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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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309 黒色のローブを羽織った女 その2

 漆黒のローブを着た女。素振りをしている短剣も黒く、全てが黒で統一している。ただ、袖口から覗く手とフードの影に隠れている顔は私たちと同じ肌色である。

 間違いなく目の前の相手は人間。

 魔物相手ならまだしも人間同士で殺し合いはしたくない。だが、そんな甘い事を言っていると私自身が殺されてしまう。

 女は私を(なぶ)り苦しめ、最後は殺したいのだ。


 レイピアを構えてフードの女と対峙する。

 このままレイピアを使っても魔力同士が反発し、女のローブを貫く事は出来ない。

 それならと、私はレイピアに魔力を流し続ける。バチバチとスパークが走り、光り輝く。

 魔力が反発し解除されるならゴリ押しで突き刺すまで。

 私は大きく踏み込むと女に向けてレイピアを突く。

 相手は短剣。一方の私は刀身の長いレイピア。リーチを生かして攻撃する。

 レイピアが女の胴体に当たるとバチッと火花が飛び散り動きが止まる。


 このまま押し込んでやる!


 私が力を込めた瞬間、女は短剣でレイピアの刀身を弾き、軌道を逸らしてしまう。

 体勢を崩した私に短剣が迫る。



 ―――― 魔力を循環さ…… ――――



 『啓示』の助言が言い終わる前に体中に魔力を流すと、シュンと目の前を短剣が通り過ぎていった。


 あ、危ないかった。


 冷や汗を掻いた私は休む事なく攻撃を繰り返すが、その都度、ローブで止められ、短剣で逸らされていく。

 決して、女の技量は高くない。エーリカとラースの剣戟演劇やディルクとリズボンの戦いを目の当たりにした事があるので分かる。単純に私の実力不足だ。

 私がゴブリンを簡単に屠れるように、女にとって私はゴブリン程度。子供相手に剣戟の練習をしているのと同じなのだろう。


 呼吸が乱れ足を止めた私に女は一歩踏み込み、短剣を振る。

 シュンシュンと右左と走った短剣に腕を斬られる。

 私は閃光魔力弾を地面に撃ち、強い閃光が走っている間に距離を空ける。そして、治癒付き魔力弾で傷口を塞ぐ。

 

 確実に遊ばれている。

 私相手ならいつでも殺せるのに、あえて致命傷を与えず、浅い傷を増やすだけ。

 ただのサディストか、それとも私に対する憎しみかは分からないが、すぐに止めを差す事はせず、切り刻んでボロボロにしていく。

 これはあれだ。炭鉱でのリズボン戦と同じ。

 女は格下相手に余裕を見せている。

 それなら好都合。私の狙いは、女の隙を突く事。上手く出来れば良いのだが……。

 

 私は右手に魔力を溜めると、閃光魔力弾を放つ。

 魔力弾は女のローブで消滅するが、すぐさま連続で二発の閃光魔力弾を放った。

 一発は同じようにローブで消され、もう一発は女の横を通り過ぎて行き、背後で閃光が走る。

 消滅能力のチャージ時間は無い様だ。


 それならと、しつこく閃光魔力弾を放った。

 バンバンバンと女に向けて撃つ。

 余裕のある女は仁王立ちしながら、魔力弾を消し去っていく。

 殆どが女に当たるが、中には横にずれて、背後でピカピカと輝いていた。

 慣れない連続魔力弾に頭がクラクラとするが、魔力量はまだ余裕がある。

 だが分かった事は、どんなに魔力弾を撃っても消滅能力に限界は無さそうだと言う事。


 うーん、どうしよう……。

 傍から見たら遊んでいるように見えるが、私は至って真面目。

 これでも色々と考えて、行動しているのだが……。


 そんな私を見た女はフードの中で溜め息を吐いたのが分かった。

 そして……。


 あっ、不味い!


 空気が変わった。

 ピリピリとした雰囲気に足が震え出す。

 遊びは終わり。女は私を殺しにくる。そう直感が告げていた。


 女はナイフを持ち直すと一気に駆け付けた。

 私は女に向けてレイピアを突くが、短剣で弾かれ、さらに伸ばした腕を斬られ、痛みでレイピアを落とした。

 斬られた腕を押さえる私に女は短剣を横に払う。

 私はすぐに後ろへ下がりながら体中に魔力を流す。

 シュンと顔の前を短剣が通り過ぎると、頬が熱を帯びたような痛みが走った。

 ズキズキと痛む腕と頬から暖かい血が流れる。治癒付き魔力弾を塗る暇もない。


 まったく対処できなくなってきた。

 こういう時こその『啓示』さんなのだが、まったく聞こえない。

 

 女は一瞬で黒色のメスを作り出す。その数は四本。

 レイピアを手放した私にメスの攻撃を防ぐ手段はない。

 女の指に挟まった四本のメスが放たれる。

 私は顔を覆うように腕を持ち上げた。


「痛ッ!?」


 サクサクと腕にメスが刺さる。

 

「……うっ!?」


 さらに胸が痛み、動けなくなった。追加で作ったメスで私の影を刺したのだ。

 女の動きが落ち着く。身動きが出来なくなった私を見ながら女はゆっくりと短剣を持ち上げる。

 ここにきての余裕。

 格下の私相手なら無理はない。


 このままでは殺される。


 ただこんな状況にも希望はある。

 私もこの世界に来てから色々な相手と戦い、経験をした。

 今回の攻略法は、地下道で戦ったオーク戦である。あの時は巨大アシッドスライムを誘導して、オークにぶつけたのだ。

 元から私は一人で生き延びれるとは露ほど思っていない。

 だから私は、沢山放った閃光魔力弾の内、何発かを女の背後に放っておいた。狙いなど皆無いであるが、広範囲に広がる強い閃光だ。そのどれかがフィーリンとリディーの影を消してくれればと思ったのだが……。


 私の顔目掛けて短剣が走る。


 間に合わない。駄目だったか……。


 諦めかけた瞬間、女が前のめりに倒れた。

 女にダメージが通った事で影縫いが解け、自由になった私はすぐにレイピアに駆け出す。

 女の足元に落ちた土斧だが、爆発する事はない。それほどフィーリンの魔力が少ないのが分かった。

 だが、それでも良い。

 私はレイピアを握ると女に向けて駆け出す。

 女はすぐに私に視線を向けるが、レイピアを一目見て、仁王立ちする。

 やはり、油断している。

 それを良い事に、このまま攻撃してやる。


 喰らえ!


「……なっ、何!?」


 女の口から驚きの声が漏れる。

 今までレイピアと黒光りするローブは魔力同士が反発し、刺す事が出来なかった。だが、今回は何の抵抗もなく、ローブを突き破り、肉を斬って、女の腹部を刺しているのだ。


「き、貴様……魔力を……」


 女は光り輝いていない銀色の刃先を見て、憎々しく呟く。

 そう私がやった事は単純で、魔力が反発するのならその魔力を流さなければいい。私のレイピアはドワーフも認める中古武器で、魔力を流さなくても切れ味抜群なのだ。

 女は素手で掴み、引き抜こうとするので、私はさらにレイピアを押し込んでやった。

 「ぐうぅう……」と女から嗚咽が漏れるが、余裕のない私は止めない。私が死ねば、フィーリンもリディーも危ないのだ。人殺しのレッテルを貼られても、私は目の前の女を自由にしてはいけないのだ。

 そんな私の決意も女の手から放たれた黒い(もや)によって消された。


「熱ッ!?」


 以前、ティアが使った目潰しの魔術に似ているが、女の放った黒い靄は酸性らしく私の顔をジュウジュウと焼いていく。その為、焼け爛れる痛みに私はレイピアから手を離してしまう。爪が甘いのは私の欠点だ。



 ―――― 光を当てて消そうねー ――――



 靄のような魔術の為、手で払っても霧散しない。そんな私に『啓示』からの指示が流れる。

 言われた通り、自分の顔に向けて閃光魔力弾を撃つと、黒い靄が晴れた。

 ジクジクと顔が痛み、左目が開かない。体中も切り傷だらけで満足に動けない。

 逆に女は腹部に刺さったレイピアを引き抜け、フラフラと力無く立っている。

 お互いに傷を負っているが、私の方が女よりも動ける。

 立場は逆転した。

 治癒付き魔力弾で傷口を塗り付けた私は、女を倒す為に慎重に近づく。


 これで終わりだ。


 そう思うのも束の間……。


 ドスンッと大地が震えた。

 百メートルほど先の地面に巨大な物体が降り立ち、土煙を上げる。


「ここに来て、これか……」


 助かる未来が見え始めた矢先、ワイバーンが目の前に現れ、絶望が降りかかる。


「ようやく来たか! 奴を仕留めろ!」


 痛みに耐えるように女はワイバーンに向けて叫ぶ。


 えっ、ワイバーンに命令をした? 女とワイバーンは仲間なのか? あんなデカい魔物を従わせる事が出来るの?


 最悪な想像をした私だが、当のワイバーンはギョロギョロと私たちを見るだけで動かない。

 「何をしている、早くしろ!」と女は腹部を押さえながら一本の黒いメスを作り出すと、ワイバーンの影に刺した。

 ビクンとワイバーンの体が震えると、「グアァァーー!」と叫ぶ。そして、グルンと体を回転させ長く巨大な尻尾を振った。

 「くそ、これだから野良は……」と呟いた女がワイバーンの尻尾に当たると、灰が舞い散るように姿を消してしまった。

 私の命を奪おうとした女が居なくなった。それに関しては助かった。だが、目の前にはさらに強暴なワイバーンがいる。

 ゴクリと唾を飲み込む。


 このまま何処かへ飛んで行ってくれないだろうか?

 

 一縷(いちる)の望みも空しく、ワイバーンの喉が膨れ上がり、牙の隙間から炎が漏れる。


「旦那さま! こっちへー!」


 地面に倒れままのフィーリンが叫ぶ。

 私は痛む体を動かして、フィーリンの元へ走り出す。

 恐怖と緊張で体が強張る。息が上がり、視界が歪む。

 背後からワイバーンの視線が突き刺さる。

 ズキズキと体中が痛み、転びそうになるが、手を伸ばしているフィーリンの姿だけを見て足を動かし続けた。

 

「旦那さまー、炎が! ワイバーンのブレスが来る!」


 フィーリンの声で後ろを振り向きたくなるが、フィーリンだけを見て走る。

 あと少し、あと少し。

 背後からゴゥーという音が聞こえ、背中が熱くなるのを感じる。


 間に合わない……駄目か……。


「おっさん、諦めるな! フィーリンに魔力を流せ!」


 足を止めそうになった私にリディーの声が聞こえる。そして、私を守るように風の壁が現れ、ワイバーンのブレスを逸らした。

 

「フィーリン、魔石を!」

「旦那さま、お願い!」


 若干、炎に包まれた私は滑り込むようにフィーリンの元へ辿り付く。そして、胸元から覗く魔石に中指を触れた。


「……ッ!?」

「くぅ……」


 体中の魔力が荒れ狂ったように指先へと集まると掃除機のように魔石へ吸われていく。

 フィーリンは目を瞑り、艶めかしい吐息を吐く。


 ま、不味い。


 ズズズッと凄い勢いで魔力を吸われるが、まったく時間がない。

 リディーの作った風の壁が小さくなっていき、私とフィーリンに炎が襲い始める。

 このままでは間に合わず、フィーリンの魔力が満タンになる前にワイバーンの炎で焼かれてしまう。


「フィ、フィーリン、魔力を一気に流す。我慢して」


 フィーリンの同意も聞かず、私は魔力弾を放つ感覚で魔石に魔力を叩き付けた。

 「……ッ!」と艶めかしい吐息を吐いていたフィーリンから痛みに堪える吐息へと変わる。

 ジリジリと体が焼かれていく。それに比例して意識が薄らいでいく。

 

 ま、まだ……溜まらないの?


 頭が痛く、吐き気が起きる。魔力欠乏症の現れ。

 視界が白くぼやけていくと、視界が真っ赤に染まった。

 体中の皮膚が熱さで縮み、痛みで悲鳴を上げる。

 リディーの風で作った壁が壊れ、私とフィーリンが炎に包まれた。


「ギリギリ間に合ったぁー!」


 フィーリンの魔石から指が離れると、炎塗れになった私の体に土の塊が降りかかる。

 そして、私たちを中心にドドドッと地面が盛り上がり、城壁のような土壁が現れた。

 

「旦那さまぁー、もう大丈夫。後はアタシに任せてねぇー」


 自信に満ちた笑顔で告げるフィーリン。彼女の魔石は黄色く輝いていた。


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