302 トラウマの魔物
新年、あけましておめでとうございます。
今年もゆっくりと投稿していこうと思います。
気長にお付き合いください。
宜しく、お願いします。
風吹き山から金属音が鳴る。
ガンガンガンと引っ切り無しに鳴り続ける事から緊急の合図だと分かる。
宴会を始めようとしていたドワーフたちも口を閉ざして山の方に視線を向けていた。
「何が起きたんだ?」
「迷いの森だけでなく、風吹き山からも魔物が現れたんじゃないのか?」
「もう勘弁してよ」
青銅等級冒険者の三人は、風吹き山の方を見て、武器を構える。
勿論、私、エーリカ、リディー、フィーリン、ロックンも固唾を飲んで様子を見ていた。
「ドムトル、お前が様子を見てこい」
屋根から降りてきた村長のガンドールが若輩ドワーフのドムトルに指示を出す。
ドムトルが「また俺ですか!?」と嫌そうな顔をして駆け出そうとした時、風吹き山の方から一人のドワーフがドスドスと走ってきた。
「大変だ、大変だ! 村長、たいへ……うおっ、何だこれ!?」
広場の光景を見たドワーフが足を止めて目を見開く。
広場全体にゴブリンやピッグオーガの死骸で埋め尽くされている。さらに森巨人の死骸が二体もある。先程までの状況を知らない者がこの光景を見たら、驚くのは無理はなかった。
「この警告音は何だ!? 何が起きている!」
「ああ、そうだった。村長、魔物だ! 風吹き山から魔物が来る!」
「またか…… 次から次へとどうなってやがるんだ」
やはりと言うべきか、予想通りの報告が流れる。
「それで、どのくらいの数が来ているんだ?」
「はっきりとは分からんが……たぶん、四匹ほど」
「はぁ?」
先程まで大量の魔物相手に戦っていた。
それが今回は四匹の魔物が村に向かっているらしい。
数からして大した事はない。だが、逆にその程度の数にも関わらず、鳴り止まない警告音と必死の形相で報告に来たドワーフを見て、不安が募っていく。
「大量の魔物が押しかけて来ている訳じゃないのか? 一体、何が来ているんだ?」
「ワイバーンだ!」
タイミングを見計らったかのように、上空からバッサバッサと羽ばたく音が聞こえだす。
空を見上げると風吹き山の方から羽の生えたトカゲが私たちの方に飛んでくるのが目に入った。
「……ッ!?」
ドクンと胸が跳ねる。
脈が乱れ、呼吸が荒くなる。視界もぼやけ、足元が覚束なくなる。
風吹き山温泉の時と同じ症状が再発する。
そっとエーリカが横に来て、私を支えてくれた。彼女は私がワイバーンに焼かれる瞬間を目撃し、その後、治療をしてくれたので、私の心情を察しているのだろう。
私たちは、ワイバーンに気づかれないよう息を潜めて気配は隠す。
今すぐにでも建物の中に避難したいが、下手に動いてワイバーンを刺激して攻撃してくる可能性がある。
ただ上空を飛んでいるだけなら、その内、山に帰るだろう。
「どうして降りてきたんだ? そんな兆候はあったか?」
「ここ最近、風が落ち着いていた。その影響かもしれん」
村長と立ち番のドワーフが小声で話している通り、数日間、風吹き山からの強風が起きていないのを思い出した。とはいえ、それが原因かどうかは今の所分からない。
なんにせよ、今は上空のワイバーンがどこかへ行くのを祈るばかりである。
そう思っているのも束の間、ワイバーンがもう一匹現れ、緊張に包まれた静寂は壊された。
新しく現れたワイバーンは足に巨大な岩を掴んでおり、密集しているドワーフたちの元へ急降下する。
「くそっ、やはり俺たちを狙ってやがる! 逃げろぉー!」
ドワーフたちの逃げた場所に岩が落ちると、ゴロゴロと地面を転がり、一人のドワーフを潰して止まった。
ドワーフたちはワイバーンに魔術や魔法を放って攻撃をするが、急上昇したワイバーンには当たらない。ただ、その隙に岩に潰れているドワーフを助ける事ができた。
「避難だ、避難! 食堂へ逃げろ!」
守備隊長のレギンが叫ぶように指示を出すと、ドワーフたちは一目散に食堂へ駆け出した。
「わたしたちも行きましょう」
呼吸が荒く、頭の中が真っ白になっていた私をエーリカが引っ張る。そのおかげで私も足を動かす事が出来た。
「よりにもよって、何でワイバーンなんだ!?」
「泣き言を言うな! 今は走れ!」
「急いで、急いで!」
前方を走る青銅等級冒険者の後を追うように食堂へ向かうと、すぐに一匹のワイバーンが急降下してくる。
グイッと誰かが私の体を押して地面に倒すと、猛スピードで突っ込んできたワイバーンが目の前を横切っていった。
暴風が体を襲い、小石が体中に当たり、痛みで顔を顰める。
私と同じようにエーリカ、リディー、フィーリン、ロックンも地面に身を伏せている。青銅等級冒険者の三人は無事で食堂前まで辿り着いていた。
「お前たちも早く来い! ワイバーンがまた来たぞ!」
食堂の扉を開けているサシャが上空を指差すと、岩を掴んでいるワイバーンが迫って来ている。
すぐに立ち上がるがワイバーンの方が速い。
エーリカとリディーがワイバーンに向けて魔力弾と空刃を放つ。だが、エーリカの魔力弾はワイバーンの表面をなぞると消えてしまい、リディーの空刃は羽ばたきの風で軌道が逸れてしまった。
私たちに向けてワイバーンが岩を落とす。
私よりも大きな岩の塊。
全身鎧で強靭のドワーフならいざ知らず、私たちがもろに当たれば大変な事になる。
再度、誰かが私の体を押して岩を躱そうとするが間に合わない。
潰さる!
迫りくる岩の塊が間近に迫った瞬間、目の前に壁のようなものが立ち塞がる。
ドゴンと壁越しに岩がぶつかると聞き覚えのある声が聞こえた。
「フィーリンさん、無事ですか?」
「エギル、ロールンを動かしてくれて、ありがとぉー」
私たちを助けたのは、エギルの指示で動いたロールンだった。
ロールンは私たちを守るように滞空するワイバーンに睨みを利かせている。
「我が主、炎が来ます。避難を」
ワイバーンの喉が膨れ、牙の隙間から炎が漏れだす。
私たちは急いでロールンの足の後ろへ隠れる。
ゴオォーとロールンの両足の間や体の横から炎が漏れ広がり、熱さで身を屈める。
「やぁー!」
ワイバーンのブレスが止むと、フィーリンはロールンの足の隙間から土斧を投げる。
ワイバーンは、羽を大きく羽ばたくと風の塊を生ませ、飛んでくる土斧を弾き返した。
エーリカの魔力弾もリディーの空刃もフィーリンの土斧も駄目。
私の光刃や閃光魔力弾も正面から撃てば、易々と躱される事だろう。
「ロールン、攻撃だ!」
エギルの指示でロールンが巨大シャベルを振り上げるが、ワイバーンは器用にシャベルを躱して、上空へと逃げて行った。
「我が主、今ので魔力が無くなりました」
「そ、そうか……分かった。お前はその場で待機だ」
「行くぞ!」とエギルの叫びと共に私たちは食堂へ駆け出す。だが、鎧を来たドワーフたちが続々と食堂へ入り込んでいて、ちょっとした渋滞が発生してしまっていた。
「早く入れよ!」「三人同時に入ろうとするから詰まるんだ!」「うるせー、焦らすな!」とドワーフたちが怒鳴り合うので余計に混乱している。
そんな状況を見逃さないワイバーンは、私たちの近くで滞空すると喉を膨らませた。
エーリカ、リディー、フィーリン、ドワーフたちがワイバーンに向けて攻撃をするが、全ての攻撃がブレスの炎でかき消えてしまう。そして、そのまま私たちに炎が降りかかった。
迫りくる炎に再度私の心臓が跳ね上がる。
力が抜けるようにストンと地面に腰が落ちた。
また燃やされる、と思った瞬間、ズズズッと目の前の地面が盛り上がった。
食堂内の入口近くで数人のドワーフが地面に手を付いて呪文を唱えている。彼らが魔法で壁を作ってくれたみたいだ。
突如出来た土壁のおかげでワイバーンの炎を防ぐ事が出来た。だが、壁の隙間から漏れた炎で二人のドワーフが火に包まれる。
近くにいたドワーフが背負っている皮袋からエールを掛けたり、体ごと抱き付いて火を消す。
ワイバーンの喉が再度膨れ上がる。
「ご主人さま、魔力弾を!」
エーリカの言葉で正気を取り戻した私は急いで右手に魔力を溜める。そして、地面を這うように土壁から顔を覗かせて閃光魔力弾を放った。
今ならブレス攻撃の準備でワイバーンに当たるかもしれない。
淡い期待を胸に放った閃光魔力弾は、ワイバーンの急上昇でどこかへ飛んで行ってしまった。
それはそれで問題なし。
ワイバーンがどこかへ飛んで行った事で、怪我をしたドワーフが食堂へ放り投げられる。今度は混乱する事なく、残りのドワーフたちも順番に食堂へ入っていった。
チラリと広場を見る。
魔力切れで立ち尽くしたままのロールン。その横にはロックンの姿があった。
「ロックン、何をしているの!? 早く来て!」
私が叫ぶとロックンは、一回だけ目を光らせて、両手を上げた。
「まさか、居残る気?」
私の問いにロックンは両目を二回点滅させる。
ワイバーン相手にロックン一人で何か出来るとは思えない。たぶん、魔力切れで動けない弟のロールンのそばに居たいのだろう。
「石の塊のロックンです。ワイバーンの岩や炎で壊れる事はないでしょう」
「ワイバーンが戻ってきたぞ。僕たちも入ろう」
「分かった。ロックン、無茶はしないでね」
エーリカとリディーに引かれるように私も食堂へ入った。
ワイバーンのブレスで火傷を負った二人のドワーフが机の上に寝かされる。
ドワーフたちが食堂の奥から壺を持ってくると何やら怪しいドロドロとした緑色の液体を塗りたくっている。その上からマリアンネが回復魔法を掛けて治療をしていた。
私も回復付きの粘着魔力弾を塗ろうかと近寄ると、「くせー、変なもん塗るんじゃねー」とか、「俺が信じているのは酒と鍛冶の神様だけだ。変な魔法を掛けるな!」と元気そうにしていたので引き返した。
私の時は、焼け過ぎたステーキみたいになっていたとエーリカに教えてもらったけど、ドワーフは鍛冶が得意という事もあり、火の耐性があるのだろうか? それともただ酒で鈍感になっているだけだろうか? まぁ、何にしろ無事で良かった。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「女子供は地下壕へ避難させているし、男連中はここに集まっている。村の中を歩いている阿呆はいない。時間が立てば羽トカゲも巣に戻るだろ。それまでここで待機だな」
「まぁ、食い物と酒はあるから、のんびりと待つか」
村長とドワーフたちが今後の対応を決めると、早速積み重ねてある樽の山を崩している。まったく危機感のないドワーフたちで逆にほっとする。
「クロとシロは無事かな?」
「馬やロバたちが村の外の道に集まっているのを見たよぉー。クロちゃんたちもそっちに行っているんじゃないかなぁー」
リディーが分厚い扉を見ながら小さく呟くと、フィーリンは皮袋からチビチビと酒を飲みながら報告をした。
「それは本当か? 迷いの森の中に入ったりはしないよな?」
「そこまでは分からないけど、さすがに自ら危険な森に入ったりはしないんじゃないかなぁー。逆に森の道を抜けて、遠くまで逃げちゃうかもねぇー」
「下手に村に戻ってくるよりも、そっちの方がいい」
「リディアは本当にクロちゃんたちの事が好きだねぇー」
「あいつらは素直で賢い。それにアナの大事な家族だからな。無事に返さなければいけない」
その後、リディーはフィーリンにアナについて教えていた。
「ここで待機していれば、ワイバーンは帰ってくれるかな?」
不安を紛らわす為、私は隣にいるエーリカに尋ねると「分かりません」と返ってきた。
「末端とはいえワイバーンは竜族です。トカゲのような見た目ですが、知能はゴブリンよりも高いでしょう」
「えーと……つまり、私たちを逃がさないって事?」
「その可能性はあります。わたしたちが建物の中に避難をした所は見られています。このまま何もせずに帰るとは思えません」
エーリカの言葉を聞いて、どんどん不安が膨れ上がっていく。
「ただワイバーンも生き物です。腹を空かせばどこかで食料を調達するし、眠くなれば巣に戻ります。このまま籠城していれば無事にやり過ごせる可能性もあります」
続きの言葉を聞いて、膨れていた不安が薄らいでいく。
結局の所、ワイバーンの行動など分からないのである。
「ただ気がかりな事があります」
ワイバーンが帰っていく希望が見え始めた時、エーリカが再度不吉な事を言う。
「突然の結界の破損。それにともなう大量の魔物の侵入。さらに別の場所からワイバーンの襲来……ご主人さまの言葉で言うと、タイミングが良すぎます」
「それって……」
「何かしらの意図があるのかもしれません」とエーリカが締め括った瞬間、ドゴンと食堂が震えた。
本当にタイミングが良すぎて、心臓が止まりそうになった。
「何が起きた!?」
村長が怒鳴ると、「ワイバーンが岩を落としている!」と隙間から外の様子を伺っているドワーフから報告が飛ぶ。
ワイバーンは帰る気がなく、私たちを執拗に狙うつもりのようだ。




