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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第五部
326/327

326 食事処について話し合おう その1

 行く所は行ったし、買い物も済ませたので、アナの家に帰ってきた。

 時刻は昼。

 三食を食べるのが習慣になっている私たちは、もちろん昼食時間である。

 献立はサンドイッチと屑野菜のスープ。

 ワイバーン肉、ホーンラビット肉、名も無き池のヌシの肉、ベーコン、卵、チーズ、野菜と色々並べ、各自が好きに挟んで食べていく。

 私と女性陣はふわふわパンと『カボチャの馬車亭』のパンで挟む。ただディルクだけは、ガチガチのパンで具材を挟み、ガリガリと食べていた。別に遠慮している訳ではなく、硬い方が食べ応えがあるとの事。

 人によっては食べ慣れた硬いパンが好きという人もいるので、食事処では両方用意しておいた方がいいかもしれない。


「珍しいパンがあるんだから、わざわざ普通のパンを出さなくていいわよー」

「僕も柔らかいパンがいい。硬いのはいらん」

「ご主人さまが作ったパンです。文句を言う客がいたら、追い出せばいいのです」


 ティア、リディー、エーリカはふわふわパン一択。硬いパンを好むディルクは肩身の狭い思いをしている。


「あたしはお酒に合えば、柔らかいのも硬いのも良いよ思うよぉー」

「料理に合わせてパンの種類を変えるっていうのはいいかもしれないね」

「フリーデさんの言う通りなのですが、そうなると別のパン屋にもお願いしなければいけません」


 フィーリン、フリーデ、アナは両方あれば良いと考えている。

 私はふわふわパン派なので、「カルラさんに頼んだ手前、他のパン屋からもお願いするのは止めておこう」と硬いパンを阻止しておいた。

 そう言う事で、食事処はふわふわパンに統一する。


「食事処の状況を聞いておきたいのだけど、今はどのぐらい進んでいるの?」


 まったく手伝いをしていない私が言うのもなんだが、今後、手伝える事があるかもしれないので現状把握をしておこう。


「開店するだけなら、すぐに出来るわよぉー」

「ティアさん、まだまだですよ。椅子や机も完成していませんし、塗装もしなければいけません。決めていない事も多いですよ」


 楽天的なティアに慎重のアナが(たしな)める。


「えーと……何が出来ていないのかな?」

「調理に関しては大丈夫です。竈は新調しましたし、料理器具も沢山あります。料理できる人もいますので、食事を作る事はできます」


 調理担当はアナとリディーで、補佐としてティアがいる。一応、私も調理担当に含まれているのだが、お金を取る料理は作りたくないので、私も補佐に回ろう。


「リディーが男装して接客すれば、女性の客が大勢来るぞ」


 フリーデがニヤニヤと笑いながら提案すると、「絶対にやらない!」とリディーが速攻で拒否した。うーん、私も大賛成なので残念だ。


「じゃあ、残りは接客だね。注文を聞いて、料理を運んで、会計をする。……大丈夫かな?」


 表情の乏しいエーリカ、飲んだくれのフィーリン、妖精のティア、強面のディルク、ゴーレムのロックン、唯一まともなのがフリーデだ。

 不安が付きまとう。


「俺も接客なんか無理だぞ。せいぜい文句を言う客を追い出すぐらいだ」

「女性ばかりだからディルクは食堂に居てほしいな。私では無理だから」


 ディルクと同じ強面の私だが、中身は元女子高生だ。クレーム対応は勿論、厄介な客の相手は出来ない。だから、ディルクには用心棒みたいな事をして欲しい。

 その事を伝えると、「ふっ、違いない」と私の性格を知っているディルクが笑う。


「あっ、制服がいるね」


 私が言うと、みんな不思議そうな顔をした。


「あれ? いらない?」

「何で飲食店に制服がいるんだ? 前掛けの事を言っているのか?」

「前掛け……エプロンも必要だけど、一つの店で働く従業員として服装を統一した方が良くない? 従業員と客との区別にもなるし……いらない?」


 思い返してみれば、この世界の飲食店で制服を着用しているのを見た記憶がない。


「必要とあらば、ご主人さまの記憶からわたしが制服の案を描き起こしましょう」


 私の考えを無条件に賛成するエーリカが、袖口から木札と羽ペンを取り出そうとしたので止めた。

 誕生日会の余興で行われた演劇の服装……主にナターリエの姿を思い出したからだ。

 たぶん碌な服装には成らないだろうし、そこまで拘りはない。

 汚れてもいいようにエプロンだけは用意する事に決まった。

 

「おじ様、どうしても必要と言う訳ではないのですが……」


 アナが言い難そうにしているので、「何か欲しい物でもあるの?」と催促する。


「冷蔵室があると助かるのですが……」

「ああ、確かに……」


 台所には食材を保管する貯蔵室が新しく作られている。ただ、そこは常温で置ける物限定で、肉や牛乳と言った痛みやすい物は床下の貯蔵室に入れている。


「普段使いならこのままで大丈夫なのですが、食事処が始まれば、沢山の食材を置いておかなければいけません。常に先輩がいる訳ではないですし……」


 今現在、沢山の食材がエーリカの袖口に入っている。

 エーリカの収納魔術は量の制限がなく、さらに時間経過が起きない。その為、食料庫代りに打って付けなのだが、前の依頼みたいに長期不在が発生する恐れがあるので、専用の冷蔵室が欲しいとアナは説明した。


「フィーリンがお酒の保管用に掘っている地下室では駄目なんだよね」

「食材を保管するとなると少し心許ないです。それに台所の近くがいいので、新しく作れませんかね?」


 今から台所の床下に地下を掘っても地盤が崩れてしまう恐れがある。それなら台所に隣接するように新しく貯蔵室を作った方が良いだろう。

 そうなると、室内を冷やす魔石が必要だ。

 ただ問題は氷の魔石である。

 どこで話を聞いたのかは忘れたのだが、氷の魔石はこのダムルブールの街では非常に貴重で手に入り難い。


「魔石を売っているお店ってあるんだよね? 気長に待てば入荷しないかな?」


 元冒険者であるディルクに尋ねると、「したとしても購入は無理だな」と首を振った。


「氷の魔石を入荷したとして、貴族が先に買い取ってしまう。庶民の俺たちでは貴族を差し置いて買う事は無理だ。貴族連中にとっても氷の魔石は貴重だからな」

「そ、そう……じゃあ、取り寄せてもらうのはどう?」

「それも難しい。氷の魔石が手に入るのは隣国で、馬車で数か月かかる。やはり俺たち庶民の頼みでは、時間も手間も掛かる物を取り寄せてくれる店はない。あったとしても、とんでもない金を前金で支払う事になるぞ」


 ここは魔物や野盗がいる異世界だ。遠くから物を運ぶには、時間と手間だけでなく、危険性も非常に高い。その為、護衛を雇う必要が出てくるので、余計にお金が掛かる。

 

「さすがにわたしの財産だけでは、無理そうだねぇー」


 金に物を言わす事を覚えたティアでも実行する気はないようだ。


「確かエーリカは氷の魔術を使えたよね。魔術で氷の塊を作って貯蔵室に置いておけば解決しない?」

「魔力で作った物は、魔力が無くなると消えてしまいます。常に魔力を流し続けないといけませんので、わたしの魔力量では無理でしょう。ただ、ご主人さまがわたしに魔力を常に流してくれるのであれば、一日中、氷作りに励みます」

「現実的じゃないね。非効率過ぎる」


 私、干からびちゃうよ。


「それなら直接手に入れるしかないだろう。ディルク、氷の魔石を落とす魔物に心当たりはないか?」


 ディルクの隣に座っているフリーデが尋ねた。

 ディルクは私たちよりも等級が上で、経験豊富の元冒険者だ。良い返事がくると信じていたのだが、「ないな」と即答され、落胆した。


「氷の魔石を持っている魔物は、名前の通り雪や氷に覆われた場所に生息している奴らだ。この国で雪に覆われているのは、せいぜいキルガー山脈の山頂で、簡単に狩れるなら貴重品扱いされていない」

「「キルガー山脈!?」」


 私とフリーデは、リディーとフィーリンに視線を向ける。


「残念だけど、僕たちが住んでいた炭鉱周辺ではいないぞ」

「そうそう、もっと奥……山奥の山頂でなら見かけたねぇー」

「えーと……いるにはいるんだね」


 若干の希望が見えてきた。


「たぶん、三日ほど雪山登山すれば行けると思うよぉー」

「酷寒の中、道無き道を登って行く。それも魔物が出る場所だ。おっさんが行けば、間違いなく死ぬぞ」


 すぐに希望が消えた。

 無理して行く場所ではなさそうだ。いや、無理しても辿り着けそうにない。


「クズノハ、あくまでも俺の経験だ。冒険者ギルドなら何かしら情報があるかもしれん。今度、聞いてみろ」


 「そうします」と私が言うと、アナが「面倒な事になってしまって申し訳ありません」と謝った。アナは真面目で良い子だね。


「えーと、何だっけ……ああ、現状の把握だったね。リディー、扉はどのくらいで完成しそう?」

「今日中には出来るぞ。机と椅子も数日で片付く。エーリカがいれば、もっと早く済むだろう」

「仕方ないわねー。あたしが手伝ってあげるわよー」

「ティアはいらん。エーリカがいい」


 「なにおー!」とリディーとティアがじゃれているのを横で見ながら私は「エーリカ、手伝ってあげて」とお願いした。


「あとはちょっとした小物を置けば、食堂は大丈夫そうだね」

「壁の隅にロックンを置くんだったねぇー」


 ロックンが両目をチカチカさせながら両腕を上げ下げしてやる気を見せているが、「それは却下で」と私は断った。


「ご主人さまの言う通り、ロックンは皿を片づけたり、料理を運んだりする大事な労働力です。置物にするのは勿体ないです。しっかりと働いてもらいます」


 「出来るの?」「出来るのか?」とフリーデとディルクが不信な顔をするが、当のロックンはいつもの動きでやる気を見せているので、大丈夫と信じよう。


「まぁ、内装に関しては、前にも言った通りカーテンを付けたり、絵を飾ったり、花瓶でも置こうか。それだけでも雰囲気はガラリと変わるよ」


 BL絵のイメージが強い所為か、リディーは「おっさんの絵は飾らないぞ」と言うと、「いえ、ご主人さまの絵は素晴らしいです。飾るべきです」とエーリカが反対して、仲良く言い合いが始まる。

 エーリカには悪いが、私はリディーに賛成。私の絵なんか絶対に飾らないからね。恥ずかしい。


「おじ様、絵はいいとして、看板は作って欲しいです」


 期待に満ちた顔でアナが私を見る。


「私が看板を? どうして? 作った事ないけど?」

「『カボチャの馬車亭』の看板はおじ様が作ったと聞いています。あんな感じの看板があれば良いと思います」

「ああ……」


 看板ではなく、看板に描かれている絵は私だ。それをダシにカリーナが絵の練習をしている事になっている。


「看板自体は作れないけど、デザイン……設計とちょっとした絵なら描くよ。アナの似顔絵を可愛く描いてあげる」

「わ、私の絵はいりません!」


 速攻でアナは断るが、「あたしの絵を描い良いわよー」、「いえ、わたしとご主人さまの絵を描きましょう」とティアとエーリカが乗り気になってしまった。

 さらに「それなら全員の似顔絵を載せようかぁー」とフィーリンが言い、ロックンが両手を上げて賛成している。

 何か面倒臭い事になってしまった。


「あと案内板も必要だよね。街道沿いに設置しないと誰も林の中にお店があるとは思わないからね」

「そちらも合わせておじ様にお願いしたいと思います」


 ヤバい。

 どんどんやる事が増えていく。


「看板だけど、そもそも食事処の名前は決まっているの?」

「い、いえ……決まっていません」


 なぜかアナが遠い目をする。


「いえ、ほぼ決まっています」

「そうだねー。あとはおっちゃんの判断待ちだよー」

「あっ、そうなんだ。じゃあ、後で聞こうか」


 アナがブンブンと首を振っているのだが……その辺も後で聞こう。


「外壁の塗装はどう? 色は決まった?」

「冒険者の依頼をしているあたしが帰りに塗料を買ってくる予定よー。明日、色々な色を塗って決めるつもりー。期待していてねー」



 聞きたい事は終わった。

 改めて聞くと、まだまだ開店には時間が掛かりそうだ。

 冷蔵室の建築と氷の魔石探し、机と椅子の装飾、内装の小物、エプロン作り、看板と案内板作り、外壁塗装……。


 正直、お客相手に商売はしたくない。

 そう思っていたのだが、いざ開店間近に迫ると、わくわく感が募ってくる。

 今まで手伝いらしい手伝いをしてこなかったので、これからはしっかりと手伝おう。


 そう思いつつ、昼食のサンドイッチを全て平らげたのであった。


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