304 ワイバーンを狩れ その2
全身鎧に身を固めたドワーフたちがガチャガチャと音を鳴らしながら食堂を出ていく。
この場にいるのは、怪我をしたドワーフと治療をするドワーフ数名、私、エーリカ、リディー、フィーリン、そして青銅等級冒険者の三人である。
マリアンネは怪我をしたドワーフに神聖魔法を掛けて治療をするので居残りである。私も治癒付きの粘着魔力弾を使えるのだが、なぜかドワーフに効き目が薄いので、ここに居る意味はない。とはいえ、ドワーフと共に外へ出ればワイバーンに襲われる。正直、ここに居残って壁の隅で震えていたいのだが、再度ワイバーンが食堂に侵入してくる可能性もあり、ここも安全とはいえない。結局の所、外にいるワイバーンを退治しない限り、安全な場所はないのである。
「ねぇ、私たちはどうしようか?」
「僕はドワーフがどんな飛び道具を使うのか気になるな」
「アタシもぉー」
「わたしはご主人さまと一緒にいます」
リディー、フィーリン、エーリカの意見を聞いた私は、青銅等級冒険者のヴェンデルとサシャに視線を向ける。
「またワイバーンが襲ってくるかもしれないから、ここに居るよ」
「ああ、俺たちはここでマリアンネたちを守る。決して正面からワイバーンとやり合うのが嫌だからじゃないからな。本当だぞ」
じゃあ私も治療班を守る為に居残ろうかな、と思っているとリディーとフィーリンが歩き出した。
「おっさん、早く行こう。面白い場面を見逃してしまう」
「エーリカも行くよぉー。ワイバーン狩りを見に行くよぉー」
えっ、あれ、私も一緒に行く事は決まりなの? 行きたくないんだけど!
「怪我人が出たら運んできてくれ」
「食堂の守りは俺たちに任せておけ」
ヴェンデルとサシャの言葉を聞きながら、リディーとフィーリンに引っ張られる形で食堂の外へ出てしまった。
広場を見る。
今も尚、ロールンに動きを封じられたワイバーンにロックンが攻撃をしている。ガツンガツンと顔を背ける事が出来ないワイバーンの顔を執拗に殴り続ける。特に頬の部分を集中的に攻撃をしていて、そこだけ鱗が剥がれ、血が滲んでいた。ワイバーンの立場になれば酷い仕打ちなのだが、命を狙われているので止めさせる事は出来ない。
視線を頭上に移す。
今の所、青々とした空にワイバーンの姿は見えない。
最低四匹のワイバーンが風吹き山から降りてきていると立ち番のドワーフが言っていた。
一匹はロックンに攻撃され、一匹はデスフラワーの蜂蜜酒でどこかへ逃げ去っている。残り二匹のワイバーンも近くにいると思うが、もしかしたら巣に戻っている可能性もある。どちらにしろ、今の内にドワーフたちの後を追い掛けよう。
頭上を気にしつつ村の奥へ進むと、村長の家の前にドワーフたちが集まっていた。正確に言えば、村長の家の入口よりも横にずれた崖下にいる。
その崖下の壁に村長のガンドールがブツブツと呪文を唱えながら手を添えていた。
「何をしているの?」
「書庫と同じだよぉー、旦那さまぁー」
「魔術によって閉ざしている場所なのでしょう。それを開けているようです」
「まぁ、武器庫と言っていたしな。誰もが簡単に出入り出来たらまずいだろ……って、ワイバーンだ! ドワーフども、ワイバーンが来たぞ!」
リディーがドワーフたちに知らせると、私たちは急いで建物の陰に隠れた。
武器庫の前に集まっているドワーフたちは、「村長を守れ! 樽の型!」とワイバーンがいる方向に集まり、密集隊形になる。
そんなドワーフたちに向かってワイバーンは羽を畳み、猛スピードで突っ込んでいった。
「動きを止めるぞ! てめーら、盾を構えろ!」
守備隊長のレギン自ら最前列で盾を構えるが、ボアオーガの時と違い、ワイバーンにぶつかると面白いように吹き飛ばされる。遠くの地面までゴロゴロと転がったり、近くの建物の壁にぶつかったりと、多数のドワーフがバラバラに飛ばされたが、武器庫を開けている村長を守る事はできた。
尚、ドワーフたちを蹴散らしたワイバーンは、フラフラと空を旋回すると山裾にある切り立った崖に降り立ち、ゲエゲエと胃液を吐いていた。どうやらデスフラワーの蜂蜜酒を飲んだワイバーンだったらしい。
「いつまで掛かっているんだ、村長!」
「早くしないとワイバーンに喰われるぞ、村長!」
吹き飛ばされたドワーフたちが集まり、村長を急かしていく。そんな村長は「うるせー、バカ! 簡単に開かねーんだよ!」と怒鳴り返す。
「いっその事、村長を喰わせている間にハンマーで無理矢理開けるか」
「そいつは良い案だ。ドムトル、ハンマーを持ってこい」
若輩ドワーフのドムトルが「分かった!」と嬉しそうに駆け出すが、上空を見て、すぐに引き返してきた。
「ワイバーンが来たぞ! 岩持ちだ!」
「仕方ねーから村長を守れ!」
両脚の爪で岩を持ったワイバーンが下降してくるのに合わせて、ドワーフたちは村長の近くに集まる。そして、村長の横や背後、さらに肩の上にまで乗って、完全に覆ってしまった。鎧が土や泥で汚れているので、まるで汚い泥団子のようになっている。村長から「重い、暗い、臭い!」とドワーフの中で叫んでいた。
そんなドワーフの塊にワイバーンは岩を落とし、見事命中する。
上空から落ちた岩が当たり、バラバラとドワーフたちが地面に倒れるが、身を挺して守った村長は無事だった。
「良し、解除が終わった! てめーら、壁が開いたら、すぐに組み立るぞ!」
「さっさと立ち上がれ!」と村長の叱咤が響く中、村長が手を付けていた箇所を中心に魔法陣が浮かんでいく。土の塊である崖の側面に淡い金色の線が走ると亀裂ができ、プシュと中の空気が漏れる。そして、ズズズッと引き戸のように左右へ土の壁が開いていった。
「待っていたよ!」
ガレージのように武器庫の扉が開くと、中から丸みを帯びた髭の生えていない数人の女性ドワーフが外へと出てきた。
「お前ら、どうして?」
「こんな騒ぎだ。状況ぐらい分かるさ。今、武器庫内で組み立てられる部分を順番に組んでいる。さっさと片づけて宴会をするよ」
「さすが俺の女房だぜ。おめーら、外に持ち出せ! 組み立て方を忘れたとは言わせねーぞ!」
村長には数人の奥さんがいると聞いていたが、武器庫内に現れた女性ドワーフたちがその奥さんのようである。それにしても、外から武器庫を開けるには特殊な魔術が必要なのに、村長の家からは自由に行き来できるみたいである。……それ、意味あるの?
村長の指示でドワーフたちが武器庫から車輪のついた荷台をゴロゴロと外へ移動する。さらに丸太や木板や紐なども運び込まれ、手馴れたように組み立ていった。
「ワイバーンが来たぞ!」
「邪魔をさせるな! 岩を逸らせ!」
岩の塊を掴んだワイバーンがドワーフたちの元へ降りてくる。
「楽しくなってきたぁー。アタシも参加するぅー」とフィーリンが駆け出し、ドワーフたちの前に滑り込む。そして、空から落ちてくる岩に手斧を投げて爆破させた。
二つに割れた岩の破片をドワーフたちの作った土壁で防ぎ、組み立て中の道具を守る。
岩攻撃を防がれたワイバーンは、急転回すると羽を折りたたんで急降下する。
「逃げろ、逃げろー!」
武器を組み立てている数人のドワーフがゴロゴロと車輪を動かして移動する。その前にフィーリンとドワーフたちは集まり、急降下するワイバーンに手斧や魔力で作った土の塊を撃つ。
囮となったフィーリンたちは、ワイバーンにぶつかる瞬間、飛び退くように左右へと逃げる。ただ、一人のドワーフだけワイバーンの嘴に鎧が引っ掛かり、一緒に上空へ持っていかれた。
ワイバーンは口を大きく開けて引っ掛かっているドワーフを丸のみにしようとする。
ドワーフはそんなワイバーンの口に魔力で作った土の塊を叩き込む。
ワイバーンが痛みで頭を振った事でドワーフは嘴から離れ、上空から落下する。
ドコンと地面に叩き付けられたドワーフに誰も助けに行かない。代わりに「完成したぞ!」と盛大に盛り上がっていた。
組み上がった道具を見る。
車輪の付いた板の中央に四角形の木角が付けられ、そこの中央に長細い丸太が設置されていた。丸太は斜めに付けられ、左右の長さは違っている。短い方には籠が付けられ、長い方は紐と網が付けられていた。
これは投石器……カタパルトだ!
タイトルすら覚えていない大コケ映画で見た事がある。
ドワーフたちは、ワイバーンが落としていった岩の塊を丸太の先端に取りけられている籠の中に入れる。その後、反対側の土台に設置してある巻き取り器をぐるぐると回しながら紐を引っ張ると、岩を入れた籠は上がり、反対の先端は下がっていく。下がった網に岩を乗せると、ドワーフは「設置完了!」と村長に告げた。
「岩を投げる道具だよな。あんなの空を飛んでいるワイバーンに当たるのか?」
「構造的に難しいと判断します」
「ま、まぁ、その辺はドワーフたちも分かっているんじゃないかな」
建物の陰にいる私たちは、あまり期待しないで様子を見ている。
「狙いは酔っ払いワイバーンだ。位置を調整しろ」
ドワーフたちも空を自由に飛んでいるワイバーンに狙いを付ける事はせず、今も崖の上で体を引き攣らせているワイバーンに狙いを定めた。
「撃て!」
村長の合図で固定している縄を解く。
持ち上がっている籠が岩の重みで下がる。それに合わせて反対側が持ち上がり、先端に取り付けていた網が岩ごと弧を描くように振られた。
ブンッと丸太が真上まで持ち上がると、網から岩が離れ、ワイバーン目掛けて飛んでいく。
みんなは岩の軌道を固唾を飲んで見ているが、村長だけ「当たれ!」と大声で叫ぶ。
その声を聞いたワイバーンが岩の存在に気が付き、羽を広げた。
結局、岩はワイバーンの足元へ当たり、ガラガラと足場が崩れるなかワイバーンは空へ飛んで行ってしまった。
「村長が叫ぶから外れたじゃねーか!」
「どっちにしろ、外れていただろ! 自分たちの調整を俺の所為にするな!」
村長とドワーフたちが言い合いをしながら、再度、投石器の準備をする。今度は、網の中に大小様々な大きさの岩を詰め込んでいく。
「ワイバーンが突っ込んできた時を狙うぞ。高さを低く調整しろ!」
村長の指示で丸太の先端に付けられている突起部分をいじくる。どういう仕組みになっているのか分からないが、そこを弄れば距離や高さを調整できるみたいだ。
「来たぞ、来たぞ、来たぞ!」
ふらふらと上空を飛んでいる酔っ払いワイバーンが羽を畳んで、ドワーフたちに突っ込んでくる。
「来い、来い、来い!」
急降下してくるワイバーンに投石器を微調整して、近くに来るまで待つ。そして、目と鼻の先にまで来た時、投石器の紐を外し、無数の岩を放った。
「ぐわぁー……!?」
散弾銃のように飛び出した無数の岩はワイバーンの体にぶつかるが、硬い鱗に守られているワイバーンにダメージは通らなかった。
ワイバーンはそのままドワーフたちを吹き飛ばし、近くの建物の屋根を破壊して、再度上空へと飛び立っていった。
「うーん、ワイバーンに遊ばれているな」
「あの場に私がいたら確実に重症を負っているか死んでいるけど、ドワーフはタフだね」
「このままでは、あまり期待できそうにありません」
物陰から顔を覗かしている私は、一緒に戦わなくて良かったと青い顔しながら見守っている。
「あんたたち、別のを用意できたよ。早く持っていきな」
倒れた投石器を立て直したドワーフたちに、武器庫から女性ドワーフが叫ぶ。
数人のドワーフが武器庫に駆け込み、新しい道具を外に持ち出し、組み立て始める。別のドワーフたちは、壊れた投石器を治している。そして、フィーリンと数人のドワーフが周りを警戒していた。
新しい道具は、土台の上に凹の形をした木枠が取り付けてあり、前方に左右に伸びた二本の腕木が伸びている。腕木には紐が付いており、木枠の中央に繋がっていた。
ああ、これも知っている。
据置型の大型弩砲……通称、バリスタ。
まさか現物を見る事になるとは……。
「こいつは、ただの大弓じゃねーぞ。魔石付きの大弓で、ただ岩を投げる道具でなく、武器だ」
いつの間にか、エギルが私の隣に避難していて、バリスタを自慢してきた。
フィーリンも戻ってきて「それは楽しみだねぇー」と観客と化していた。
そんなバリスタを村長たちを中心に準備していく。
木枠の後ろに取りけられている巻き上げ機を二人のドワーフがグルグルと回すと、紐が引っ張られ左右に伸びている腕木がしなっていく。限界ギリギリまで縄が張りつめると凹の形をした木枠の中に二人掛かりで運んだ矢を番えた。
バリスタ用の矢は非常に長く太い。そして全て鉄で出来ていて、まるで鉄槍のような矢であった。そんな矢に村長は手を添えると魔力を注ぐ。ピッグオーガと戦った時、リディーと共に魔力を流した矢を放った。あの時と同じで鉄の矢は魔力が流れた事で淡い光を発していた。
「村長、どうやって当てる? 空を飛んでいるあいつらに狙いを付けて放っても、簡単に躱されるぞ」
「さっきと同じだ。俺たちに突っ込んで来た時に撃つ。串刺しにしてやるぜ!」
村長たちは、ワイバーンが突っ込んでくる位置を予想し、バリスタを設置する。そして、「こっちだ、こっちだ!」と鎧を叩いて誘き出す。
「来たぞ、酔っ払いワイバーンだ。来い、来い!」
「待て、後ろからも来たぞ!」
前方にはフラフラと旋回するワイバーン。後方には空中で停滞し、喉を膨らませているワイバーン。
「後ろは任せろ! てめーら、乗り込め!」
守備隊長のレギンは、バリスタの後方に投石器を移動させると、岩の代わりに自ら網の中に入った。四人のドワーフもレギンに抱き付くように網の中に入る。そして、「放て!」とレギンの指示と同時に投石器の丸太が弧を描き、レギンたちを空へ放り投げた。
今にも炎のブレスを吐き出そうとするワイバーンに向けて、五人のドワーフが突っ込んでいく。だが命中率が悪すぎて、ワイバーンの横を通り過ぎていった。ただ中央にいたレギンだけはワイバーンの頭上まで飛んだ。
「良い位置だ!」とワイバーンの頭上に来たレギンは、魔術なのか魔術具なのか分からないが、空中で何か爆発させ、その衝撃でワイバーンの体に飛び降りた。
その後、レギンはワイバーンの頭にしがみ付き、斧を叩き付ける。
ワイバーンは炎を吐く事なく、レギンを連れたまま飛び去って行った。
「良くやったぞ、レギン! 酔っ払いの相手は俺たちの仕事だ! ぶっとい槍で酔いを覚ましてやるぞ!」
村長たち目掛けてワイバーンが突っ込んでくる。ただ今までと違い、このワイバーンも喉を膨らませていた。
散らばっていたドワーフたちが物陰へ隠れたり、盾を地面に付けて身を守る。
ワイバーンは地面すれすれを飛びながら、口から炎を吹き出す。
建物の陰に隠れている私の横を炎が走り、すぐに地面の炎を消すように、凄い速さでワイバーンが通り過ぎていった。
「てめーら、少し燃えるが逃げるんじゃねーぞ!」
炎が迫る中、村長はワイバーンを睨みながらバリスタの位置を微調整をする。後ろで待機しているドワーフたちは腰が引けていた。
「村長、早く撃て!」
「まだだ! もっと近くまで待て!」
ゴォゥーっと真っ赤な炎が迫る。
その後ろには大口を開けて炎を吐き出すワイバーン。
「来い、来い、来い……今だ、放て!」
村長たちが炎に包まれる瞬間、バリスタの矢が放たれた。
凄い速さで突っ込んできたワイバーンがくの字になって後方へと吹き飛んでいき、ドゴンッと鍛冶場の壁にぶつかる。
炎に塗れた村長たちが「あちぃ、あちぃ」と地面に転がっていると、ガラガラと鍛冶場が崩れ、瓦礫がワイバーンを埋めた。
「がははっ、所詮羽の生えたトカゲだ。ざまーみやがれ」
長い髭がチリチリになった村長とドワーフたちは、馬鹿笑いをしながら皮袋から酒を一気に飲み干した。
こうして村長たちの活躍により、一匹のワイバーンを倒す事が出来たのである。




