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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第五部

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325/347

325 『カボチャの馬車亭』に行こう

 ハンドミキサーとフードプロセッサーの開発をクルトに頼んだ私たちは、『カボチャの馬車亭』に向かっている。

 その道中、エーリカが珍しく饒舌になっていた。……いや、フィーリンにお説教をしていた。


「売り物のお酒を飲み干すなんて、何を考えているのですか? お金の勘定が出来ないのですか? 貴族地区に向かう途中で言った事を覚えていますか? ティアねえさんの言う通り、百年前から何も成長していませんよ」


 フィーリンが手持ちのお金以上のお酒を飲んでしまい、危うく無銭飲食で衛兵を呼ばれそうになった事をエーリカは怒っている。


「ごめんねぇー、エーリカ。試飲として一杯飲んだ後、美味しいぃー美味しいぃーもう一杯、と言っていたら次々と注がれ、飲んじゃったんだぁー。試飲が最初の一杯だけとは知らなかったんだよぉー。わざとじゃないんだよぉー」

「相手は商売人です。お人良しの商人はいません。お酒を飲み過ぎて常識まで溶けてしまったのですか? そんな非常識なフィーリンねえさんには今後お金を貸しません。ワイバーンの素材の代金が入るまで自力でお酒を調達してください。後輩にもきつく言っておきます」


 「そんなぁー……」と悲しい声を出すフィーリンの三つ編みが力無く垂れ下がっている。


「ロックンもロックンです。フィーリンねえさんのお目付け役で付けたのに、ただ動くだけの岩ならフライパンに作り直しますよ」


 エーリカはロックンにもお説教をする。

 そんなロックンは、どことなく肩を落としながら背中を丸めていた。


「エーリカ、フィーリンはともかく、ロックンは仕方がないよ。フィーリンが飲み過ぎないように見張って、と指示していた訳じゃないんだから」


 私がフォローすると、ロックンの背中が伸び、両目をチカチカさせる。そんなロックンにギロリッとエーリカが睨むと、ピタッと両目の点滅が消えた。


「そう言う訳にはいきません。二人はご主人さまと契約しているのです。従者がご主人さまに迷惑を掛けるなど以っての外です」


 ああ、私がフィーリンの代りに謝り、お金を払った事をエーリカは怒っているんだね。


「エーリカ、ルルねぇーみたいだよぉー」

「今になってルルねえさんの気持ちが分かります。それにしても、フィーリンねえさんは、まったく反省していないでしょう?」


 「している、してるぅー。ごめんねぇー」とフィーリンがエーリカに抱き付き、頬と頬をグリグリする。

 そんなフィーリンを「鬱陶しい」とエーリカが引き剥がす。

 行き場を失ったフィーリンは私の横にくると「旦那さまもごめんねぇー」と手を繋いだ。

 なぜかロックンも私の横に来て、片腕を上げているので手を繋いだ。


「二人も反省しているようだし、その辺にしておこうか。もうすぐ『カボチャの馬車亭』に到着するよ」

「ご主人さまは甘いです。甘やかすなら、わたしにしてください」


 訳の分からない事を言うエーリカは、ロックンを引き離すと代りに私の手を握った。

 私はフィーリンとエーリカの手を繋ぎながら『カボチャの馬車亭』に向けて歩き出す。

 ロックンはどことなく寂しいそうにドスドスと後ろから付いてきた。



 『カボチャの馬車亭』に到着。

 朝食のピークは過ぎているので、パン屋の前には客は居らず、窓は閉まっている。

 宿屋から中へ入るとカルラが受付で作業をしていた。


「おや、クズノハさんじゃないか。久しぶりだね」


 囚人で炭鉱に行ったり、依頼でドワーフ村に行ったりで、『カボチャの馬車亭』には二か月ぶりの訪問である。

 ちなみにアナとティアは、売れ残りのパンを目当てに、ちょくちょくと通っているそうだ。


「そちらさんは新顔だね。……ん? 岩の塊?」


 フィーリンを見た後、カルラは私の背後にいるロックンを見て、怪訝な顔をする。

 やはり、そういう反応をするよね。

 二足歩行の狼や兎がいる街でもゴーレムは珍しいみたいで、北門を抜けてから『カボチャの馬車亭』までの道中、すれ違う通行人がロックンを見て、ギョッとして立ち止まっていた。

 そんなカルラにフィーリンとロックンを紹介。

 

「はぁー、ゴーレムかい? 吟遊詩人の唄で聞いた事があるけど、始めて見るね」


 ドワーフのフィーリンよりもロックンに興味があり、ジロジロと見回している。希少価値が高くて良かったね、ロックン。


「カリーナは在宅していないのですか?」


 今まで口を開かず、私の横で待機していたエーリカが口を開く。カリーナに絵を教えているので、やはり気になるのだろう。


「今、マルテと一緒に部屋にいるよ。呼んでこようか?」

「……いえ、結構です」


 エーリカは少し悩むと、首を振って断った。


「それにしても、カリーナが絵に興味を持つとはねー。似顔絵付きのハンカチを売り出したマルテは分かるけど、うちの娘も絵の練習するとは思わなかったよ」


 カルラは二階を見ながら呆れた声を出す。

 絵の練習をする為に毎回北門を抜けなければいけないので、カリーナたちはカルラに事情を説明したようだ。ただ絵の練習がBL絵なので、後ろめたさで返答できない。


「以前、クズノハさんが描いた看板の絵に惹かれたらしいよ。時間があったら見てあげてね」


 ああ、そう言う事になっているのね。

 カリーナは看板絵を、マルテはハンカチの似顔絵の為、絵を練習していると伝えていうようだ。さすがの異世界人でも母親にBLを描きますとは言えないみたいである。

 


「そうそう、クズノハさんは久しぶりだから知らないだろうね」

「ん? 何ですか?」

「うちの宿屋が少しだけ大きくなったんだよ」


 そう言うとカルラは、食堂に続く扉を開けて、中を見せてくれる。

 私の知っている『カボチャの馬車亭』の食堂は丸テーブルが四卓だけ置かれた小さな場所だった。だが今は奥行が出来ており、倍の八卓の丸テーブルが置かれていた。

 そう言えば、宿に泊まりたい客が増えたので、空家になっている隣家を買い取り、増築する話をしていたのを思い出す。

 アナの食事処よりも『カボチャの馬車亭』の増築の方が速く終わったみたいである。


「うちと隣の壁を壊して、くっ付けただけの急ごしらえの改築だけどね」


 「おかげで変な間取りになっちゃったよ」と笑うカルラの言う通り、床や壁の色が違っている。本当に建物同士の隙間を埋めただけのようだ。


「相変わらず、忙しそうですね」

「嬉しい事に忙しいね。パン屋も相変わらず列を成しているし、宿は予約待ちが続いているよ」


 うーん、こんな状況で本題のふわふわパンの話をしていいのだろうか……悩む。


「この前、宿に泊まった客の一人が商業ギルドのお偉いさんだったらしく、今度、商談しないかと持ち掛けられているよ」

「商業ギルドから商談ですか?」

「ああ、ピザとジャム、それとトマトソースの作り方を正式に買い取りたいとさ」


 クルトも同じ事を言っていた。

 良いのか悪いのか、面倒ごとをカルラやクルトに押し付けてしまった気がして、申し訳ない気がしてきた。

 

「そんな事をしている余裕はないから断ったけどね」

「断ったんですか!?」

「クズノハさんに話を通さず、勝手に進める事も出来ないからね」


 レシピを教えたのは私だが、その分の報酬は宿泊代としてすでに貰っているし、別段、秘密にするよう約束をした訳ではない。

 それなのに、勝手に商業ギルドと取引をしないカルラは、筋の通った恰幅の良いおばさんだ。


「私も面倒臭いので、カルラさんの好きにしていいですよ。商業ギルドと取引しても良いですし、面倒ならクロージク男爵の名前を言ってください。男爵には色々な料理を教えましたから」


 貴族の名前を出したら、「ただの庶民が貴族の名前なんか出せないよ」と苦笑された。


「それでそっちの食事処はどうなんだい? 完成しそうかい?」

「ええ、もうすぐで完成ですね。みんな開店に向けて頑張っています」


 うん、私以外のみんなが頑張っている。っというか、私、何にもしていないんだけど……。


「以前、アナちゃんからパンを卸してくれと相談されたけど、それはどうなったんだい?」


 余計な面倒事が増えそうなので、ふわふわパンの相談をするか悩んでいたら、カルラの方から話が飛んできた。

 私はしばらく悩むと「その事で相談しに来たのです」と口を開く。相談するだけなら無料だしね。


「あるパンを作ってほしいのです。ただ少しだけ作業の工程が増えるのですが……」

「こうてい? 手間が掛かるって事かい?」


 天然酵母作りまで丸投げするので、手間も時間も掛かる。さらに失敗する可能性も高いので、頼んで良いのか今も悩んでいる。


「まぁ何にせよ、実際にそのパンを見て、食べてみないと分からないね。旦那がパン窯の掃除をしているから、そっちに行こうか」


 そう言うなりカルラは私たちを連れて台所へと入った。

 


 台所も広くなっていて、パン窯と竈が二つに増えていた。

 今まで台所の隣にはカルラたちの寝室があったらしく、そこを潰して広げたとの事。新しい寝室は、隣家の一部屋に移動したので、思春期のカリーナも個室が当てられている。その為、朝のお勤めを終えると、すぐにマルテと一緒に部屋に引き篭もる事が多くなったとカルラが愚痴っている。


 パン窯を掃除していた旦那さんのブルーノに挨拶し、机に座る。

 カルラがみんなに果実水を配ると、「お酒ないかなぁー」と先程お酒で叱られていたにも関わらずフィーリンが言う。


「ああ、確かドワーフだったね。自家製の蜂蜜酒を出してあげるよ」


 気分を害する事なくフィーリンだけ蜂蜜酒が置かれた。ちなみに、形だけという事でロックンの前にも果実水が置かれている。優しい気配りだ。


「じゃあ、早速そのパンを見せてくれるかい」


 カルラの言葉を聞いたエーリカは、袖口の収納魔術からロールパンの形に焼かれたふわふわパンを二つ取り出し、カルラとブルーノに渡した。

 

「……えっ!?」


 ふわふわパンを受け取った二人から声が漏れ、目を見開く。

 二人とも一言も話す事なく、パンの表面を指で押さえたり、匂いを嗅いだりする。そして、ようやくパンを千切って口に入れた。

 パンを咀嚼したブルーノが眉間に皺を寄せて、目を瞑る。一言も話さないが、これはいつもの事。

 

「えーと……大丈夫ですかね?」


 難しい顔をしているカルラに尋ねると、「大丈夫、大丈夫」と元の顔色に戻った。


「想像以上のパンが出てきて驚いただけ。あっちは、昔の事を思い出しているのだろう」


 『カボチャの馬車亭』を開店した時、他のパン屋との差別化を図る為に長い間試行錯誤を繰り返し今のパンを作ったそうだ。それなのに、今まで以上に柔らかいパンが現れて複雑な気分に陥っていると説明してくれた。


「どうやれば、これ程までに柔らかいパンが作れるのか不思議でならないよ。これを教えてくれるのかい?」

「そのつもりだったのですが……良いのですか?」


 今も複雑そうな顔をしているブルーノを見て、私の心は揺らぐ。

 ブルーノにとって今のエールパンは、長い間営業を続けられた大事なパンだ。そんな大事なパンを潰してしまうようなパンを教えて良いのだろうか?

 そう思っていたら、ブルーノは細い目を輝かせながらコクコクと頷いた。


「旦那は、パンさえ焼ければ満足する男だよ。新しいパンを作れるなら何でもいいさ」


 わっはっはっとカルラが豪快に笑うので、ふわふわパンを教えるのは問題なさそうだ。

 後は作り方だけである。


「今はエールを交ぜて焼き上げているのですよね」

「ああ、そうだね。まぁ、エールを交ぜて焼いているのは、他の店でもやっているけど、エールから作っているのは私たちぐらいだろう」

「エールから作っているのですか?」

「まぁね。そこから始めたから長々と苦労したんだよ」


 それなら話は早い。


「パン自体の作り方は同じです。ただ入れるのはエールでなく……これ」


 エーリカに天然酵母の入った瓶を受け取り、蓋を開ける。プシュと音が鳴った瓶の中は、ふやけたレーズンが入った薄赤色の液体。底の方に酵母菌が溜まっているのでシャカシャカと交ぜた後、液体を混ぜた小麦粉を捏ねて、発酵させて、焼けば、ふわふわパンの完成である。


「これは……干したブドウかね?」


 さすが長年お客に料理を提供しているカルラ。見た目と匂いで材料を言い当てた。


「はい、私はレーズンと言っています。砂糖を加えた水と一緒に入れて、数日間放置すれば出来ます」

「エールと変わらないね」

「まぁ、放置と言っても、一日一回は掻き混ぜたりしますけど……。ただ、温度の変化で上手く出来なかったり、菌が繁殖して失敗したりしますので、クロージク男爵の料理人も完成に苦労していました」

「男爵さまの料理人? どうりで美味い訳だ」


 貴族さまの料理人が作ったふわふわパンなら美味くて当たり前と二人は納得していた。

 まぁ、食道楽男爵の名で知られているクロージク男爵の料理人だ。誕生日会で伯爵さまも唸らせた腕の持ち主であるので、本職のパン職人に負けず劣らずのパンを作る事が出来る。さらに小麦の生産地で、挽き立ての小麦粉を使ったパンだ。思っていたよりもボロボロのパンで落胆したが、もっと有難く味わうべきなのだろう。


「えーと、話を戻しまして、この天然酵母から作ってもらいたいんです。そして、この天然酵母を使ったパンを卸してほしいのです」

「ちなみにどのくらいの数が必要なんだい?」

「あっ、えーと……」


 うーん、まいった。まったく考えていなかった。

 確かアナは、朝と夜の営業と言っていた気がする。いや、北門が閉まってしまうので、夜の営業はないかな? それに一日置きとかも言っていた気がする。

 そうなると……えーと……うん、分からん。

 五十個ぐらいかな? いや、私たちの食べる分も考えると百個は欲しいかな? 

 一日百個……多いのか少ないのか、さっぱり分からん。

 そもそも人が来ない可能性もあり、その度にエーリカの収納魔術にふわふわパンが死蔵されていく。まぁ、時間経過が起きないので腐らせる事はないだろう。


 私の煮え切らない考えも含めてカルラに伝えると、「一日置きで百個ね。そのぐらいなら出来るよ」と悩む事なく承諾してくれた。


「えーと、本当に大丈夫ですか? 今もパン屋は列を成しているし、宿も満室状態でしょう? あまり無理はさせられません」

「それは問題ないさ。マルテだけでなく、別の知り合いにも声を掛けて、手伝いに来てもらっているんだ。カリーナも外出の許可を出す為に今まで以上に働いているからね。私と旦那は、仕込みと焼き上げに専念できているから前よりも余裕があるよ」


 上手くいきそうでほっと胸を下す。


「何にせよ、実際に作ってくれないと最終判断は出来ないね。話を聞く限り、失敗も多いらしいし」


 そう言う事で、天然酵母作りを始める。

 とは言っても、やる事は簡単なのですぐに終わり、ヴェンデルたちの失敗した原因を細かく伝えて、終了。

 ただ天然酵母を使ったパンも実践したかったのだが、残念ながら発酵に半日以上を要するので、ヴェンデルたちから貰った天然酵母の瓶を一つ差し上げて、あとはカルラたちに任せる事にした。

 値段に関してだが、上手くいけば手間賃ぐらいで卸してくれると口約束を貰う。ふわふわパンのレシピなので、もっと高くするべきなのだが、これまでとこれからの関係を考えると、妥当な線ではなかろうか。手間賃だけで主食のパンが手に入るのだ。エーリカも特に口を挟まないので良しとする。



 一段落し、お互い果実水と蜂蜜酒で口を潤していると、勢い良く台所の扉が開いた。


「あー、おじさんと先生がいる! うわっ、岩の塊が動いた!? 何、何!?」


 元気良く入ってきたカリーナがロックンを見つけるなり、ペタペタと触る。声を掛ける度にロックンが両目をチカチカとさせながら両腕を上げ下げするので、楽しそうにケラケラと笑っていた。ちなみにマルテは実家のハンカチ屋の仕事の為、帰っている。

 

「落ち着きなさい!」


 カルラのげんこつがカリーナの頭に落ちると、「あうぅ……」と頭を押さえて大人しくなった。


「おじさんたちは何しに来たの? もしかして新しい料理? そうだよね、ね!」


 期待に満ちた顔で詰め寄るカリーナに、ふわふわパンを一つあげると「何これ!?」と驚いてくれた。


「こんなの出したら、ますます忙しくなるね」

「そうだよ。だから、あんたもしっかりと働くんだよ」


 カルラに念を押されたカリーナは、絵の上達を見せる為にエーリカを自室へ連れていく。興味が出たフィーリンも付いていく。先生の先生である私も誘われたのだが、年頃の少女の部屋に中年のおっさんが入るのはマズいので断った。ロックンは木製の廊下を傷つけそうなので、止めさせた。

 取り残された私とロックンは、ぼーっと待つのも暇なので、その間に西の商業地区で買い物をして、時間を潰したのであった。


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