くと、ティアとエーリカ以外のみんなから賛成の声があがる。
みんな疲れていて、何でも良かったみたいだ。
こうして食事処の話し合いは終わった。
色々とやるべき事が増えたし、買わなければいけない物も増えた。
ただ、やるべき事が明確になった事で、やる気も増した。
昼食を終えた私たちは、食事処の開店に向けて、動き出すのだった。