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アケミおじさん奮闘記  作者: 庚サツキ
第四部 ドワーフの姫さま(仮)とクリエイター冒険者

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307 落下後

 遥か上空から落下した。

 フィーリンの作った地面とリディーの風魔術、そして私の光のカーテンによって落下死は免れた。地面にぶつかった衝撃で体を打って痛かったが、特に怪我らしい怪我はしていない。

 私は痛む体を起こし、周りを見回す。

 石の塊が転がっているだけの広々とした場所。左右の崖は綺麗に垂直に削られていて、渓谷のようになっている。崖の一方は、風吹き山らしく天高く(そび)えていた。

 どこかで見た事のある光景であるが、始めての場所なのは間違いない。


 ……ああ、石切り場だ、ここ。


 少し離れた場所に四角形に切られた岩が置かれているのを見て思い出す。

 空高くまでワイバーンに連れ去られかけたが、距離からしたら大して変わらない。またすぐにドワーフたちと合流できそうで、ほっと胸を撫で下ろす。


 あっ、リディーとフィーリンは!?


 自分の状況を把握できた事で、ようやく二人の存在を思い出す。

 キョロキョロと見回すと、少し離れた場所にフィーリンが、崖の下にリディーが倒れているのを発見。二人はまだ地面に寝転がった状態で立ち上がる素振りはなかった。


「ふ、二人とも、無事!?」


 最悪の事態を想像した私は、一番近くで倒れているフィーリンの元へ駆け出す。


「魔力切れぇー……頭、痛い……体、動かない……お酒、飲みたいぃー……」


 弱々しく呟くフィーリンは、目がトロンとして、今にも眠ってしまいそうである。

 完全に魔力が無くなれば、奴隷商で保管されていたエーリカみたいに完全な人形になってしまうかもしれない。

 そう思った私は、急いでフィーリンの上半身を持ち上げると背負っている皮袋を取り、中身を飲ませた。

 ズビズビと凄い勢いで酒を飲むフィーリン。皮袋の中身が空になると、自ら別の皮袋を取り、ズビズビと飲み干していく。

 

 うん、フィーリンは大丈夫そうだ。



 フィーリンは他っておいて、リディーの元へ向かう。

 

「おっさん、思い付きでやった割には上手くいったな。無事で何よりだ」


 ゆっくりと上半身を起こしたリディーから軽口が零れる。ただ、それ以上に動こうとしないので、もしかしたら不調なのかもしれない。


「もしかして、リディーも魔力切れ?」

「いや、僕は違う。ちょっと怪我をしただけ」

「怪我!?」


 真っ直ぐ伸ばしたままの足をリディーはゆっくりと触る。


「……ッ!」

「足を痛めたの!?」

「痛めたっていうか……これは折れているな」


 折れた? 骨折って事?

 私は今まで骨を折った事はない。話を聞く限り、凄く痛いらしい。足の骨を折ったなら、まともに歩く事は出来ないだろう。

 私の筋力と体力ではリディーを村まで運ぶ事は出来ない。力持ちのフィーリンにお願いしたい所だが、彼女も魔力切れでまともに動けない。

 つまり、ドワーフたちを呼んで運んでもらう事になるだろう。


「急いでドワーフを呼んでくる」


 私が立ち上がると、リディーは「その前に……」と引き留めた。


「おっさんの魔力を塗ってくれないか? それを期待しているんだが?」

「魔力……ああ、そうか、そうだったね!」


 ワイバーンに拉致されたり、空からダイブしたり、地面に叩き付けられたりと色々とあり過ぎて忘れていた。私、治癒魔術が使えるんだった。

 私はすぐにリディーの足元へと座る。

 骨折箇所は足首。若干、青くなって腫れている。


「ねぇ、もし折れた骨がずれていたら、このまま塗るとずれたままくっ付いたりしないかな?」

「怖い事、言わないでくれる。まぁ、切り開いて確認する事も出来ないし、そのままやってくれ」


 私は右手に魔力弾を作ると、リディーの白く細い足首に塗りたくっていく。


「はぁー、今日は厄日だな。腕は噛まれるわ、骨は折るわで散々だ。おっさんがいなかったらと思うと、ぞっとするよ」


 私の治癒魔力弾の性能を信じているのか、足の骨が折れても余裕を感じる。そんなリディーだが、すぐに険しい顔に切り替わった。


「ど、どうしたの? もしかして、トイレ……催したくなった?」

「ば、馬鹿! 違うわ、阿呆!」


 心配して聞いたのに、余計に険しい顔して怒られた。


「おっさん、ドワーフどもを呼んでくる前にフィーリンに魔力を上げてくれ」

「えっ、魔力? 契約しろって事?」

「フィーリンが戦えるぐらいの魔力があれば……いや、いっその事、契約してもいい。おっさんが倒れなければな」

「急にどうして……あっ!?」


 遠くの空にワイバーンの姿が見えた。

 ワイバーンは低空を飛び、うろうろと低速で飛行している。

 もしかしたら、私たちを探しているのかもしれない。


「僕の時と同じだ。フィーリンの魔力が回復すれば、ワイバーンを何とかしてくれる」

「だからって、契約は流石に……フィーリンの意向も聞かなきゃいけないし……」

「上手い酒を飲ませてやると言えば、すぐに同意するさ」


 それ、何も考えていないのでは?


「魔力に関しては、すでに話し済みで、あいつも乗り気だ」

「いつの間に……私の同意もなしに……」

「僕は動けない。おっさんでは太刀打ち出来ない。契約するしないにしろ、フィーリンの魔力が回復すれば、何とかなるかもしれん。早くしろ」


 リディーに追い払われるように私はフィーリンの元へ向かう。

 持ってきた酒を全て飲み干したフィーリンは、若干顔色が良くなった。ただ全ての酒を飲んでしまったせいで、恨めしそうに空の皮袋を眺め、寂しそうにしている。


「旦那さま、リディーはどう? 大丈夫だったぁー?」

「足の骨が折れたみたい。当分、動けそうにないよ」

「えっ、それ大変じゃない!?」

「一応、治癒の魔力弾を塗ってきた。それよりもフィーリン、ワイバーンが近づいてきている」


 「おぉー、本当だねぇー」と危機感のない声で空を見上げるフィーリン。酔っぱらっているのだろうか?


「えーと……このままワイバーンが来たら全滅しちゃうよね」

「うん、不味いねぇー」

「死んだらお酒が飲めなくなるね」

「うん、それは駄目だねぇー」

「あー、それでだ……フィーリンには頑張ってもらわなければいけないけど、その……良かったらで良いんだけど……私の魔力を上げたいと思っているんだ」


 何となく魔力を受け渡す行為が卑猥な感じがして、言い淀んでしまう。そんな私の心情に反して、フィーリンは「うん、頂戴! 沢山ちょうだぁーい」と嬉しそうにする。


「えーと……見て分かると思うけど、私って髪の毛が無くて、代わりに胸や指に毛が生えている中年のおっさんなんだよ。そんな私の魔力でいいの?」

「エーリカが旦那さまの魔力は極上と言っていたよ。それにエーリカとリディーの魔石を見たら、ワタシの魔石も綺麗にしてほしいなぁー」


 うーん、良く分からない理由を述べられた。


「魔力を上げ過ぎたら契約しちゃうかもしれないよ?」

「契約もしてくれるの!? どうしよう、ドキドキしてきた!」


 見た目中学生のフィーリンが、体をくねくねとさせて三つ編みをふりふりさせる。

 それ、喜んでいるのかな?


「いやいや、魔術契約だよ。雰囲気からして結婚以上の効果みたいだよ。ドワーフたちから求婚みたいな事をされているのに、横から私が搔っ攫う事になっちゃうよ」

「あれはただの酒の席の戯れだよぉー。ワタシを村に引き留めたいだけの口実。あまり意味はないよぉー」


 エギルが聞いたら泣きはらして、痩せてしまいそうな事を言う。


「あっ、不味い! ワイバーンがどんどん近づいてきている!」


 今はまだ迷いの森付近を飛んでいるが、徐々に私たちの方へ近づいているので、どこかに隠れるなりしないと見つかってしまう。


「契約については置いといて、まずはフィーリンが動けるだけの魔力を上げる」

「うん」

「ただ魔石に触ったら、私の意思では指が離れなくなるの。ずっと吸われ過ぎると契約するだけでなく、私自身、干乾びちゃうからフィーリンの方から離れてくれる」

「うん、うん」

「私が苦しそうにしたら離れてね。絶対だよ、絶対」


 経験則から私が魔力欠乏症になるほどに魔力を譲渡してしまうと、魔術契約まで至ってしまう。それなら少し早めに苦しい顔をして離れてもらえば、魔力だけ上げる事が出来る筈だ。


 「分かったぁー」とニコニコと嬉しそうに胸元を広げるフィーリンを見て、大丈夫かな? と心配になる。何も考えていなさそうなティアでも悩んでいたのに、本当にフィーリンは何も考えていないのかもしれない。


 フィーリンの白く健康的な胸元。その鎖骨の間に魔石が埋め込まれている。風吹き山温泉で見た時よりも黒く濁っていた。魔力切れ寸前なのだろう。

 毎回思うが、第三者がこの光景を見たら、すぐに警察を呼ばれそうだ。魔術契約になった場合の責任感だけでなく、背徳的行為も加わり、毎回契約する事を躊躇(ためら)ってしまう。とはいえ、ワイバーンが近づいている今、悠長に葛藤している暇はない。


「じゃ、じゃあ、始めるよ」


 ゴクリと唾を飲み込んだ私は、ゆっくりと魔石に人差し指を伸ばす。 


「……ッ!?」


 期待に満ちた顔をしていたフィーリンが突如ギュッと目を閉じると、身を縮こませた。

 

 あれ? まだ魔石に触っていないけど、どうしたの?



 ―――― 危険 ――――



 フィーリンの容態に疑問に思っていると、『啓示』からの警告が流れる。

 シュンと指の前に黒い物が通過した。

 何? と思い、視線を向けると、地面に黒色したメスのような物が刺さっている。さらに下を向くと人の指らしきものが落ちていた。


 いや、らしき物じゃない!

 指だ!

 つまり……。


 自分の手を見る。

 伸ばしていた人差し指が第二関節から綺麗に切れていた。

 ある筈の物が無くなっている違和感。頭が追い付かない。

 心臓の鼓動に合わせるように断面から血が飛び出す。


「……痛ッ!?」


 自分の状況が分かった事で痛みが襲う。

 切れた場所が熱くなり、痛みが走る。ズキズキと休みなく痛み、右手全体が痺れてくる。

 脂汗が吹き出し、呼吸が荒くなり、痛みで嗚咽が漏れる。


 何があった? どうして、指が切れた? フィーリンは大丈夫か?


 痛む右手を左手で包みながらフィーリンを見る。

 フィーリンは体を包み込むように地面に倒れている。そんなフィーリンの影に一本の黒いメスが刺さっていた。

 異変を知らせる為にリディーに視線を向けるが、リディーもフィーリン同様に身を縮こませて動けないでいる。そして、リディーの影にも黒いメスが刺さっていた。


「こっちを見ろ」


 横から声が掛かる。

 振り向くと同時に顔に衝撃が走り、真横に倒された。


「痛っ!?」


 右足に痛みが走る。

 太ももに黒いメスが刺さっていた。

 左手でメスを抜こうと触れたら、バチッと電気が走り、左手が痺れる。さらにその衝撃で全身に痛みが走る。


「簡単には殺さん。覚悟をしておけ」


 深みのある女性の声が地面に倒れている私に降りかかる。

 見上げると漆黒のローブを羽織った人物が私を見下ろしていた。


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