299 馬場内の戦い その4
「シロ、ありがとう。おかげで助かった。クロたちと安全な場所へ避難していてくれ」
リディーの言葉を分かっているのか、馬場の外で私たちを見守っているクロと仔馬の元へシロが駆けていく。
シロを見届けた私とリディーは、エーリカたちの元へ向かった。
目の前には三匹のピッグオーガが死んでいる。他にも馬場のあちらこちらにゴブリンやワーウルフ、その他魔物の死骸が散らばっていて酷い有様である。
まだ生きているゴブリンや虫の魔物はいるが、大した数ではないので、危機は去ったと言って良いだろう。
「最初はどうなるかと思ったが、何とかなるもんだな」
「ドワーフたちが来る前に片付いて良かった。彼らには後片付けを任せよう」
「ドワーフに任せると魔石ごと片づけられるわ。今の内に魔石だけ回収しましょう」
サシャ、ヴェンデル、マリアンネは魔物の死骸を眺めると魔石集めに動き出す。羽振りの良くない青銅等級冒険者らしく小銭稼ぎが身についている。私も貧乏学生の一人暮らしをしていたので理解は出来るが、疲れているので参加しない。
ドワーフたちは一仕事を終えた事で魔物の死骸が散らばる地面に腰を落とし、酒を飲み始めている。フィーリンもドワーフの輪に参加し、楽しく宴会が始まった。まだ近くに魔物がいるのに……。
「ご主人さま、怪我をしています。今すぐにマリアンネを呼んできます」
私の肩を見たエーリカが魔石集めをしているマリアンネを呼ぼうとするのを止める。
「大丈夫。倒した狼の血で私のじゃないよ。ただリディーが酷い怪我をした」
エーリカはリディーの横へ行くと血で滲んだハンカチを見る。
「デカいネコに襲われて、腕を噛まれた」
「大丈夫なのですか?」
いつも眠そうな顔をしているので分からないが、エーリカも実の姉が怪我をすれば心配するようだ。
「問題ない。おっさんの治癒魔術で治してもらった。まだ力は入らないがそれもすぐに治るだろう」
「治癒魔術?」
私に視線を向けたエーリカは、トコトコと再度近づいてくる。
「初めてやったけど、上手くいったよ。今後は回復薬を買わなくていいね」
「ご主人さま、わたしにも治癒魔術を掛けてください」
「えっ、エーリカも怪我をしたの!?」
いつも通りのエーリカなので気が付かなかった。
リディーもエーリカの言葉を聞くと、血相を変えてエーリカの全身を隅々まで見る。
そんなエーリカは右手を上げると、手の甲を私に見せた。
「ここが怪我をしました。ご主人さまの魔力をください」
エーリカの手の甲には、薄っすらと埃が付いているだけにしか見えない。一応、リディーと一緒に目を細めて良く良くと見ると、若干、擦り傷らしきものがあった。
「必要ある?」
「はい、ご主人さまの魔力で治してほしいです」
これはつまり、怪我を治したい訳でなく、私の治癒魔術を経験したいだけのようだ。
リディーを見ると、肩を竦めて何も言わない。
仕方なく回復付きの小さな粘着魔力弾を作って、エーリカの手に塗ってあげた。
そうしたら、なぜか手の甲がツルツルのテカテカになった。私の回復魔力弾は、保湿効果でもあるのだろうか?
満足顔のエーリカに苦笑していると、誰かが私の足元をコツコツと叩いた。
ロックンだ。
このタイミングで私を呼んだので、「ロックンも回復してほしいの?」と冗談半分で聞いてみた。
そうしたら両目をチカチカとさせて、両腕を上下に動かす。
まじか……。
「エーリカにして、ロックンにしてあげないと拗ねるかもしれんぞ」
笑いを堪えながらリディーが茶化してくる。
ロックンはゴブリンに滅多刺しにされていたが、特に目立った傷やへこみはない。精々擦り傷がある程度。
回復魔術が鉱石の塊であるロックンに効果があるとは思えない。
だが戦闘に参加して頑張ってくれたロックンだ。褒美のつもりで回復付きの粘着魔力弾を塗りたくった。
「なぜ!?」
回復魔力弾を塗っていくと徐々に擦り傷が消えていき、エーリカのようにツルツルテカテカになっていった。
鉱石の塊にこの結果。回復魔力弾として使っていたが、もしかしたら車などの傷消しクリームの効果も付加されている魔力弾なのかもしれない。
ワックスを掛けられたように綺麗になったロックンは、嬉しそうに両腕を上げ下げしている。
まぁ、喜んでいるので、良しとしよう。
「ん? ゴブリンどもが騒ぎ出したな」
ピクリと長い耳を動かしたリディーが遠くへ逃げて行ったゴブリンに視線を向ける。
散り散りになっていたゴブリンは一か所に集まりだし、なにやら騒いでいた。
「数としては十匹ほど。私たちを襲いに来るつもりかな?」
「そうかもしれん。ただ、やけに森の方を見て、喜んでいる感じだ」
「もしかして、また森から大量の魔物が侵入してくるのかな?」
私の予測は当たりだった。
馬場と迷いの森の境は、石塀で囲っている。ただ全てを囲っている訳ではなく、石塀が途切れて直接森と隣接している箇所もある。その部分だけ灯籠のような魔物除けの石柱を置いて魔物の侵入を防いでいるのだが、その一部の石柱が壊れた事で魔物が押し寄せてきた。
ただ、今回は少し離れた別の境目からバキバキと木を壊す音が響いてきている。
「この感じ、まさか……」
「そのまさかだ!」
サシャとヴェンデルが叫ぶと木々を倒しながら魔物が現れた。
以前、魔石集めで戦った身長五メートルほどもある森の巨人と呼ばれる魔物だ。
ただ前に見た時は素っ裸に近い姿であったが、今現れた巨人は歪な形をした木製の鎧を着ていた。
「おいおい、何で木の鎧を着ているんだ?」
「違います。着ているのでなく、寄生されているのです」
サシャの疑問にエーリカが答える。
エーリカの話では、巨人の手に持っている大木はエントで、そのエントが根や枝を伸ばして巨人の体をグルグルに絡まっているだけとの事。
巨人が意図してこの状態にしたのかは分からないが、エントの根っ子が巨人の体に突き刺さって魔力を吸い取っているらしく、本体は巨人なのか、それともエントなのか分からない状態らしい。
そのエント巨人は、馬場との境目にある石柱を見るや、エントを振って破壊する。そして、私たちに視線を向けるとドスドスと歩いてきた。
ゴブリンたちは頼もしい援軍が来た事で、「ギャアギャア」とエント巨人の方へ駆けていく。
「ムガァ!」
エント巨人は、足元へ集まったゴブリンを一見すると、右手に持っているエントを一振りしてゴブリンたちを振り払った。
数匹のゴブリンは遠くへ飛ばされ動かなくなり、別のゴブリンはエントの枝に刺さり、「ギャアギャア」と苦痛の叫びを上げる。
ゴブリンという魔物は、簡単に仲間を裏切るし、逆に仲間だと思っていた相手に裏切られる哀れな魔物であった。
「エントに身を包んでいるって事は、燃えるって事だよな。そうだよな」
「はい、良く燃えると思います」
サシャが隣にいるエーリカに確認をすると、小物入れからポテトマッシャー手榴弾に似た魔法道具を取り出した。これは以前迷いの森で蜘蛛の巣を焼いた魔法道具だ。
「銀貨二枚を喰らえ!」
ドスドスと近づいてきたエント巨人の足元へ滑り込んだサシャは、魔法道具を向けると先端から炎を浴びせた。
ゴォーと吹き出す炎がエント巨人の体に走るが引火する事はなく消えていく。
エント巨人がゴブリン付きのエントをサシャに向けて振ると、「銀貨二枚が効かねー」と魔法道具を放り投げて、後方へ避けた。
「はっ、はっ、はっ!」
攻撃を躱されたエント巨人にエーリカが炎の魔力弾を放つ。だが、サシャ同様、炎の塊はエント巨人の体を舐めるように広がるが、燃え移る事は無く、すぐに消えてしまった。
「巨人の魔力を吸っているだけあり魔力量が高い。もっと強力な炎じゃなければ燃やせないぞ」
「なら、破壊するまでだよぉー」
フィーリンは土斧を木の隙間に投げて爆発させる。爆発音と共にエントの破片が飛び散り、巨人の地肌が見えた。
「わたしもやります」とフィーリンの横へ移動したエーリカは、グレネードランチャーを放つ。ドコンと爆発と共に木の鎧が壊れる。
フィーリンとエーリカが居れば、防御力が高くなった巨人も何とかなる……と思っていたら、根や枝が伸びて砕けた箇所を瞬時に治していった。
「これじゃあ、丸裸にする前にアタシたちの魔力が付きちゃうよぉー」
弱音を吐くフィーリンと「むむっ」と悔しがるエーリカは、攻撃を止めて、後ろへ下がる。
「ねぇ、どうするの?」
「動きは遅いから逃げ回っていれば、疲れて倒れるんじゃないか?」
「体力が有り余っていそうな奴だぞ。逆に俺たちが疲れて倒れる」
「もうドワーフたちに任せよう。私たちは十分に足止めしたわ」
「そうだな。仲間に任せるか」
「いや、解決策はある」
マリアンネ、ドワーフ、サシャが話し合っているとヴェンデルが私を見た。
「初めて迷いの森に入った時、どうやって脱出したか覚えているか?」
「えーと……ああ、そう言えば……」
森に閉じ込められた私たちは、出口に向けて一直線に走った。その時、立ち塞がるエントや元気の良い草木に閃光魔力弾をぶつけて、無気力にしてやったのを思い出した。
うん、私の光の魔力弾。目潰しも出来るし、エントをしおしおに出来るしで超優秀。
攻略法が出来た事でやる気が上がった私は、右手に魔力を集めると……。
「危ない!」
目の前にいたヴェンデルが私を庇うように盾を付き出す。
ガツガツと鈍い音が響き、当たり一面土煙に塗れた。
「何があったの!?」
「枝の攻撃だ!」
エント巨人が握っているエントの枝が伸びて、槍のように地面に突き刺さっている。その一本が私に向かってきたのをヴェンデルが盾で防いでくれたらしい。
エント巨人は伸ばした腕を引き戻すとエントの枝も元の長さに戻る。そして、再度、腕を振って私たちに付き出すと、エントの枝が凄い速さで伸びて串刺しにしようとした。
私は再度ヴェンデルの盾によって守られる。他の者は横や後ろに下がって回避した。
「……ッ!?」
ヴェンデルが盾を構えたまま苦悶の表情をする。
ヴェンデルを見ると、彼の足の甲を一本の細い枝が貫き、地面に縫い留めていた。
ズボッと枝が引き抜かれると赤い鮮血が飛び散り、ヴェンデルが片膝をつく。
マリアンネが急いで駆け寄り、ヴェンデルの足に回復魔法を掛ける。
枝を引き戻したエント巨人は、ブンブンとエントを振り回し、再度枝を伸ばした。
私はヴェンデルとマリアンネを守るように前に出て、レイピアの刃先から光のカーテンを広げる。
ガスガスと複数の枝が光のカーテンにぶつかり、二人を守る事が出来た。
「うわっ!?」
ドワーフの一人が枝が戻る際、体に巻き付かれエント巨人の鎧に絡まっていく。
「た、助けてくれ……く、苦じぃ……」
枝に締め付けられているのだろう、ドワーフから苦痛の嗚咽が漏れる。
「今、助けてあげる。みんな、目を伏せて!」
私はすぐさま右手に魔力を集め、電子要塞に囚われたスーパーマンのように枝塗れになるドワーフに向けて放った。
強い閃光がエント巨人を中心に走ると、エントの枝が力が抜けたように萎れていく。だが、それも束の間ですぐに元気を取り戻してドワーフを締め上げた。
「効果がない!?」
「巨人の魔力を吸収する力の方が強いんだ」
「なら、アタシが助けるよぉー」
フィーリンは両手に土斧を持つとエント巨人に投げつける。二つの土斧はドワーフの左右に突き刺さると爆発し、囚われていたドワーフが私たちの方へ吹き飛んできた。
「た、助かりました……姫さま……」
地面をゴロゴロと転がってきたドワーフは、煙を纏わりつかせながらフィーリンに感謝の言葉を伝える。そんなフィーリンは「どういたしましてぇー」と満足顔をしていた。
うーん、その救出方法、ドワーフじゃなければ死んでいたよ。
「巨人の魔力を吸い取っているって事は、このまま攻撃し続ければ、その内、巨人の魔力が底を付いて倒せるんじゃないのか?」
「地面を見ろ。エントの根が魔物の死体に刺さっている。あいつ、死体からも魔力を吸っているぞ」
サシャの提案を足の治療を終えたヴェンデルが却下する。
「リディー、豚を倒した時に使った魔力の矢を使えば、枝ごと巨人の頭を貫けないかな?」
今度は私が提案をすると、リディーは「無理だ」と首を振った。
「あれはそこまで貫通力があるものじゃない。それに怪我をした腕では、顔を見せた瞬間を狙って射貫くのも難しい」
エント巨人の頭はエントの枝でグルグル巻きにされて守られている。私の閃光魔力弾で弱体化させても少しだけ垂れ下がるだけで、大きな一つ目を見る事は出来ない。
「攻撃が来るぞ!」
誰かの叫びを聞いた私は急いで光のカーテンを展開し、近くにいたエーリカとリディーを囲むように守る。
フィーリンは土斧で枝を弾き、ドワーフたちは土で作った壁で防ぐ。ヴェンデルはマリアンネを守るように盾で防ぎ、少し離れたサシャは器用に横へ避けた。ただロックンだけはもろに当たり、ゴロゴロと後方へ転がってしまった。
槍衾のような枝攻撃が光のカーテンにガスガスと当たっていると、エーリカが私の横へ移動した。
「ご主人さま、わたしがあれを片づけます」
「エーリカが? どうやって?」
「この魔術具は木を伐採する為に作られたものです。枯れ木のようなエントなど切り刻んでやります」
今エーリカの右手に装着している魔術具は、刃先に細かい刃が並んでいる幅広の剣のようなもの。つまりチェンソーである。
「もうすぐ村のドワーフたちが来る。彼らに任せてもいいんだよ」
私たちの役目は、装備を整えたドワーフたちが来るまでの足止めだ。私たちだけで、エント巨人を無理に倒す必要はない。
倒せるならそれに越した事はないが、危険を犯してまでしてほしくない。
「問題ありません。すぐに片づけます」
自信のある声で言うエーリカからリディーに視線を向けると「エーリカなら問題ない」と頷いた。
「ご主人さま、一つお願いがあります。わたしが巨人の頭に乗る瞬間、攻撃してくるはずです。光の魔力弾で阻止してください」
枝攻撃が止まるとエーリカはフィーリンの元へ向かい、「わたしを巨人の方へ投げてください」とお願いした。
「分かったぁー」とフィーリンはエーリカを抱かえると、助走を付けて放り投げる。
エント巨人は蠅を叩くようにエーリカに向けて腕を振った。
私は急いで魔力を溜めて、閃光魔力弾を放つ。
エーリカに迫るエント巨人の手に魔力弾が当たると、力を失ったように萎れた。
魔術具で閃光を防いだエーリカは、ストッと無事にエント巨人の首元に乗る。そして、左手で幹を握るとキュイーンと鳴り響く魔術具を顔面に押し込んだ。
「嬢ちゃん、速く仕留めろ! また魔物どもが来た! くそっ、アーロンとアーベルは何をしているんだ!」
サシャがエーリカと森を交互に見ながら叫ぶ。
エント巨人が現れた場所から続々と魔物が馬場に侵入してきていた。
「何でこんなにも襲ってくるの?」
「俺たちが大量の魔物を狩って魔石を集めた事で、怒っているんだろ! くそっ、凄い数だぜ!」
「理由なんか知らん。まずは目の前の巨人だ。援護するぞ!」
エーリカの攻撃を止めようと暴れだすエント巨人にサシャとヴェンデルが駆け出す。
エーリカは左右に揺られながら魔術具を押し込んでいく。
巨人の右手がエーリカを掴もうとするのをフィーリンは土斧を爆発させて防ぐ。
私もエーリカに影響が出ない小さな閃光魔力弾で弱体化させる。
ドワーフたちは縄で動きを封じ、リディーは風魔法で、ロックンは魔力弾で攻撃していった。
魔物の集団が迫る中、私たちの出来る範囲でエント巨人を攻撃して、エーリカの邪魔をさせない。
その甲斐もあり、木片を巻き散らしていた魔術具からねっとりとした赤黒い液体が飛び散りだした。
「グァァーー!?」とお叫びを上げるエント巨人が一際暴れ出す。
振り落とされそうになるエーリカは、幹にしがみ付くように体を固定し、グイグイと魔術具を押し込み続ける。
そして、飛び散る体液が真っ赤な液体へと変わると、エント巨人は動きを止めた。
鎧のように体中に纏わり付いているエントがズルリと地面に落ちると、顔をズタズタに破壊された森の巨人も前のめりに倒れた。
「巨人退治、完了です」
スタッと着地したエーリカは、満足そうに私に報告する。
そんなエーリカにみんなは一定の距離を取り、近寄らない。
だって、森の巨人の血と体液塗れなんだもん。




