323 冒険者ギルドに行こう
冒険者ギルドへ到着。
窓口で書類仕事をしていたレナと目が合うなり、事務所内の応接室へ通された。
「えーと……何でここに移動させられたのでしょうか? それに何でギルマスまで一緒なんでしょうか?」
応接室には私、エーリカ、フィーリン、ロックン、レナだけでなく冒険者ギルドの代表であるギルマスまでいる。私、何かに巻き込まれるのだろうか?
「安心しろ。少し話を聞きたくてな。ただ、その前にその奇妙な物体は何だ?」
奇妙な物体とはロックンである。対面に座っているレナもジロジロと興味深そうに観察している。
そんな二人に初顔合わせのフィーリンとロックンを紹介した。
「まずこちらドワーフのフィーリン。エーリカの姉妹の一人です」
「ドワーフですか? エーリカさんの姉妹は色々な種族がいるのですね」
「うーん、普通の女の子にしか見えんな」
女性ドワーフに似ていないと言われたフィーリンは気分を害する事はなく「よく言われるよぉー」と笑っている。
「それで、こっちはゴーレムのロックンです」
「ゴ、ゴーレム!? こちらもエーリカさんの姉妹の一人ですか?」
「いえ、違います」
レナが疑問に持つのも頷ける。
エーリカの姉妹は、妖精、エルフ、ドワーフとバラバラだ。ゴーレムが居てもおかしくない……かな?
「本当にお前さんは、変なのばかり連れて歩くな」
ご尤もです。
「そ、それで……どうしてこんな場所での面会なのか、教えてもらえませんか?」
「ああ、そうだったな。えーと……昨日、お前たちと一緒に行動を共にしていた青銅等級冒険者の三人が報告に来た」
ダムルブールの街に戻ったその日の内に依頼報告をするとは、ヴェンデルたちは冒険者の鑑である。
「その報告を聞いて、気になる事があるんだ」
「気になる事?」
確かに今回の依頼は期間が長く、色々な事があった。その為、ギルマスがどの事を指しているのかは分からなかった。
「お前たち、ワイバーンと戦ったみたいだな」
「……ああ、ワイバーンね」
ようやく理解した。
以前、この街の郊外にワイバーンが現れ、私を丸焼けにしたのだ。冒険者ギルドはその事をずっと気にかけている。
「青銅等級の三人の報告を聞く限り、この街に現れたワイバーンとは別のワイバーンらしいが、念の為、お前たちの口から直接聞きたい」
「確証は無いですが、別のワイバーンと思います。ドワーフの村に聳え立つ山……風吹き山に生息していたワイバーンですので、わざわざ距離のあるこの街に来る事はないでしょう」
ワイバーンに関してはそうだが、別に気になる事はある。
それは謎の女の存在だ。
私を丸焼けにしたワイバーンには黒色の鎧を着た人物が跨っていた。今回の騒動には黒色のローブを羽織った女がいた。
鎧とローブはどれも真っ黒、さらにまったく顔が見えないという共通点ぐらいにしかない。それだけなら、偶然と言えるかもしれないが……。
ただ、どちらも私の命を狙っていた。
そう思うと、仲間の可能性が高い。
その事をギルマスとレナに伝えた。
「うーむ……どちらもお前さんを狙っていると……」
「確か、女性の方は炭鉱でも襲われたんでしたよね。何か狙われる理由でもあるのですか?」
レナは真剣な表情で私を見る。
この世界に来てまだ数か月。殺されるほどの行いをした覚えはない。それに見た目と違い、弱いおっさんなので妬まれる事もない。せいぜい複数の女性と一緒に暮らしているので、独身男性に爆破しろと思われているぐらいだろう。
殺しにくるなんて余程の事なので、思い当たる節がなかった。
……いや、あるにはある。
私個人としてではなく、私の肩書だ。
私は聖女として、この世界に召喚された。
教会からしたら特別な存在である。追い出されたけど……。
今頃、口封じで殺しに来たのだろうか? そうなると謎の男と女は、教会の関係者なのだろうか?
それにしても、魔物を押し付けて殺しにくる辺り、やり方がまどろっこしい。
「うーん……」と悩んでいると、「どうなんだ?」とギルマスが睨むように尋ねた。
私は「分からない」と首を振って答えた。
冒険者ギルドは冒険者を守る立派な組織だ。特にレナは冒険者の事を真剣に心配してくれる。
冒険者に関する話は全て包み隠さず報告をしたいのだが、聖女の件に関しては止めておく。
教会に関する話だ。
この世界の教会は、貴族以上に権力を持っている。
もし冒険者ギルドが私の事で教会に目を付けられたら申し訳ない。
それよりも、ハゲで筋肉で加齢臭のする中年が聖女として呼ばれたと言われても信じてもらえないだろう。まして別の世界から来たと言ったら、「お前は疲れている。酒でも飲みに行こう」と酒場に連れていかれそうだ。
「そうか……まぁ、良い。では、今回の依頼、細かく報告をしてくれ」
納得してくれたのか分からないがギルマスは本来の報告を催促した。
レナが木札と羽ペンを用意し終えると、私は思い出しながら細かく報告する。
………………
…………
……
報告を終えるとクロージク男爵から頂いた依頼完了の木札と何が書いてあるのか分からない手紙をギルマスに渡した。
封蝋を剥がし中身を確認したギルマスから「うーん……」と唸り声が上がる。手紙を受け取ったレナも「あぁー……」と声を上げた。
「ど、どうしたんです!? 何か失敗でもしました?」
「い、いえ……その……凄い金額が書かれていましたので……」
クロージク男爵からは二つの依頼を受けた。
一つは、料理レシピの提供。もう一つは、ドワーフ村の調査と解決だ。
料理レシピに関しては、沢山の料理を作った。レシピごとに買い取っているので、予想以上の金額になっているのだろう。
このまま遊んで暮らせるのではと期待した私は、レナに金額を聞くと微妙な気分になった。
確かに多い。ただ誕生日会の時と同じぐらいなので、遊んで暮らせるほどではない。まぁ、貴族といっても一番下の男爵の依頼だ。予想以上な金額にはならないだろう。
「なんだ、その顔は? 一番下っ端の鉄等級冒険者が貰える依頼料じゃないぞ。白銀等級でもこんな金額は滅多にない」
私の顔色を見たギルマスから注意が飛ぶ。
「すみません、期待し過ぎました。……そうそう、白銀で思い出した。アーベルとアーロンも一緒にワイバーンと戦ったり、謎の女と出会ったと言っていました。彼らが戻ったら聞いてみてください。何か分かるかもしれません」
「あいつらか……いつ戻るか分からんし、何しろ強かった弱かったぐらいにしか報告しない奴らだ。期待しないが……まぁ、一応細かく聞いておこう」
私も期待しないでおこう。
「アケミさんとエーリカさん、近い内、昇級試験を受けましょう」
クロージク男爵の手紙から視線を逸らすとレナは私たちを向いて言った。
「えっ、昇級ですか?」
「アケミさんたちは、すでに鉄等級冒険者が受ける依頼を越えています。これからも貴族の依頼が入ると鑑みて、すぐにでも昇進した方が良いでしょう」
前に冒険者ギルドに行った時にも言われたので、昇級に関しては驚きはない。
「今までお前たちが出会った魔物を考えれば、二階級ぐらい上げて良いぞ。俺の権限でな」
「がははっ」と笑うギルマスに「よい訳ありません!」とレナが釘を刺す。
「えーと……ちなみにどんな試験内容になりますか?」
木等級から鉄等級になる試験は、リンゴの収穫で簡単だった。だが、その後、大ミミズに襲われたので、酷い記憶しか残っていない。
「等級が上がるにつれて魔物討伐が多くなりますので、討伐依頼の試験になるでしょう。細かい内容は、ギルド内で協議してからになりますので、明日以降、もう一度来てください」
レナが羽ペンを置いた事で、依頼報告は終わる。
私が果実水で喉を潤していると、突如クイクイと服を引っ張られた。
横を向くと、今まで大人しくしていたフィーリンが「牙……爪……酒代……」と小声で伝えてくる。
「そうそう、ワイバーンの素材を買い取ってほしいのですが……」
「おっ、回収しているのか!?」
ギルマスが前のめりになり、「すぐに出してくれ!」と興味深そうに言う。
「量が多いので、ここでは無理です」と伝えると、冒険者ギルドの裏手に回った。
話を聞きつけた他のギルド職員も集まる中、エーリカにワイバーンの素材を取り出してもらう。
地面に牙や爪が置かれると、職員から「おおー!」と声が上がる。だが、鱗、尻尾、羽、火炎袋と続々と置いていくにつれ、ギルド職員が黙り込んでしまった。
ギルマスは「うーむ……」と渋い顔をしながら唸り、レナから「あぁー……」と溜め息が漏れる。
無理もない、一際大きいワイバーンの素材だ。
食料として肉の部分は切り取ってはいるが、素材となりそうな部分だけでも山のように積まれている。これを査定するだけでも一日は潰れそうだ。
案の定、ギルマスから「また商業ギルドに話を通さなければいかんな。俺たちでは捌ききれん」と近くにいた職員を走らせていた。
「アケミさん、申し訳ありませんが、依頼料とワイバーンの買い取り金は後日にしてもらえますか? ギルドに保管してあるお金では、払えきれません」
「ええ、無理強いは出来ません。また来ますね」
どうも迷惑ばかり掛けているようで、申し訳なく感じる。
やるべき事を終えた私たちは、「酒代がぁー!」と叫ぶフィーリンを連れて冒険者ギルドを後にした。