303 ワイバーンを狩れ その1
ワイバーンに襲われた私たちは、食堂に避難した。
ここには食料も酒もあるので、ワイバーンが巣に戻るまで居続けるつもりでいたのだが、ワイバーンは私たちを見逃す事はせず、避難している食堂に向けて攻撃をしてきた。
「ふん、どんなに攻撃をしてもこの食堂はビクともしないぞ」
「大事な酒が保存してあるからな。宝物庫以上に硬いぞ」
「違いねー」
「がははっ」とドワーフたちが酒を飲みながら笑っている。
この食堂は、大きな石材を組んで建てられており、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない堅牢で丈夫そうに見える。ただ食堂の壁や天井がドゴンドゴンと岩が当たるたびに粉が舞っているのを見ると気楽な気分には一切ならなかった。
「エールばかりじゃつまらんな。色々と持ってくるか」
一人のドワーフが厨房に入ると、歪な形をした瓶を両脇に抱えながら戻ってくる。その中に思い出したくない形の瓶も混じっていた。
「腹減ったな。肉でも焼くか」
別のドワーフが貯蔵庫に入ると、肉の塊を肩に担いで戻ってきた。
彼らは完全に宴会を始める気である。
「おい、酒ばかり飲んでないで、誰か火をよこせ!」
厨房で肉を切り分けているドワーフが叫ぶと、外を監視していたドワーフから「お前が言うから火が来ちまった!」と叫び返す。「壁から離れろ!」とドワーフが中央へ逃げると、バカンッと明り窓が割れ、食堂内に炎が吹き荒れるた
ワイバーンは岩を落とすだけでなく、食堂に向けて炎のブレスも吹いているようだ。
四方の窓や壁の隙間からも炎が走り、私たちは中央へ集まりだす。
「このまま蒸し焼きにするつもりかな?」
「そこまでの持続性はない。すぐに息切れするさ」
私の呟きに答えたドワーフは、床に落ちている箒を掴むと、ゆっくりと窓から吹き上げる炎に近づく。そして、箒の先端に火を移すと「ほれ、火だ」と厨房へ投げた。
何でそんなにも余裕あるの!?
いや、もしかしたら私だけが不安になっているだけで、実はワイバーンに関しては、大して問題ではないのだろうか?
肉の焼ける匂いを嗅ぎながら周りを見回す。
エーリカはいつもの表情であるが、私のそばから片時も離れない。リディーは眉間に皺を寄せながら、色々な酒を飲んでいるドワーフたちを見ている。フィーリンはドワーフたちに混じって酒を飲んでいる。青銅等級冒険者の三人は青い顔をしながら武器を握り締めている。
やはりドワーフが異常なだけのようだ。
「……うわっ!?」
突如、入口の扉から衝撃が走り、心臓が止まりそうになる。
ドゴンドゴンと何度も分厚い扉が震えだす。
壁や天井に衝撃が走らなくなった事からワイバーンは唯一の出入口である扉に狙いを定めたようだ。
さすがのドワーフたちも押し黙り、扉を見つめる。
そして、何度目かの衝撃の後、木製の扉に亀裂が入った。
「武器を持て!」
村長が叫ぶとすぐに扉が崩れ、破片を押しのけるようにワイバーンの頭が食堂内に入ってきた。
「中に入れさせるな! 酒樽を守れ!」
ズルズルと食堂内に侵入しようとするワイバーンにドワーフたちは斧を投げる。だが、どれもワイバーンの鱗によって弾かれてしまう。
「アタシの斧で仕留めるよぉー」
「わたしが吹き飛ばしてあげます」
床から土斧を作ったフィーリンと大口径の魔術具を装着したエーリカにリディーがストップをかける。
「土斧を爆破させるな。衝撃で入口が広がる。エーリカもだ」
「アタシたちがやらなくても広がっているよぉー」
ワイバーンが無理矢理食堂に入ろうとするので、周りの壁がボロボロと崩れ、徐々に広がっていく。今はまだ羽の生えた胴体が引っ掛かり入れないが、このままでは完全に食堂内に入ってしまうだろう。
「てめーら、怖気ずくな! 直接叩け! 鱗を剥がして、肉を斬れ!」
守備隊長のレギンが鼓舞すると自ら進んでワイバーンの元へ駆け出す。だが、ワイバーンの喉が膨れ上がると、「戻れ、戻れ!」とすぐに引き返えしてきた。
私は出来る限り大きな光のカーテンを展開し、近くにいるエーリカたちを覆う。エギルを含む数人のドワーフが床から魔力の土壁を作る。ドワーフの中には、盾を構えたり、柱の陰に隠れたり、机を倒して隠れる者もいて、心配になるが今の私に助ける余裕はない。
炎のブレスが食堂内を襲う。
光のカーテン越しに真っ赤な炎が埋め尽くす。
直接焼ける事はないが、熱が伝わり、集中力が途切れそうになる。
高々とレイピアを掲げている為、じりじりと腕が焼かれていく。今すぐにでも手を離したいが、その瞬間、光のカーテンが無くなり、丸焼けになってしまうので出来ない。
私が火傷の痛みで顔を歪ませていると、エーリカとリディーがレイピアの柄に手を添える。二人の魔力がレイピアに流れた事で光のカーテンの強度が上がり、熱も抑えられた。
余裕が出来た私は周りを見回す。
炎のブレスを吐き続けるワイバーンは左右に頭を動かして、念入りに食堂内を焼いていた。
魔力で壁を作ったドワーフたちは無事だが、机に隠れたドワーフたちは悲惨だった。あっという間に机が燃えだし、ドワーフごと炎に包まれている。盾で防いだドワーフも同じで、体に火が付くと酒樽の中に飛び込んだり、柱の陰まで走って逃げたり、空中で土砂を作り自分の体を土で埋めていた。
「ご主人様、魔力弾を。今なら当たります」
隣にいるエーリカが私を見ながらレイピアに流す魔力を強めた。
私はすぐに右手を柄から外し、魔力を溜める。そして、ワイバーンの顔が逸れると光のカーテンの隙間から右腕を付き出した。
ギロリとワイバーンと視線が合わさる。
不味い! 炎が来る!?
間に合って! と祈りながら右手から閃光魔力弾を放つと、ワイバーンは炎を吐かず、ズボッと入口から頭を抜いた。
ワイバーンの居なくなった地面に閃光弾がぶつかり、炎の光を覆うように食堂内を明るく照らす。
一部のドワーフから「目がぁー!?」と叫ぶ声が響く。
数人のドワーフが火傷を負ったり、目を負傷したが何とかこの場を防げた。
そう思っているのも束の間、ドゴンと体当たりするようにワイバーンの頭が再度入ってきた。
「しつこい!」
ワイバーンに悪態を吐いたリディーは、土壁に隠れているエギルに視線を向けた。
「エギル! お前の近くに落ちている瓶を僕に投げろ!」
リディーが叫ぶとエギルはキョロキョロと地面を見て、歪な形をしたガラス瓶を拾った。
「あっ、その瓶って!?」
「ああ、不味い酒を飲ませてやる」
そう言うとリディーは入口でつっかえているワイバーンに駆け出す。
ワイバーンの喉が膨れる。
エギルの投げたガラス瓶を受け取ったリディーは、口を開けたワイバーンに向けてガラス瓶を投げた。
ガラス瓶はワイバーンの牙に当たり、中身が口の中に入る。
液体を飲んだワイバーンは炎のブレスを止めると、「グエェ、グエェ」と火のついた嗚咽をしながらまた外へと逃げていった。
「何を投げたのぉー?」
やり切った顔をしながら戻ってきたリディーにフィーリンが尋ねる。
「デスフラワーの酒だ。ワイバーンも嫌がる酒を好んで飲んでいるドワーフは、やはり異常だな」
くっくっくっと楽しそうにリディーは笑っていると、「貴重な酒をワイバーンなんかにやるとは!」「何てことしやがる、くそエルフ!」とドワーフから抗議が飛んでくる。
「貴重な酒ならその辺に転がしておくな!」とリディーとドワーフの言い合いが始まった。
「ここに居ては駄目だな」
「何度も入口に突っ込まれたら、完全に中に入ってきちまう」
「その前に大事な酒が燃やされるぞ」
村長とエギルとレギンが話し合う。
彼らの言う通り、食堂内は酷い有様だ。机や椅子は倒れ、今も燃えている。酒樽にも火が移り、ドワーフたちが懸命に消火して回っていた。
また地面には、ワイバーンのブレスで火傷を負った数人のドワーフが寝かされており、謎の液体とマリアンネの神聖魔法で治療中である。私も回復付きの粘着魔力弾をドワーフに塗ったが、どういう訳か、あまり効果はなかった。
「てめーら、ヘビに睨まれたネズミみたいにこのまま穴倉で震えている訳にはいかん。外に出て、羽トカゲを返り討ちにするぞ!」
「村長、空を飛んでいるワイバーンをどうやって狩るんだ?」
ドワーフたちに指示を出した村長に若輩ドワーフのドムトルが情けない顔をしながら尋ねた。
「お前は若いから知らないだろうが、空を飛ぶ相手に使う道具がある。戦時中はよく飛び交っていたものだ」
「違いねぇー」
数人のドワーフたちから笑い声が聞こえる。彼らは戦争を経験した年長者ドワーフなのだろう。
「怪我人と治療する者はここに残れ。他は俺に付いてこい。武器庫を開けるぞ!」
兜をかぶり直したドワーフたちは斧を持つと食堂の入口へ向かう。しかし、すぐに引き返してきた。
「うわー」と食堂に戻ってきたドワーフの後ろから炎が襲い、入口付近が燃えだす。
「くそっ、食堂前の広場にワイバーンが待機してやがる」
「これじゃあ、外にも出れない」
出入口の先を見ると、広場の中央に建っている柱の上に一匹のワイバーンが止まっていた。
ワイバーンは食堂から視線を逸らさず、私たちの動向を伺っている。外に出たところを燃やそうとしているのか、足止めが目的か分からないが、入口正面に睨みを利かせているワイバーンがいる限り、外に出て武器庫を開ける事は出来ないだろう。
……ん? あれ?
「ね、ねぇ、ちょっと、おかしくない?」
私はある異変に気が付き、良く見えるように入口に近づく。とは言っても、近づきすぎると燃やされそうなので、ほどほどの距離である。
「何がおかしいんだ? ワイバーンが居る事か? そんなの見れば分かるだろ」
近くにいるドワーフが阿呆を見る目で私を見る。
「違う、違う。ワイバーンの足元。あんな柱、さっきまでなかったよね」
ワイバーンが足場にしている柱は三メートルほどで、広場の中央に建っているので非常に目立つ。さらにその隣には五十センチほどの柱の破片らしき物もあった。私の記憶では、そんなものは存在していない。
私の言葉にドワーフたちが身を乗り出して広場を見ると「確かに……」と同意する。
みんなで首を傾げていると、エギルが「分かった!」と声を上げた。
エギルの声に反応したように、柱の側面がゆっくりと左右に広がっていく。枝のように分かれた柱は、ワイバーンに気づかれない程のゆっくりとした速度で上へと持ち上がっていった。
ようやく私たちは理解した。
「ロールンだ!」
エギルが嬉しそうに叫ぶ。そして、「魔力切れとか言っといて……ああ、補助核か……」と一人で納得していた。
ワイバーンも自分が止まっている柱が変だと気が付き、急いで飛び立とうとする。だが、ロールンの腕の方が速く、ガシッと胴体を掴まれた。
ワイバーンを掴んだままロールンは、ズズッと体操座りから立ち上がる。柱の破片のようになっていたロックンも立ち上がる。
ロールンは暴れるワイバーンを地面に叩き付けると左手を胴体に、右手を頭に乗せて、地面に縫い付けるように押さえ込んだ。そして、そのままロールンは両目の光が消えていき、完全に魔力切れで動かなくなった。
「グエェ、グエェ」と足掻くワイバーンに身長八十センチのロックンがのしのしと近づく。
ロールンの腕から抜け出せず、羽ばたく事も出来ず、炎を吐く事も出来ないワイバーンに、ロックンは鉱石の拳で殴る。
硬い鱗と高い魔力に守られているワイバーンにダメージは通らない。
それでもロックンは、ワイバーンの顔を殴り続けたり、魔力弾を撃っていた。
「あのワイバーンはゴーレムに任せる。今の内に外に出るぞ。お前たち、俺に続け!」
村長を先頭にドワーフたちが食堂から外へと出て行った。




