316 幕間 アーロンとアーベルの追想 その2
俺と兄のアーロンは双子だ。
顔は瓜二つで背格好もそっくりだ。
ただ性格はまったく違い、アーロンは粗野で乱暴。一方の俺は内気で気弱だった。その為、いつもアーロンの背中に隠れるように行動をしていた。
そんな自分が嫌で変えたいと思っていた頃、村にゴブリンの大群が襲い、ある冒険者に助けられた。
冒険者の姿に感銘を受けたアーロンが「冒険者になる」と宣言した。その言葉を聞いた俺も駆け出し、「僕も」と口を開く。
その日以来、俺たち兄弟は冒険者を目指した。
アーロンは強くなる為に、俺は自分を変える為に体を鍛えた。
飯を食い、体を動かす事で、徐々に背が伸び、筋肉が付いた。体付きが変わると性格も変わていく。常にアーロンの後ろに隠れていた俺は、アーロンの横に並ぶようになった。
その時の冒険者に憧れるようにアーロンは剣を使う。俺は細身の体で重たい斧を振り回していた冒険者を真似て斧を使い始めた。今ではその冒険者よりも体付きが良くなった。目標が出来ると心も体も変化するものである。
そして、今では貴族専属の白銀等級冒険者にまで上り詰めたのである。
「俺たちが生まれた村の森に似ているな」
「どこが? こんな隙間すらない森じゃなかっただろ」
「うーん……そう言われれば、そうかもしれんな」
「しっかりしてくれよ、兄貴」
俺とアーロンは、ワイバーンが居そうと言う事で、空を突き抜けるような高い山を目指している。その山の近くまで来た俺たちだが、鬱蒼と茂っている森の手前で立往生していた。
「入れそうな場所を探すぞ」
そう言うなりアーロンは地面に突き刺していた大剣を肩に担ぐ。俺も地面から斧を抜き、両肩に乗せて歩き出す。
森に沿ってのんびりと歩くが、獣道すら見当たらない。
「なぁ、兄貴。わざわざ森の中に入らなくてもいいんじゃねーの?」
「森には食料があるだろ。俺は腹減った。猪を食いたい」
「そう言われれば、俺も腹減った。豚が食いたいな」
森の外周は、村一つない平原が続いている。食料を調達するには森に入るしかない。それに高い山を目指すには、森を突っ切らなければ、辿りつけそうになかった。
「きりがない。強引に入ろう」
入口を探すのが面倒になった俺は、斧を構えると背丈ほどもある草木を刈っていく。
「お前、賢いな。流石、俺の弟だぜ」
バシバシと斬り進めると何とか人一人が進めるほどの道が出来上がる。
二人で道を作っていくと、徐々に大木が見え始め、太陽の光が届かない薄暗い場所に辿り着いた。
「ん? 俺たちはどこから入ってきた?」
後ろを振り向いたアーロンが呟く。
「どこって、後ろだろ?」と顔を向けると草木を斬り裂いて作った道が消えていた。
あれ、違ったか? ……まぁ、いいか。
些細な事なので気にせず先に進もうとしたら、足首に違和感を感じる。
下を向くと、足首に蔦が絡まり、グイグイと茂みの方へと引っ張られていた。
「おい、兄貴。向こうの茂みに魔物がいるぞ」
「違う!」
「何が違うんだ?」と視線を向けるとアーロンの体に枝が絡まり、身動き出来ないようにグルグル巻きにされていた。
「ガキじゃないんだ。そんな事をしても楽しくないぞ」
「遊んでいるんじゃねー! 木が勝手に動いて、襲ってきているんだ! くそっ、引き千切れねぇー」
アーロンの背後にある大木の枝がウネウネと動いているので、木自体が魔物だと分かった。
チクリと足に痛みが走る。
俺の足首に絡みついている蔦が刺さり、血を吸うようにモコモコと収縮していた。
「どうなってやがる、この森は……」
ガツッと斧で蔦を斬ると、断面から赤い液体を滴らせながら茂みへと引っ込んでいった。
急いでアーロンの元へ向かい、大木に向けて斧を振る。
ガツッと大木に減り込むと「~~~」と声無き悲鳴が聞こえた気がした。
「何をしている。こんな萎びた木など一刀で切り落とせ」
「うるせー、分かっているわ!」
恥ずかしさを紛らわすように怒鳴った俺は、斧を引き抜くと、再度柄を握り締め魔力を溜める。
ガキの頃から斧を使っていた所為で、生まれ育った村で樵の真似事をさせられた。木を切り落とす事など造作もない。
斧を振り落とす角度、速度、力加減を思い浮かべながら斧を振ると破片を舞い散らしながら大木が真っ二つに斬れた。
「うむっ」と素晴らしい手応えに自画自賛していると、「一発で仕留めろ。俺なら出来たぞ」とアーロンが腕に絡まっている枝を取り外しながら愚痴る。
「兄貴なんか大木に囚われてて逃げ出せなかったじゃねーか、馬鹿!」「何だと、この馬鹿野郎!」と怒鳴り合っているとズルズルと地面を這うように枝や蔦が伸びてきているのに気づく。
俺とアーロンは無言で顔を見合すと、武器を持ってさらに奥へと進んだ。
少し進んだだけで、次々と魔物が襲ってくる。
背中に刃の付いたリスが樹洞から姿を現す。木の中はどうなっているんだ!? と驚くほどのリスの魔物が次々と現れ、木を伝い、俺たちの元へ向かってくる。だが、「だぁーっ!」と二人で怒鳴るとネズミのように樹洞へと引っ込んでいった。
また嘴が細く尖った針鳥も頻繁に襲ってきた。
こいつらは一直線に飛んでくるので、刀身の面の部分でバンバンと叩き落とす。
ただ、上空の至る所から襲ってくるので、たまに腕や体に突き刺さる。名前の通り、針のような嘴なので、別段痛くもないし、動けなくなる事もない。そんな針鳥を引っこ抜くと、ギュッと握り潰してから地面に生えている甘ったるい香りを放つ花の中に放り込んでやった。そうすると花はモグモグと食べ始めた。
面白いので、叩き落とした針鳥だけでなく、小石や小枝なんかも花に放り込む。すると細く長い蔦を伸ばして器用に小石や小枝だけを取り除いていく。
そんな花を見て、俺とアーロンは「すげー」と感心した。
やはりと言うべきか、この森にもゴブリンがいる。
こいつらは何処にでも居て、何処でも襲ってくる。
正直、ゴブリンなど狩り飽きているが、幼い時の記憶が蘇る俺とアーロンは、ついついゴブリン狩りをしてしまう。
こいつらもこいつらで、二人しかいない俺たちを格下と見るや、数に物を言わせて襲ってくる。
まぁ、返り討ちだけどな。
その後も猿の魔物や昆虫の魔物や花の魔物まで現れ、森の中を進む度に戦っていた。
そんな森を俺たちは……。
「ここ、おもしれーな」
「ああ、山に向かわず、何日か森の中で生活するか?」
「それはいい」
俺たちは休みなく魔物が襲ってくるこの森を気に入った。
「だが、さすがに小物ばかりで飽きるな」
「デカブツがいれば……いたいた! 兄貴、向こうに豚が居るぞ!」
大木の隙間から二匹の豚がのしのしと歩いているのを発見。豚は人間のように歩き、大きな剣を握っている事から魔物で間違いないだろう。
「うおおぉぉーー!」と駆け出した俺たちに二匹の豚が気が付き、剣を構える。
俺たちよりも背が高く、体付きが良い。だが、所詮は魔物。俺たちに向けて剣を振るが、易々と剣と斧で受け止める。
技量もない力任せの攻撃など恐れる事はない。
俺とアーロンは腰を落とし、魔力を溜めると、受け止めた豚の剣を力任せに押し払う。そして、体勢を崩した豚に向けて、剣と斧をぶつけた。
でっぷりと越えた腹に斧が刺さると、そのまま奥へと押し込みながら引き裂いた。
「プギィー!?」と豚が悲鳴を上げながら膝を折り、腹から零れた贓物を搔き集める。
そんな豚の頭に斧を振り落とし、止めを刺した。
「あー、腹減った……肉が食いてー」
同じようにもう一匹の豚を殺したアーロンが呟く。
「この豚、食うか?」
「うーん、見た目はあれだが、豚は豚だよな……いや、止めておこう。魔物肉は不味い」
魔物は苦くて不味い。餓死寸前でなければ、食べる事はない。これ、冒険者の常識。
俺たちは、豚の内臓を掻き出し、胸の方にある血塗れの魔石を回収する。ゴブリンのような屑魔石は無視するが、豚の魔石は飯代ぐらいになる。
死骸の処分はしない。普段ならするのだが、この森の中では、枝や蔦が伸びて死骸を回収してくれる。だから心起きなく、魔物を狩り続ける事が出来た。
そんな森の中、俺たち兄弟は「にくー、にくー」と呟きながら、奥へと進んだ。
しばらく魔物を蹴散らしながら進んでいると、水の匂いがした。
「水場が近くにあるな」
「つまり、獣が水を飲みに集まってくるって事だな」
「良し、飯だ!」
「肉を手に入れるぞ!」
俺たちは武器を振り回しながら草木を刈り進めると、案の定、水場に辿りついた。
周りを木々に囲まれた小さな沼。
その水辺に人間がいた。
「ん? 男?」
「近くに村でもあるのか?」
男は二十歳前後。サラサラと靡く綺麗な金髪で、均等の取れた顔立ちをしている。水浴びをするつもりなのか、衣服は着ておらず、裸のまま両脚を水の中に浸していた。
俺たちに気が付いた男は、ゆっくりと顔を向けると、ニコリと微笑む。
「ここで何をしている?」「村があるなら案内してくれ」と尋ねるが、男は微笑むだけで、一言も話さない。
俺とアーロンは顔を合わせると、コクリと頷いた。
「うおおぉぉーー!」
こいつは怪しい。
怪しい奴は、殴って様子を見た方が良い。
アーロンより先に駆け出した俺は、男の顔を殴り飛ばす。
ベチャっと嫌な感触が伝わる。拳はヌルヌルとした液体で汚れていた。
「アーベル、魔物だ! そいつ人間に化けてやがった!」
男の方を振り向くと、なぜか馬になっていた。
俺を噛みつこうとする馬にもう一発殴ってから遠ざかる。
馬は陸から上がる事なく、歯茎を見せながら「ヒヒーン」と威嚇しているだけだった。
「話に聞いた事がある。水棲馬……ケルピーだな」
「初めて見たぜ」
「夕飯は馬肉だ」
「魔物だから不味いぞ」
「試してみよう」と俺たちは武器を構えて駆け出す。
ケルピーは口を開くと水の塊を飛ばした。
バシバシと体に当たるが、痛いだけで大した威力はない。
「おらっ!」「うらっ!」と剣と斧を振る瞬間、ケルピーはトプンと水の中へ逃げていった。
「逃がすか……ぐあっ!?」
水の中を覗いたアーロンの頭が跳ね上がり、そのまま後ろへ倒れた。
「尻尾で殴られたー。いてー、頭がクラクラする」
アーロンは無事そうなので、俺は慎重に水辺に近づき、水中を覗き込んだ。
言い伝え通り、ケルピーは上半身が馬で下半身が魚になっている。その為、頭と前足が馬なのに、水中を器用に泳いでいた。
水に入って仕留めるのは分が悪い。
下半身が魚でも、上半身は馬だ。その内、呼吸する為に顔を出すだろう。
そう思った俺たちは、少し離れて待機した。
いつでも投げられるよう剣と斧を持ち上げる。その体勢で待機。魔力を込めていても、元が大きいのでなかなか重たい。筋肉を作るには良い体勢だ。
しばらくすると筋肉がプルプルと震え出す。その時、ケルピーが水面から顔を出した。
俺たちは一言も発する事なく、剣と斧を投げる。
一直線に飛んで行った剣はケルピーの首元に突き刺さり、クルクルと回転して飛んだ斧はケルピーの額に突き刺さった。
水面を赤く染めながらケルピーが沼の底に沈んでいく。
ケルピーは一匹だけのようで、水辺に近づいても襲ってくる事はない。
武器を回収する為、沼に飛び込み、底へと潜っていく。
沼の底には沢山の骨が沈んでいた。歪な形の骨ばかりなので魔物の死骸だろう。つまり、ケルピーは人間の姿に化けて、魔物を誘い出し、食料にしていたのだ。
そんな事を考えつつ、武器を回収し、ついでにケルピーも回収する。
全身ヌルヌルとして岸まで上げるのが難しかったが、水中でぶつ切りにして何とか運んだ。
水もあるし、今日はここで野宿。
火を焚いて、ケルピーを焼く。上半身の馬は苦くて不味かったが、下半身の魚は苦味が少なく食べやすかった。
次の日から沼を拠点に行動した。
一直線に森を進み、元来た方向へ一直線に戻る。そうすれば、沼に帰れる。たまに魔物と戦ったり、道が消えて戻れなくなったが、適当に歩けば、何とか戻れた。
水場と言う事もあり、普通の獣も現れるので食い物には困らない。また沼の水も一度沸かせば腹を痛まないので、いい場所を見つけたとアーロンと笑った。
そんな二日後の夜。
睡眠中、甘い香りが鼻を通る。
不快はなく、どことなく癖になる、いつまででも嗅いでいたい、そんな香りだ。
その為、何の疑問も沸く事なく、甘い香りを嗅ぎながら眠りに落ちていると腹に痛みが走った。
何だ!?
くわっと目を開いた俺の視界に人間の子供が映った。
子供は錆びたナイフを握り、血の付いた刃先を見て「ギャアギャア」と楽しそうに笑う。
首を動かして横を見ると、アーロンの周りにも数人の子供がいた。
子供を殴り飛ばそうと力を入れるが、首から下が思うように動かない。
目の前の子供がナイフを握り直し、俺の顔へと狙いを定めた。
これは不味い!
久々に嫌な汗が流れる。
ナイフが振り下ろされる。
頭だけ動かしてナイフを躱そうとするが、僅かにしか動かせない。
駄目か……。
そう思った瞬間、近くで爆発が起き、子供が吹き飛んだ。
今まで漂っていた甘ったるい香りが爆風で流されるとようやく体が動くようになる。
アーロンも起き出し、子供たちを殴り飛ばしていく。
「あれ、ゴブリン?」
子供だった者がゴブリンへと変化していた。そのゴブリンはなぜか鼻に石を詰め込んで塞いでいる。
さらに見回すと大きなキノコが倒れていた。そのキノコは人間のように手足が付いているので魔物のマタンゴだと分かった。
マタンゴの体臭で体の自由が効かず、さらに幻覚まで見せられていたようだ。そこをゴブリンに襲われたのだ。
マタンゴとゴブリンは共闘していたのか、それともたまたま居合わせたのかは分からないが、危ない組み合わせである。白銀等級冒険者がゴブリンにやられるなど笑えない冗談だ。
それよりも俺たちを助けた爆発は何だったんだ?
そう思い、爆発した箇所を調べていると、「にぃーちゃんたち、無事かぁー?」と茂みから若い女が現れた。
歳は十代中旬。
決して、魔物が住みつく森にいる存在ではない。
また魔物が化けているのか? と警戒していると、女は……
「ねぇー、お酒持ってないかなぁー?」
……と深刻そうな表情で言った。




