311 戦後のあれやこれや
事の発端は、ドワーフたちが近隣の町や村の酒を買い漁り、どこもかしこも在庫切れにしてしまったのが始まりだった。
そんなドワーフたちの所にエーリカとリディーの姉であるフィーリンがいる事を知った私たちは、クロージク男爵の依頼と共にドワーフ村を訪れた。
フィーリンは村のゴーレムを壊した償いで、ゴーレムを直すか、または新しく作ると約束してしまい村に滞在していた。一方のドワーフたちは、フィーリンを気に入り、村人として招き入れたく、連日のように宴会を開き、浴びるように酒を飲んだり、飲ませたりしていた。
フィーリンがゴーレムを完成させ、ドワーフの村を出れば、ドワーフたちが酒を買い漁る事は無くなる。
原因と対策を知った私たちは、ゴーレムの作り方を調べ、実際にゴーレムを作った。
これで依頼達成、街に帰れると思った矢先、村に魔物の集団が襲った。
ゴブリンから始まり、コボルト、ピッグオーガ、森の巨人といった色々な魔物が大量に攻めてきた。最後にはワイバーンまで現れる始末。
みんなの活躍により、何とか魔物を退治する事は出来た。ただ私は黒い女に切り刻まれ酷い傷を負い、さらにフィーリンに魔力を与えた事で、最後の最後で気を失ってしまった。
目を覚ましたのは二日後の事である。
すでに見慣れた部屋のベッドの中、「うーん……」と寝返りをしたら、「おはようございます」とエーリカの声で起こされた。
ずっと私を看病していたのだろう、エーリカからお腹の音が鳴る。
私はベッドから降りるとエーリカと一緒に食堂に行き、二日ぶりの食事を摂りながら眠っていた二日間の事を聞いた。
まず私自身の状態だが、謎の女に切り刻まれた傷は綺麗に治っていた。さらに切り落とされた人差し指も元通りである。
「もしかして、トカゲの尻尾みたいにモコモコと生えてきたの?」と聞いたら、「探して、くっ付けました」とエーリカはバリバリとパンを齧りながら答えた。
ドワーフたちも使い、ワイバーンの血肉が散らばっている石切り場を隅々まで探して、ようやく見つけたようだ。そして、綺麗に洗い、剥がれないように断面をくっ付けて放置したら完治したみたいである。違和感も無いし、指毛まで前のまま。我ながら驚くべき回復力である。
腕を噛まれ、足を骨折したリディーは、この二日間でほぼ完治したみたいである。傷痕もないし、骨も綺麗にくっ付いた。本人曰く、若干、違和感があるがそれも数日で治るだろうとの事。驚くべき治癒付き魔力弾である。
瓦礫に埋もれたエーリカと私と一緒にワイバーンの炎を受けたフィーリンも特に問題なし。
ただしドワーフたちは、常に前線で体を張っていたので怪我人だらけとの事。地面に叩きつけられた者、ワイバーンの炎で焼かれた者、瓦礫に埋もれた者、と打ち身や火傷や骨折をしている者が多数いる。とはいえ、酒の力とマリアンネの回復魔法のおかげで、治療中にも関わらず元気良く働いているらしい。
蛇足だが、ワイバーンの炎で長い髭を焼かれてしまった村長のガンドールは、「大事な髭がなくなったので、今日から村長の座を降りる」と言って、村の復旧作業をエギルに丸投げしたそうだ。だが「すぐに生える。息子に重責を背負わせるな!」と三人の奥さんに尻を蹴られ、まだまだ村長の仕事から解放させてくれないみたいである。
ゴーレムのロックンとロールンであるが、今は魔力切れで停止中との事。ロールンに関しては魔物の襲来時に停止したのを知っているが、ロックンも私が眠っている間に魔力切れを起こしてしまった。
エーリカたちが魔力を注いで動かしても良かったのだが、ロックンの契約者である私の許可も取らずにやるのは不味いと判断され、ロールンと一緒に広場で置物と化している。
尚、ロックンが攻撃していたワイバーンだが、最終的にロックンがワイバーンの口の中に入り、魔力弾をバカスカ撃って仕留めた。それについて私は「エーリカの入れ知恵?」と聞いたら、「本能でしょう」と厚切りベーコンをモシャモシャと食べながら答えた。
クロとシロについても聞いた。
馬場での戦闘後に別れたクロたちは、村の入口から出て、迷いの森を分断する道を通り、森の外まで避難していた。ヴェンデルたちのレンタル馬と他の動物たちも集まっていたので、家畜たちの被害は無かったようである。
クロたちが守っていた赤毛の仔馬だが、今回の騒動を切っ掛けにクロたちから離れなくなってしまったらしい。その為、ドワーフから「引き離すのは可哀そうだ。お前たちにやる」と赤毛の仔馬を押し付けられてしまったそうだ。
元々親馬から育児放棄で見捨てられていたのをドワーフが見つけて、村で飼っていたので問題ないみたいである。
名前が無かったのでエーリカたちは、黒毛のクロと白毛のシロにちなんで、赤毛の仔馬を『アカ』と名付けた。ちなみにオスである。突然、クロたちに弟が出来てしまって、アナは驚くだろうな。
野菜スープで口直しをした私は、次に村の状況を聞いた。
まず大量の魔物の死骸だが、魔石を回収したのち処分した。活躍したのが、貧乏が身についている青銅等級冒険者のヴェンデルたちで、ゴブリンのようなクズ魔石もしっかりと回収していった。
そして、死骸の処分だが、数が数なので全てを燃やす事はせず、迷いの森へぽいっと捨てていった。
「迷いの森で生まれた魔物は迷いの森へ還る。自然の節理だ」と村長が良い事のように言ったそうだ。だが、魔物の血で染まった土も掘り返して、ドバドバと迷いの森へ捨てたらしく、最終処分場というよりも不法投棄に近い気がする。
そんな魔物の死骸だがワイバーンに限っては、素材の宝庫との事で村でバラバラに解体された。硬い鱗は衣服や鎧になり、爪や牙も羽も尻尾も武器や魔術の素材になる。
ただ肉は魔力で満たされているので、食料には出来ず迷いの森送りである。だがエーリカだけはワイバーン肉に興味があるらしく、一匹分だけワイバーン肉を貰い、収納魔術に仕舞ってあると嬉しそうに報告した。
以前、竜肉は美味いのか? と会話した事を思い出す。その機会が巡ってきたようだ。「ご主人さまの魔力抜きに期待します」とエーリカは締め括った。
もっとも気にかかるのは、魔石とワイバーンの素材の分配である。
私自身、貧乏学生の一人暮らしをしていた身で、さらにこの世界に来て借金を背負った経験がある。高く売れそうなのでしっかりと確保したい、と告げるとすでに話し済みとの事。自分たちが倒した魔物が各個人の取り分に決まったらしい。
その所為でヴェンデルたちは、「僕たちもワイバーン狩りに参加するべきだった」と後悔していた。
そういう事で、私たちの手元には、ゴブリン、コボルト、ドモヴォーイ、虫の魔物といったクズ魔石からピッグオーガ、ボアオーガ、森巨人の中型魔石、さらにロックンとフィーリンが倒した二匹のワイバーンの魔石と素材が手に入った。
ちなみにアーロンとアーベルは「記念品だけでいい」と言って、ワイバーンの爪を一本ずつ貰っただけらしい。さすが白銀等級冒険者。太っ腹である。
あと村の復旧だが、ほぼ八割がた直っている。元々レンガ作りのように石を積み重ねている家ばかりで、手先の器用なドワーフにとっては大した手間ではないらしい。ただ鍛冶場の炉が壊されたドワーフは別で、「何で俺だけー!」と連日ヤケ酒をしているそうだ。詳しくは分からないが、ドワーフが使う炉は、非常に手間暇が掛かるらしい。そんなドワーフを肴に他のドワーフが酒を飲んで馬鹿笑いをしているので、些細な事として片づけられている。
食事を終え、報告も聞き終えた私たちが食後のお茶を楽しんでいると、リディーとフィーリンとマリアンネが食堂に現れた。
「あー、旦那さまが起きてるぅー」
「丸っと二日だぞ。眠り過ぎだ」
「元気になって良かったです」
私の横にフィーリンとリディーが座り、正面のエーリカの隣にマリアンネが座った。
お茶を入れ直し、お茶会が始まる。とはいえ、フィーリンはミント茶とお酒を交互に飲んでいるが……。
「旦那さまぁー、温泉行こぉー」
突然、フィーリンが変な提案をしてきた。
「えっ、温泉?」
「そうそう、さっき風吹き山のお風呂が良かったと、リディアとマリアンネに話していたんだよぉー。旦那さまの記憶では湯治……だっけ? 先日の戦いで、みんな怪我をしたり疲れているから温泉に入ってゆっくりしたいねぇーって」
「待て、フィーリン。僕は足の骨を折ったんだ。山登りなんか出来ないって反対したぞ」
「大丈夫、大丈夫。温泉に入れば治るよぉー」
「だから、その道中が……」
フィーリンとリディーがわいわいと仲良く言い合いが始まる。
そんな二人を無視して、エーリカとマリアンネに顔を向けた。
「ご主人様成分が不足していた所です。一緒にお風呂に入りましょう」
「天然のお風呂、とても気になりますね」
エーリカとマリアンネは乗り気のようだ。
私も風吹き山温泉にはもう一度入りたい。だけど、風吹き山登山をもう一度体験したいとは思えない。絶対に疲れるからね。
「うーん……」と悩んでいると、隣にいるフィーリンが私の腕を掴んで「旦那さま、行こぉー、行こぉー」とねだってきた。
今までのフィーリンは私に対して一歩離れて接していたのだが、今日はやたらと近い。これは魔術契約をした影響か?
結局、賛成三人、反対一人、優柔不断一人という事で、賛成多数で風吹き山温泉に行く事が決まった。
「まったく、おっさんは決断が甘い。すぐに流されるんだから」
「別にリディアは行かなくていいよぉー。足が痛んでしょー」
「なっ、別に痛くない! 少し違和感があるだけだ! 僕もエーリカと温泉に入るぞ!」
予定は決まったのだが、さすがに今からは行かない。
すでに昼は過ぎているし、私はついさっき目覚めたばかりだ。
風吹き山温泉は、体調を見て明日以降になった。
ロックンの魔力供給をする為、外に出た。
エーリカの報告通り、壊れた建物はほぼ元の状態に戻っていて、所々に瓦礫が転がっている程度だ。
道すがらすれ違うドワーフたちから「目が覚めたか」「元気そうだな」「今晩は快気祝いで宴会だ」と声を掛けてくれた。一緒に戦ったおかげか、ドワーフたちの距離感が縮まったようで、何だか嬉しく思う。
広場に辿り着くと、エギルと数人のドワーフたちがロールンを解体していた。その横にロックンが俯いた状態で停止している。
「な、何をしているの? もしかして、壊してフライパンにでもするつもり?」
「僕とフィーリンさんの間で作ったゴーレムを壊す訳ないだろ」
挨拶もそこそこに尋ねると、馬鹿を見る目でエギルは答えた。
「魔力の消費が悪いから手直ししているんだ」
私が寝ている間、エギルは魔女の廃村に行き、「もう一体作る」と言ってナーガゴーレムから『原初の火』を貰ってきたそうだ。それを使って、ロールンの外装を外し、骨格を短くするらしい。
「大きく作り過ぎた。今より二回りほど小さくする予定だ」
一メートルもないロックンは、バカバカと魔力弾を撃っても一週間近くは稼働していた。サイズを小さくするのは効果ありそうだ。
「核も作り直す。良い魔石が手に入ったからな」
良い魔石とはワイバーンの魔石の事で、すでに『原初の火』で一纏めにされて地面に置かれていた。
エギルは「目を覚ますのを待っていた」と私に魔石を渡す。
ああ、魔力抜きをして欲しんだね。
エギルの考えを察した私は、エーリカの袖口から回収してくれたレイピアを受け取ると魔力抜き始めた。
「おい、客人。あとで俺の工房へ来な」
バチバチと魔力抜きしていると、一人のドワーフが声を掛けてきた。
そのドワーフは、言うだけ言って、私の返事も聞かずに行ってしまう。
うーん、何だろう? もしかして、別の魔石の魔力抜きでもやらされるのかな?
魔力が空になった魔石をエギルに渡すと、ようやくロックンに魔力をあげる。
ロックンの胸に手を当てて、ゆっくりと魔力を注ぐと垂れ下がっていた背中や両腕が持ち上がり、ハニワ顔の瞳に光が宿った。
復活したロックンは私を見るなり、両腕を上げ下げしながら両目をチカチカと点滅させる。喜んでいるようで何よりだ。
そんなロックンに私たちは、水を使って綺麗に洗う。そして、最後の仕上げに治癒付き魔力弾を塗りたくって、ピカピカテカテカにしてあげた。
綺麗に光っているロックンを見て、エーリカとフィーリンが「わたしも」「アタシも」と言ってきたので、肌が出ている場所に塗った。
「おっさん、山に登るかもしれないし……その……あれだ……」と言い難そうにしているリディーにも怪我をした箇所に塗ってあげたら、顔を赤らめながら満足そうにしていた。
尚、マリアンネにも塗ってみたが、彼女はピカピカテカテカに成らなかった。
ピカピカと光っているエーリカたちを連れて、先程のドワーフの元へ向かう。とは言ってもドワーフの顔が判別できず、名前も知らないので、エギルに案内してもらった。
「おう、来たか。ほれ、武器を見せろ」
光っているエーリカたちには目もくれずドワーフは、私のレイピアを見せろと手をニギニギさせている。
素直にレイピアを渡すと右へ左へと観察すると「うむ……」と一言呟いた。そして、机の上にレイピアを置くと物差しのような木の棒で私の体を測り始めた。
「えーと……一体、何が始まるの?」
「お前さんの武器を鍛え直してやる」
「えっ、本当? もうしかして、レイピアだけでなく、防具も作ってくれるの?」
「ああ、ただし俺たちみたいな鎧じゃないがな。材料が無いし、お前さんの体力じゃ着れん。作るのは、ワイバーンの胸甲だ」
そう言って、ドワーフは机に置かれている真っ黒な鱗が付いた皮を指差した。
ワイバーンは竜種だ。すなわち、竜の皮鎧。それもドワーフ製ときた。
何度も新しい防具を新調しようかと悩んだ事があるが、その都度、重かったり、値段が高かったりして諦めていた。
それが突然、最上級の武具が手に入るのだ。
良い事づくしで逆に不安になる。
「もしかして、お金を取る?」
「取る訳ないだろ。ただの餞別だ」
私たちが数日の内に村から出ていくのを知って、お土産代わりに作ってくれるとの事。
そんなドワーフの懇意に甘えて、私は素直にお願いする事にした。
出来上がるのは三日後。期待して待っておこう。
ドワーフはエーリカたちにも「いるか?」と聞いたが、「いらない」と断った。だって、エーリカたちには、何とか博士が作った衣服があるからね。
尚、私に便乗してマリアンネが欲しいと言ったが、プリースト用は作れないと断られた。その代わりにナイフをやると約束を取り付けた。
何それ!? 私もドワーフ製ナイフが欲しい!
その後、名前の知らないドワーフに別れを告げた私たちは、ロールンの改造を手伝ったり、クロたちの様子を見たり、サウナに入ったりして、一日を終えたのだった。




