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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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315 幕間 アーロンとアーベルの追想 その1

 俺の生まれた場所は、町外れにある草深い森の中の小さな村だ。

 森には獣やキノコと言った食料が手に入る。その為、食事に困る事はない。ただ魔物も生息しているので、村の周囲には頑丈な柵が設置され、常に数人の村人で見回りをしていた。それでも年に数回、魔物に襲われ何人かが怪我をし、最悪死ぬ事もあった。


 俺と弟のアーベルが無事に十年目の節目を向かえた数日後、ゴブリンの集団が村を襲った。村人全員が柵越しに対処していたが、ゴブリンの数は多く、いつ村の中に侵入してもおかしくない状況だった。

 俺とアーベルも農夫の父と母と共にゴブリンと戦う。とはいえ、幼い俺たちは、石を投げたり、砂を掛けたりするだけの子供同士の喧嘩ぐらいの事しか出来なかった。

 恐怖で足が震えながらそれでもゴブリンの侵攻を防ぐ。村人全員死に物狂い。言葉通り、ゴブリンどもが村に侵入されたら村は壊滅する。それだけ数の多いゴブリンは脅威だった。

 だが、どんなに抵抗してもゴブリンが逃げていく事はない。次から次へと数を増やし、柵の前で死んだゴブリンを踏みつけ村に侵入を許してしまう。

 次々とゴブリンが村に入り、混乱が生じてしまう。

 数人の村人がゴブリンにやられ怪我を負う。俺の父もアーベルを助ける為、怪我を負った。

 

 ああ……。


 この村は駄目だ、と幼い俺でも理解し、正気を失ったまま立ち尽くしてしまう。

 だが、村を囲うように集まっていたゴブリンだが、徐々に散開し、逃げていく。

 何が起きたのか分からず、柵に近づくと木の葉が舞うようにゴブリンの体が千切れ、吹き飛んでいった。

 「冒険者だ!」と村人の一人が叫ぶ。

 突如現れた五人の冒険者。

 短い剣と盾を使う者、大きな斧を使う者、長い槍を使う者、魔法を使う者。各々自分に合った戦い方でゴブリンを殺していく。

 俺が一番目に付いたのは、身の丈もある大きな剣を軽々と振り、数体のゴブリンを一度に斬り殺す男だ。

 楽しそうにゴブリンを殺していく男を見て、ドクンと心臓が高鳴る。

 あっと言う間にゴブリンの姿が居なくなった。残ったのはゴブリンの死骸と血で汚れた冒険者五人、そして村人全員であった。


 村長が冒険者に感謝の言葉を述べ、どうして冒険者が助けに来てくれたのかを尋ねる。冒険者は、ゴブリンの巣が発生した兆候があり、森の中を調査していた所、ちょうど村が襲われていたのだと教えてくれた。

 礼として村長がなけなしの金を冒険者に渡そうとするが、冒険者はそれを断る。依頼料はすでに決まっており、冒険者ギルドで貰うと言った。その代わりにゴブリンの死骸の処理を頼むと言って、ゴブリンの巣を目指して森の中へ入ろうとする。

 

「ま、待って!」


 未だに胸が高鳴っている俺は、力の入らない足を動かして、ヨロヨロと身の丈もある大きな剣を背負った冒険者に駆け寄る。

 

「俺、冒険者になる。どうすればなれる?」


 つい言葉が出た。

 俺の言葉を聞いた弟のアーベルも俺の横へ並ぶと「ぼ、僕も!」と小さな声で告げる。

 キョトンとした表情をする男は、俺たち兄弟をゆっくりと見るとニカッと笑た。


「俺から言える事は一つだ。……強くなれ!」


 男は膝を折ると、俺とアーベルの瞳を見ながら答えてくれた。


「その為には、まず大きくなる事だ。沢山飯を食って、沢山体を動かせ。そして、武器を振り続けろ」


 一つ以上の助言を言った男は、ゴツゴツとした手で俺たちの頭を撫ぜた。

 今では顔すら思い出せない冒険者の男。名前も知らないし、どこの冒険者ギルドに通っているのかも知らない。

 そんな冒険者の言葉通り、俺とアーベルはその日を境に冒険者を目指す事にした。



 俺とアーベルが冒険者になると告げると父と母は応援してくれた。別段農家に思い入れがある訳ではないのだろう。それか父と母も俺たちみたいにあの冒険者の雄姿に魅かれたのかもしれない。

 どちらにしろ、「体を鍛えるには農家が一番だ。体を酷使するからな」と父は日焼けした薄い体を叩いて自慢した。

 その日以来、俺たち兄弟は、今まで嫌々していた畑仕事を積極的に手伝った。

 目標が出来ると見方も変わる。

 鍬や鎌と言った道具を使うにしても、持ち方や力の入れ方一つで使い勝手が変わる。そんな事を農具で学んだ。また毎日土を掘り返したり、作物を引き抜いた事で体付きも変わってきた。

 

 歳を二つ越えた頃、野菜ばかり食べていた俺たちは、もっと体を大きくする為に狩りが得意な村人に頼み込み、一緒に行動するようになった。

 村には武器はなく自家製の道具で獣を狩る。

 基本、罠に掛かった獣を槍で止めを刺すのだが、俺は父から貰った短剣を使い、アーベルは手斧を使い始めた。どちらも魔石が埋め込まれていない道具であるが、やはり見た目は肝心である。

 そして、狩りの手伝いをする事で、獣肉が手に入り、俺たちはどんどん体が大きくなっていった。

 背が伸び、筋肉が付くと父は「本当に俺の子供か?」と母の前で呟き、家の中が冷え切らせた。

 その頃になると、内気だったアーベルも自信が付き、二つ上のガキ大将の奥歯を圧し折り、泣かせる程であった。


 月日が流れ、冒険者登録が出来る歳になった俺たちは、出稼ぎする若者同様、父と母に見送られながら近くの町へ移住する。すぐさま冒険者ギルドへ直行し、なけなしの金を払い、念願の冒険者になった。

 始めの内は、町の掃除や町人の手伝いといった依頼で失敗が続く。だが、魔物討伐依頼を受けられるようになると、俺たち兄弟の評価は上がっていった。

 自慢ではないが、魔物討伐と農作業関係の依頼達成率は十割である。

 何度も怪我をした。体中、傷だらけ。血を流し過ぎて、動けなくなる事もあった。等級以上の魔物にも挑み、何度もギルド職員から注意勧告を受けた。それでも武器を振って、魔物を狩り続けた事で等級は上がっていった。俺たちの業績は魔物の屍の上に立っているのだ。

 

 二十代中旬に差し掛かる頃、生まれ育った村に魔物が襲い、壊滅した。

 数人の死者が出たが、父と母は助かった。生き残った村人は町や近くの村に移住する。父と母も町に来て、俺たちと一緒に暮らした。

 だが、そんな父と母も俺たちが銅等級冒険者になった年に亡くなった。病気で父が亡くなると、後を追うように母も体を崩し、翌年に亡くなった。

 

 そんなある日、俺たちの元に貴族の使者と名乗る男が現れる。

 どうやら町一番の冒険者と名を馳せている俺たちをある貴族が専属冒険者にしたいと言っているみたいだ。

 身なりも良いし、前金で金貨の入った袋を見せたので詳しく話を聞く。

 場所はダムルブールの街。大聖堂がある事で、貴族どもが集まっている街だ。

 そこの貴族どもをまとめているヘルムート・ポメラニア伯爵が雇い主らしい。俺たちは、貴族どもにまったく興味がないが、伯爵がとても偉い人物である事ぐらいは知っている。

 そんな偉い伯爵が、名も無い村の出身で小さな町の冒険者である俺たちにどうして声を掛けたのか? と聞くと、魔物討伐を主にした冒険者が必要との事で俺たちに目を付けたと答えた。

 父と母も亡くなり、生まれ育った村も無くなった俺たちは、すぐに同意する。

 ダムルブールの街に行く為の路銀を貰った俺たちは、その日の内に宿を引き払い、武器とちょっとした荷物を持って、町を出た。

 ダムルブールの街まで馬車で七日は掛かる。俺たちは馬車を使わず、自分の足で走り続け五日で辿り着いた。

 そして、冒険者ギルドで事情を説明し、ポメラニア伯爵に取り計らってもらう。道中で使者を追い越してしまった事で伯爵は呆れていたが、逆に「期待が出来る」と笑っていた。

 貴族は気難しい変わり者が多いと聞くが、伯爵は話の分かる貴族で助かった。


 後日、伯爵から三人の冒険者を紹介された。

 一人はグイード。デカい槍を使う男で、良い体付きをしている。

 もう一人はバルナバス。大木のような杖を持った魔術師で、こいつも良い体付きをしている。

 そして、最後はディルク。二本のショートソードを使う男だが、こいつは瘦せていて、五日間走り続けたら過労で死ぬのではないかと心配になる。

 そんな三人と俺たち兄弟の五人で冒険者をしてもらうと伯爵は告げた。

 五人で一組。五人で白銀等級冒険者らしい。

 俺とアーベルは等級自体に興味は無いのだが、等級が上がれば、それだけ強い魔物と戦えるので良しとした。

 

 アーベルと二人で戦った際に苦労していた魔物も五人になれば楽に倒せる。

 槍使いのグイードは、戦闘になると笑顔で魔物に突っ込み、次々と串刺しにしていく微笑み串刺し野郎。

 魔術師のバルナバスは、魔術を使わず、誰よりも早く魔物に突っ込み、大木のような杖で叩き潰していく似非魔術師。

 そして、一番心配をしていたディルクだが、一歩下がって俺たちを指示したり、補佐をする。さらに面倒な交渉をしたり、金勘定をしてくれる有難い存在であった。とはいえ、あの細い体だ。骨の二、三本が折れたら動けなくなりそうだ。そうなれば戦闘中に行動不能になり死に直面する。それを心配する俺たちは、頻繁に食事に誘って大量の飯を食わせたり、一緒に訓練したりするのだが、一向にディルクの体は大きくならなかった。

 若干の心配事はあるが、何とか上手く回っていた。



 そんなある日、ダムルブールの街にワイバーンが現れた。

 滅多にお目にかかれない魔物。決して、ダムルブールの街のような平和な場所に居ていい魔物ではない。

 どうして、こんな場所に現れたのか? 何が目的か? そんな事はどうでも良い。

 俺たちは強敵を前に武器を構え、攻撃をする。

 だが、空を飛んでいる魔物には当たらない。精々バルナバスの魔術が当たるが、ワイバーンの魔力量の方が高く、効果はなかった。

 

 いつも殴りにいっているからだ! たまには魔術の訓練でもしろ! そうすれば、バルナバスの分まで魔物を斬れるのに!


 心の内で悪態を付いていると、ワイバーンが逃げていく。

 俺たちは必死に追い掛ける。

 ワイバーンも常に空を飛び続ける訳じゃない。その内、地面に降り立ち休憩をする。そこを狙ってやる。

 俺たちは走り続けた。ダムルブールの街を横切り、砂漠に入る。

 ワイバーンの尻を見ながら走って、走って、走って……そして、見失った。


「くそっ、逃がした!」

「まだ間に合う! 急いで向かうぞ!」

「だが、どっちに向かう!?」

「くそっ、暗くて空が見えん!」


 俺たちは砂漠を越え、キルガー山脈の麓まで辿り着いた。

 時刻は夜。辺り一面、暗闇に包まれていてワイバーンはおろか、お互いの顔すら分からない。

 

「俺は山を越えて行ったと思う。向こうに行くぞ!」

「いや、山に沿って、こっちに向かった筈だ。行くならこっちだ!」

「違う、反対側だ。ワイバーンはあっちだ!」


 意見が別れたので、グイードは向こうへ、バルナバスはこっちへ、俺とアーベルはあっちに行く事にした。

 お互い意見が分かれた場合、お互いの好きなようにすると何事も上手くいく。これは俺の経験則だ。ただ、そうするとディルクが「いくわけないだろ!」と言って、お互いの意見をまとめるのだが、そのディルクは途中で居なくなったので、俺たちはお互いの行きたい方向へと別れた。


 朝方までワイバーンを探しながら山沿いを歩くが、結局見つからなかった。

 さすがに疲れた俺とアーベルは、近くの村に立ち寄り、一泊の謝礼として「魔物に困っていないか?」と尋ねる。すると村長は「最近、ゴブリンを見かけるようになった」と言ったので、ゴブリン退治を請け負った。

 

「二人だけで魔物退治とは久しぶりだな」

「ああ、違いねー。それもゴブリン退治だ。駆け出しの時を思い出す」


 山裾に広がる森の中、二人で笑いながらゴブリンの痕跡を探す。

 そして……。


「あれだな」

「間違いない」


 崖をくり抜いた小さな洞穴を発見。入口から異臭が流れているので、ゴブリンの巣で間違いない。


「中は狭そうだ。武器を振れそうにないな」

「ゴブリンぐらい素手で十分だ」


 俺たちは武器を地面に置くと松明片手に「うおおぉぉー!」と叫びながら洞穴へ入っていった。

 普通の獣なら追い掛けると逃げていくのだが、好戦的な魔物は逆に向かってくる。案の定、俺たちが声を上げて入ると、十数匹のゴブリンが「ギャアギャア」と喚きながら俺たちに向かってきた。

 松明で殴り、蹴り飛ばし、倒れたゴブリンを踏み潰して殺していく。

 子供の頃、ゴブリンが村を襲った時、凄く怖かったが今はまったく恐怖すらない。あるのは駆除衝動。ゴブリンなど死ねばいい。根絶やしだ。

 ある程度片付くと、ゴブリンどもは最初の勢いを衰え、洞穴の奥へと逃げていく。だが、洞穴は行き止まりで、結局の所、死ぬ運命である。

 

 ゴブリンを全滅させた俺たちは気分良く村に戻る。そして、「強い魔物はいないか?」と聞いては、旅を続けた。

 ある村で、同じようにゴブリン退治を受け持ち、洞穴に入ったらゴブリンでなく熊の寝床だった。死に物狂いで熊と戦い、傷だらけになりながら何とか勝利。餞別に熊肉を持って帰ったら、村人に喜ばれた。

 また別の村では、夜間、家畜がウルフの集団に襲われると言うので、村人と一緒に夜営をして退治した。

 こうして行きつく村で魔物退治や盗賊退治をしていると、遠く離れた所に空を突き抜けるような高い山が目に入るようになった。


「ああ、そう言えば、俺たちはワイバーンを追っていたな」

「そうだった、そうだった。すっかり忘れていた」

「ワイバーンって竜だろ?」

「いや、トカゲじゃねーの?」

「うーん……どちらにしろ、羽が生えているって事は、山の上に居てもおかしくないよな」

「おお、そういう事か! さすが兄貴だぜ」


 目的を忘れていた俺たちは、ワイバーンが居そうな遠く離れた高い山に向けて進む。そして、鬱蒼と茂った森へと辿り着いた。


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