31 スライムを捕獲しよう その1
話が長くなりましたので、二分割しました。
今回は短めです。
ハンカチ屋を後にした私たちは、以前、スライムと戦闘をした草原へ辿り着いた。
ここで依頼のスライムを捕獲するつもりだが、その前に川がすぐ近くにあるので、洗濯をする事にする。
ジャブジャブと川で衣服を洗いながらスライムについてエーリカに聞いてみた。
「スライム……粘液性の単細胞魔物。オス、メスの区別は無く、核分裂で個体を増やします。捕食する物やその場の環境によって進化します。草を食べるのがグリーンスライム、水辺にいるのがブルースライム、石を食べるのがグレースライムです。危険性はピンからキリまであり、進化した種類や大きさによって変わります。何らかの条件が重なる事でスライム同士が重なり合い、ビックスライムへ変化する事が確認されています。大きくなりすぎたスライムが村を滅ぼし、国の騎士たちが総出で退治したという話を聞いた事があります」
エーリカの説明をうんうんと聞きながら、洗濯した服を近くの岩場に干していく。
「弱点は核で、それ以外の部分を攻撃してもダメージは与えられません。ただし、捕らえるだけなら容易です。この街に生息しているスライムは基本的に無害ですので、私たちが危害を加えない限り、スライムから襲ってくる事はありません」
私は襲われたんですけど……まぁ、あの時は手斧を構えていたから、スライムが敵対意識を持ってしまったのだろう。
「ただし、問題が一つあります」
洗濯を済ませた私たちは、川辺を上がり、草木が茂る草原へ向かった。
「問題とは?」
「スライムを見つけられるかどうかです。スライムは、岩陰に身を隠していたり、擬態能力を持っているので、意識して探し出すのは難しいと判断します」
擬態能力……カメレオンやスナイパーみたいに身近な景色に溶け込んでしまう。
依頼の内容は、スライム三十匹。
以前、戦闘した時は、私が四匹、子供たちが数匹を倒した。何もせずに向こうから現れたので、今回の依頼は簡単だと高を括っていたのだが、そう簡単にはいかないかもしれない。
エーリカの言う通り、草木をかき分けスライムを探すが、一匹も見つからない。
岩と岩の隙間にいないかと思い、岩を持ち上げてみるが、小さな虫しかいない。
これは困った。
期限が三日という意味が理解できた。
借金があるので一日一件は依頼を完了したいが、スライム捕獲の為に三日を要するのは問題だ。
この依頼、受けるんじゃなかったかも……と後悔をし始めて時、エーリカから発見の知らせが届いた。
「ご主人さま、見つけました。スライム二匹。あそことあそこにいます」
指を伸ばしたエーリカが二か所の場所を指差した。
一匹は地面を這いずるように移動していたのですぐに見つけれたが、もう一匹は分からない。
目を凝らしながら、ゆっくりと近づいて、ようやく発見できた。
光学迷彩を身にまとったように、辺りの景色と同化している。だが、それも完璧ではなく、風で草が動くたびに、スライムの輪郭が見え隠れしているので発見する事が出来た。
エーリカは移動しているスライムに腕を伸ばして追いかけているので、私は光学迷彩のスライムを捕獲する事にした。
ゆっくりゆっくりと足を運び、スライムに近づいていく。
そろーり、そろーり……
あと三歩で手が届きそうな時、スライムは今まで草木に擬態をしていた姿を元に戻し、水風船のような姿を現した。
プルプルと震える緑色のスライムに手を伸ばすと、スライムは鏡餅のように身を沈めた。
なぜ、攻撃態勢になるの!?
私はただ、両手で捕まえようとしただけなのに、攻撃をするつもりはないのになぜ!?
私は手を伸ばした姿で動きを止める。
まるで達磨さんが転んだ状態だ。
しばらく、同じ体勢を維持して動きを止めていると、スライムは元の姿に戻り、いつも通りプルプルと震えだした。
良し、あと一歩で手が届く。
私は足を上げてゆっくりと近づくと、スライムはすぐに攻撃態勢になり、私の体目掛けて飛び跳ねてきた。
あまりにも一瞬の出来事だったので、飛んできたスライムは私の肩にぶつかった。
「痛っ!?」
ソフトボールがぶつかったような痛みが襲い、後ろへと倒れる。
だが、以前ほどの痛みはなく、すぐに立ち上がり、攻撃してきたスライムを探す。
スライムは私のすぐ横にいたので、急いで両手で掴み、捕獲した。
ウネウネ、プルプルと私の手から抜けだそうとするが、胸で抱かえるようにして逃がさない。
それにしても、スライムの攻撃があまり痛くなかった。これもレベルアップのおかげか。私の防御力が上がったのだろう。ここまで顕著に効果が出ると楽しくなってくるな。
そんな事を考えながら、私は川辺の近くに置いてある荷車までスライムを運んだ。
荷車には捕獲したスライムを入れる専用の箱がある。
スライムは貴族の愛玩動物として人気がある。今回のようにスライムを捕獲する依頼は定期的に行われるので、このようなスライム専用の箱が存在する。
その長方形の箱の中は、中板をはめた十個のスペースで仕切られている。
私は丁寧に捕まえたスライムを箱のスペースに入れて蓋をした。
「ご主人さま、わたしも捕まえました」
後ろから歩いてきたエーリカは、スライムを優しく抱いて、プルプルと震える表面を撫ぜている。
凄く大人しいスライムだ。私が捕まえたスライムと大違い。
いや、もしかして、私だから暴れたのか!? スライムも中年のおっさんに抱かれるのは嫌なのか!? だから、攻撃したのか!? そうなのか、そうなんだな! おじさん、悲しいぞ!
エーリカのスライムも箱に入れて、再度、私たちはスライムを探す為に草原へ向かった。
………………
…………
……
遠くの教会からお昼の鐘が聞こえた。
成果はグリーンスライムが一匹。
二匹を捕まえた後、散々探して、ようやく見つけた一匹である。
「ねぇ、エーリカ。期日までにスライム三十匹を本当に捕らえる事が出来ると思う?」
「難しいと判断します。ただ闇雲に探していては作業効率が悪いと学習しました。作戦を変えましょう」
「作戦と言っても……何か考えがあるの?」
「はい、わたしに案があります」
自信満々に答えるエーリカを見つめながら、話の続きを聞く。
「わたしたちが探すのでなく、向こうから来るように仕向けたらどうですか?」
「スライムを誘き寄せるって事? エサで釣るの?」
周りの景色を眺める。
グリーンスライムは草が主食だ。その主食である草は辺り一面に生えている。よほど特別なエサを用意しなければ、近寄ってこないだろう。
「いえ、罠を仕掛けます」
エーリカは作戦の内容を説明する。
穴を掘る→底にエサを置く→一晩待つ→穴に落ちたスライムを回収する。
以上である。簡単だね。
「単純で良いね……って、いやいや、底にエサを置いたからって、わざわざ穴に落ちないでしょ。そこらじゅうに食べ物があるんだから」
「エサはエサでも食べるエサではありません。音で誘き寄せます」
「音?」
「スライムの鳴き声を録音した魔術具を底へ置いておけば、勝手に穴へ入ってくるはずです」
「スライムって鳴くの? 口なんかあったけ?」
「人間のような口から発する鳴き声ではありません。魔物特有の音です。録音する魔術具があれば、わたしが録音します」
魔物特有の音って、超音波みたいなものかな? それとも、魔力の波長みたいなものかな?
よく分からないが、エーリカが再現出来ると言うのだから出来るのだろう。
さすが、何とか製の自動人形だ。
「それで、ご主人さまは魔術具を扱っているお店をご存じありませんか?」
つまり、これからその魔術具を購入しに行くつもりなのだろう。
借金で首が回らず、お金を稼がなければいけないのに、そのお金稼ぎにお金を使うとはこれ如何に?
まぁ、必要経費と考えよう。
「魔術具ね……お店あったかな?」
私がうーんと考えていると、強制召喚された翌日の出来事を思い出した。
「ああ、あるよ。うん、思い出した。迷惑をかけた魔術具店があった」
「さすがご主人さま。早速、行きましょう」
こうして、私たちは街中の方へ戻る事になった。
毎回、スライムに苦戦するアケミおじさんです。




