312 二度目の温泉とワイバーン肉
いつも通りの朝を迎えた私は、すぐに自分の体調を確認する。
……うん、絶好調。
眠気もないし、気だるくもない。精々お腹が空いているぐらいだ。
という事で、本日は二度目の風吹き山登山をして、温泉に入りに行く事が決まった。……凄くフィーリンが行きたそうにしていたからね。
ただドワーフたちが働いている時に私たちだけ遊びに行くのは忍びないので、午前中だけ手伝い、午後からの出発である。
「それなら山で一泊しよう。お酒飲んで、ご飯食べて、ゆっくりしよぉー」
「夕食にはワイバーンの肉を焼きましょう」
「泊まりか……寝床はあるんだったな」
「ふふっ、楽しくなってきましたね」
朝食時、女性陣の話し合いで、日帰りでなく泊まりに決まった。
日本人の血が流れていた私だ。今まで数えるぐらいしか温泉に行った事はないが、今日は何回も温泉に入って、心も体もリフレッシュしよう。
道中の登山の事を考えると憂鬱だが、その後の事を考えたら楽しくなってきた。
朝食を終えた私たちは、午後までエール作りを手伝い、軽く昼食を食べてから風吹き山へと向かった。
ちなみにロックンはお留守番。私たちと一緒に行きたそうにしていたが、流石に山登りは無理そうなので、同じく行きたそうにしていたエギルに預けてきた。「エギルと一緒に弟のロールンを改造してね」とお願いしたら、目をチカチカとさせて両腕を上げ下げしたので、納得した事にする。
現在、風吹き山中腹の緩やかな上り坂。
先頭は魔力満タンで元気が有り余っているフィーリン。一歩下がってエーリカとリディーが平行して歩いている。その後ろに私とマリアンネが付いていく形になっていた。
後衛職のプリーストであるマリアンネは、見た目と違い足取りはしっかりしていて、呼吸も安定している。色々な場所で冒険者の依頼をこなしているだけある。
私はというと、これまた見た目に反して、すでに疲れが見え始めている。二回目というのに、すでに疲労が溜まるとは、私の体力はまったく成長しない。
そんな私は疲れを紛らわす為、マリアンネと話しながら登る事にした。
「最近、ヴェンデルとサシャはどうしているの?」
マリアンネとの共通の話題と言えばヴェンデルとサシャである。ドワーフ村に来てから殆ど顔を合わせていないので、話のネタにさせてもらう。
「ここ数日、魔女の村とを繋ぐ道を作っていますよ」
「あの二人、村に来てから肉体労働ばかりしているね」
「孤児院を出た後、建物を建てたり、城壁を補修したり、道を作っていたから、私と違って二人は慣れたものです」
そう言えば、マリアンネたちは孤児院育ちと聞いたな。ヴェンデルたちは冒険者に成る前は土木作業で生活していたようだ。
「まぁ、今日は白銀の二人に連れられて、森の中へ行っているみたい」
「また魔物狩り? 村を出る前に絶滅させる気なのかな?」
「ううん、アーベルの斧を探すのを手伝っているみたい。どこに捨てたか分からないそうです」
弟のアーベルは、魔物の襲来の際、カメを攻撃して戦斧を壊したと聞いた。冒険者なのに武器の扱いが雑過ぎる。
「クズノハさん、近日には村を出て、男爵の館へ帰るんですよね」
「うん、レイピアと皮鎧が完成した後だね。村に戻ったら忘れずに村長たちに言おう」
「ふふっ、ヴェンデルとサシャが喜ぶと思いますよ」
山道がつづら折りになると会話が止まる。
ここからどんどんと道が険しくなり、鎖場を登ったり、カニ歩きで崖を渡ったり、崩れた道を跳躍で飛び越えたりして、黙々と進んでいった。
道中で魔物にも遭遇したが、フィーリンが殆ど片づけてくれたので問題なし。
そして、疲れが限界に達した頃、ようやく目的地へ辿り着いた。
「よ、ようやく着いた。分かっていたけど……凄く疲れた」
「私も……ここまで酷い道とは思わなかったわ」
私とマリアンネは地面に座って休憩をする。
「おっさんは知っているけど、マリアンネもだらしないぞ」
「リディーもエーリカちゃんもフィーリンちゃんも元気良すぎー。エーリカちゃんは何でそんな服装で軽々と登れるの?」
いつでもどこでも黒色のゴシックドレスを着るエーリカは、風吹き山も服を汚す事なく難なく登りきった。一方のマリアンネは、旅用の動きやすい服装にも関わらず、土や泥で汚れている。無論、私も。
「ヴェクトーリア博士自慢のわたしです。登山など淑女の嗜みです」
「意味分かんない」とマリアンネの言葉に私は頷くが、リディーとフィーリンはエーリカの言葉に頷いていた。
「そんな事よりもお風呂に入ろぉー。早く行こぉー」
到着早々、フィーリンに腕を掴まれ、温泉の方へ向かった。
前回来た時と同じで、洞窟から湯気が立ち込めている赤い色をした温泉だ。
山から流れる風が冷たく、今すぐにでも入りたい。
「流石に男性の方と一緒に入るのは不味いので、私は後で入りますね」
女神に操を立てているマリアンネは、温泉の様子を見ると「寝床を整えています」と戻っていった。
早速服を脱いで、掛け湯して入る。以前、ドワーフたちが掛け湯すらせずに入ったが、数日も経っているのでお湯は入れ替わっているので気にしない。
はぁー、気持ちが良い。疲れが取れる。
エーリカとフィーリンも私の横に座り、黙って温泉を満喫する。
ただリディーだけはチラチラと私たちを見ているだけで服すら脱ごうとしない。
「ぼ、僕もおっさんと一緒はちょっと……」とリディーが恥ずかしそうにして戻ろうとしている。リディーさん、見た目はあれだけど、私が女性だと知っているよね。見た目はあれだけど……。
そんなリディーにフィーリンは素っ裸のまま温泉から上がり、「恥ずかしがらない、恥ずかしがらない。姉妹仲良く入ろぉー」とリディーの衣服を脱がし始めた。
「馬鹿、濡れた手で脱がすな!」とワイワイしながら服を脱がされるリディーから私は視線を逸らしてあげた。
「お前たちは恥じらいというのがないのか!」
長めの麻布で体を隠したリディーは少し離れた場所に湯に浸かると、「ふぅー」と気持ち良さそうに溜め息を吐く。
「見られて困る事はありません。逆にご主人さまには沢山見てほしいです」
「そうそう、見て欲しいぃー。アタシの魔石、綺麗になったんだよぉー、旦那さまぁー」
隣に座ってお酒を飲んでいたフィーリンが私の前に来ると、鎖骨の間に埋め込まれている魔石を見せた。魔石は綺麗な黄色になっていて、目を凝らすと奥にルーン文字みたいな模様が確認できた。
「嬉しいのは分かるが、恥じらいを持てと言っているんだ!」
見かねたリディーはフィーリンを引き剥がすと景色の見える方へ引きづっていった。
しばらく沈黙が流れ、ゆっくりとした時間が流れる。
「旦那さまは、アタシたち姉妹と契約する為に冒険者をしているのぉー?」
温泉を満喫しているとフィーリンがお酒を飲みながら尋ねてきた。
「いや、そのつもりで冒険者をしている訳じゃないよ。エーリカは仲間探しに奴隷商で、ティアは教会で、リディーに関しては囚人の労働先である炭鉱で知り合ったんだよ」
私自身、率先してエーリカたちの姉妹を探している訳じゃない。ただ『啓示』の指示された先で出会っているので、『啓示』は私と姉妹を会わせたいのかもしれない。
「アタシ、ティアねぇー、リディア、エーリカの四人と契約しているから、残りはルルねぇーとセシルだねぇー」
指折り数えるフィーリンを見て、数日前に入った時にもその話をしたなと思い出す。
「フィーリンは、ドワーフ村に辿り着く途中で二人の噂や魔力を感じたりしていないか?」
未だに顔を赤らめているリディーが隣のフィーリンに尋ねた。
「いやぁー、全然。どこにいるんだろうねぇー。二人とも無事かなぁー」
「ルルねぇさんは問題ないと思いますが、セシリアねぇさんは朽ち果てていてもおかしくありません」
「ふふ、違いない」
エーリカの言葉にリディーが笑う。だか二人とも何処となく寂しそうな雰囲気であった。生き別れた姉妹が再会し始めたのだ。やはり、残りの姉妹も会いたいのだろう。
そんな二人に私は「六人の内、四人には会えたんだ。その内、残りの二人にも会えるさ」と言った。根拠は無い。ただ私には『啓示』がいる。場所とタイミングが合えば『啓示』から指示が流れるだろう。そう言う意味では根拠はある。ただ囚人になって会わせるのだけは勘弁だけど……。
そんな私の言葉にエーリカは「ご主人さまに期待します」と言った。
「うーん、セシルはまだしも、おっさんにルルは会わせたくないな」
「はははぁー、アタシも同じぃー」
「はい、同意します」
エーリカたちがお互いに「うんうん」と頷いている。
どうして? と聞きたかったが、どうせ権限が無いので教えてくれないのだろう。
まだ見ぬ姉妹の事を考えつつ、私たちは温泉を満喫したのであった。
温泉から上がった私たちは、星光石を採掘する洞窟内に入る。
寝床を準備していたマリアンネが入れ違いに温泉に向かうが、「一人じゃ寂しいから一緒に来て」とリディーを引っ張る。「入ったばかりだ!」と抵抗するリディーが連れ去られてしまった。モテモテだね。
マリアンネが用意してくれた部屋は二部屋。一つは四人部屋で、一つは二人部屋。私とマリアンネが一緒の部屋で寝る事はないので、私とエーリカとフィーリンの三人で四人部屋を使う。
荷物を置いた私たちは、外に出て、夕食の用意をする。
洞窟内にも竈はあるが、折角なので焚火を囲って、食事をする事にした。
献立はバーベキューと適当スープ。
バーベキューは、以前野宿した時みたいに焼きマシュマロの要領で棒に刺して、各個人が焼いて食べるスタイル。スープは有り合わせを入れるだけ。
洞窟内に置いてあった鍋でスープを作っていたらマリアンネたちが戻ってきた。連続で入ったリディーはのぼせていた。
「待っていたよ。マリアンネ、ナイフを貸してくれる?」
ワイバーン肉の魔力を抜こうとした時、レイピアをドワーフに貸しているのを思い出した。手持ちの包丁やナイフには魔石が埋め込まれていない。エーリカの魔術具やフィーリンの土斧では私の魔力を流せない。洞窟内を探しても鉱石を掘る道具はあるが、武器はなかった。
そこでマリアンネが護身用のナイフを持っているのを思い出し、スープを作りながら待っていた所である。
マリアンネからナイフを受け取った私は、エーリカからワイバーン肉の塊を受け取る。
硬い鱗を剥がしたワイバーン肉は、ピンク色をした綺麗な肉であった。エーリカの袖口にある収納魔術に収める為、小さく切り分けてあるのでどの部位の肉かは分からない。ただ見た目だけなら鶏の胸肉に似ているので、ワイバーンの胸肉かもしれない。
ナイフに魔力を流すと刀身が光り出す。
レイピアみたいにスパークは流れないので、ブスブスと刺して、念入りに魔力を流しといた。
「あー、今さらだけど、竜の肉って食べられるの? アナから毒があると聞いた記憶があるけど……」
確かアナの話では、一部の竜種には毒があり、食べられないと言っていた。そもそも魔力が多いので、しっかりと食べた事のある人はいるのだろうか?
「竜を狩った話は、神話や英雄譚で良く聞きますが、肉を食べたという話は聞いた事がありません。まぁ、そういった竜は上位の竜で、ギリギリ竜種であるワイバーンに関しては、チラチラと狩ったという話を聞きます。その殆どが狩人なので、食べたりするんじゃないですかね」
この場の誰よりも冒険者歴の長いマリアンネが教えてくれた。
「ご主人さま、食べてみれば分かります。悩む前に食べてみましょう」
ワイバーン肉の前でソワソワしだしたエーリカから助言とは言えない助言が飛ぶ。
エーリカ、君は自動人形だからお腹を壊してトイレから出られない経験をした事がないのだろう。
そういう事で、もし毒があっても自動人形の三人姉妹は大丈夫そうだ。
私の場合、お腹を壊しても一晩眠れば治りそう。
マリアンネは……プリーストだから回復魔法で何とかなるかな。
うん、問題なさそうだね。
私は気を取り直して、ワイバーン肉を一口大に切り分け、塩故郷を振る。さらに野菜やキノコも切り、人数分に分けて、各個人に配った。
そして、焚火を囲みながらリディーの矢に突き刺して、焼き始める。
「良く焼いて食べるんだよ」
私の助言を聞いているのか分からないが、みんなは楽しそうに食材を焼いていく。
早速、こんがり焼かれたワイバーン肉を恐る恐る口に入れる。
……うん、食べられる。
鶏のササミに近く、癖が無くて食べやすい。逆にさっぱりし過ぎて、もう少し塩故郷を強くしても良かったと思えるほどだ。サラダと一緒に食べると良さそうだね。ただ羽の生えたトカゲの姿を思い出すと、あまり食べたいとは思えないが……。
「これが竜肉ですか……なかなかに良い肉ですね」
「香りの強いお酒に合いそうだねぇー」
「癖が無くて良いな。食べやすい」
エーリカ、フィーリン、リディーは好印象のようである。
ただマリアンネは、「うーん、さっぱりし過ぎて肉を食べている気がしないわね」といつも独特の異世界肉を食べている所為で、満足できないみたいである。そんなマリアンネであるが、焼いてはパクリ、焼いてはパクリと休みなく食べているので、不味い訳ではなさそうだ。
結論、ワイバーン肉は食べられます。お腹を壊す事もなかった。
真っ黒に染まった風吹き山中腹。くっきりと見える二つの月と無数の星を眺めながら食事を終える。
フィーリンとマリアンネは星空を肴にお酒を楽しんでいる。
リディーは酔い潰れて寝ていた。
私とエーリカは、真っ暗な洞窟風呂へ向かい、寝る前の一風呂。
ゴーレムを完成させた事で、フィーリンをドワーフの村から離す事が出来た。後はクロージク男爵に報告を済ませれば、ティアとアナが待つダムルブールの街に帰れる。
謎の女の生死は不明で一抹の不安は残るが、心残りはほぼ無くない。
夜の温泉を楽しんだ私たちは、湯冷めしない内にベッドに入り、眠りについたのであった。
翌朝、太陽が登り始めた頃、目が覚めた。
胸の上にはエーリカが、私の横にフィーリンが寝ていた。四つもベッドがあるというのに……。
朝食時間ギリギリまで寝ているエーリカをフィーリンの横に置いて、外に出る。
冷たい山風を体に受けながら温泉に向かうとリディーがすでに入っていた。
昨日一緒に入った仲なので、気にせず入浴。
顔の半分まで湯に浸かって睨みつけるように私を見るリディーだが、温泉から出る事もしないし、私を追い出す事もしないので、気にせず朝一の温泉を楽しむ。
昨日今日と三回も入ってしまった。
こんな姿になっても、やはり私は温泉大好き日本人だと再度認識する。
入浴後、みんなを叩き起こし、朝食を摂る。
献立は、薄く切ったパンに焼いたワイバーン肉を挟み、トマトソースを掛けたもの。そして、スープとリディーお得意の温野菜。
ペロリと朝食を平らげたエーリカとフィーリンに四回目の温泉に引っ張られる。
私たちが出ると、代りにマリアンネがリディーを引っ張り温泉に行く。
そして、お風呂疲れのまま下山したのであった。




