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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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319 幕間 エギルの追想 その1

 千年ほど前、大きな戦争が起きた。

 始めは人間同士の戦いであったが、次第に規模が大きくなり、各地の亜人も集められた。無論ドワーフも例外ではない。

 先々代の村長がまだ若い頃、国からの招集で戦争に参加した。

 その際、敵の進行を見通せると言う事で風吹き山に砦を築く任務を受けた。ただ風吹き山の麓には、魔物が蔓延っている迷いの森が広がっていて、山まで辿り着く事が出来なかった。

 先々代の村長はまず風吹き山までの道を作る事にした。

 迷いの森を切り開いては、草木が生えないよう魔術なり魔道具なりで成長を抑え込む。そして、道を均し、魔物が入らないように結界を張っていった。

 魔力が(みなぎ)っている森の為、非常に手間と時間が掛かり、風吹き山に辿り着く頃には戦争は終わってしまった。

 沢山の同胞が亡くなり、生まれ住んでいた村も無くなった先々代の村長たちは、折角道を作ったので、そのまま風吹き山の麓で暮らす事にした。

 それが僕の住んでいる村の始まりだ。



 風吹き山は鉱石の宝庫である。

 各種様々な鉱石だけでなく、純度の高い自然魔石も埋まっているし、上質な石材も取れる。鍛冶の得意なドワーフにとって有難い山である。さらに迷いの森には食料となる獣も多数いるので、先々代の村長たちが村を築いたのは合理的と言える。

 そういった立地条件の為、何度か村を占拠しようとする輩が現れては、小競り合いが発生した。百年に一回は起きるらしく、殆どが人間……それも教会連中だった。ただその中に一度だけ、魔女に襲われた。

 魔女とは、人間の女魔術師の事で、魔物を従える魔術を使う。その為、魔物が蔓延る迷いの森に村を築き、魔物を従えて住んでいたようだ。その魔女も風吹き山が狙いらしく、何度も村を襲い、先々代の村長たちに返り討ちにあったそうだ。


 僕が百歳を越えた時にも小競り合いがあった。

 風吹き山の背後にある山脈から魔物と共に人間が攻めてきて、村の中で争いが起きた。争いは三日ほど続いたが、幸い建物が壊れただけで特に被害らしい被害はなく、村を守る事が出来た。

 その後、百年ほど安寧の日々が続いた。

 


 僕の歳が二百を越え、ようやく成人として認められ始めた頃、現村長の父と第一夫人の母に呼び出されると、開口一番「そろそろ孫の顔を見せろ」と言われた。


「孫って言っても、結婚相手すらいないぞ」

「誰でもいいだろ。ドムトルの妹なんかどうだ?」

「まだ百歳にもなっていない子供じゃないか!」

「ならレギンの娘はどうだ?」

「ガーヴェルの奴が告白して、レギンに半殺しにあったのを忘れたのか? 子馬鹿のレギンに僕が勝てると思っているのか?」


 情けない事に腕っぷしには自信がない。いや腕っぷしだけでなく、僕は酒飲みも鍛冶も平均以下である。どれもドワーフにとって致命傷だ。村長の息子という肩書が無ければ、誰も相手にしてくれない村の爪弾き者なのだ。


「自分を卑下するのがお前の悪い癖だ。お前は誰よりも頭が良い。自信を持て」


 グビリと酒器を傾けた父は、「ぷはぁー」と大きく息を吐く。馬鹿にしているみたいでむかつく。

 自分は頭が良いとは思えない。誰も入らない書庫に入って石板を漁ったりしているので、そう勘違いされているのだろう。

 

「いや、逆だ。お前は考え過ぎなんだ。本能と酒に任せれば、自然と嫁さんができ、さらに子供だって出来る」

「出来る訳ないだろ!」

「かあちゃんと二人で潰れるまで酒を飲み、目が覚めたらお前が生まれたんだ。酒の神さまが授けてくれたようなものだ」


 呆れてものが言えない。

 僕は酒樽の中から生まれたのか?

 呆れている僕の前で父と母は「久しぶりに二人っきりで飲むか?」「息子の前で恥ずかしい事を言うんじゃありません」とじゃれ合っている。


「俺ももう歳で、村長の座も長くはおれん。お前自身、身を固め、村の為に尽くせ。それが親孝行というものだ」


 そう父は締め括ると酒器の中身を空にする。

 俺もグビリと酒を飲み干すと、逃げるように部屋を出て行った。



 目的もなく村の中を歩く。

 所々鍛冶場の中を覗いては立ち去りを繰り返し、食堂前の広場まで辿り着いた。

 広場には守備隊長のレギンが若い連中を集めて、訓練をしている。

 人間同士の争いもなく、風吹き山を狙う連中もいない。だが、この村には魔物が生息している迷いの森と隣接している。食料調達の為に森に入るし、結界が張ってあるとはいえ、時たま村の中に魔物が侵入してくる事がある。その為、訓練は必要だ。

 僕はぽっこりと膨らんだ自分の腹を見て、溜め息を吐く。

 今まで何度か訓練に参加したが、こんな体では長続きはしない。皆の足を引っ張り連携を乱してしまうので、呼ばれる事もなくなった。

 一応、魔法や魔術は使えるのでゴブリンぐらいなら倒せるのだが、経験も少ないので戦力には成りえなかった。

 

 先程の父の言葉を思い出す。

 村の為に尽くせ。親孝行をしろ。

 爪弾きの僕に何が出来る?

 村長は世襲ではない。

 酒が強く、腕っぷしが強く、鍛冶に長け、村に貢献し、さらに髭が長い者が代々選ばれる。

 どれも僕にはなく、父が村長の座を退くと、本当に誰も相手にされなくなるだろう。

 そうなれば、結婚相手すら居らず、一生ゴミ溜めの書庫に籠る毎日になりそうだ。

 

 ……それもいいかもしれんな。


 村の連中は、鍋や包丁を作っては人間に売り、その代価に酒を買う。

 酒の為に作っているので、手抜きも手抜き。売り物すらならない物を作っているのだ。鍛冶の神に見守られているドワーフの所業ではない。

 とはいえ、最高級の武器や防具を作っても売る相手は居らず、そうなれば酒が手に入らない。

 百年という平和が続いた弊害である。

 何とも言えない(わだかま)りが胸の内を渦巻く。


 何とかしなければいけない。


 そう思っても僕自身、何が出来る訳ではない。

 そこで僕は過去を見直す為に書庫に入り、石板を漁り始めた。

 ただ、あまりにも書庫内は整理されておらず、さらに石板に書かれている内容が無意味なものばかりで諦めそうになる。

 それでも村にある数ある書庫の内、何か所は片付き、読破した。

 そのおかげで、過去に起きた争いや先祖の活躍が分かり、有意義な時間を過ごせた。

 知識を得るのは楽しい。

 誰も相手にされないのなら、このまま知識を得る為に村の書庫を片づける日々も悪くないのではないだろうか。


 そんな現実逃避に似た事を考えつつ、レギンたちの訓練風景を眺めていると、村の入口の方で何やら騒ぎが起きているのに気が付いた。

 訓練をしていた数人のドワーフが様子を見に走り出す。

 僕も様子を見に向かうと、途中で村人に連れ去られるように三人の人間とすれ違う。

 無断で村に侵入しようとして門番のゴーレムといざこざでも起こしたのだろう、と村の入口に辿り着くと門番のゴーレムが地面に倒れ、動きを止めていた。


「な、何があったんだ!?」

「見ての通りだ、エギル。人間がゴーレムを壊しやがった」


 ゴーレムの様子を見ていた村人の言う通り、胸元が壊され、中に埋め込まれている魔石に手斧が突き刺さっている。その手斧を一人の村人が触ると、サラサラと砂になって崩れてしまった。


「今、村長を呼んでいる。どういうつもりでゴーレムを倒したのかは、これから聞く。内容によっては、人間どもと争いが起きるかもしれん」


 「争い」と聞き、ドクンッと胸が高鳴る。

 不安に駆られる鼓動だ。


 欠伸が出るような平和が続き、村人が怠けているのが嫌で仕方がなかったが、別に争いを望んでいた訳ではない。

 先程すれ違った人間に筋骨逞しい強そうな男がいた。そいつらから血の匂いがした。争いを好む匂いだ。

 過去に何度も風吹き山を巡って、争いが起きた。

 今回も人間の指示で村に侵入し、大事なゴーレムを破壊したとなれば、報復とまではいかないが、それなりの対応をしなければいけないだろう。

 不安が胸の内を覆う。

 ゴーレムが壊れた事で、この先どうなるのか……。


 杞憂はすぐに晴れた。

 三人の人間の内、二人の男は冒険者である。

 冒険者は魔物を狩るのが仕事。どうりで体付きが良く、血の匂いがするのも納得。

 だが、もう一人の少女が問題で、自分をドワーフだと言った。

 その言葉にその場にいるドワーフが否定する。無論、僕も鼻で笑った。

 どう見ても人間の少女で、酒も鍛冶も腕っぷしも弱そうだ。村に入り込む虚言でも、もう少しマシな嘘を言うべきだろう。

 そんな少女……フィーリンは酒を飲みながら、壊したゴーレムを直すか、新しく作ると宣言した。

 これについても僕は鼻で笑った。

 生物とは別の事象で動くゴーレム。

 高度な知識と技術で作り出された存在であり、僕自身、色々と調べたがまったく原理が分からないでいた。

 そんなゴーレムをフィーリンは何の迷いもなく直すと言い放ったのだ。


 やれる訳ないだろ!


 ゴーレムの事はさておき、フィーリンについては予想外の事が起きた。

 外の者が村に入る為の通過儀礼。

 僕たちドワーフは、酒が飲めない奴は信用しない。酒を楽しめない奴は信用しない。その為の酒飲み対決。

 元々人間が僕たちドワーフに勝てるとは思っていない。酒の楽しみ方を知っているかどうかを見るだけだ。

 それなのにフィーリンは父を真正面から潰した。それもデスフラワーでだ。

 フィーリンの言葉がどれほど信じられるか分からないが、酒の楽しみ方だけは知っているようだ。

 ちなみに二人の男……アーロンとアーベルは酒が飲めない。精々肉を食って、酒で流し込むだけ。ただ、こいつらの性格はドワーフに似ていて、すぐに村人と溶け込んでしまった。

 そう言う事で、三人は村の滞在を許可する事になった。



「エギル、例の三人はどんな感じだ?」

「アーロンとアーベルは良く働く。朝は森で食料調達に出かけ、昼は村人の手伝いをしているぞ」


 父に呼び出された僕は、父の前に座り、酒樽から酒器を突っ込むとアーロンとアーベルについて報告した。


「レギンから不満の声が聞こえるが、どうしてだ?」

「アーロンとアーベルが強すぎて、訓練になっていないだけだ。凶悪な魔物を相手にしていると仮定して訓練しろと伝えてある。まぁ、誘ってもいないのに勝手に乱入してくるアーロンとアーベルにも原因はあるがな」


 監視と言う訳ではないが、一番暇している僕が三人の動向を影ながら見ている。

 そんな僕の報告に父は髭を触りながら、「それで……フィーリンについてはどうだ?」と言い難そうに尋ねた。


「ゴーレムの直しは駄目そうだな。始めっから知識一つない。数日前に書庫を案内したが、酷い声を出して、うなだれていたぞ」


 ゴーレムを直すと宣言したフィーリンの言葉はまったく当てにならなかった。まだ僕の方が知識がある程だ。

 そんなフィーリンに歴代の村長が住まう家の書庫を案内した。壊れたゴーレムについて何かしら書かれている可能性があるからだ。

 父から書庫の鍵の魔術を受け取り、フィーリンと中に入ると「うげぇー」と声を上げた。無理のない事で、書庫の中は石板で埋め尽くされ、乱雑に置かれている。僕自身、いつかは整理しようと思いつつ、ほったらかしにしていた場所だ。この中からゴーレムについて書かれている石板を探すとなると、気が遠くなる事だろう。


「なるほど……ゴーレムについては、まったく進んでいないのだな」

「ああ、そうなる」


 父は「それは良かった」と呟くとグビリと酒を飲んだ。

 

「どう言う事だ?」

「村の連中がな……その……フィーリンを気に入っている」

「ああ……まぁ、仕方が無いか」


 酒飲み対決で父を負かした後、連日のように村人を強い酒で潰している。

 またゴーレム作りの為、長年使っていなかった壊れかけの工房を数日の内に作り直してしまった。

 さらに迷いの森でアーロンとアーベルと肩を並べる程の腕っぷしを披露した。

 顔立ちは人間の少女であるが、酒、鍛冶、腕っぷしから見て、彼女もドワーフと言わざるを得ない。

 そんなフィーリンを村人は気に入ってしまったのだ。

 

「村人からフィーリンを正式に村に迎えられないかと打診された」

「迎え入れる? 村人にするって事か?」


 こう言う事は言いたくないが、フィーリンは純粋のドワーフではない。たぶんだが、人間と混じり合ったドワーフなのだろう。

 人間というのは年がら年中発情し、どんな種族でも交わる。オークと関係を持ち、子供を生んだという話も聞くし、ドワーフの間に出来てもおかしくはない。人間などゴブリンと変わりない。

 そんな人間の間に生まれたフィーリンを僕が生まれ育った村に迎えるとなると不快感が生まれる。

 僕が「正気か?」と言うと、父は「無論だ」と真面目な顔で言った。


「この村は百人も満たない小さな村だ。それも女に比べ男の数が多い。次の世代になるともっと減る事になり、その内、消滅する。そうならない為にも、外から来た者も迎えていかなければいけない。村長としての判断だ」


 結婚相手すらいない僕に村長である父の判断を否定する事は出来ない。


「……言いたい事は分かった。だが、肝心のフィーリンはどうだ? たまたま立ち止まった村だ。このまま居座るとは思えん」

「それについては、すでに良案がある」


 そう言うと父は部屋を出て、沢山の酒瓶を抱えて戻ってきた。


「村を上げてフィーリンを……フィーリンさんを歓待する。俺も秘蔵の酒を惜しげなく飲ませる。彼女が村を気に入るまで続けるぞ」


 良案と言うほどの案ではなかった。だが、無理強いも出来ないので、このぐらいしか出来ないのだろう。

 僕の顔色を察したのだろう、父は「それだけでは心もとないので……」と付け加えた。


「お前、フィーリンさんを口説け」

「はぁー?」


 何を言っているのだ、この親父は?


「良い機会じゃないか。村の中にお前に合う女子(おなご)がいないなら、外の女子と結ばれるしかないだろ」


 またこの話か……とげんなりする。


「俺がもう少し若ければ率先して口説くのだが、さすがに四人も嫁さんは取れん。だから、お前が代りにフィーリンさんを繋ぎ留めろ。村の為、俺の為に孫の顔を見せる」


 そう言うと父は、秘蔵の酒を開けてゴクゴクと飲み、手を振って僕を追い出した。


 口説くかどうかは置いといて、今後の村の為に優秀なフィーリンを村に招くのは、理解できる。

 村長の息子として、さらに村一番の暇人として、フィーリンには今まで以上に接してみよう。

 これが不甲斐ない息子に出来る親孝行だ。


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