306 ワイバーンを狩れ その4
ワイバーンの所為で村長の家の周辺は無茶苦茶になってしまった。
地面と壁は炎で焼かれ、投石器とバリスタは壊され、近くの建物は瓦礫と化している。
離れた場所で見守っていた私たちや後から来たアーロンとアーベルは無傷であるが、最前線で戦っていたドワーフたちはボロボロである。幸い死者は出ていないが、火傷を負ったり、骨折したり、強く体を打っていて満身創痍であった。
今も尚、崩れた建物の瓦礫に埋もれているドワーフもいる。その中に守備隊長のレギンも含まれていた。
「アーベル、お前の武器はどうした? あのデカい斧。もしかして壊したのか?」
「ああ、岩だと思って斬ったらロックタートルだった。刃先は無事だが、柄の根本が折れて使い物にならなくなって、仕方なく近くに落ちていた大木を持ってきた」
どうりで丸太で攻撃していたんだね。それにしてもアーベルの攻撃を耐えるカメがいるとは……。
「落ち着いたら、俺が直してやる。後で持ってこい」
「おお、そいつは助かるぜ」
一通り話しをしたアーベルとドワーフは、崩れた瓦礫の元へ向かい、生き埋めのドワーフを助け始めた。
「お前、ワイバーンは四匹いると言ったな」
「ああ、最低でも四匹のワイバーンが山から降りてくるのを見た」
村長と立ち番をしていたドワーフが話ている内容は、私も気になる所。
食堂前の広場に視線を向ける。
ロールンに動きを封じられたワイバーンをロックンが攻撃し続けている。
比較的柔らかい頬の部分を殴った事で、鱗は剥がれ、肉が削げ落ち、一本の歯を折っていた。今では、折れた歯の間から魔力弾を放ち、口内を破壊していた。
ロークンに殴られ続けるワイバーン、バリスタの極太矢で串刺しになったワイバーン、破城槌で体を貫かれ首を落とされたワイバーン。
三匹のワイバーンを仕留めたが、まだもう一匹ワイバーンはいる。
その為、私は瓦礫の撤去や怪我人を食堂へ運ぶ事が出来ないでいる。そう、私はヘタレなのである。
「なんだ、まだいるのか?」
村長の元に大剣を抱えたアーロンが話に加わった。
「本当にいるのか分からないのが一匹な」
「だから、いるって言っとるだろ!」
「どうせ、酔っぱらって見間違えたに違いない」
「酒は飲んでいたが、見間違う訳ない。そいつは一回り大きかったんだ」
「ほう、デカいのか。そいつは楽しみだ。それで、どこにいるんだ?」
アーロンは嬉しそうに空を見上げるが、どこを見回しても雲しかない。
結局、「巣に帰ったんだろ」と結論付け、村長たちも片づけに向かった。
さすがの私も、いつまでも建物の陰で震えている訳にはいかず、キョロキョロと空を見ながら恐る恐るドワーフたちの元へ向かう。
さて、何からやるかな?
やる事は多い。
馬場や広場には大量の魔物の死骸がある。穴を掘って埋めなければいけないのだが、その前に魔石や売れそうな部位を回収したい。間違いなくワイバーンは高く売れるだろう。
ロックンにも瓦礫の撤去を手伝ってもらいたい。その為には、今も攻撃しているワイバーンに止めを刺さなければいけない。
いや、それよりも瓦礫に埋もれているドワーフを一刻も早く助ける必要がある。ただ私の偽筋肉では、役に立ちそうにないので、ここは怪我をしたドワーフを食堂へ運んだ方が良いだろう。
優先順位を決めた私は地面に倒れているドワーフに駆け寄ろうとした時、頭上からドコンッと衝撃が走った。
すぐに「ご主人さま、危ない!」とエーリカに腕を引っ張られ、後ろへ下がると目の前にガラガラと瓦礫が降ってきた。
「あ、危なかった……ありがとう、エーリカ」
ワイバーンとの戦いで脆くなった建物が崩れたのだろうと思ったが、「まだです」とエーリカは空を指差した。
再度、ドゴンッと上から音がして、一人のドワーフが瓦礫に埋もれた。
もしかして!? と上空を見上げると、大きな影が空を通り過ぎていった。
「やはり居やがった!」
「ワイバーンだ! デカいぞ!」
「てめーら、武器を持て!」
「気絶している奴を叩き起こせ!」
仲間の救助をしていたドワーフたちが斧を持って集まってくる。
今まで姿を見せなかったワイバーンが現れた。
これまでのワイバーンは中型バスぐらいですでに大きいのだが、今空を飛んでいるのはさらに一回り大きいワイバーンである。
ワイバーンは大きな羽を力強く羽ばたきながら空を自由に飛び回る。そして、狙いを定めると羽を畳んで地面に突っ込んできた。
「わーっ」と逃げるとドゴンッと建物を破壊して空へと戻っていった。
「俺たちよりも建物を狙ってやがる」
「村を壊す気か、羽トカゲ!」
「地面に降りて、正々堂々と戦いやがれ!」
アーロンと村長とアーベルが空に向けて吠える。
「ご主人さま、頭に石が当たったら大変です。すぐに隠れましょう」
「ああ」と答えた私はエーリカに引かれるように急いで元の場所に向かうが……。
「危ない!」
すぐに誰かが私の背中を押した。
前倒しになった私の周りに瓦礫が降り注ぎ、一瞬で視界が消える。
炭鉱で生き埋めになった記憶が蘇り、血の気が引いて青ざめた。
「な、何が起きた……げはっ、げはっ!?」
口の中に土煙が入り咽せていると、背後から「埋もれた」とリディーの声が聞こえた。さらに「見事に直撃だよ」とフィーリンの声も聞こえた。
声の位置からして、リディーは私の背中を抱くように倒れていて、その後ろにフィーリンがいるようだ。どうりで瓦礫の重さでない、柔らかさと温もりを感じるわけだ。
「二人が助けてくれたんだね」
「そのつもりだったが……悪い。結局、埋もれてしまった」
私の背後でリディーが悔しそうに呟くが、今も怪我をする事なく生きているので、助かったのは間違いない。その事を告げると、「ふふっ……」とリディーが笑ったのが分かった。
リディーの吐息を首筋に感じながら辺りを見回すが、真っ暗過ぎて分からない。
「エーリカはいないの? 目の前にいたけど大丈夫かな?」
「声が聞こえないから、少し離れた場所で潰れているかもしれない」
「えっ、それって大丈夫じゃないって事!?」
「安心しろ。フィーリンほどじゃないが、エーリカも頑丈だ。瓦礫に埋もれても簡単には死なない」
エーリカを溺愛しているリディーが言うのなら、エーリカに関しては問題ないのだろう。
ほっと一安心していると、「二人とも、エーリカの心配よりも自分たちの心配が先だよ」とフィーリンが発した。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、今すぐにでもアタシたちが潰れて死んじゃうかもしれないって事」
フィーリンの話し方がいつもの間延びした感じになっておらず、さらに震えているので、まったく余裕がなさそうだ。
「暗くて分からないと思うけど、今のアタシ、背中で大きな柱を支えている状況なんだよ。これ凄く重くて、すぐにでも力が尽きそう。そうなれば、二人は確実に死ぬねぇ」
「ば、馬鹿! しゃべっている場合か! しっかりと支えろ、フィーリン!」
「無茶を言うなぁー、リディアは」
どうすればいい!? と体を動かすがリディーが覆い被さって動けない。視覚も真っ暗で見えない。聴覚も遠くからガラガラと崩れる音が響くだけで分からない。
今も尚、ワイバーンが建物を壊して回っているので、ドワーフたちの救助も当分先になるだろう。
「僕の体も瓦礫で動けない。フィーリン、何とかしてくれ!」
「だから、無茶な事を……あっ、軽くなった」
突如、太陽の光が差し込む。
私のすぐ横にドスンと巨大な柱が落ちる。
助けが来た! と後ろを振り返るとフィーリンの後方に巨大な目が映り込んだ。
黒色の鱗に覆われた金色の瞳と視線が交わる。
「……ッ!?」
ドクンッと心臓が跳ね上がり、息が止まる。
リディーとフィーリンも身動きできずにいる。
ワイバーンは、私たちを観察するように瞳を細めると巨大な口を開いた。
フィーリンが一瞬で土斧を作りだし、リディーが体を捻り右手を付き出すが……。
「ガアァァーー!」
ワイバーンの雄たけび。
精神異常を起こす咆哮ではないが、再度心臓が跳ね上がり、一瞬視界が真っ白に染まる。聴覚は無事だが、すぐ近くでの大音量に体中が響き、吐き気が起きる。
フィーリンとリディーも身を縮こませて、苦悶に満ちた顔をする。
私たちが動けなくなったのを確認するとワイバーンは、バサッと地面から離れ、ガシッと瓦礫ごと私たちを趾で捕まえ、空へと上昇していった。
バッサバッサとワイバーンが羽ばたくたびに空へと上がっていく。
急激な上昇の為、耳が痛くなる。風も強まり寒さで震える。そして、何より怖すぎる。
「ど、どうするの!? ど、どうなるの!? 誰か助けて!」
「おっさん、落ち着け!」
私を落ち着かせるように背後にいるリディーが怒鳴る。
だが、耳元で怒鳴られても落ち着いてなんかいられない。だって、ドワーフの村がどんどん離れていき、迷いの森も一望できるほど上がっているんだよ。私たちと一緒に掴んだ瓦礫がバラバラと落ちていくのを見て、色んな物が漏れそうになる。
「旦那さまが混乱するのは無理ないよぉー。ワイバーンが何を考えているのか分からないしねぇー。本当、どうなるんだろうねぇー」
どことなく危機感のないフィーリンの声が背後から聞こえる。
今、私とリディーとフィーリンが重なるようにワイバーンの趾にしっかりと掴まれていて、身動きすらできない。そんな私たちをワイバーンは、巣に持ち帰って雛ワイバーンのエサにする気かもしれない。以前、ティアがカラスの魔物に掴まってエサにされた。その時はギャグのような感じで終わったが、現実に考えると非常に恐ろしい死に方である。
それか途中で私たちを捨てるかもしれない。上空数千メートルからポイッと……。
どちらにしろ、最悪な未来しか待ち受けていなかった。
「フィーリン、腕は動かせるか?」
「んー……無理だね」
「おっさんは?」
「えーと……右腕なら何とか」
リディーの問いに答えると、「それなら何とかなる」と返ってきた。
「おっさん、ワイバーンに目潰しの魔力弾を放て」
「ちょっと、そんな事をしたら落ちるよ!」
大まかな高さも分からないほどの上空にいる。ドワーフでも絶対に助からない高さだ。そんな高さで、もしワイバーンに閃光魔力弾を放ったら、驚いたワイバーンは趾を離し、私たちは墜落死だろう。
「問題ない。骨の一本や二本、折れるかもしれないが、ちゃんと対策は考えてある。変な場所に連れていかれる前に脱出だ」
「絶対に嫌!」
「早く放て! 僕を信じろ!」
「絶対に助けてよぉー!」
自暴自棄になった私は、右手に魔力を集めると腕を伸ばして、閃光魔力弾を放つ。
真下しか見えない私が適当に放った魔力弾は、ワイバーンのどこかに当たり、閃光が走った。そして、無事に私たちはワイバーンから解放され、地面に向けて落ちていった。
「うわわぁぁーー……」
私の叫び声が響く。
風の塊が体中に当たり、目を開けていられない。
お腹とお股がスースーして漏らしそうになる。
凄い風圧に頭が持ち上がり、そのまま首ごと千切れそうだ。
「フィーリン、地面を作れ!」
「何もない所から土を作るには凄く魔力を使うんだよ! すっからかんになっちゃう!」
「無事に地面に降り立ったら、おっさんが魔力をくれる。魔石が綺麗に輝くぞ」
「本当!? 旦那さま、期待しているからね!」
背後で私の名前を言われた気がするが、余裕がないので何を言っているのか分からない。
そんな私のお腹付近からモゾモゾとした感触が伝わる。その感触は徐々に広がり、体の外へと伸びていった。
地面が生えた!?
直径三メートルほどの土の地面が現れた事でグンッと落下の速度が落ちる。だが、今も尚、凄い速さで自由落下中。
「ふぅー、疲れたぁー。一休み、一休み」
「フィーリン、酒を飲んでいる時間はない。次は地面の下を伸ばせ。魔力が無くなる限界まで伸ばし続けろ!」
「もう人使いが荒いんだから……」
背後でフィーリンがブツブツと詠唱をすると、地面からモゴモゴとした感触が伝わってくる。リディーの指示通り、地面の底を下へと伸ばしているのだろう。
「おっさんは僕たちを囲むように魔力壁を張ってくれ」
私は言われた通り、レイピアを抜くと光のカーテンを展開し、地面ごと覆った。
リディーは地面の縁から顔を覗かせると、「もうすぐ地面だ!」と叫び、腕を地面に向けた。
「衝撃に備えろ! 風よ、吹き上がれ! 『風操』!」
リディーが叫ぶと風を押しのける抵抗が強まり、グンッとさらに速度が落ちる。
ガガガガッと地面の底が壊れる衝撃が伝わる。
私はレイピアに流す魔力を強める。
そして……。
「……ぐはっ!?」
体が潰れる衝撃と共に光のカーテンが壊れ、吹き飛ばされたようにゴロゴロと地面を転がる。そして、上向きの体勢になって動きを止めた。
フィーリンの魔力で作った地面が光の粒子となって崩れていき、当たり一面、蛍のように光っては消えていく。
その光景が余りにも綺麗で、あの世に行ってしまったと錯覚する。だが、青々とした空の上に豆粒のようなワイバーンが見えるので、現実なのだろう。
あんな高さから落ちたのに、何で生きているのだろうか?
はぁーと溜め息を吐く。
何はともあれ、私は生き延びたのである。




